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Scene.12

 

「今回はこんなもんか」


 斎藤さいとうが腕組みをして目の前に積まれた荷を眺める。


 時間は昼過ぎ。場所は坂城さかき宇江原うえはらが居たコンビニの前。


 スライムとの戦闘後、一度そこまでやって来た坂城達は、班毎に別れてそれぞれ周辺の店舗を探索し、目ぼしい物を見繕って再び集まり荷を並べた所だった。


 その殆どが米や缶詰めに乾麺、飲み物等が段ボールで積まれ、他には煙草、食器類とスプーンに箸、タオルやシャツに下着の類い、それとついさっきちらっと話に上ったジェットタイプの殺虫剤等もある。


 これら全てを運搬要員の面々が運ぶ算段となっている。


「あぁ、数人かずとお前はやんなくて良いよ」


 段ボールの一つに手を掛けようとした坂城を斎藤が制止した。


「どうしてだ?運び手は一人でも多い方が良いだろう?」

「いやいや、お前は戦闘要員だから。いざという時に『荷物担いでて出遅れました』じゃ洒落になんねぇだろ?それにそれだけの為に連れてきた奴等の仕事を奪ってやるなよ」

「そうか・・・龍起たつおきがそう言うならそうしよう」


 出した手を引っ込めて他の連中の作業を見る。班員は二班併せて三十人。

 その内武器を持っている戦闘要員は坂城を含めると男ばかりの七人。それ以外の男女二十三人が一人辺り20~30キロ、人によっては40キロ近い荷物を持ち、一時間程度の距離の帰路に付く。


 八時半過ぎにビックカメラを出発して周りを警戒しながら十時前にコンビニ前に到着。

 それから班毎に探索を行い途中現地調達した缶詰めなんかで腹を満たす。

 集合して現在の時間が昼の一時半。


 今からねぐらに戻ると到着は遅くとも大体三時くらいになるだろう。

 それ以降の探索は途中で陽が落ちる為、今日の作業はそこで終了となる。

 そうすると一日に運べる量はおおよそ600キロ程度となるだろう。


「現状だとこれが限界か・・・」

「何が限界だって?」


 坂城の呟きが聞こえたのか、近くで運搬要員がズルやちょろまかしをしないよう見張っていた近藤こんどうがチラリと視線を坂城に向けて聞き返す。


「台車とか使えばもっと多くの物資が運べるんじゃないかと思ってな」

「台車か・・・最初の頃に使おうと試しはしたが、アスファルトの上だとタイヤが跳ねて出るデカイ音でスライム供を呼び寄せて使い物にならなかったな」

「もう試してたのか」

「あぁ。次いでに言うと車も駄目だった。エンジン掛けるとやっぱり沸いて出て来やがった。けどまぁ、使えたとしても道があの有り様じゃ、使い物にるかどうかは甚だ疑問なんだがな」


 皮肉気に青山通りを一瞥する。そこには幾十もの乗り捨てられた車が列を成し、例えスライムが寄って来なかったとしても、まともに走行出来るような道路状況ではなかった。


「自転車はどうだ?」

「自転車は積める量が歩きで背負う量と大して変わらないって感じだった。帰りは乗るとバランス崩して転ける人間が出たから結果押して帰る羽目になってな。自転車自体が荷物って感じがして却って邪魔になるって結論になった」

「それも駄目か・・・」

「ん?何か面白い話でもしてるのか?」


 二人の会話が聞こえたのか斎藤が興味を示す。近藤と同じように運搬要員の行動を見張っていたが、飽きたのか視線を逸らしてわざわざ此方に近付いて来た。


「もっと大量に荷物を運べないかって話だ」

「あ~、それな」


 近藤が応えると斎藤が納得したと言う風な声を上げる。


「で?何か良い方法あったか?」

「いや、俺達の試行錯誤の話をした所だ」

「そっか」

「こんな時ねこぐるまでもあれば良いのにな」

「猫車?」


 坂城の頭の中にトトロのネコバスが思い浮かぶ。それが表情から見て取れたのか、近藤の片方の口の端が軽く持ち上がった。


「今ネコバスが思い浮かんだんじゃないか?」

「な!?」

「当たりか」


 ククククッと噛み殺した笑いを見せる。斎藤を見ると解っているのかいないのか、特に表情の変化は見て取れない。


「ねこぐるまってのは工事現場なんかで使う一輪車の事だ。あんなファンシーな生き物の事じゃ無くてな」


 ツボにでもハマったのかそう言うと再び笑いを噛み殺す。

 坂城はばつが悪そうな顔をしながら、そう言う言葉がさらりと出てくる所から工事現場で働いた事があるんじゃないかと頭の中のメモに書き出しておいた。


「まぁでも、こいつらもその内行商のおばぁかシェルパみたく7~80キロくらい普通に運べるようになるだろ?そうなれば今の倍以上運べるようになんだからそんな気にする事ぁ無ぇさ。

 ちなみにシェルパってのは犬の名前じゃなくて荷物運びする奴の事を言うんだぜ」

「そうなのか」


 近藤への対抗意識なのか胸を張って斎藤が蘊蓄うんちくを垂れる。


 犬はシェパードでシェルパはチベットの少数民族の名前。荷物運搬人の事を言いたいのであればポーターだろ?と言うツッコミは心の中に仕舞っておいて、坂城は微妙な顔を向けて相槌を打つだけにしておいた。


 そんな坂城のリアクションと近藤のノーリアクションに斎藤は首を捻った。


「む?何かノリが悪ぃな。やっぱこう言う時は歌音かのん千早ちはやが居ねぇと駄目だな。あいつ等だったらもっとこう・・・」

「斎藤さん、準備出来ました」

「おぅ、解った。各班毎に一列に並んで二列になったら先鋒と殿に戦闘要員付いとけ。圭介と数人は俺と中央な」


 斎藤に促され三人は言われた通りに準備の整った一団の中央辺りに移動する。


「よっしゃ野郎共!出発進行ーっ!」


 坂城の号令の元、総勢三十人が帰路に付いて歩き始めた。




ーーーーーーーーーー




 それは丁度、行きにスライム供と戦闘になった場所だった。



 黙々と帰路に着いていた坂城達一行の足が先鋒を勤めていた男の制止の合図により止まる。


「何かあったか」


 坂城の隣に立つ斎藤が呟くのが耳に届いた。その声音は若干喜びの色を帯びているように聞こえる。


「前方にマッドラット。数3です」


 先鋒を勤めていた戦闘要員の男の一人が強張った面持ちで斎藤の元に報告に来る。


「おっし。運搬要員は俺達の後方へ移動、戦闘要員は周囲の警戒、圭介と数人は俺と前衛だ」

「了解」

「解った」


 斎藤の指示が飛び従うようにもたもたと一団が動き出す。誰も戦いに関する陣形や役割分担と言った訓練を一切行った事が無いだろうから、それは仕方の無い事だろう。

 そうしてもたもたしている間に相手側の戦闘準備が先に整ってしまった。


 10メートル以上離れた場所で固まっていた濃い灰色の毛並みの溝鼠どぶねずみを、普通の猫よりも一回りは大きくして凶悪にしたようなフォルム三匹のマッドラットは、斎藤達に気付くと直ぐ様向きを変え此方を威嚇するような動きを見せる。


 そしてチュウともヂュウともジョワともつかない鳴き声を上げると一斉に走り出した。


(速いっーー!!?)


 運搬要員を庇うように二、三歩前に出た坂城が、スライムなどとは比べ物にならないスピードでほぼ横一列に迫ってくるマッドラットに目を見張る。慌ててゴキジェットとチャッカマンを取り出し構えると狙いも定めず点火した。


 ぼぁっ!


 炎が広がり中央の一匹を包み込む。


「ヂュァッッ!?」


 炎の中から耳障りな鳴き声が聞こえる。しかしそれでどうなったかを確認する余裕は無い。

 左右の二匹が炎を避けるように回り込み同時に坂城の目掛けて飛び掛かった。


 咄嗟に炎を造り出す手を止めて庇ういとまも無ければ、足を動かし後ろへ跳んで避ける考えも浮かばない。

 一秒有るか無いかの時間の後、坂城の顔かそれとも身体の何処かに、マッドラットのどんな雑菌が棲み着いてるかも解らない爪や牙が食い込むのは間違い無い。


(糞ったれーー!)


 坂城が次の瞬間に襲われるだろう痛みを堪える為に奥歯をギリッと噛み締める。苦々しい感情が顔の中心へと皺を刻む。


 と、その絶望が迫る視界の中に二つの影が割り込んできた。


「どるぅぁぁぁぁっ!!」

「ふんっっ!」


 斎藤と近藤だ。


 斎藤が豪腕スラッガーのような見事なフォルムで金属バットを振り抜き、近藤が大上段から鉄パイプを叩き下ろす。


 ゴキッ 「ヂュゥッ!」   ドカッ 「ギュゥ!」


 破滅的な鈍い音を響かせ、顔が胴にめり込んだ一匹が数メートル吹っ飛んでから地面に転がり、脳天の潰れたもう一匹が近藤の目の前に叩き付けられる。どちらも筋肉が痙攣を起こしピクピクと動いているが即死は間違い無いだろう。


 坂城が火炎殺虫剤を止めると、その前で生臭い臭いを漂わせ燃える最初で最後になった一匹がヂュウヂュウと鳴きながらのたうち回っていた。

 後ろへ下がった連中がそれを目にして悲鳴とも呻きとも付かない声が漏らしているのが聞こえてくる。


 どっと疲労が全身を襲い、冷や汗が噴き出す。もしもの想像をして背筋が寒くなりそれを振り払うようにかぶりを振った。

 そして全身の毛が燃え尽き、血やよく解らない体液を焼けただれた皮膚から滲ませ、あるいは噴き出しながら事切れたマッドラットを見下ろし坂城が呟く。


「こいつ等には物理攻撃の方が良いかもな・・・」


 誰も声を上げないのは肯定の現れだろうか。


 最初にマッドラットの居た場所に目をやれば、白っぽい部分と赤黒い部分のある塊が落ちている。

 直ぐに行きに出会したスライムの中から出てきたアレだと解るが誰もそれを口にしようとはしない。


「よし。他に何も襲ってくる気配は無いしそろそろ動くか」


 斎藤が場の空気を断ち切るようにわざと明るい口調で提案する。

 無論それに異論を挟む者は無く隊列を組み直すと、マッドラットの死骸や元は何者かだった塊を放置してその場を後にした。




ーーーーーーーーーー




「龍起。ちょっと相談があるんだが、今平気か?」


 四階へ上がってきた坂城が、食事を終え太田おおたと西ノにしのみやを隣にはべらせくつろいでいた斎藤に向かってそう切り出した。


 あの後、何事も無く塒まで戻ってきた斎藤は、今後外へ食料調達に出る際は殺虫剤とチャッカマンの二つを戦闘要員、運搬要員関わらず全員に基本装備として持たせる事と、今後の調達品の項目にジェットタイプの殺虫剤とチャッカマンを加える事を通達した。


 その夜の事である。


 斎藤の事を名前で呼んだ事に対し、少し離れた場所に居た戸崎とざきが敵意剥き出しの目で睨み付けて来るが、そんな物ははなから相手にせず坂城は斎藤の返答を待つ。


「ああ。別に構わねぇぜ。場所は変えた方が良いか?」

「そうだな。出来ればそうしてくれればありがたい」

「解った。んじゃま上に行こっか?」


 そう言うと家電量販店の何処にそれが有ったのか、革張りのライトブラウンのソファーから立ち上がり、坂城を首を動かし促すと上の階へと上がって行く。


 動かないエスカレーターに若干の違和感を感じながら上った先の照明は落とされており、下から漏れる明かりでぼんやりと形を見せるエスカレーター付近以外は殆ど真っ暗闇で何も見えない。


「えっと、何処においてあっかな・・・と・・・あったあった」


 斎藤がエスカレーターの側に置いてあったハンドライトを見付けるとスイッチを入れる。ライトの狭い明かりに照らされるフロアは幾つかの壁で仕切られた部屋になっており、四階までのだだっ広いフロアとは造りがまるで違った。


 その部屋のいずれかから艶かしい女の喘ぎ声と荒い男の息遣いが聞こえてくるが、ハンドライトを手にした斎藤が派手目な足音を立てて歩くと直ぐ様トーンダウンした。


「ここで良いだろ」


 坂城が独りごちて一つの部屋へと入って行く。ライトの軌跡がそこが眼科の診療所である事を照らし出して行った。

 後ろを歩く坂城もそれにならって中に入る。

 待合室を通り診察室まで来ると斎藤はハンドライトを机の上に置き、医者側の椅子に腰を下ろし改めて坂城に向き直った。


「で?話ってのは何だ?」


 背もたれに身体を預けながら話を促すと、向かいに置かれた丸椅子に腰を下ろした坂城は短い逡巡の後、深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し意を決して口を開いた。


「宇江原さんの事なんだが・・・彼女に外の仕事は振らないようにして欲しい」

「ほう・・・」


 両膝に手を着き指先で強く握り、絞るように言葉にする坂城。その腹の底を探るかのように大きく目を開き坂城の迷いの色を見せる目を見詰める。


「それはみさきがそうしてくれって数人経由で俺に頼んで来たって事で良いのか?」

「いや。宇江原さんはそんな事は言ってない」

「じゃあどうしてそんな事を言い出すんだ?」

「・・・俺の我儘わがままだ」

「我儘?」


 ライトに照らされぼんやりとした姿を闇に浮かべる斎藤が、ライトに照らされぼんやりとした姿を闇に沈める坂城に怪訝そうな表情で聞き返す。


「・・・今日外でスライムとマッド・・・ラット?そいつ等に襲われた後にふと頭に浮かんだんだ・・・俺の居ない場所でもし宇江原さんが襲われたらって・・・そうしたら自分が襲われるよりも胸のこの辺りが言い様が無いくらい苦しくなってな・・・」


 膝を掴んでいた手がゆっくり動き、今度は心臓の辺りをギリリと掴み項垂うなだれる。


「それで岬を危険から出来るだけ遠ざけたいと?」

「頼む」

「裏でこんな事されて岬は喜ぶとでも?」

「喜ぶ喜ばないじゃなくて俺がそうしたいんだ」

「我儘だな」

「解ってる」

「・・・いいぜ」

「ホントか!?」


 見上げる坂城の目に、詰まらなそうな、不貞腐れたような顔をして指で髪をく斎藤の姿が映る。


「そんな事で嘘付いてどうするんだ。それで数人の後顧の憂いってやつが無くなって、今後一層俺の手足となって働いてくれるってんなら安いもんじゃねぇか」

「済まない、恩に着る」

「ただーし!俺を落胆させたりしたらこの約束は無かった事にしたりしなかったりだからな!」

「解った、努力しよう」


 多少引っ掛かる部分もあったがそこは顔には出さず、神妙な面持ちで頷く坂城に斎藤はニヤリと嗤う。


「それにしてもお互い惚れた女にゃ色々と頭悩ませる事ばかりだなぁ」

「惚れた女?」

「ん?岬ってお前のこれじゃないのか?」


 何を言っているのか今一つ解らないと言った表情で此方を見つめる坂城に、斎藤は小指を立てて問いただす。


「いや、宇江原さんとは最初の日に渋谷でたまたま出会って、その場の流れで『守ってやる』と約束して行動を一緒にする事になっただけで。別に彼氏だ彼女だと公言するような間柄じゃない」

「はぁ?そんじゃお前は昨日までずっとコンビニで二人きりだったにも関わらず、一発もヤッて無かったってか!?」

「なっ!あ・・・いや、その・・・ヤッたかどうかってのはその・・・ヤりました・・・・・・」


 真顔でそれを否定した坂城だったが、呆れ返って言い放った斎藤の言葉に、夜の営みの真っ最中の、あの甘く切ない上気した表情が突然頭の中に鮮明にフラッシュバックする。

 慌てて口元を手で覆い表情が崩れないようがっしり掴むとしどろもどろに言葉を漏らした。


「何だよ、ヤる事ちゃんとヤッてんじゃんかよ。それでもまだ惚れてないって?」


 呆れた口調で問い詰めるが口元を押さえ沈黙する坂城。目が見えない何かを探すように右へ左へと泳いでいる。やがてそれを見付けたのかゆっくりと見えない口を開いた。


「・・・俺はこれまで人を好きになったりだとか、惚れただ腫れただの、そう言った浮わついた気持ちになった事が無いんだ・・・。だから宇江原さんへの感情が恋愛からのものなのか、性欲だけのものなのかよく解ら、ない・・・」


 じっと視線を落とし一点を見つめる坂城の耳に大きく深く息を吐く音が聞こえてくる。少しの間を置いて斎藤が諭すような口調で言葉を紡いだ。


「数人よ。お前は岬の事が嫌いか?」

「嫌いじゃない・・・」

「損得抜きで守ってやりたいと思うか?」

「思う・・・」

「岬とヤりたいか?」

「・・・・・・ヤりたい」

「なら大丈夫だ!お前は岬に十分惚れてる。俺が保証してやんよ」

「そう・・・なのか?」

「そうだよ、何でそんな事も解らねぇかな?この朴念仁は・・・」

「そうか・・・俺は宇江原さんに惚れていたのか・・・そうか・・・」


 譫言うわごとのように「そうか」と呟く坂城の顔が薄暗がりの中でも解るくらい赤く上気して行く。


「どうしよう・・・これからどんな顔をして宇江原さんと顔を合わせれば良いんだ・・・」

「そんなもん普通にしとけば良いじゃないか」

「普通!?普通って何だ?」

「知るか!乙女かお前はっ!」


 目に見えて狼狽うろたえる坂城に斎藤は突き放すように言葉を叩き付ける。


「あぁそれとな、惚れた女の事を何時までも名字で呼んでやるんじゃねぇよ。ちゃんと名前で呼んでやれ」

「名前!?それはハードルが高くないか??」

「高くねぇよ!むしろハードルですら無ぇわ!」

「でも急に名前で呼んだりして引かれたりしないか?」

「そん時はそん時だろ!グジグジ言ってないで当たって砕けてろっ!」

「うぅ、何か胃の辺りが痛くなってきた・・・」


 ネガティブに鳩尾みぞおち辺りを押さえる坂城を見て、斎藤が疲れを表すように強く大きく息を吐き出す。

 こいつ、こんなにめんどくさい奴だったのかと内心頭を抱える。


「兎に角だ。俺は人の恋路に茶々入れたりするつもりは無ぇ。お前自身でケリ着けな」

「・・・解った」


 斎藤が何度目かのおりの溜まった溜め息を吐き出す。

 そんな斎藤にふと何か思い付いた顔をした坂城が問い掛ける。


「龍起。あんたは誰にでもこんな世話を焼いたりするのか?」

「んなワケねぇだろ。今ん所ルゥ等を除けばお前だけだよ」

「俺だけ?」

「ああ、お前だけだからな。ちゃんと前を向いてるのは」

「?意味が解らないんだが??」


 怪訝な顔を向ける坂城に斎藤はしばし思案する。


「数人はここに居る連中をどう見る?」

「此処に居る連中?」

「ああ、俺のダチは別にしてな」

「そうだな・・・」


 坂城は斎藤が過去を否定して現在を肯定する傾向にある事を思い出し、それを加味しながら口にする言葉を選ぶ。


「上手く言い表せてるか解らないが今を仕方無いから生きてるって感じだろうか?」

「良く解ってるじゃねぇか。ここに居るのはどいつもこいつも被害者面してりゃ何時か助けが来るだの、時間が過ぎれば元の生活に戻れるだの甘い夢見て、このままだった場合の事なんて一っつも考えようとしない糞馬鹿ばっかりだ」


 顔の中心に深い皺を刻み付け忌々しげに吐き捨てる。肘掛けに置いた手は強く握り締めていた。


「そのくせ自分達の権利はあーだこーだと好き勝手ほざくクセに、率先して人の為に動こうとはしやがらねぇ。

 けど数人。お前は違った。お前は今を受け入れ明日の生き方をちゃんと見据えている。ここに居るだけのゴミクズ供とは大違いだ」


 買い被るのも大概にしてくれと喉の奥まで出掛かったが、グッと堪えて沈黙を貫く。と、斎藤の顔から皺が消え、自嘲気味の嗤い顔へ変わる。


「と・・・悪かったな。愚痴るつもり無かったんだが・・・だいぶ溜まってたみてぇだ。で、相談ってのはこれだけか?」

「ああ。宇江原さんの事、くれぐれも宜しく頼む」

「ほらまた名前で呼ばない」

「ぅ・・・いきなりは難しいな」

「くくくく・・・そいつはこれからのお前の課題だな。んじゃま、そろそろ下りるか」

「そうだな」


 ギシリと椅子を鳴らして立ち上がると、机の上のハンドライトを手に診察室を後にする斎藤。それに続く坂城の二人が丁度エスカレーターまで来ると、反対側の闇の中に明かりが点りヒタヒタと此方へと近付いて来た。


「あら?誰かと思ったら龍起と数人だったの?」


 ハンドライトを手にした近藤に撓垂しなだれ掛かって歩く藤代ふじしろが熱に浮かされたような物憂げな表情で、二人に向かって声を掛ける。


「ああ。ちょっと数人と親交を深めにな」


 斎藤が口の端を持ち上げて皮肉っぽい笑みを見せて答える。


「え?何?男同士で真っ暗闇の部屋の中、お互いの親交を深めしてたの??」

「わざとゲスい解釈してんじゃねぇよ、ばぁ~~かっ」

「や~ねぇ、解ってるって・・・・・・千早達には内緒にしといて()()()♪」

「江利香!てっめ!!」

「いやん♪助けて圭介けいすけ♥」

「お前らな・・・」


 近藤を挟んでグルグルと藤代を追い掛け回す斎藤。その中央で近藤が余韻が台無しだと額を押さえ息を吐く。そうこうしている内に他の面々も騒ぎを聞き付け上がってくる。


「ちょっとあんた達何やってんのよ。五月蝿いじゃないっ!」

「何々!あ~しも混ぜて♪」

「・・・・・・」


 六人が勢揃いして騒がしさが一気に増す。


「それじゃ俺はこれで失礼するから」


 聞こえているのかいないか解らないが坂城は斎藤達に声を掛けるとエスカレーターをカツカツと降りて行く。


 階下へと消えて行くその背中を、ふざけあう六人の中でただ一人戸崎だけが睨み付けていた。

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