岩山の麓に佇む町
荒々しく隆起した岩山に囲まれた小さな町。
建ち並ぶ家々の数は少なく、一望する景色にある緑は、この町の人々が肥やしたちっぽけな畑のみに等しく、辺りは地面と同色を基調とした地味で寂しい景観。 お世辞にも豊かとは言えない、この町の名は“ゴロッカ”。
特に目立った名物もないこの町に訪れる人は少なく、町の人々は毎日こじんまりと自給自足の生活を送っている。
そんな活気のない町で一人、全身を覆うほど丈の長いローブにフードを目深に被った、明らかに町の風景から浮いた存在の少女がいた。
「ここもダメ…… 一体どこにあるの?」
少女は立ち止まり、何かを感じ取るように瞳を瞑る。 そして瞳を開けると、どこかへ数歩ほど歩みを進め、また立ち止まり首を傾げ、ブツブツと何かを呟く。
そんな事を繰り返す少女に不信感を抱いた町の人々は、なるべく視線を合わせないように、かと言って注意は逸らさぬように各自の作業を進めている。
その時、幼い男の子が少女の元へ駆け寄った。
「おい、そこのお前!」
茶髪に薄汚れた軽装の男の子、歳は10にも満たないくらい。 少女は男の方向へ振り返ると、気だるそうな声で返事をした。
「……何か用?」
「トボけるな! お前が盗賊ギルドだって事は
みんな分かってるんだ! みんなの物を返せ!」
男の子の向ける眼差しは、町の人々が向ける疑惑の眼差しとは違い、その瞳には強い怒りが宿っている。
そして、腰から年季の入ったボロボロの木刀を抜くと、切っ先を少女へ構えた。
「…………。」
「な、なんとか言え! ビビってんのか!?」
無言で見つめ返す少女に、男の子は間が持たず声を上げる。すると次第に、怒りに満ちていた瞳にじわりと涙が浮かび、手足をガタガタと震わせ始めた。
そんな男の子の様子に少女は小さく溜息をつき、口を開いた。
「……いや、私はギルドとかそんなんじゃ」
「申し訳ございません!」
「……え?」
喋っている途中、少女と男の子の間に新たな人物が現れた。
「うちの息子が失礼なことを! どうかご勘弁を!」
「いいんです、気にしないでくださ」
「この通りです! もうあなた方にお渡しできる物は
ございません!」
「……って、そうじゃなくて! 話聞いて。」
必死に許しをこう女性、この男の子の母。
少女の話を受け入れることなく一方的に謝罪を続け、土下座までさせてしまった。
困り果てふと顔を上げると、辺りに映ったのは周囲を囲う町の人々。 皆殺気立った面持ちで、物騒にも先端の鋭利な農具や調理具などを握っている。
「どうしよう…………弱ったな。」
誤解により敵意をむき出しにされ、ピンチを招いている少女。 ろくなアイデアも浮かばず、しばらく沈黙が流れる。
しかし、そんな沈黙が何者かによって打ち崩された。
「ヒャッホウ! 昨日ぶりだな! 今日もお前らの土臭い野菜頂きに来てやったぞ〜。」
「ま、またあんた等か……もう勘弁してくれ!」
少女を囲う町民の壁が開けその間から現れたのは、ガラの悪そうなガタイの良い男と、その後ろに2人の小太りな男。ズカズカと円の中央に歩んできた3人は少女を鋭く睨みつけた。
「お嬢ちゃん、見ねえ顔だな? この町に越してきたならちゃんと税金払ってくれよ、10万な。」
「……少し立ち寄っただけだから、それじゃ。」
「おっと待ちな。」
立ち去ろうとする少女の進路を阻むように立ち塞がる3人の男たち。その手には先の鋭いナイフが握られており、ただでは帰してくれそうにない。
「この町を出るときには金払わねえとな、20万な。」
「兄貴マジ鬼畜っす!マジ最高っす!」
兄貴と呼ばれるガタイの良い男が放った言葉に、後ろの二人は楽しそうに笑い声をあげた。
「おら、黙ってないで早く金寄越しな。」
「…………いてない。」
「あぁん?」
熱り立つ男たちに少女は小さく呟くが、男たちは聞き取れない。 少女は大きく溜息を吐くと、もう一度口を開いた。
「今日は本当についてない。」
「なんだと! テメエ舐めてんのか!?」
「マジ舐めてんのか!?」
困った顔で呟いた少女の言葉に、3人は顔を真っ赤にしてナイフを構え、今にも斬りかかろうとしている。
その様子を見た少女はまた溜息をつくと、ローブの内側から一冊の分厚い本を取り出した。 そして瞳を閉じ、静かに唱えた。
「____“解放 ”」
少女を取り巻く空気が変わる。
辺りの砂埃がゆらゆらと渦を巻きながら少女を中心に舞い、ロープがまるで風に吹き上げられているように靡く。それと同時に手に乗った本が開くと、独りでにペラペラとページが捲られる。
真っ赤になっていた男たちの顔からは、次第に熱が引き青ざめていく。
「まだ使うには早いと思ってたけど、あなた達で
試させてもらうから。」
「お、おい……… 待てっ! まさかテメエ____」
男たちの言葉を遮るように、本がとあるページを開き、光を放つ。
「“柱状隆起 ”」
「うわああああぁぁぁぁ!!!」
男たちの足元の地面が勢いよく盛り上がると、そのままを宙へと打ち上げた。