Scene.14
屠殺描写あり注意。
両手で荷物を抱えた坂城が三階へ下りると真っ先に宇江原が近寄って来た。その表情にはありありと不安の色が窺い知れる。
どうやら上でのやり取りがここまで聞こえて来たのだろう。
視界の奥で食事を取る他の連中は、やはり関わりたくない無いと言った感じで、気にはなるが見て見ぬふりをしようとしている。
「そんな顔して近付いて来なくても平気だって」
「でも・・・」
「それよりまだやる事があるんでまた後でな」
何か言いたそうに口を開く宇江原を、しかし坂城はその言葉を遮り足早に歩き出す。
更に下、二階へと下りるとお通夜のような暗い雰囲気がどんよりと垂れ籠めていた。
男達が皆諦めたような顔をして数人が後片付けを始めており、残りは自分の寝床へ戻って空きっ腹を抱えながらふて寝をしようとしている。皆俯いて誰も坂城が降りて来た事に気付いていない。
そんな中この階で一番若い、恐らく中学生くらいの少年がホットプレートを洗おうとプレート部分を外して持ち上げた。
「あっ!?」
その視界に戻って来るなど欠片程も思ってもみなかった坂城の姿を捕らえ驚きの声を上げた。
「折角色々と持ってきたのに片付けるのか?」
少年の声に他の面々も驚きの表情で視線を向け、それらの注目を一身に浴びる坂城は何となく居心地の悪さを感じながらも男達に問い掛ける。
「あの、これは?」
その問いに答えず、恐る恐ると言った感じで近付いて来る中の一人、100キロ超えの肥満男が机に並べられて行く大根や人参等の根菜類、生姜、味噌味の液体スープのパック等々、坂城が両手で抱えて持って来た食材を、食い入るように見ながら逆に問う。
「マッドラットの肉だけじゃ食えたもんじゃないから上で一緒に食べられそうな物を見繕って貰って来た」
「戸崎が良く許可しましたね」
「アレ・・・あいつはごねてでんぐり返ってたから龍起の方に話を通した」
『おお・・・』
事も無げに言ってのける坂城に、周囲から安堵の表情と共に感嘆の声が漏れる。その声が途切れるのを待って坂城は男達を見回した。
「それじゃまずは肉を捌こうか。誰か捌ける人は?」
『・・・・・・』
坂城の問い掛けに男達は顔を見合わせるのみで誰も名乗り出ようとしない。
「さっきの肉は誰が切り出したんだ?」
質問の仕方を変えてもう一度尋ねると、一人の男が恐る恐ると言った感じで手を上げた。
血の気の引いた青白い顔をしたひょろりとした痩せた男だ。
「私です」
「そうか。引き続き肉を捌いて貰えるか?」
「勘弁して下さいっ!」
青白い顔から更に血の気が失せて白い顔になりながら悲鳴のような声を上げる。
「さっきのだってじゃんけんに負けてホント吐きそうなのを我慢して何とか切り出したんだ!これ以上は絶対無理です!出来ませんっ!!」
一頻り喚くと両手で顔を覆いその場に躑み込むと、おいおいと泣き出してしまった。
その姿にこれ以上この男に求めるのは無駄と判断した坂城は、ぐるりと集まる男達の顔を見回す。
男達は全部で十人ーー。
チビ、デブ、ハゲ、ヤセ、そして不細工。一人一人程度の差はあれど何れか、若しくは複数個、それらネガティブな身体的特徴と、今の状況に過度のストレスを抱えているのか三階にいる連中よりも陰鬱な雰囲気を醸し出している。
斎藤達が『キモオタ供』と呼ぶのはこの辺りに理由があるのだろうか。
さておきーー。
十人の男達ーー顔を覆い泣いている男を除いた九人の男達は誰一人として坂城と目を合わせようとしなかった。
目を合わせると厄介事を任されると無言の抵抗をしていた。
全員を見回した後、坂城は身体の中に生まれた澱のようなものを吐き出す為に深く永く息を肺から押し出す。
「仕方ない。俺が捌くか」
幾ばくか残念な心持ちでそう言うと机を回り込んでブルーシートの敷かれた場所まで移動する。
四畳半程のサイズのシートは上に赤黒い血が僅かに溜まった青いプラスチックのバケツと出刃包丁が無造作に置かれ、かなり適当に二つに畳まれたシートの間にはこれから捌く食材が隠されている。
坂城は上になったシートの端を掴むと捲り上げた。
「うぁっ・・・」
思わず息を飲む。
予想通り、と言うか予想より二、三段上を行く物が其処に転がっていた。
数は全部で三ーー。
一匹目は頭を一撃で叩き潰され目や脳が飛び出してシートに血と共に垂れている。目玉と脳ミソの量が少ないのは現場で飛び散ったせいだろうか。
二匹目は外傷は特に見当たらないが背中が歪に凹み口から流れた血が乾き始めて赤黒いゼリーのようになっている。
三匹目は一匹目程見事にでは無いが同様に頭を潰されており、後ろ足の片方が切り取られ傷口から多くは無いが血が溢れていた。どうやらさっきの肉はこいつから切り出した物のようだ。
坂城は二匹目の前に膝を付くと傍らの出刃包丁を手に取る。
「ん?」
ふと、ある事に気付き背後で成り行きを傍観する男達に振り返った。
「こいつらの血抜きはしなかったのか?」
坂城の言葉に男達は疑問符を浮かべ沈黙を続ける。どうやら誰も血抜き作業と言う物を知らないらしい。
「血ってのは鮮度が落ちると直ぐに臭いがキツくなるらしい。だから一刻も早く〆ないと血管の中で血は固まるし、その臭いが肉に移って味が格段に落ちるんだ」
「それで血抜きってどうするんですか?」
ホットプレートの少年が尋ねる。
「生きてる内に喉を掻っき切るのが手っ取り早いかな?そうすれば心臓が動いてる間はずっと傷口から自動で血が噴き出し続ける筈だし。更に尻尾なり後ろ足なりを掴んで逆さにしてやるとより効率的に抜けるんじゃないかと思う。
もし血抜きする前に死んだ場合は、胸の辺りを切り裂いてからそこに手を突っ込んで心臓を直接動かして無理矢理血流を作って血抜きする方法もある。ただ、胸を切る時は心臓や太い血管を傷付けないように注意が必要だな」
「どうしてそんなに詳しいんですか・・・?」
昔テレビのドキュメンタリーかネットで観た豚や鶏の屠殺場での映像や猟師の猪の解体シーンの朧気な記憶をを思い出しながら説明すると、少年が青い顔を白くしてよろめく。
「これくらい一般常識だと思ってたんだが・・・?」
「違うと思います・・・」
「そうなのか?」
坂城が他の面々を見るが、皆一様にホットプレートの少年に同意するように無言で首をに振る。
「そうなのか・・・」
少しショックを受けたような顔で黙り込むと改めてマッドラットに向き直った。
マッドラットの胴体はおよそ50センチ。尻尾を入れれば1メートルくらいある。重さは大体6~8キロ。食べられる部分は3キロも取れれば良い方だろう。
右手に出刃包丁を構え、左手をマッドラットの腹の辺りに手を伸ばし、伸ばした手をピタリと止めてじっと見る。
「・・・・・・」
出刃包丁をその場に置き無言で立ち上がると、坂城は訝る男達を後にスタスタと歩き出し、階段を下りて一階へ移動する。そして商品の並ぶ棚からその内の一つを手に取ると再び二階の男達の前へと戻った。
坂城は持って来た商品の糊付けされた包装紙を開いて中身を出すとそれを両手に嵌める。
「よし」
青色のゴム手袋を手に出刃包丁を握り直すと、マッドラットの前に膝を付き解体作業を再開した。
先ず左を向いて転がっているマッドラットの頭を左手で摘まむ。さして厚くもないゴム越しに伝わるゴワゴワとした固い毛の感触と死後硬直でも始まっているのか固い肉の感触。
その頭を掌で動かないよう僅かに体重を乗せて押さえると、首の根本辺りに出刃包丁の切っ先を突き付けた。
少し力を加えると毛と皮が切っ先を押し返す。更にぐっと力を入れると、ブツッと鳥肌の立つような感触が手先に伝わり、切っ先が皮を貫き肉へと食い込む。傷口から少量の赤黒く変色した血が漏れた。
坂城は感情を殺して包丁に全神経を注ぐ。少しでも解体作業に嫌悪感を抱いてしまうと、それ以上手が動かなくなってしまうのではないかと感じた。
力を込めて切っ先を突き入れると直ぐに固い物にぶつかる。恐らく胸骨だろう。
切っ先を胸骨に這わせるように腹の方へと刃を小刻みに動かし割いていく。出刃包丁が安物だからか坂城の手際が悪いからか、強めに力を込めないと刃が先へ進まなかった。
「あ、駄目だこりゃ」
と、突然坂城の緊張の糸が切れる。
「どうしたんですか?」
突然諦めた坂城の様子を後ろで窺っていた男達の一人、ホットプレートの少年が覗き込むが、次の瞬間、口許を押さえて何処かへ走り去ってしまった。
坂城の目の前には大量の血と共に内臓をぶちまけられている。周囲に漂う血と諸々の臭気が一、二段強くなっていた。
ドン引きの男達の中から恐らく四十辺りの見事な揉み上げの全身が毛深い男が表情を顰めながら始めて口を開く。
「そこまでやっといて一体何が駄目なんだ?」
「誰だか知らないがこいつを殺す時、腹を思い切り殴ったんだろうな。内臓が幾つか潰れてて、最悪な事に腸まで裂けてやがる」
「それの何がマズイんだ?」
「解らないのか?腹の中が大腸菌で汚染されてしまってるんだ。しかも他の臓器が破裂してるって事は、ひょっとしたら血管を通じて身体中に蔓延したかも知れない。そんなものは食えないだろ?」
「きっちり熱を加えてみては?」
別の男が口を挟む。癖毛のキツい髪の下にある面白い顔が、血の臭いのせいか顔色が悪くなり、更に面白い事になっている。
「じゃあ食べてみるか?取り合えず医者も看護婦も居ないから万が一何かあったとしても自己責任って事になると思うが?」
「え、遠慮しときます・・・」
「ま、それが良いだろうな。鼠なんて黒死病やら何かしらの病原体の保菌者の可能性が少なからず有るんだから。それにこんなデカくて凶暴な鼠、今まで見た事も無いし・・・・・・それより誰がポリ袋何枚か持って来てくれないか?」
坂城の言葉に困惑の表情で互いの動向を窺う男達。窺うだけで誰も手を上げようとしない。
数呼吸しても一向に進展の無い状況に、坂城が血に濡れたゴム手袋を突き付けてもう一度問う。
「この手でそこら中を触り倒して良いのか?誰かポリ袋を何枚か持って来てくれ」
男達の視線が交錯し、やがて一人に集まった。
「・・・解りました」
視線を一身に浴びたホットプレートの少年と同じくらいの年の髪の短いニキビ面の少年が項垂れると緩慢に動き出す。
(龍起達がこいつ等の事を『キモオタ供』と見下すのも何となく解る気がしてきた・・・)
こめかみ辺りが攣く付くのを感じながら先程まで泣き喚いていたモヤシみたいな男をひたと見据える。
「他に包丁は有るのか?」
「たぶん何本か」
「解った。あんたはこいつを綺麗に洗って、その後は鍋に湯を張って煮沸消毒してくれ」
刃の方を持ち柄をモヤシ男に突き出す。一瞬どうして自分が?と不服そうな顔をするが、坂城の有無を言わさぬ目力に気圧され不承不承それに従う。
続け様に坂城は他の面々に対しても指示を出して行く。
「あんたは包丁を持って来てくれ。
数?俺の分合わせて5、6本有れば良い。
ああ、後ティッシュかキッチンペーパーか、兎に角拭くものも一緒に持って来てくれるか」
「そう言えば飯は有るのか?
米がある?なら今すぐ炊いてくれ。
分量は一升・・・いや、一升二合有れば此処に居る人数の腹は脹れるだろう」
「他の連中は包丁が来たら俺が持ってきた野菜を切ってくれ。
切り方はそうだな・・・すぐに火が通るように一口サイズで薄目にした方が良いかもな」
「ああ、ポリ袋か、ありがとう。次は下から新しいゴム手袋を持って来てくれ。階段を下りてフロアに出たらすぐ左に折れて突き当たりの壁の棚に並んでるから。サイズはMで肘まであるやつで頼む」
それまで間抜け面をぶら下げて野次馬気分で居た男達が、坂城の言葉に従いやっと動き出した。
一通り指示を出し終え一息吐くとポリ袋を一枚開き、腸をぶちまけたマッドラットをその中へ放り込むと、傍らに置かれた箱ティッシュから引っ張り出したティッシュでブルーシートの上の血を綺麗に拭い取り、それらも一緒にポリ袋の中へ。
空気を抜いて口を縛るとそれを別のポリ袋の中へ。
再び口を縛るとゴム手袋を外し一緒に別のポリ袋の中へ。
そうして三度ポリ袋の口を縛りもう一度別のポリ袋の中へ。
都合四重にして袋の口を縛るとそれを邪魔にならない場所へと置く。
その頃には新しく持ってこられたゴム手袋を手に嵌め、同じく真新しい出刃包丁を手に頭が潰れただけの一匹目のマッドラットの前へ移動した。
ふぅ、と息を吐き出すと気持ちを切り替え、坂城は再び解体作業を開始する。
首の根本辺りに刃先を突き立て腹まで裂く。
腹膜を切り裂き脂肪の塊のような黄色っぽい大網と一緒に溢れ出る腸は先程のとは違い潰れても破れてもいない。
ほっと安堵の息を付くと腸を破らないように掻き出す。
切れた血管から流れ出た血が赤黒いのは血中のヘモグロビンが二酸化炭素を取り込んでいるせいだろうか。テラテラと不気味な照りを見せる人の物とは異なる形の胃や腸にベットリと纒わり付く。
横隔膜を切り取ると胸骨に囲われた心臓と肺がチラリと覗く。
それ等全てを出来るだけ外に出すと身体と繋がっている部位を確かめる。
「雄か・・・」
バケツを近くに引き寄せながら、見慣れたものとは大分違うがそれと解る物を見て坂城が口の中で呟く。
自分の物が縮こまるのを感じつつ手始めにそれを切り取る事にした。
管を傷付けて入っているかもしれない中身が出ないように回りの肉ごとごっそりと切り取る。細かい筋肉が入り組んでいるせいか最後は殆ど力任せになった。
そして回りに付く筋なのか膜なのかを丁寧に剥がして行き、未だ腹の中から出せない臓物を破かないように避けながら、そこから繋がる膀胱と腎臓を辿り着き、そこに繋がる血管へ手にした出刃包丁の刃を当てる。
(あれ?硬い・・・?)
腎臓へと伸びる二本の太い血管は想像以上に撓やかでなかなか刃が通らない。
何度も押したり引いたりを繰り返しやっと断ち切る事が出来たがその途端、切り口からドロリとした赤黒い血が腹腔内へ溢れ出た。
「おっ・・・と」
その臭いと光景にパニクりそうになる感情をどうにか抑え込み、数枚のティッシュを抜き取ると切った血管へと押し当てた。白から赤へ一瞬にして色が変わる。
更にティッシュの枚数を足して血の大半を吸い取るともう一方の腎臓に繋がる血管も同じ手順で切り離した。
身体から切り離したそれらをバケツへ捨てる。
坂城は短く吸い込んだ息を一気に吐き出すと顔を伝う汗を肩口で拭い次の場所へと目を向ける。
先ず最初に包丁を入れた位置に、今度は刃の向きを逆にしてあてがうとそのまま顎の下まで切り裂く。
次に切れ間から覗く胸骨に這わすように出刃包丁の刃を横に向けると胸骨と肋骨から薄い胸の肉を切り離して行く。
そうして剥き出しになったあばら骨を前にして少し考えを巡らした後、出刃包丁を一先ず置いて肋骨の一本を両手で摘まむ。
ボキッッ
両方の親指力を込めるときしめん程の太さの肋骨は少し抵抗して耳に残る嫌な音を残して折れた。
肋骨は豚のスペアリブ程堅くはなく、ケンタッキーのリブ程脆くはない。
片側全てへし折るとその折れ口に指を掛けるとテコの原理の応用で、力任せにもう片側の肋骨を全てへし折った。
折った骨を取り除くと心臓と肺が剥き出しになる。
肺に繋がる気管と心臓に繋がる大動脈と大静脈を切ると今度は血が胸腔に溢れ出るが直ぐ様ティッシュで吸い取ると、肺と心臓を取り出しバケツへ放り込んだ。
それにしても血が溢れる度に強くなる気分の悪くなる臭気に、このまま捌いて果たして食べる事が出来るのかと言う疑問が鎌首を擡げてくる。
しかしここまでやっておいて『やっぱ止めた』と言える匙を投げる訳にもいかず、坂城はフッと息を付くと意を決して作業の手を先へと進める。
胃の内容物が溢れないように食道を摘まみブツリと切り離すと、一度包丁を置き、そこから芋づる式に連なる胃や腸や諸々の臓物、膜を纏めてバケツの中へ。
最後に直腸を摘まみ肛門回りの肉毎削ぎ落とし、2メートル以上あった消化器全てを取り除いた。
空っぽになったマッドラットの腹を見て充足感の様な物が沸き上がって来るが、まだ全行程が終わった訳では無い。
坂城は首の切り口を指で広げ、再び手にした出刃包丁の切っ先で肉を切る。そうして見えた首の骨継ぎ目に刃を当てて、柄を強く握り包丁の背に手の平を這わせ、体重を乗せて一気に押し込む。
ゴギッッ
思いの外鈍い音が周囲に響く。
坂城は残る肉と皮を切り、潰れた頭と胴体を切り離した。
頭はバケツへ捨てる。
続けて首の断面に包丁を突き入れ肉から皮を剥ぎ始めた。ある程度まで進めると手段は包丁から手へ変わる。
肉を押さえ力任せに皮を引っ張ると、ビッ、ビビッと音を立てて剥がれて行き、最終的に足先と尻尾だけに皮が残る。
その様はさながら毛皮の手袋と靴下を身に付けているようだ。
「さて、ここからどうするか・・・」
坂城が出来上がった成猫程の大きさの肉の塊を見下ろして独りごちる。
その大きさは労力の割に酷く小さく見えた。しかも臭いも酷く本当に食べて良いのか疑問符が浮かぶ。
(って、俺はもう食べてたか・・・)
口の中に先程食べた焼いただけの肉の不味さが甦って思わず苦笑が込み上がる。
その笑みが表情から消える頃、坂城は解体作業を再開した。
前足の付け根に出刃包丁を当てて切り落とす。途中骨が行く手を阻むが、首を落とした時のように関節に刃を当てて力を込めて押し切った。
残りの足も同様に切り落とすと今度はその足から骨と肉を切り分ける。
筋膜を繊維に沿って切り、中から出た肉を骨から切り離す。
そうして取れた肉は改めて見ても牛の肉よりも赤く、鹿や猪等の野生肉に近い。やはり血抜きが十分に出来ていないせいだろうか。
足から取れた肉だけでは量が少なく、これだけでは到底十人からの男達の腹を満たせそうにない。
坂城は芋虫かツチノコのようなフォルムになった胴体からも肉を切り出す。
マッドラットの胴体は背や肋の辺りの肉付きが薄く、尾骶骨回りの肉が唯一肉厚な箇所だった。
それらの肉を一通り切り取り、鶏ガラならぬ鼠ガラにすると肉の量は当初の目算よりは少ないが、それでもおよそ2キロ程の量になった。
「まぁ、こんなもんか」
肉を見下ろし独りごちると坂城は背後を振り返る。
そこには既に作業を終えた男達が手持ち無沙汰なのかボーッとしたり雑談したり、解体の様子を遠目から眺めたりと思い思いの行動を取っていた。
一番近くで切った野菜をジッと見ていた肥満男に尋ねる。
「野菜は切り終わったのか?」
「はいっス」
「米は?」
「炊き上がるのを待つだけっス」
「それじゃ俺に鍋と皿を持って来てくれ。後、誰でもいいから鍋の元と切った野菜全部鍋に入れて中火で煮込んでおくよう言っといてくれ」
「了解っス」
肥満男が他の男達の方へ向かい何か話し掛けている。そうして何人かが動きを見せると間もなくホットプレートの少年が片手鍋と皿を手に坂城の元へとやって来た。
「持ってきました」
肉を一口サイズに薄く切り分けていた坂城が振り返ると、少年がブルーシートの上の惨状を見ないように自分の足下へ視線を向けながら坂城の方へ鍋と皿を持った手を必死に伸ばす。
その何処となくクックロビン音頭の想起させる姿勢を取る少年を暫し眺めていると、次第にふるふると震え始めた。
「あの・・・早く取って下さい」
吐き気を堪えながら少し泣きそうな声を絞り出す少年。
「あぁ、悪い」
何気に意地悪をしてしまったと髪の毛先程の反省してから坂城は鍋と皿を受け取ると、その鍋の中へ肉を全て収める。
「その肉はこれからどうするつもりなんですか?」
少年がやはり此方を見ようとはせずに問い掛ける。
「洗って灰汁抜きしたら野菜と一緒に煮るつもりだが?」
「やっぱりそうですよね・・・」
坂城の答えに少年の横顔に影が差す。
「それは入れずに野菜スープとして美味しく戴くと言う選択肢は無いですかね?」
「んー、この肉を食べる為にって理由であの野菜とかは持ってきた訳だからな。その選択肢を選ぶとなると、龍起との約束を破る事になる」
「そうですか・・・そうですよね。すいません、気にしないで下さい」
暗い表情で俯き、少年は消え入りそうな声で坂城に謝る。
「気持ちは解らんでも無いが済まないな」
気落ちする少年にそう言葉を投げ掛けると肉を入れた鍋と皿を手に、少年の脇を通り過ぎた。
「そうだ」
机の上のクッキングヒーターに掛けられた寸胴が視界の端に映った瞬間、坂城は何かを思い付き寸胴に向き直る。
寸胴を挟んだ向こう側には、中に液体スープを投入する肥満男が疑問符を浮かべ、坂城へ視線を向けていた。
「どうかしたんスか?」
「生姜は肉の臭み消しに使うから、鍋の具にしないでくれって言い忘れてた」
「それならまだ入れてないんで大丈夫スよ」
「解った、残しといてくれ」
「了解っス」
肥満男の返答を背中に受け坂城は目的の場所へと移動した。