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Scene.11

 

 坂城さかきは暖かな蒲団の中で目を覚ました。


「ん・・・んんーー、ん、んんっ!?」


 全身の言い様の無いだるさを追いやろうと大きく伸びをしようとした途端、木槌で殴られたような激痛が頭に走る。


「ぃっっっっ・・・」


 初めは何が何だか解らなかったが直ぐに原因に思い至り、必死に痛みに耐えながら昨夜の事を思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せる。しかし、絶え間無い痛みが集中力を散らし記憶が形を成そうとする傍から音を立てて瓦解して行く。


「どうかしました?」


 頭を押さえて獣のもうな呻きを漏らす坂城の背中に一人の女が声を掛ける。辛そうに振り返ると同じ蒲団で寝ていた宇江原うえはらが目を覚まし、心配そうな顔で坂城の顔を覗き込んでいた。


「心配しなくて大丈夫。ただの二日酔いだから・・・」


 頭蓋が割れてとろけた脳味噌が溢れ落ちてしまいそうな痛みと、嵐の海に漕ぎ出した小舟のように揺れに揺れる視界に、胃袋ごと競り上がってきそうな吐き気にさいなまれ、顔面蒼白になった坂城が弱々しく答える。


 思い出したーー。

 近藤から話を聞いてる最中復活した斎藤に付き合って、つい許容量以上の酒を呑んだんだった。

 思い出してそして後悔した。


「私何か飲み物貰ってきますね」


 心配するなと言った坂城の酷い有り様に、宇江原が急いで蒲団から出るとパジャマ姿のまま靴を突っ掛け、スイング・ドアの向こうへと消えてしまった。

 それを見てようやく坂城はここが昨日自分達がバックヤードにあつらえた寝床だったのかと気付いた。


 頭痛と目眩と嘔吐感。二日酔いジェットストリームアタックの餌食にならないように息は浅く動きはゆっくり、時間を掛けて仰向けになった。天井は高く蛍光灯の明かりが目に痛い。


 そう言えばここの照明はどこにスイッチがあるのだろうか?今何時くらいだろうか?寝床の準備は途中じゃ無かったか?等、痛みの激しい冴えない頭で薄ぼんやりと考えていると、キィッとスイング・ドアの揺れる音とペタペタと一人分の足音が聞こえてきた。

 その足音が近くで止むと、視界の隅から遠慮がちに宇江原の顔が入ってくる。


「ポカリ貰ってきました。起きれますか?」

「あ、あぁ・・・」


 小声で聞かれ、坂城は呻くように同意の言葉を絞り出すと、パキッとポカリの蓋を捩る音が聞こえてきた。宇江原はそれを脇へと置き、坂城の背中に腕を潜り込ませ身体を起こす手伝いをしてやる。そうして起き上がった所で片手でポカリを取り、クルクルと指先で器用に蓋を外し口元へと持って行くと、少しずつ傾けながらゆっくりと中身を坂城の薄く開けた唇の中へと注ぎ込んだ。

 第三者がその光景を目撃したなら、さながら介護老人と介護人のように見えた事だろう。


「ありがとう。少し楽になった」


 途中からペットボトルを自分で持ち、半分程飲んだ所でようやく一息着いて宇江原に礼を述べる。まだ頭痛と目眩はかなり酷いが吐き気が幾分治まり、少しばかり気持ちに余裕が生まれた。

 そんな坂城を見て宇江原がクスリと微笑む。


「何か可笑しかったか?」

「いえ、コンビニの時と立場が逆だなって」

「じゃあ今度は弱ってる俺が襲われる番って訳だ?」

「ぷっっ」


 血の気の薄い顔で、それでもおどけて見せる坂城に思わず吹き出してしまう宇江原。ツボに入ったのか「クククククッ・・・」と、必死に笑いを噛み殺す。


「私はそんな狼さんじゃありませんよ~だ」

「どうせ俺は目の前の美味そうな羊に我慢出来ずに飛び付いた非道ひどい狼だよ。

 そう言えば今って何時頃だ?」


 浮かんだ涙を指で拭う宇江原に尋ねると、蒲団の頭の上に置いてあったスマホを手に時間を確かめる。


「夜中の四時前ですね。後二、三時間は眠れそうです」

「そっか・・・悪かったな。変な時間に起こして・・・」

「困った時はお互い様。そう言ったのは坂城さんじゃないですか」

「ありがとう」


 じっと目を見詰め坂城が感謝の言葉を口にすると照れ臭そうににへっと笑い、ポリポリと指先で頬を掻く。


「あの・・・寝ましょっか?」

「あぁ、そうだな」


 宇江原がいそいそと隣に潜り込むと、坂城も起こした上半身をゆっくり横にする。完全に横になった所で、ふと何かが手に触れるのに気付く。

 それが何か察すると指を絡めて包み込むように握り締める。

 隣でピクリと宇江原が一瞬身を震わせるがそれ以上の反応は示さなかった。

 坂城は自分よりも小さくキメ細かい華奢な手の温もりを感じながら、頭痛を堪えゆっくりと眠りへ落ちていった。




ーーーーーーーーーー




 七日目ーー。



 坂城は意識が覚醒するとゆっくりとまぶただけを開いた。


 目眩は・・・無し。

 吐き気は・・・治まった。

 頭痛は・・・若干痛むが動けない程では無い。


 自分の身体の状態を確認するとそこでようやく身体を起こす。

 隣を見るとそこに宇江原の姿は無い。先に起きたのだろう。


 立ち上がると自分が下着姿な事に気付く。上をその辺りに脱ぎ散らかしたんだろうと周りを見回すと着ていたシャツとズボンが仕切りに使った棚な掛けられたハンガーに吊られていた。


(岬がやってくれたのか?)


 坂城には洗濯物を干す時以外、ハンガーに衣服を吊るすといった習慣が無いのだから、恐らく宇江原の仕事であろう。


 また後で、礼を言わないと等と考えながら服を着る。

 何時外したのか全く覚えてないが、ポケットに入っていた腕時計を嵌めると時間を確認する。朝の八時を少し回った辺りを指していた。


「何時もより二時間くらい遅く起きたのか。やっぱ酒のせいかな」


 独りごちながら坂城は隣のフロアへ移動したーー。




ーーーーーーーーーー




 食欲は無かったがカロリーメイトを二本だけ口に詰め野菜ジュースで流し込むと、坂城は今まさに食料調達に出ようとしていた近藤こんどうの班に合流して外へ出た。


 普段、外へ出る時は十数人で一つの班を形作り、それぞれ『斎藤さいとう班』、『近藤班』、『戸崎とざき班』とリーダーを勤める三人の名前の付く班になる。その三班の内、二班がローテーションで食糧調達に出、残り一班が休養を兼ねたねぐらの警備を行う事になっていた。


 昨日は斎藤と近藤が外回りをしたので今日は戸崎の番の筈だったが、二日酔いで死んでるとの事で急遽斎藤が交替したのだそうだ。


「そういや数人かずとは大丈夫だったのか?二日酔い」


 隣を歩く斎藤が坂城に尋ねる。


 これまでは探索範囲を広げる為に二班別々に行動していたが、斎藤達の言う別のチームとやらが坂城達の居たコンビニ周囲まで手を拡げて来る前に、目ぼしいものを二班掛かりで収集するとの事で、現在斎藤班と近藤班は列を成し徒歩で青山通りを東へ歩いていた。


「いや、かなり酷かったが宇江原さんのお陰で朝起きたら動けるようになっていた」

「あ~、夜中に誰か来てた気がするな。歌音かのんと何か話してたしてたみたいだが、ひょっとするとあれがそうだったのか?」


 何も無い中空を見上げながら斎藤が昨夜の記憶を捻り出す。


「けど相手が歌音で良かったな。

 普段はルゥが食糧関係は取り仕切ってて、大抵時間外に勝手に食糧に手を出そうとする奴は銃を突き付けて追い返してんだが、昨日今日は死んでたからな」


 笑い話でもするような口調で話す斎藤の言葉に坂城は一瞬息を飲む。


「銃を突き付けてってあんたの他にも拳銃を持ってる人間が居るのか!?」

「ん?俺等全員持ってるぜ?」


 事も無げに言ってのける斎藤。全員とは斎藤を中心とした六人の事だろう。その六人全員が持っているとなると都合六丁の拳銃を所持していると言う事になる。


「一体何処からそんな・・・」


 坂城の口からうわ言のように声が漏れる。


「まぁそんな事は良いじゃねぇか。それよか俺の事は龍起たつおきって呼んでくれて構わねぇんだぜ。あいつの事も圭介けいすけで良いし。なぁっ?」

「何だ?」


 呼ばれて前を歩いていた近藤が二人に近付いてくる。


「圭介も数人に名前で呼ばせても構わねぇよな?」

「俺は構わないが、ルゥは名前で呼ぶのは止めておけよ」

「ルゥって、戸崎 堕天使るしふぇるの事か?」


 坂城が聞き返すと斎藤が面倒そうな顔をして自分の後ろ頭を掻く素振りを見せる。


「だな。あいつはガキの頃からあの名前で散々馬鹿にされて来てっからな・・・それさえ無きゃあんな性格もヒネなかったろうに」

「解った。戸崎に関しては名前はNG何だな?」

「そそ、そゆ事。ちなみに・・・」

「あの、すいません・・・」


 三人の会話に申し訳なさそうな声が割って入る。

 声の主を見ると確か斎藤班の殿を勤めていた、四十前くらいのバールを手にした四角いフレームの黒眼鏡の男が顔色を青くして此方こちらの様子を窺っていた。


大木おおきか。どうした?」

「後ろからスライムが一匹近付いて来ています」

「ほ~、昼間っから近付いてくるなんて珍しいじゃねぇか」

「恐らくあなた方の声に引き寄せられて来たものかと・・・」

「うっせぇよ」


 皮肉のつもりだったのか一言苦言をていそうとした大木と呼ばれた男を、斎藤は持っていた金属バットで軽く腹を突いて黙らせた。


 坂城は自分と他とでは随分対応が違うのだな。と、頭の隅で考えながら背後だった方向を注視する。

 後ろを歩いていた連中は全員既に斎藤達の背後へ回っており、今は坂城、斎藤、近藤の三人が集団の先頭に立っていた。


 目の前の大通りにはまだスライムの姿は無い。

 一体何処に?と斎藤が大木を振り返ろうとした直後、7~8メートル程先の側道から全高2メートル、全幅3メートル程の薄い水色の半透明な水の塊がのそのそと二匹姿を現した。


「大木っ!テメェ一匹じゃねぇじゃねぇかっ!!」

「半透明な上離れてたんじゃ、重なって来た場合見間違えもするだろ!それより今は敵に集中してくれ!」


 ミスを怒鳴り付ける斎藤に坂城がそれをいさめる。そして出掛けに偶然見付け、ストラップをベルトに通して拳銃のホルスターのように腰から提げた二つのペットボトルホルダーの一つから、ゴキジェットとチャッカマンを取り出して身構えた。


「解ってるって。それより先鋒は任せた!」

「了解。サポートは頼む!」

「任せろっ!」


 金属バットを近藤に預け、坂城を真似て腰にペットボトルホルダーを提げていた斎藤が、同じくゴキジェットとチャッカマンを手に身構える。


 斎藤は近藤達を背にその場に留まり、坂城はスライムを中心に据え大きく横へ回り込む。

 一匹は中身は空っぽ、一匹は肉の殆ど溶けた人骨を収めた二匹が回り込む坂城へ向かうーー事は無く、斎藤達へ向かいズリズリと這い寄って行く。


「ちっ」


 舌打ち一つ。予測が狂った坂城は可能な限り物音を殺し、スライム供横っ腹へと走り込む。


 3メートル・・・2メートル・・・1メートル・・・。


 足を上げれば蹴りが届きそうな程近寄ると中身無しのスライムに向けてゴキジェットを吹き付ける。


 そして点火っーー。      ぼわっっ!


 噴霧される殺虫剤がチャッカマンの小さな火一つで瞬間的に燃え上がり、炎の帯となってスライムの身体にまとわり付いた。


 周囲に科学薬品のような人工的な鼻に残る臭いが漂い、スライムの表面がぐじゅりと焼けただれる。

 焼けたスライムが身体を震わし、一部を触手のように伸ばして坂城目掛けて大上段から叩き付けるが、地面を蹴って左へ跳ぶとそれを避わし、再び火炎殺虫剤を浴びせ掛ける。


 中身入りのスライムが斎藤達から坂城へと進路を変える。が、坂城は中身無しのスライムを軸に対角線状に移動して容易に中身入りのスライムが此方こちらに向かって来れないようにする。


 中身無しに容赦無く炎を浴びせ掛け、その表皮の半分以上燃やした辺りでブルリと身体を大きく震わせると、風船が割れるようにスライムの身体が弾けてドロリとした体液をアスファルトの地面にぶち撒けた。


 まずは一匹。


 二匹目と2メートル程の距離で対峙する。

 中身入りが既に伸ばしていた触手を坂城に向かって横薙ぎに振るう。坂城がしゃがむと触手は頭上を通り過ぎ、次いで二本目の触手が振り下ろされた。


(二本目っっ!!?)


 数少ない戦闘経験ながら、スライムが伸ばせる触手は一本だと決め付けていた坂城の動きが半歩遅れる。慌てて横へ跳んで逃げようとするがさっき殺したスライムの体液に足を取られて更に半歩遅れる。


 都合一歩の遅れが生死を別つ。


 逃げ切れず、本能的に身体をかばうように腕を前に突き出した。


 ブニュゥッ


 聴覚では無く、触覚で聞こえた背筋に悪寒が走るような擬音。

 坂城の肘から先がチャッカマンごとスライムの触手の中に飲み込まれた。


「な!?くそっ!」


 無理矢理引き抜こうとするが、ヘドロの沼に突っ込んだような感触のするスライムの体内に取り込まれた腕はびくともしない。

 夏場の井戸水のような冷たさに、生気がどんどん吸い取られて行くような錯覚さえ覚える。

 スライムの身体が。中の溶かされて所々骨が剥き出しになった肉塊が近付く。


 『死』の一文字が脳裏を過る。


 ぼゎっっ


 突然スライムの薄い水色の半透明な身体が赤く染まった。

 それと同時に力の弱くなった触手から飲まれた腕が抜け自由になる。

 坂城は急ぎその場から後ろへ五、六歩退く。

 そこでスライムの背後から近付いて来ていた斎藤が火炎殺虫剤で援護してくれたのだと理解出来た。

 理解出来れば先程まで脳裏に沸いた一文字などはかなぐり捨てて、正面から殺虫剤を構えてチャッカマンの引き金を引く。


 カチッ


 不発ーー。


 カチッ カチッ  カチカチカチッッ


 何度試しても火はおろか火花も出ない。どうもスライムの体液が噴射口を塞いだか火打ち石を湿気らせたかしたのかも知れない。

 仕方なく手にしたチャッカマンをスライムに叩き付けると、もう一つのペットボトルホルダーから冷却タイプの殺虫剤と一緒に入れておいた予備のチャッカマンを取り出し殺虫剤に火を着けた。


 ぼっっ


 前後からの火炎攻撃。憐れスライムはそれ以上攻撃する事も逃げ出す事もままならず、割れて地面の染みになった。

 周囲に動く敵影は無く、薬品のような汚水のような鼻にまとわりつく厭な臭いと、ドロリとした体液、溶けた肉塊が残った。


「ありがとう助かった」

「もっと感謝したっていいんだぜ♪」


 坂城が殺虫剤とチャッカマンを収め素直に礼を述べると、斎藤はサムズアップで冗談っぽくそれに応える。


「すごいもんだな」


 事が終わると近付いて来た近藤が率直な感想を口にする。


「だろ?これでもうこいつらにビクつく必要も無くなるって訳だ」

「そうだな。次の調達からは全員に持たせた方が良いな」

「それだと殺虫剤も調達の一つに加えないとな」

「そうだな・・・」

「所であれはどうすれば良いと思う?」


 斎藤と近藤の二人が話し合っている所に坂城が割って入る。二人が坂城の視線の先に目をやると、辛うじて元が何だったか解る程度に消化された肉と骨の塊に行着く。


「どうすればって言われてもな・・・」

「ほっとくしかねぇんじゃねぇか?」


 二人は顔を見合わせてそう答える。

 坂城にはとむらった方が良いんじゃないかと思いがある反面、正直気持ち悪い。触るのはイヤ。と言う思いもあった。

 他の面々を見回しても誰もが目を逸らすばかり。弔おうと声を上げる気配は無い。


「そうだな・・・放っておくか・・・」


 長い物には巻かれよう。

 坂城達は何もせずその場を離れた。

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