7話
境内は、しんと静まり返っている。
何があったか、甘斗はとっさに理解することができなかった。
ただ、目の前の樹が真っ二つに裂けている。
樹だったものは転がっているが、今は真っ黒に燃え付き、めらめらと小さな火が舌を出しているのみである。
「よっ――と」
鈴代はもう一度傘を閉ざし、芸でもするようにくるりと開いてみせた。
その時には模様が再び変わっている。薄い藤色の傘に。
ざあああああ!
「五月雨模様、なんてね。ほら、そこにいると濡れちゃうよ」
そこで、我に返った。
「い、いいいい今! 雷落ちましたよね!? 普通に天変地異じゃないすか!」
「神宝《花傘》ってね。雷を落とすくらいわけないよ。雨が降ってないと使えないけど」
鈴代は目を石榴へと向けた。
彼女は驚いた顔をして地面に座りこんでいる。構えていた脇差は離れた場所に突き刺さっている。
もちろん彼女に雷が直撃したわけではない。落ちた雷に気を取られた隙に取り落としただけだ。
甘斗は我知らず固唾を飲んで見守っていた。
あれだけの気迫で殺し合ったのだ。負けたとしても、彼女がどう出るかわからない。
石榴が面を取り、口を開く。
「っかぁ――やっぱり勝てねえか」
「やっぱり?」
憑き物が落ちたような爽やかな声に、甘斗は目をぱちくりさせた。
鈴代がああ、と思いついたように手を打った。
「こうやって久しぶりに顔を見せると、毎回毎回喧嘩売ってくるんだもん。それも、結構な手が込んだ仕掛けして」
「だって、殴り合いだけじゃつまらねえだろ? 昔は果たし状も書いてたけど、何回も続けると華がねえし。それに、今回は新顔もいるから張り切ってみた。どうよ?」
「柘榴の実っていうのは、ちょっとわかりやす過ぎたかな。もう少しひねりを入れた方が……」
真剣に話し合いを始める二人に、甘斗は本気で脱力した。
あんだけ真面目な顔をして、全部狂言だったということか?
でも、それじゃあ。
「静海さんのお子さんは?」
「そうそう。静海も巻き込まなくてもいいんじゃない? すごい青ざめてたけど」
「いいんだよ。旦那も最近、仕事ばっかだったからな。たまには夫婦水入らずで過ごせただろ。つっても、マジで心配してそうだから、明日の朝までには戻しておくかあ」
「うんうん。僕からも何とかごまかしておくから」
甘斗は確信した。
こいつら、結託してやがる。
「そんな暇あったら仕事してくださいよ!」
「細けぇことは気にすんな! でっかくなれねえぞ」
「細かいっすか?」
ばしばしと頭を叩く石榴から嫌な顔をして数歩ほど下がる。背が縮みそうな気がしたのだ。
「じゃ、何でここを選んだんですか? 別に家でやってもいいじゃないすか」
「あれ、知らねえの?」
端にある小さな社を示す。
「元々おれはここの神使だったんだけど、旦那が家に社を建てたからそっちに移ったんだ。境内に柘榴の木があるだろ? こいつが、奥さんの薬にここの柘榴を使った縁でな。だから、おれは屋敷神になったってわけ。それに、旦那の家でやったら近所迷惑だろうが」
今さら近所迷惑とかを気にするのか。そう疑問には思ったが、甘斗は言わないでおいた。これ以上聞くと、さらにろくでもない答えが返ってきそうだったから。
石榴は口を開けて大笑した。
「今年は楽しめたぜ。ビビってくれる奴がいたからな」
「次はもっとお手柔らかに頼むよ」
「ばーか。喧嘩は本気でやってナンボだろ……ただ、本当に静海の旦那に迷惑かけんじゃねえぞ」
それを言い残して石榴はふっと闇に消えた。
それは、このくだらない事件が無事に解決したことも意味していた。