8話
翌朝、甘斗の目を覚ましたのはどたどたという足音だった。
「先生~っ! 甘斗どの~っ! わが、我が子が見つかりましたぞ!」
廊下を壊さんばかりの勢いで走ってきたのは静海であった。
夜着のまま、目の下にくまが浮いた顔で、だが満面の笑顔を浮かべていた。
どうやら、今朝起き出したら元のように子供が寝ていたのだという。
「これぞ神様仏様の加護! 朝夕のお供えを倍に増やさねばなりますまいな!」
という静海に、甘斗はちっとも笑えなかった。
子供が数日間姿をくらましていたことをちっとも気にしないのは、江戸中を探しても静海くらいなものだ。
屋敷神からすれば結果オーライだろう。悪戯の結果に食事が増えたのだから。
「本当に帰ってきましたね」
「あれ、実は疑ってた?」
どこか釈然としていない様子の甘斗に、鈴代が問うた。
「だって、きしもじんってなんか危なそうな名前じゃ……」
「ええ? 何言ってるの。鬼子母神は子供の守護神。その神社に副えられた稲荷が、まさか子供に危害を加えることなんてしないさ」
元々、鬼子母神は千人の子の母であるが、他人の子供をさらって食らう鬼だった。
しかしある時、自分の子供が行方不明になったことをきっかけに子供の守護神となったのだという。
「だから面倒見てくれることはあれど、危険はないと思ったよ。お参りに来るのは大半が子供と、子供のいる親だから」
「でも、本当に誘拐だったらどうするんすか?」
「秋になるはずの柘榴が玄関に置いてあったから彼女の仕業だとわかったのさ。彼女の名前にちなんで正解を明かしていたから。彼女も遊びたかっただけじゃないかな。神っていうのは、概して気まぐれで振り回すものだよ」
鬼子母神の持ち物である柘榴――ざくろは漢字で石榴とも書く。自分の名前と引っかけたわけか。
「っても、おかげで仕事が一日出来ませんでしたよ。今日はその分、みっちり仕事しなくちゃ」
甘斗はため息をついて、そう振った。
これでは江戸に来た甲斐がない。往診もしていなければ金も稼いでない。
「…………」
が、その答えは沈黙だった。
「先生?」
「あー、ごめん。急用を思い出した。今日は昼から女の子と蕎麦屋でデートする予定だったから、そろそろ行かなくちゃ。じゃーねー」
「いや、どこ行くんですか!?」
逃げようとする鈴代の羽織を引っ張って、甘斗は改めて実感していた。
一番気まぐれで振り回してくるのは神でも稲荷でもなく、師だということを。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!
鈴代たちの江戸の居候先の静海氏の話です。
ちなみに江戸時代の医者は僧のように剃髪していたそうですが、
出家していたわけではないので妻帯も可能です。
偉い医者になると名字帯刀をしていたそうですね。
また、作中で「稲荷」と言っているのは神使なので、
「稲荷神の使いであるところの神使」を略して「稲荷」と呼んでるわけでございます。ややこしくてすみません。
この話を最初に見せた知り合いの反応が、
「この人(静海さん)って拙僧?」でした。
注
静海さんは決して、決してとう○ぶの拙僧ではございませんのであしからず。元からこういう熱血医者の設定でした。エクスキューズミー。
某刀剣男士様方とは多少ネタ被りがあって何度か膝をつきましたが、
暖かく見守っていただきたく思います(泣)。
作中の石榴さんの言霊は長唄「小鍛冶」の一節です。
その時点でもう……ねえ?
とにもかくにも、雑談含めて読んでいただき、誠に感謝感激でございます!
※まだしばらく続きます。