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Scene.1

 

 渋谷駅前付近ーー。



『ぱんぽんぴんぽーーん♪』



 世界中に発信された声はそれ以降聞こえなくなった。


「何だったんだ、今のは・・・?」


 坂城さかき 数人かずとは呆然と夜空を見上げて呟いた。

 回りにいた大多数の人間も各々(おのおの)声の出所を探そうと中空に視線をさ迷わせていたが、声が聞こえなくなると同時に興味を失った者から続々と普段の生活に戻って行く。

 静まり返った雑踏が再び動き始めた。


 午後十時二十七分ーー。


 坂城は腕時計で今の時間を確認した。

 夜なお歩くのに困らない光で飾り立てられたこの街は、しばしば時間の感覚が麻痺してしまう。


 坂城は人混みに溶け込むように歩き出した。

 結局さっきの声の出所も意味は全く解らない。

 この場にいる誰も今しがたのあれを話題にする素振りすら見せない。

 きっと誰かの悪戯か、大掛かりなドッキリ、果ては空耳とでも自らを納得させたのだろう。

 坂城もその内の一人となった。


 カァ カァ・・・


 車のエンジン音、電車の走行音、人の声、歩く足音、店舗から流れる流行りの音楽。パチンコ屋の音。

 それらが雑多に混ざり合い、一纏めになった騒音にまぎれ、カラスの鳴き声が微かに聞こえ始めた。


「きゃあああぁぁぁっっっ!!」


 突然、耳障りな程甲高い女の悲鳴が周囲に響く。

 それは坂城の耳にも突き刺さり、すぐさま声の主を探し当てると、頭の悪そうなメイクをした女子高生の足元を灰色の掌からはみ出すくらいの溝鼠どふねずみが逃げ惑う光景だった。


 カァ カァ カァ カァ・・・


 カラスの鳴き声が僅かに大きくなった気がする。


「うおぉっっ!?」


 別の場所から野太い男の叫び声。

 そちらを向くと別のドブネズミがマッチョな男の足元を駆け抜けていった。


(何か変だ・・・)


 坂城のさして鋭くもない直感が異変を感じ取る。

 それは回りも同じなのだろう。それなりの人数が足を止めキョロキョロと周囲の様子を窺っている。


「お、おい。あれ・・・」


 戸惑うような声を上げ、上を指差す男の姿があった。


 カァカァカァカァカァカァカァカァカァカァッ


 夜空でもはっきりと解るおびただしい数の鳥の影。カラスだけでなくコウモリやカラスよりも小さい鳥の姿も確認出来る。

 いつの間にかカラスを主とした雑多な鳥達の鳴き声が、街の騒音を掻き消していた。


「きゃぁあっ!」

「うわっ!」


 地上では薄暗い路地の奥やマンホール、建物のひび割れや隙間から、ドブネズミやゴキブリを主とした害獣害虫のたぐいが、わらわらと泉の湧き出してくる。


 それら全ての生き物がまるで申し合わせたかのように、西から東へ一斉に移動しているように見えた。


 その見た事も無い異様な光景に多くの人間が生理的嫌悪に顔をしかめると同時に、その見た事も無い異様な光景を多くの人間がスマホで撮影し始める。


 異常事態と頭では理解しつつも、坂城も他聞に漏れずその中の一人として、ズボンのポケットから取り出したスマホを空に向けカメラの録画機能を起動していた。無数の鳥の翔び来る方角から翔び去る方角へと撮影する。

 回りが焦ってないから恐らくまだ大丈夫と高を括っているのかもしれない。


 足元が僅かに揺れるのを感じた。

 初めは何人かが撮影しながらキョロキョロと見回す程度の微細な揺れだったそれは、徐々にその度合いを大きくしていく。


 震度1ーーーー震度2ーーーー震度3ーーーー。


 木や街灯、ビルから突き出す看板等が揺れる。

 幾人かが立っていられなくなりビルの壁に手を付いたり、膝や手を地面に着いたりして、その手の上をゴキブリや溝鼠に這われて盛大な悲鳴を上げている。


 動物の逃げ出すような大移動と大きくなる地面の揺れ。

 何かを感じ取った幾人かが近くのビルの中や地下へと移動をし始める。


 震度4ーーーー。


(大地震かっ!?)


 ようやく坂城の思考もそこへと思い至った。

 頭の中に居るもう一人の自分が、一刻も早くこの場から逃げ出せと警鐘を掻き鳴らす。


「きゃっ!」


 目の前に立っていた女がバランスを崩し坂城の方へと倒れて来る。

 腕が伸び向かって来る身体を咄嗟とっさに抱き支える。


「大丈夫か?」

「す、すみません!大丈夫です・・・」


 女が慌てふためき身体を離し答える。

 二十歳過ぎ、坂城と同い年くらいであろうその女は、濃い茶色に髪を染めた、人混みに紛れると直ぐに解らなくなるような十人並みの顔立ちと、センター街辺りで遊び歩いてる風では無い地味目な格好に、ライトブラウンのトートバッグを肩から下げていた。

 と、女の風体を『十人並み』とか『地味目な』とか評価したが、自分も他人の事を言えた風体じゃないかと内心苦笑する。


「あの、ありがとうござ・・・」


 礼を言おうと上を向いた女の顔が坂城の顔を見た途端、目を見開いて凍り付く。

 そんな顔を向けられショックを受けそうになる坂城だったか、どうも女の視線は自分では無く、自分を通り越した先にある何かだと気付き、女の視線を追うように振り返ると、今まさに起こり始めた異様な光景に、女と同じように目を見開いてその場に凍り付いて固しまった。


 足元から感じる地の底から沸き上がるような地響き。

 それに呼応するように八王子の方面の空が下から浸食されるようなーー遥か先の地面が盛り上がっていく光景。

 競り上がった地面はその上に建っていた諸々を飲み込んで徐々にその形を取り始める。


 東急百貨店の遥か向こうに四角い山が出来上がる。

 その山はぐんぐんと高さを増して四つ足のテーブルのような形に。

 そこから南側のテーブルの一辺が競り出すと下を向く四足獣のような姿に。

 前足を曲げて反動を付けると、ユラユラと揺らぎながら上半身を持ち上げて膝立ちに。

 片膝立ちになり足の裏で大地を掴むと、ゆっくりと二本足で立ち上がる。

 遥か彼方で天を衝くようにそびえ立つそれは、今まで見たどんなビルよりも高く巨大であった。


「何・・・あれ?」

「何だろうな・・・」


 坂城が後ろへよろめいたのか、女が前へ踏み出したのか、いつの間にか隣に立った女が茫然とした表情で漏らした言葉に、坂城も同じく茫然とした表情で答える。


 周囲の全ての視線を集める中、立ち上がった巨大なそれの動きが収まると、地面の揺れもほぼ収まっていた。


 頭の中で鳴り響く警鐘がだんじり祭のようにより、一層その激しさを増す。


(これ以上はホントにヤバイかもしれないな・・・)


 回りを見回すと未だ撮影中で棒立ちでいる輩も多いが、訳の解らない巨人?から少しでも離れようと背を向けて、東にある青山通りへ向かって行く輩の姿もちらほらとある。


(こっちに向かって来たとしたら、人の足じゃ絶対逃げ切れないだろうから・・・)


 坂城は女に顔を向ける。その動きか視線に気付いたのか、女の方も坂城へと顔を向けた。


「自分はこのまま電車で遠くへ逃げようと思うので、貴女も早く逃げた方が良いですよ。ではお気をつけて」

「えっ?はい?え?あの・・・」


 間の抜けた女の声は耳に入らなかった事にして、きびすを返した坂城はスマホをズボンのポケットに突っ込み、一路渋谷駅のハチ公改札口へ向かった。

 スクランブル交差点はさっきの揺れのせいか、車から降りて巨人を眺める人だかりのせいか、完全に麻痺しており、その人と車の群れの中を縫うように通り抜ける。


(しかし、遠くへ逃げるって何処へ逃げようか。家に帰るか、それとも新宿まで行って中央線から千葉へ行くか・・・それとも埼京線で大宮へ行くか・・・いっその事東京駅から新幹線に乗ってもっと北へ逃げるか・・・?


 Suicaを使って自動改札を通り抜けたその時ーー。


 ぅぅぉぉぉおおおおおおおあああああああああっっっ!!


 突如として起こった轟音が鼓膜をこれでもかと叩き付ける。

 同時に大気がビリビリと激しく震え、幾つものガラスの割れる音と人の悲鳴。

 耳を塞ぎ背中を丸め、強張る身体と折れる心をなんとかかんとか奮い起たせてそれでも必死に振り替えると、巨人が背を反らして胸を突き上げ、雄叫びを上げたかのような姿勢を取っていた。


「何なんだよクソッタレ・・・」


 雄叫びが収まりキーーンと鳴り響く耳へ指を入れながら、坂城は悪態を吐き捨てる。

 しかし巨人にとって、塵芥ちりあくたごとき小さな人に等に気を配る筈も無く、鈍重そうな巨体を揺らし南へーー神奈川方面へ向かって一歩踏み出した。

 地響きと揺れがここまで届く。


 街は震災か竜巻でも通り過ぎた後のように、砕けず残ったいくつものライトがガラスの割れたビルを不気味に照らし出していた。


 車道では立ち往生した車が、焦りと恐怖をぶつけるようにクラクションを垂れ流し、歩道では人が呻き声を漏らしながらうずくまっている。


 薄ら寒い陰鬱いんうつとした空気が周囲に立ち込めるのを肌で感じつつ、自分にはどうする事も出来ない、きっと自衛隊なり消防隊なりがどうにかしてくれると自分を納得させて、坂城は山手線のホームへ向かう。

 まずは少しでも安全であろう場所へ逃げようと考えて。


「あ・・・ダメだこりゃ」


 階段を上りきった坂城は顔をしかめた。

 山手線のホームは朝夕のラッシュ時の以上の人混みでごった返している。

 恐怖やストレスからか大声で「家に帰りたいっ!」と駄々をこねて泣き叫ぶ子供。それを「うるせぇっ!」と怒鳴り付ける中年の男。子供をかばい男に掴み掛かる親。

 足を踏んだ踏まないで言い争う声。回りの『迷惑だ』と言わんばかりの冷たい視線の群れ、群れ、群れ。

 電車遅延のアナウンスは絶え間無く流れ続け、貧乏揺すりをしながら腕時計で時間を確認して鳥の鳴き声のように高速で舌打ちをし倒すダークスーツのサラリーマン。


 この場に渦巻くのはガソリンの海かーー。


 何時いつ何かの拍子で火が付き大爆発してもおかしくない殺伐とした雰囲気が充満していた。

 その光景に嫌気が指し、坂城は静かに溜め息を付いて首を振った。


「どうかしました?」


 後ろから少しオドオドした声音の声が掛かる。

 振り替えると何処かで見た事のある女の姿。それが先程話した女だと気付くのに坂城は僅かばかりの時間を要した。


「いえ・・・暫く電車は来ないようなので」

「そうですか。えっと、その・・・」


 女が言葉に詰まり上目使いに坂城を窺う。


「ああ、坂城です。坂城 数人と言います」

「これはご丁寧に。私は宇江原うえはら みさきと言います。

 それでその、坂城さんはこれからどうなさるんです?」


 少し戸惑うような素振りを見せて宇江原と名乗った女が尋ねる。


「そうですね・・・此処ここに居ても仕方ないので、一度外へ出てどうするか考えようかと思います」

「そうですか。それじゃあ私も外に出ようかしら?」


 宇江原は迷ったように小首を傾げる。

 それを見て坂城はふと疑問に思った事を聞いてみる。


「宇江原さんは今日は一人で?」

「そうです」

「なるほど・・・」

「?」

「ああ、いえ、確認しただけです」


 坂城は不思議そうにこちらを見上げるこの女は、一人では不安だからと言う理由で自分に付いて来てるのだと納得する。

 決してモテ期到来とかでは無いらしい。

 気持ち重くなった足取りで二人は渋谷駅を後にした。


 外は相変わらす陰鬱とした空気が漂っている。

 割れたガラスで切ったのか血を流す人間が何人もいる。目の届く範囲には人死には居ないように見えた。


(さて、これからどうするかな・・・)


 改札を出て直ぐの壁にもたれ掛かり、坂城は腕を組み指で顎に摘まみながら考える。

 その隣に宇江原がちょこんとかがみ壁に背中を預けているのが視界の隅に映った。


(山手線は当分動かないだろう。東横線と田園都市線は神奈川方面へ向かうから論外として、銀座線と半蔵門線はどうだろう・・・やっぱり動いてないだろうな。

 バスもこの馬鹿みたいな渋滞で動いてる気配は無い・・・となると、歩くしかないか・・・)


 では、歩いて何処に向かえば良いのか?と、考える。


(アパートは東横線沿線にあるから帰らない方が無難だろう)


(東の千葉か、北の埼玉に行くべきかとも思ったが、そっち方面には知り合いは居ないし地理も全く明るく無い)


(実家は愛知にあるが無事だろうか)


(巨人は神奈川へ向かったみたいだからここで救助が来るまでじっとしているのも一つの手かも知れないが・・・)


(地響きも振動もかなり小さくなったように感じる。巨人が南へ移動して渋谷から遠ざかっているからか?)


(そう言えばカラスもネズミもいつの間にか姿を見せなくなったが、全部逃げ切れたのだろうか?それとも逃げ切れず何処かに潜んでいるのだろうか・・・)


「ん?何だ・・・?」


 様々な考えが頭の中を行ったり来たりさせていると、何時しか視線が下へと落ちて、そこで地面が濡れている事に気付いた。見渡すと広い範囲でアスファルトの地面がが濡れて色が変わっている。

 さっきの揺れで何処かで水道管が破裂でもしたのだろうか。


「何だこりゃっ!?」


 何処かで誰かが素っ頓狂な声を上げる。


「何だありゃ?」


 声の主を見つけ、その主が見る方へと視線を向けた坂城の口からも同じような言葉が漏れる。

 視線の先に、こんもりと盛り上がる何かがあった。

 一瞬、遥か彼方に現れた巨人の姿が頭を過り全身総毛立ったがそれとは全く別物のようだ。


 少なくなった灯りに照らし出された地面の盛り上がりは、厚みに差がある為か、濃度に差がある為か、ゆがんではいるが向こう側の景色が見えるくらい透き通っていた。土塊つちくれでは無く水の塊と言った感じだろうか。

 人の体積の軽く数倍は有りそうなそれは、薄い水色に色付いてぶよぶよと揺れている。粘度が高いのか膜のような物で覆われていのか、それは崩れて広がる事無く、クラゲのような質感を保っているように見えた。


「うぉっ、こっちにも!?」


 別の場所でも同じような水塊すいかいが姿を現す。

 一体全体あんなでかい物が何処から出てきたのかと辺りを見回すと、排水用の側溝やさっきの地響きでひび割れたアスファルトから水と一緒に溢れ出ていた。


 勇敢なのか馬鹿なのか、恐らく馬鹿なのであろう何人かが水塊に近寄った。


 未だぶよぶよと揺れているだけの水塊。


 お調子者と言った感じの金髪に染めたチャラい風体の男の一人が恐る恐る手を伸ばし、水塊の表面を指先で突つく。

 指で押された箇所が圧されて凹み、離すと少し遅れて元に戻る。その際に起きた振幅しんぷくが波紋となって塊全体へ行き渡った。

 まるでゼリーかプリンのような揺れ方だ。


 もう一度、今度は掌で触れようとする。と、それを拒否するように水塊の表面が大きく凹んだ。


 そしてーー。


 ぶりゅんっっ!


 今まで大福のような形状を保っていた身体は、凹みを大きく口のように広げると、覆い被さるように男の身体を飲み込んだ。




ーーーーーーーーーー




●新出現モンスター


水塊:スライム

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