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Scene.2

 

『うわああああああっっ!!!』


 周囲は半紙に墨を垂らしたように一気にパニックが蔓延する。


 仲間が助け出そうと水塊すいかいに手を突っ込み、飲み込まれ助けを求める男の手を掴もうとするが、諸とも水塊の餌食となり中で悶え苦しむ。


 それを皮切りに他の水塊も次々に周囲で悲鳴を上げる人間に襲い掛かるべく動き始めた。


 蜘蛛の子を散らすように思い思いに逃げ惑う群衆。人とぶつかり、或いは無理矢理急発進した車に轢かれ地面に転がった所を、芋虫のように身体を伸び縮みさせて移動してくる水塊の下敷きになってそのまま飲み込まれる。


 迫り来る水塊相手に鞄を振り回し殴り付けるが、触手のように伸ばした身体の一部に腕ごと絡め取られ飲み込まれる。


 追い掛ける水塊から逃げ切る為に隣を走る老人の襟首を掴み引き倒して逃げ切れると安心するサラリーマンを、足元で今まさに生まれた水塊にすっぽりと飲み込まれる。


 目の前で繰り広げられる光景を端的に表すならば、ハリウッドのB級のパニック映画と言った所だろうか。


 そんな中、坂城さかきは壁にもたれ掛かったまま無言で阿鼻叫喚の地獄絵図となった渋谷の街を睨み据えていた。


(どうする?どうすれば生き残れる?)


 回りの馬鹿な人間のように泣き叫び、逃げ惑って助かるのであればどんなに楽かと思いながら脳をフル回転させ、周囲へ視線を散らし必死に生き残る為の情報を掻き集める。


 男も女も、老いも若きもその場に居る殆ど全ての人間が、悲鳴を上げ、罵詈雑言を撒き散らし必死に水塊から逃れようと走る。

 車の中に逃げ込みやり過ごそうとガタガタ震えている輩も居れば、無理矢理動かそうとして別の車に突っ込み派手なクラクションを鳴らしながら二次災害を引き起こす輩も居る。


 水塊の総数は全くもって解らない。

 見える範囲だけでも軽く20は超えているし、範囲外に至っては数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数は蠢いて居る事だろう。

 今また新しい水塊が地面から沸いて出る。あの場所にも側溝か地面のひび割れがあるのだろうか。

 水塊の動きはそれ程早くはない。まともに走れれば十分逃げ切れるのでは無いだろうか。

 3、4人取り込んだ水塊はその場で動きを止めている。ひょっとしたら取り込んだ獲物の消化中なのかも知れない。


『きゃあああっ!!』


 幾つもの悲鳴が重なって上がり、そちらを見やると改札の向こうにある階段から雪崩のように人が落ちて来た所だった。上でも何かあったのだろうか。

 身動き取れない人の山に幾体かの水塊が殺到する。成す術も無く水塊に飲み込まれて行く。


(水の化け物の動きは遅いから走れば逃げ切れそうだが、もし一本道で前後を塞がれでもしたらそこでゲームオーバーか。

 殴る蹴るじゃそのまま捕まって喰われるだけだし、先ずは何か武器になるような物を探さないと・・・)


「・・・よし」


 坂城は深く息を吐くと意を決して壁から離れて一歩踏み出す。


 とーー。


 くぃっと後ろから引っ張られるような感覚。


 何だ?と正体を確かめる為振り替えると、肩から下げたトートバッグを胸元でぎゅっと抱き締め、かがんだままの姿で目に一杯の涙を溜めた宇江原うえはらがふるふると首を横に振り、ガタガタと震える手で坂城の服の裾をちんまりと、しかし決して離さないとありったけの力を込めて掴んでいた。


 一瞬、一緒に行動した際のメリットとデメリットが秤に掛かる。


 しかし直ぐに小さく嘆息してかぶりを振り、自分がしようとした酷い考えを外へと追い出すと、ぎこちなくだが精一杯の笑みを口許に薄く浮かべ右手を差し伸出す。


「一緒に来るか?」


 その申し出に溜めた涙が零れるのもいとわずブンブンと首を縦に振る宇江原。掴んでいた裾をぱっと離して代わりの差し出された手を両手で強く掴んだ。

 坂城は掴まれた腕に力を入れて屈んだ彼女を立ち上がらせようとする。


「ぁっ!」


 一度は立ち上がった宇江原だが、引っ張り上げられた力が思いの外強かったのか、勢い余ってそのまま坂城の胸へと飛び込んでしまった。ドンと坂城の差して厚くない胸板に鼻をぶつけてしまう。


「あ、あ、ごめんなさいっ」


 慌てて離れようとする宇江原の耳元に坂城は顔を近付け、


「静かに。出来る限り音を立てず俺に付いて来るように」


 囁き身体を離す坂城の手を離さず、少し顔を赤らめながら神妙な面持ちで頷き返す宇江原。

 それに坂城もしっかりと頷き返し、息を殺し足早に移動を開始した。



 水塊の多くは既に何人か人を飲み込み、その動きを緩慢なものにしていたが、新た沸き出してくる水塊は未だ鈍重な動きで精力的に悲鳴を上げる人間を追いかけている。

 それらの視線が自分達へ向かないように気配を殺し、車と車の間をすり抜けて行く途中、


 ドォォォーーーーーンンン・・・・・・


 街灯に思いきり突っ込んで大破した車が炎と煙を立ち上らせ爆発するのが目に入った。


 その音に反応したのか水塊の何体かが燃え上がる車に惹かれて近寄るが、炎の熱を嫌ってなのか、ある程度まで近寄りはしたが、グネグネと身を捩らせるとやがて離れて行ってしまった。


「なるほど・・・」


 水塊達の動きに何か得心いったのか、坂城はぼそりと誰にも聞こえない声量で独りごちた。



 ハチ公前からスクランブル交差点を突っ切り、大通りから直ぐ脇の道へと移動する。

 そしてそこに店を構える、営業中の『マツモトキヨシ』の中へーー。


 店内は明るく客一人、店員一人居なかった。だがその代わりに人を一人取り込んだ水塊が一体、天井に設置された、どこぞの誰かが歌う歌が流れるスピーカーの下で蠢いていた。


「ひっっ!」


 水塊の姿に宇江原が小さな悲鳴を上げる。


「怖ければここで待ってるか?」


 宇江原がそれ以上悲鳴を上げないようにその口を手で覆った坂城が小声で尋ねると、怯えた様子で一度振り返り店の外の惨劇を確認。首を戻してフルフルと首を左右に振った。


「わわわ、私も付いて行きます」

「解った。極力音は出さないように頼む」


 泣きそうな声だな。と、内心で苦笑しつつり足でレジへ向かうと、カウンター脇に積み上げられた買い物(かご)を一つ取る。そしてぐっと首だけ伸ばし店内をぐるりと見渡した。

 探すは天井からぶら下がった案内板。目的のコーナーを見付けるとそちらへ移動を開始する。


 水塊は未だ誰かの歌を垂れ流すスピーカーにご執心のようである。離れた場所から見ると、まるでリズムに合わせて踊っているようだ。

 念の為、水塊から一番離れた通路を通り日曜雑貨のコーナーへ到着する。棚に並ぶ商品ををざっと見渡すと目的のぶつは直ぐに見付かった。


「チャッカ・・・マン?」


 数本籠に入れる手を見ながら宇江原がいぶかしげな声を漏らした。こんな物の為に?と問い掛けたげな視線を向けて来る。


「お、ジッポオイルもあった」


 向けられる視線は無視してジッポオイルの缶も音が鳴らないよう気を付けながら数本籠の中へ。

 最後に一番欲しい物の場所を探す。


「・・・あそこか」


 坂城の表情が曇る。視線は水塊の近くの棚を向いていた。

 僅かな俊巡しゅんじゅんの後、深く息を吐き出す。


「・・・よし」


 意を決して一歩踏み出す。

 と、くぃっと後ろから引っ張られる感覚。

 振り替えると服の裾をちんまりと掴む宇江原の不安そうな顔。

 何かさっきもあったもうな?と思い出しながら尋ねる。


「一緒に来るか?」


 うるうると目に涙を溜めてぶんぶんと首を横に振る。

 そんな仕草を見せる宇江原の頭に優しく手を乗せ、


「じゃあ少し待ってな」


 ポンポンとなだめるように叩くと、掴まれていた服の裾から手が離れた。

 それを確認して改めて一歩を踏み出した。



 薄い水色に色付いた水塊の中には、店のロゴの入ったエプロンを身に着けた化粧が厚く髪の長い女が、苦悶の表情に白目を剥いて為す術無く浮かんでいる。恐らくもう生きてはいないだろうが、それを調べる術は無いし、例えあったとしても坂城に調べるつもりはない。


 自分が生き残るだけで精一杯だ。


 目的の物が陳列されているのは蠢く水塊から1メートル程しか離れていない棚の上。音を立てないように摺り足でジリ、ジリ、と、普通に歩く十倍以上の時間を掛けて忍び寄る。

 額から噴き出しこめかみから頬へと伝う汗が顎から落ちる前に手の甲で拭い、目的の物へ手を伸ばす。


 目的の物まで残り50センチ。水塊に目立った動きは無い。

 残り30センチ。伸ばした指先がプルプルと震える。

 残り10センチ。脇腹がりそうだ。

 残り0センチ。目的の物ーー冷却タイプの殺虫剤を握り締めた。


「ふぅ・・・」


 小さく嘆息して握り締めたそれを籠に納める。もう一つ。更にもう一つ。更に続けてもう一つ。

 スチール缶がぶつかって音がなら無いように慎重に慎重を重ねて籠の中へ入れていく。

 しかしーー。


「あっーー」


 カーーーン・・・カランッカランッコロン・・・

    コロコロコロ・・・


 順調に手に入れる事が出来知らぬ内に気が弛んだか。汗ばんだ手で浅く摘まむように握った缶が、つるりとその手から逃げ出し床へとダイブした。

 永遠のような一瞬が過ぎ、ハッと我に帰って水塊を見るとピタリとその動きを止めていた。そして坂城側の表皮が波紋が広がるように波打た始める。


(ヤバイッッ!!)

 

 命の危険を感じ取った坂城は殺虫剤掴み上げると籠から手を離し、キャップを捻って巻かれたビニールを捩切って破り捨てる。


 水塊の表面で波打つ波紋が激しさを増し、その中心から「とぷんっ」と音を立て蛇が鎌首をもたげたような触手が生まれた。狙うは正面に立ち殺虫剤を構える人間の雄。

 両者狙いを定め同時に動く。


 ビョルンッッ

 プシュァァーーーーーーーッッ


 迫り来る触手に噴射されるー75℃の超低温のガス。

 吹き付けられるガスの中を進むにつれ触手は薄い水色からしもが降りて白く変わり、坂城の身体に触れる頃には冷たく凍り付いていた。

 それを缶の底で殴り付けると、白い部分がポッキリと折れて床へと落ちる。地面に転がったそれを踏み砕くとガラスが割れるような澄んだ音が鼓膜を叩く。


 水塊は途中で折られた触手を引っ込めて身震いする。その姿は何が起こったのか解らないと言った雰囲気だが、そもそも脳味噌もへったくれも無さそうな水の集まりにミジンコ程度の知力さえあるのか、坂城にははなはだ疑問であった。

 そんな不毛な問題は今は置いておき追撃を開始する。


 坂城はどう動くか決めかねるように蠢く水塊に無遠慮に近付きほぼゼロ距離でガスを噴射する。

 ガスを浴びせた辺りの表面が一秒と経たず白く凍り付き、そのまま数秒吹き掛け続けると凍った表面のの2、3センチ奥が根を張ったように凍り付いた。

 ドライトマトのようにしわを刻んだ表面を、触手の時と同じくスチール缶の底で殴り付けると、歌舞伎揚げを叩き割った時のバリッとした手応えと、生乾きの瘡蓋かさぶたを強く指で押した時の、グジュリとした感触を残して剥がれ落ちた。


 身体を削り取られた水塊が悶えるように伸び縮みするが、そんな事はお構い無しとばかりに、表情を殺した坂城は同じ作業を繰り返す。

 そうして何度繰り返したか解らないが、一缶丸々使い切った頃には、水塊は中に人を飲み込んだまま二回り程縮んで動かなくなってしまった。

 しかし坂城は油断無く、水塊の微細な動きも見逃すまいと監視しながら、棚から冷却タイプの殺虫剤を一本取ると歯を使ってビニールを噛み破き、ガス欠になった殺虫剤の缶を色味を濃くした水塊の表皮に突き立てた。


 水塊はその缶を飲み込む事はせず、まるでハードグミのような弾力で押し返した。何度も繰り返してみるが変わらず押し返し反動でグラグラと小さく揺れるだけ。自分から動き出す気配は無かった。


 そこでやっと坂城は肺一杯に溜めた息を深く吐き出し、警戒の度合いをある程度弛めた。


「あの・・・どうなりました?」


 事が終わった気配を察知したのか、遠慮がちな声が後ろから掛かる。

 軽く振り返って見るとオドオドとした様子の宇江原が、坂城と水塊の様子をおっかなびっくり窺っていた。ある程度までは近付いて来たが、何時いつ動き出すか解らない水塊が恐いのか、決してそれ以上は近付いて来ようとしない。


「解らない」

「ええっ!?」

「何故そこで驚く?」

「え?でも、え?だって・・・」


 狼狽える彼女に視線を水塊へと戻した坂城はやれやれと説明を始めた。


「人を襲うなんて言うこんなおかしな水の塊は、生まれてこの方見た事も聞いた事も無いんだ。

 今のこいつが生きているのか死んでいるのか、ショックを受けて気を失ってるだけなのか、それとも実は力を溜めて此方の油断を待ってるのか、何の知識も持ち合わせて無い俺に解る訳が無いだろう?」

「それはそうですけど・・・いえ、そうですよね」


 リズミカルな曲の流れる誰も居ない店内で、不安を隠すように口元に手を当てる宇江原。その表情は暗く沈んでいる。

 坂城は腕を伸ばし棚に残った冷却タイプの殺虫剤を全て籠の中に流し込む。ガチャガチャと金属同士がぶつかり合う甲高い音が響くが水塊はピクリとも反応しない。

 籠に入れた殺虫剤の数は全部で二十三本。


(多くても倒せるのは二十三匹が良い所か。一匹倒すのにも時間が掛かるしもっと効率的な倒し方を見付けないとな・・・)


「ほら」

「ゎきゃ!?」


 籠の中の殺虫剤を二本取り出し宇江原に投げると、二本とも見事にお手玉して無様に床へ落とす。さらに転がるスチール缶を慌てて拾おうとして爪先で蹴飛ばすと言うおまけまで見せ付けてくれた。

 坂城は宇江原に気付かれないよう小さく嘆息する。


(自分の身は自分で守れるってタイプじゃ無さそうだな・・・)


「あの、これ・・・一体どうすれば・・・?」

「俺と別れた時、何も武器になるような物を持ってなかったら困るだろ?」

「えっ!?」


 突き放すような坂城の言葉を聞いて宇江原の顔からさっと血の気が引く。じわりと目に涙が溢れると、ポロポロと恥じらい無くこぼれ落ちた。


「そう、ですよね。わた、私なんて居てもじゃっ、邪魔なだけですものね・・・」

「じゃなくてはぐれたらって意味だよ。しくは俺が先に死んだらの話で・・・」

「ぞんなジヌだなんでイわないでぐだざいっ!!」

「えっ・・・と、すいません・・・」


(め、めんどくさい・・・・・・)


 トートバッグに二本のスチール缶を仕舞い込み、しゃっくりを上げながら代わりに取り出したハンカチで涙を拭う宇江原を見て、坂城は自分の顔が引き攣っているのを理解する。


(女ってこんなにめんどくさい生き物だったのか・・・・・・)


 軽い目眩を覚える。

 二十余年。学校では周囲に馴染めず常に一歩引いてそれらを眺め、時には変わり者と揶揄やゆされて来た恋愛経験の乏しい・・・と言うよりも、皆無に等しい人生を歩んで来た干物男の率直な感想であった。


 こう言った場合どう接すれば良いのか解らない。取り合えず黙秘してスプレー缶を大量に入れた籠を持ち、店内を足早に物色する。

 買い物籠は思ったよりも重く、プラスチックの手提げが掌にズシリと食い込んだ。



 店内をざっと見回って出入り口の近くまで来ていた坂城は、カロリーメイト一箱と数本のユンケル、500ミリのポカリ二本を新たに籠に納めていた。

 ちらりと外の様子を窺い水塊も人も居ないのを確認すると、先ずは『¥3,000』と値札の貼られた箱入りユンケルの蓋を開け中身を一気に飲み干した。

 初めて飲んだそれは、栄養ドリンク独特の甘いような苦いような強い味が口の中一杯に広がるだけで、2~300円の物とそう大差無い気がする。いや、喉を通り胃まで落ちると、身体の中から少し熱くなり始めた所が何時もと違う点だろうか。


 次いでカロリーメイトの箱を開け一袋取り出すと、包装フィルムの端から三つ目のギザギザのぼこの部分から袋を縦に裂く。大したサイズでもないのに濃いチーズの匂いがムワリと周囲に広がった。


 二本の内の一本を一口で頬張る。一噛みする度に匂いに負けないくらいの濃厚なチーズの旨さが口中に広がり、じゅわりと溢れ出る唾液をしっとりとしているのに妙にパサパサとした生地がいっさいがっさいかっさらった。

 高校の時のマラソン大会で10キロ完走した直後にカロリーメイトを食べて口の中がパッサパサになり、無理して飲み込むと喉の奥にへばり付いてきて死にそうになった事を思い出して、つい笑みが零れてしまった。


「ほら」

「?」


 残った一本を袋から半分出して、所在無さ気に隣で佇む宇江原の鼻先に差し出した。

 その意味が解らず見せるキョトン顔。


「食べるんだ」

「でも・・・んぐっ!」


 オドオドと『Yes』以外の言葉を口にしようとしたので、坂城は無理矢理その口にカロリーメイトを突っ込んだ。


「これからどうなるか解らないんだ。食欲が無くたって胃に少しでも入れとかないと途中でへばるぞ?」

「んぐ、んく・・・ふぁい」


 モグモグと口を動かし素直に従う。飲み込むのに苦労する宇江原を見て、坂城は籠から『¥5,000』の値札が貼られたユンケルを取り出すと軽くねじる。パキッと軽い音を立て半開きになった小瓶を差し出すと今度は何も言わずに受け取った。

 回して蓋の下の輪っかの部分も綺麗に取ると、少しだけ飲み口から漂う臭いを嗅ぎ、渋い顔をしながらも口を付けて一気に飲みきる。


「ぅ・・・変な味がします」

「栄養ドリンクなんて大抵そんなもんだ」


 自分も同じ物を籠から取り出して一気にあおる。やはり味自体はそう大差無い気がする。材料は高級品に変えても味は変えないというスタンスなのだろうか?


「それじゃあ行こうか」

「お金は払わないんですか?」


 ゴミになった空き瓶をトートバッグに片付け、口調に批難の色を僅かに乗せて尋ねる宇江原。

 中身の詰まった袋はシャツの胸ポケットへ。空き箱と空き瓶は近くの商品の上に放置して、困ったような苦笑を浮かべ答える坂城。


「なら店員を呼んできてくれないか?」


 親指で店の奥を差す。その先にはここからでは棚で隠れて見えないが、水塊に漬かった女店員が居る。


「ふむぅ・・・」

「今はこんな退っ引きならない状況なんだ。無理をしてまで金を払う必要はないだろ?

 元通りの生活に戻って機会があれば『あの時は助かりました』とか一言添えて払いに来れば良いんじゃないか?」

「そう・・・ですよね・・・」


 坂城の言葉に完全に納得しきれていないが言い返す言葉も見付からず、自分の中の何かと折り合いは着けたかのように宇江原は口を閉じた。


「じゃあ行くぞ」

「はい」


 店の外の通りに水塊が居ない事を確認し、坂城はズシリと重い買い物籠を持ち、宇江原はその後ろをちょこちょこと付いて行き、二人は『マツモトキヨシ』を後にした。

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