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Scene.17

 


 斎藤さいとうの怒号のような号令の元、一斉にスライム供に背を向けて走り出す面々。


   ぼっ ぼゎっっ


 それらを腹の中に収めようと追い掛けるスライム供に向かって、坂城さかきと斎藤が手にした簡易火炎放射器ゴキジェットとチャッカマンでその動きを牽制する。

 炎な帯が我先にと飛び出したスライム数匹の表面を嘗めた。

 ジュッと、表皮を炙られ怯むスライム。


「退がるぞ!」


 先頭のスライム供の動きが鈍り渋滞が起こる。二人はその隙を突き先に逃がした一団の後を追った。


 スライムの移動スピードは、夜であれば一般人の全速力とほぼ同程度。中身が一人か二人入っている場合は、重さのせいか養分を手に入れ余裕が出来た為か、空っぽの時に比べ二、三割遅くなり、三人入るとほぼ動かなくなる。

 変わって日中のスライムの移動スピードは、中身の有無に関わらず夜の空っぽの状態に比べスピードは半分程まで落ちる。

 が、今空には太陽の位置も解らないくらい分厚い雲が見渡す限り垂れ籠め、その為かは解らないがスライム供の動きが、夜の中身一、二人入りの時と同じくらいの移動スピードで坂城達を追い掛けていた。


 それでも全力で走れば十分逃げ切れるスピードでは有るのだが、斎藤達一行の運搬要員は皆40キロ前後の荷物を抱えて走っているせいで全力とは程遠い速度しか出せない。


 坂城と斎藤は1分としない内に先行した一団に追い付き、スライム供は2分としない内に一団に追い付く。


「くそっ!」


 坂城が触手を避して本体へと炎を浴びせ掛け、斎藤が横凪ぎに運搬要員に触手を伸ばすスライム供々近くの三匹をまとめて灼くと再び後と追う。



 ビックカメラまで、残り1500メートル超。



「うわぁっっ」


 前から男の悲鳴が届く。

 声の方を見ると青山通りにぶつかる横の通りから、一行の横腹に喰らい付こうとするかのように重そうな身体を揺らしながらスライムが現れ出た。


「あ!?っの糞がっ!」


 斎藤が吐き捨てるような悪態を付いて走り出す。

 先頭を任せていた戦闘要員の男が運搬要員の一行を置き去りにして、たった一人で遥か先を走っていた。


「あ・・・あ・・・」


 蛇に睨まれた蛙のように立ち竦む、大量の荷物を背負い両手にも抱える運搬要員の女。それに覆い被さらんとする、壁のように身体を広げたスライム。

 女が背負うリュックに手を掛ける斎藤。力任せに引っ張った。


「きゃぁっ!!」


 悲鳴を上げて転がる女は手にした荷物を全て道路にぶちまけた。

 女の居なくなった場所を飲み込むスライム。斎藤が倒れた女の前に躍り出ると空振りをしたそれに向かってゴキジェットをかざす。


   ぼぁっっ


 噴霧した殺虫液に着火した炎が、元の水饅頭の形に戻ろうとしていたスライムの表皮を大きく撫でた。


「止まるなぁ!走れ走れ走れ走れ走れぇぇぇっっ!!」


 斎藤の怒号が一行を再び走らせる。


 立ち止まり、後ろから襲い掛かるスライム供を牽制し、前を走る仲間が逃げる時間を稼ぎ、その仲間を追い掛け、スライム供にまた追い付かれ立ち止まるを、何度も繰り返して青山通りを西へ西へと逃げ、ねぐらであるビックカメラの近くまで辿り着いた頃には、一行を追い掛けるスライムの数は二十匹を軽く超えていた。



 ビックカメラまで、残り200メートル超。



   ぼぉぉぉ・・・・・・  プシュッ


 正面のスライムに向けた斎藤のゴキジェットのガスが切れる。それを待っていたかのように、焼け爛れた表皮を震わせ生み出した触手を突き出した。


「クソッ!ガス欠になりやがった!」


 迫る触手を避し、空になった缶を投げ付けながら悪態を付く。

 缶をぶつけられたスライムはその缶を飲み込み、何事も無かったように巨体を揺すり斎藤に迫った。


龍起たつおき。お前は先に退がれっ!」

「バカ言うな、お前を置いて逃げられっかよっ!予備が有ったらこっちに渡せ!」

「んなもんとっくに使い切った!」

「くっそ、もう少しだってのに・・・」


 斎藤が通りの先を見る。

 先に逃がした運搬要員の先頭が、丁度ビックカメラの自動ドアへと辿り着いていた。


 スライム供が二人を取り囲もうと動き、そうはさせじと二人はスライムの包囲が完成する前に炎を浴びせ、触手や体当たりを避して駆け抜ける。

 と、青山通りへ交わる小道から新たなスライムが現れて二人の行く手を阻むと、それに向かって坂城が炎を浴びせ掛けて隙を作る。



 ビックカメラまで残り100メートル。



  プシュッ   カシュッ    スゥーー・・・


 そして遂に、坂城の持つゴキジェットのガスも切れた。


「ぁなっ!こっちかっ!?」


 空になった缶を地面に叩き付ける。甲高い音を上げて缶は地面を跳ね、明後日の方角へ転がって行った。


「数人、足止めはもういい!ずらかるぞっ!」

「ちっ、解った!」


 半円形に陣取るスライム供が二人の退路を断つように回り込み始めた。


(考えて行動した?いや、偶々か・・・?)


 スライムの動きを視界に映しながら坂城。

 目の前を走る斎藤が包囲の完成していない広い隙間へ近付く。

 包囲の端に陣取るスライムが斎藤の脚を絡め取ろうと隙間へ触手を張った。

 ハードル走の要領で足元のそれを跳び越え、斎藤が先に包囲を突破した。


 二歩遅れ、坂城が同じくそれを跳び越えようと地面を蹴る。それと同時に、ハードルのように触手を伸ばした先に居たもう一匹のスライムが、今度は坂城の首の高さに触手を張った。


「ぅぐぁっ」


 突然視界を遮るように現れた触手に反射的に身体を捻ると、ハードル跳びが崩れて変則のベリーロールに体勢になった。無茶な体勢の変化に身体の何処かに痛みが走る。

 歯を食い縛り痛みを押さえ込んで触手の間を抜けると、背中を丸めて両手で頭を庇い、地面の上を転がった。


 アスファルトの道路と曇天の空が交互に視界に入り、勢いが収まると灰色が目に映った。それが曇天の空の方だと理解出来るまでほんの一瞬だが時間が必要だった。

 そうして坂城は我に返ると、同時に脳に飛び込む身体の所々に走る痛みを意識の外へと追いやり地面に肘を突くと半身を起こす。

 その眼前に壁のように直下立そそりたつスライムが此方へと重心を傾けて来るのが見えた。


(ヤバいっっーー)


 バルルルルルルルァァァァァァァッッッ!!!

「避けろ数人ぉーーーっっ!!」


 背後から斎藤の絶叫と共に爆音のようなエンジン音が轟いた。


 それらが鼓膜を叩くと、脳では無く脊椎が身体が動かす命令を下す。

 片手片足で地面を蹴って二回三回と地面を転がる。


  バラララララララッッ   ドガッッ!!


 前輪を持ち上げた無人のバイクがその場所を走り抜け、傾くスライムにぶち当たった。


「数人っ立て!」

「悪い、助かった」


 斎藤が差し伸べた手に掴まり、支えにして立ち上がる坂城。

 前のめりに走り出した坂城がチラリと背後を見やると、バイクを飲み込んで食中りでも起こしたのかブルブルと身体を震わせるスライムを避け、他のスライムが二人を追い掛けて来ていた。



 ビックカメラまで、残り80メートル。



「捕まってたまるかよ」

「大丈夫、俺等の勝ちだ」


 迫るスライムに苦々しく毒を吐き捨てる坂城。

 それとは対照的に、斎藤がニヤリと口の端の片側を持ち上げて呟いた。

 斎藤の視線を追い掛けるとその先には此方に向かって走って来る五人の男達の姿。


「馬っ鹿野郎ぉ、遅ぇっつぅの圭介けいすけぇ」


 先頭の男に向かって嬉しそうに斎藤が悪態を付いた。


「何だ生きてたか」

「ったりめぇだっつぅの」


 手に持ったゴキジェットを二人に投げて寄越し皮肉気に笑う近藤こんどうに、それを受け取り軽口を叩く斎藤と、無言で受け取る坂城。


   ごぅぉっっ


 坂城達を庇うように立った四人の男女が迫るスライム供に向け、思い思いに炎を浴びせる。


「よっしゃ数人、こっからは俺等のターンだ!野郎共、こいつ等まとめて全殺すゾッ!!」

『おおおおおぉぉっっ!』


 斎藤の号令にときの声を上げて応える男達。

 七人が放つ炎の帯が、分厚い壁のように立ちはだかる三十匹にまで膨らんだスライム供を撫で付けた。



「龍起!圭介!バラバラに攻撃してたんじゃ倒すのに時間が掛かり過ぎる。二組に別れて各個撃破してくれ!」

「解った!圭介とお前は俺の方へ来い!他は数人の方でスライム供をぶち殺せ!」


「触手に気を付けろ!コイツをぶち殺したら次はソイツだ!」


「済まない数人!一匹そっちに向かった。背中に気を付けろ!龍起!ソイツは向こうに任せてこっちのヤツを相手してくれ!」


「よし!残り半分、お前等気ぃ抜くんじゃねぇぞ!」


「俺が正面で引き付けるから三人は左右と後ろへ回り込んでくれ。四方からこいつ等を一気に殲滅するぞ!」


「馬鹿野郎!気ぃ抜くなっつっただろ!死にてぇのかっ!」

「龍起、今はそんな事言ってる場合じゃ無いだろ。早くこっちを手伝ってくれ!!」

「解ぁったよ、てめぇも何時までも馬鹿みたいに座って無いで早く立って仕事しやがれっ!」


「龍起!此方は終わったぞ。そっちはどうだ?」

「こっちも直ぐ終わる!これで最後だ!」



   バシャッ


 斎藤達三人が炎を浴びせ掛けていた最後のスライムが形状を保ち続ける事が出来なくなり、割れた水風船のように中身を地面にぶちまけた。

 シンと静まり返った周囲には、薬品と汚水が混ざったような鼻にこびりつく臭いが充満し、七人の荒い息遣いだけが互いの耳に届いていた。

 そんな中、


「・・・・・・勝った?」


 半信半疑と言った声音で誰かがポツリと呟く。

 スライム三十匹分の体液で汚れ、水浸しになったアスファルトの地面に立つ七人の男達。


「・・・勝った」


 答えを探すように七人の視線が交錯する。

 通りの角やビルの中、地下街の階段を上ってスライムの増援が現れる気配は無い。


「勝った・・・」


 疑念が確信に変わる。

 そして歓喜に満ち満ちた声が沸き上がった。


「勝ったぞぉぉぉーーーーっ!!」

「あっははははははははは」

「うぉぉぉぉーーっ!」

「すっげ!やっべ!まじやっべっっ!!」

「キャーーキャーーキャーーッ!」

「やったやったやったやったやったやったぁぁーーー」


 しきりにガッツポーズを取り、ピョンピョンと飛び跳ね、互いに汚れた身体をバシバシと叩き、奇声を発して走り回り、お互いの健闘を讃え、思い思いに溢れ出る歓びを表現する男達。


「おっし。んじゃまぁ、帰るとすっか!」


 一頻り喜び合った後、斎藤が音頭をとって全員でビックカメラへと移動した。


 近付くにつれ閉ざされた自動ドアの向こうで帰りを待つ十数人の表情が見える。不安や喜び、安堵。様々な感情が混ざり合い、今にも噴き上がりそうになっていた。


 それらの気持ちに応えるようにーー。


 先頭を歩く斎藤が成し遂げた漢の顔で、空に向かって高々と拳を突き上げた。


『わぁぁぁぁぁーーーー・・・』


 途端、ドアの向こうから巻き起こる歓声。


「オッキィーーッ!」

「龍起!」


 その中から電源の切れた自動ドアを手動で開けて、焦れた太田おおた 歌音かのん西ノ宮(にしのみや) 千早ちはやの二人が駆け出して来た。


「もぅ!無茶しないでよ。心配したんだからっ!」

「俺の活躍見たか?」

「見た見た!スッゴかったよ♪さっすがあ~しのオッキー♪愛してるぅ♥」

「そりゃ・・・カッコ良かったゎょ・・・」

「そうかそうか、スゴかったか♪カッコ良かったか♪」


 女二人の賞賛に上機嫌で二人を抱き締めようと手を伸ばす斎藤。しかし、太田と西ノ宮の二人は、スススと後ろに下がってその手を避す。


「どうした?」


 怪訝な表情を見せる斎藤に、顔を見合わせる太田と西ノ宮。言い難そうに二人が口を開く。


「あのねオッキー・・・抱き付きたいのは山々なんだけど」

「ちょっと・・・うぅん、かなり臭いの・・・」


「おっふ・・・」


 鼻を押さえて顔をしかめる二人の前で斎藤は膝から崩れ落ちていった。

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