Scene.10
寝床確保は難航した。
縦長の三階フロアの壁際は頭一つ低い棚で、三畳かそれより少し大きな空間に仕切られ埋まっている。
その間仕切られた空間がが30程度あり、一つの空間にそれぞれ一人が寝起きしているらしい。
フロアの壁際以外の場所は棚で四方を囲われた、やはり三畳か四畳くらいの空間が幾つか作られ、家族だったり夫婦だったりに使われているようだ。
フロア中央辺りにはそれなりのスペースがあるが、現在、宴の準備で人が多く移動し集まっている為、今すぐどうこう出来る状況では無い。
また宴の後だとしても、やはり動線の集中しそうなそこに棚で四方を囲って寝床を作ったとしても余り寛げる感じがしない。
「良さそうな所が無いな・・・」
フロアを一通り見て回った坂城が後ろ頭を掻きながら呟いた。
「皆さんにお願いして少しずつ詰めて貰いますか?そうすれば私達が寝起きするスペースくらいは・・・」
「多分無理じゃないかな」
宇江原の希望的観測を一言で坂城は否定する。そして人目を憚るかのように顔を近付けて小声で続ける。
「今でさえ、プライバシーが保たれてるのかどうかも怪しいさして広くないスペースで誰も彼も寝起きしているんだ。それを新参の俺達が来たからスペースの融通をしてくれと言ったって一体何人が納得してくれる事やら。それと回りの連中の顔を見てみな」
坂城に言われ回りに居る人間の顔を見る。
男も女も此処に居る人の顔は皆疲れた顔をしており、二人にも大した関心を持っているように見えない。
例外があるとすればパタパタと追いかけっこをしてはしゃぐ小学生にもなっていないであろう二人の子供くらいか。
「斎藤が言ってただろ?不満や不安が溜まってるって。下手につついて藪から蛇は出さない方が身の為だ」
「じゃあ、寝る場所はどうするんですか?」
「そうだな・・・」
腕を組み指で顎を摘まみながら考える。
現時点で三階の住み分けはほぼ決まっており、そこに無理矢理入って行こうとすれば要らぬ軋轢が生じるかもしれない。
此処に来る途中に視界に入った二階フロアは確かまだまだ余裕はあったように思える。
なら無難に二階に寝床を確保するか・・・。
二階への移動を視野に入れていると、視界に鉄色のスイング・ドアが映っている事に気が付いた。
(そう言えば向こうはまだ見てなかったか)
坂城は腕を解いて荷物を持ち上げると宇江原に顔だけ向ける。
「あの扉の向こうを確認して駄目そうなら二階で探そう」
「はい」
頷いて荷物を手にする宇江原を確認すると坂城はドアへと直進した。
両手が塞がってる為、肩で扉を押し開くと、然したる抵抗も無く扉は左右へ広がって行く。一歩中へ踏み込むとそれまでとは全く毛色の違う空間が広がっていた。
ゴィンッッ☆
「ふなっっ!!?」
状況を把握しようと周囲を見渡そうとした坂城の耳に、何かがぶつかる音と悲鳴?が後ろから届く。振り替えると音も無く小さく揺れるスイング・ドアだけ。
荷物を置き扉に近付くと、コの字に付いた取っ手を握り引っぱり開ける。と、直ぐ側で額を押さえて踞る宇江原の姿があった。
「痛いです・・・」
涙目になって坂城を見上げる。
「何をやってるんだ」
その姿に思わず笑みが溢れる。手を伸ばして額に掛かる前髪を払うと、指の隙間から覗くうっすらと赤くなった額。この程度であれば何の問題も無いだろう。
「痛いです」
何かを訴えるようにもう一度言ってくる。
何を望んでいるのかさっぱり解らないが、坂城が何とはなしに赤くなった額をなぞると宇江原がその手に指を絡めてきた。
一瞬どうすべきか悩んだ末、絡めてきた指を握ると腕に力を込めて宇江原を立ち上がらせた。
「どうかしたか?」
「・・・いいえ」
何処と無く不服そうな顔を向けて来る宇江原に問い掛ける。が、何が不服なのか答えは返ってこなかった。
坂城はそれに対して考えるのを放棄し、改めて周囲の状況を確認する為に見渡した。
スイング・ドアの奥ーーバックヤードは一言で言い表すとすれば『地味』だった。
フロアに比べ乏しい照明の明かり。コンクリートが剥き出しの灰色の壁面。無骨で骨組みだけの頑丈だけが取り柄な棚。中身の入った段ボールの群れ。ひんやりとして埃っぽい空気。
およそ客の目が届かない舞台裏と言った所は、総じてこんな雰囲気を醸し出すのだろうか。
「誰もいないようだな・・・」
「みたいですね」
「ならここで良いか?」
「お任せします」
「解った。此処にしよう」
「はい。まずはちゃんと生活出来るスペースを確保しないとですね♪」
「そうだな」
そうと決まれば二人は早速作業に取り掛かった。
バックヤードには大小様々な段ボールが幾つもの棚や床にずらりと並んでいる。それぞれに何かしらの家電が入っているであろうそれらを退けて棚を移動させれば、結構なスペースが確保出来るだろう。
言葉短な会話だけで作業が続く。そんな二人の元へ誰も手伝いに来たりはしない。
もしかしたら声を掛けたならば手伝ってくれたかも・・・等と考えて坂城は首を振った。
そんな気さくに初対面の人間に頼み事が出来ればこれまでの人生も苦労してなかった、と。
宇江原を見る。そして諦める。
今日の行動を振り返り、彼女に社交性があるとは到底思えなかった。
そうして二人きりで悪戦苦闘の末、十畳を超すスペースが確保出来た。
『ふぅ・・・』
二人は大きく息を吐き出して額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。
「後は床を掃いて荷物を解けばお仕舞いですかね?」
「そうだな・・・」
生返事を返して辺りを見回す。
回りにはただ邪魔にならないよう、そして人目を遮るように仕切りにした棚と段ボールがあるだけ。作業中もそうだったが改めて見てみても、掃除道具の類い等は見当たらない。
出入り口は三ヶ所。
一つは右手側にあるフロアへ続くスイング・ドア。
もう一つは左手側にある資材搬入出用と思しき大きなエレベーター。
最後の一つが正面にある右手側の物と同じ造りのスイング・ドア。この先には何が有るのだろうか。
坂城が正面のスイング・ドアに近付き手を掛ける。
バンッ
「お?ここに居たのか」
突然フロア側の扉が勢いよく開き一人の男が現れた。
「ん?どうした?」
斎藤がギョッとした表情で自分を見る二人の顔を見比べて、?顔で尋ねる。
「いや、いきなりそんな勢いでドアが開けば普通驚くだろ?」
「そうか?まあ、そんな事はどうでも良いや。それより準備が出来たぜ」
「解った。すぐ行く」
ドアから手を離し坂城が答える。
宇江原と二人、扉に手を付き開け放ったまま待っている斎藤に近寄ると斎藤から質問が投げ掛けられた。
「所でこんな所で何してたんだ?」
「何って、今日から寝起きする場所を作ってたんだが」
「あー、そっかそっか。こんな所選んだのか」
合点が行ったとばかりにバックヤードの中を見回す。
「別にこんな所じゃ無くても、そこら辺の二、三人退けちまえば良かったのに」
「そんな事したら確実に揉め事になるじゃないか。新参者がでかい顔するつもりなんてないよ」
「何言ってんだ。どいつもこいつもここに居着いて一週間と経って無いんだ。あいつ等がでかい面する筋合いなんかありゃしねぇよ。
それに数人。お前は大して使えねぇあいつ等とは違って十分役に立つ人間だ。ちょっとくらい我が儘言ったって俺が何とかしてやるよ」
ニヤリと悪い笑みを口元に浮かべる。そんな笑みを向けられてもと、坂城は僅かに肩を竦めた。
「あんたが俺を高く買ってくれるのは有り難いが、それを笠に着て『ある晩、眠りに着いたらそのまま二度と目が覚める事はありませんでした』なんてオチにはなりたくないんでね」
「そんなのある訳無いじゃんか」
「普通ならあり得ないかも知れないが、今はその普通がまかり通る状況でも無さそうなんでね。
常に最悪と思われる状況を想定してそれを回避する方法を模索するのが早死にしない為の秘訣さ」
「ふーん、そんなもんかね」
「ちょっと龍起何してんのー?早く二人呼んできなさいよぉー」
扉の向こうから女の声が聞こえてくる。太田 歌音か西ノ宮 千早のどちらかだろう。
「おー、すぐ行くー。
あんま待たせっと五月蝿ぇからいい加減行くか」
「そうだな」
肩を竦めて苦笑を浮かべる斎藤に坂城は頷いて見せ、宇江原と一緒に開け放たれた扉を潜りフロアへと戻る。
フロア中央には何処から用意したのか脚の折り畳める長机が二~四脚をくっ付けて一組にした物が幾つも並び、その上にはパスタや炒飯、唐揚げに焼売、ハンバーグ等々の料理と日本酒、ビールに焼酎、ウィスキー、マッコリ等のアルコールからコーラにオレンジジュース、烏龍茶等のソフトドリンクに至るまで数多く並べられていた。
「凄い量ですね・・・」
「今夜はパーティーだからな。普段の三倍は用意した。後酒もな!」
宇江原の素直な驚きの声に、凄かろうと言わんばかりに胸を反らす斎藤。
「でも全部レトルトか冷食なんだな・・・」
「そこは言ってくれるなよ」
坂城の冷静なツッコミに、反らした胸を仕舞い込み、たははっと苦笑いする斎藤。
そんなやり取りをしながら、二人は一番豪勢な酒と料理の置かれた机に案内される。そこに座るのは不貞腐れたような顔で坂城を睨む戸崎と、坂城と宇江原両名を値踏みするように見る見知らぬ顔の男女二人。
「その二人が今日の歓迎会の主賓?」
太田と西ノ宮の二人より艶っぽい女が斎藤に尋ねる。
「ああ、こっちの一見冴えなさそうな男が坂城 数人。で、こっちの鈍臭そう女が宇江原 岬だ。
数人に岬。あっちのゴツい筋肉の男とエロい身体の女が、さっき名前だけ出て来た俺のダチの近藤 圭介と藤代 江利香だ」
斎藤がそれぞれの特徴を一言で言い表して紹介する。
「龍起、あんたねぇ・・・」
「何だ?」
「はぁ、もういいゎ。私は藤代 江利香。そこの頭も口も尻も軽い考え無しの友人よ。宜しくね」
オレンジ色の座り易そうなデザインチェアから立ち上がり宇江原に手を差し伸べる藤代。
「近藤 圭介。そこの空竹頭との腐れ縁で此処に居る」
同じタイプのデザインチェアから立ち上がり藤代と同じように手を坂城に差し伸べた。
「よ、宜しくお願いします。宇江原 岬と言います」
「坂城 数人だ。宜しく頼む」
二人は出された手を握り返して挨拶を返す。
「お前等、後で覚えとけよ」
斎藤が聞こえるか聞こえないか程度の声でぼやいていた。しかし誰も相手にしたかった。
「さてと、挨拶も済んだ事だしそろそろ食い物も出揃った頃合いかなっと?」
気持ちを切り替え確認するように回りを見回す。
先程からずっと太田と西ノ宮を含む何人かが四階と三階を往き来して料理を運んでいたが、丁度それも終わりを迎えたようだ。最後の皿を置いた西ノ宮が、太田を伴って斎藤達の席へと駆け寄って来る。
「準備出来たょん♪」
「おっし、そんじゃ全員好きな物注いだらグラスを持ちな!」
斎藤の号令で各々ビールや日本酒やコーラ等々、思い思いにグラスに注ぎ手に持つ。
全員が揃った事を確認すると言葉を続ける。
「俺が戻って来た時にも言ったと思うが、今日は新しく仲間になった数人と岬の歓迎パーティーだ。
普通ならこんな事はしないが、数人は俺等が諦めてたスライムを殺せる事を証明した凄ぇ奴だ。しかもそれは数人だから殺せるって訳じゃなく、ちょっとしたコツと度胸さえあれば誰にでも出来る簡単な方法だった・・・」
「へぇ、貴方あの化け物殺せるんだ?」
目の前で演説を打っている斎藤を後目に隣に座る藤代が、坂城を身体を寄せて小声で聞いてきた。
「一応な」
「一応でも凄い事じゃない。今まであれを殺せる奴なんて一人も居なかったんだから」
藤代がペロリと舌嘗めずりをして艶っぽい瞳で坂城を見詰める。
「私、数人の事気に入っちゃったかも♪」
「んっ、んん!」
「ぁんっ」
藤代の隣ーー坂城の二つ隣に座る近藤が解りやすい咳払いを一つして、藤代の腕を掴むと自分の方へと引き寄せた。
「おっと、ベラベラと詰まらねぇ話しちまったな。
そんじゃま、数人と岬が俺のチームに加わった事を祝して乾杯っ!!」
『カンパーイッ』
近藤の咳払いを自分の長話への抗議だと勘違いした斎藤が話を切り上げて乾杯の音頭を取り歓迎会が始まった。他のテーブルからも乾杯の声を共にグラスやコップを弾く音色が響く。
坂城から強引に引き離された藤代だが、近藤に対して抗議の声を上げるも、二人から険悪な雰囲気が漂い出す事は無く、むしろハートがチラホラ漂い始める。この二人はそう言う仲なのだろう。
坂城は平静を装いつつ内心、初めてあんな艶っぽい瞳を向けられた事に対しての戸惑いと、下手なリアクションをして近藤の怒りを買わずに済んだ事に対する安堵に揺れていた。
斎藤が藤代の紹介に『エロい』と表現したのはこう言う事だったのだろうかと考える。
だがそうすると・・・と、思考が一歩、先へと進む。
斎藤は太田と西ノ宮は『俺の女』だと言っていた。
藤代はどうやら近藤との『深い』関係が窺える。
とすると、戸崎はーー。
近藤の向かいの席をチラリと覗き見ると、面白くも無さそうな顔をして赤玉スイートワインを手酌で注ぎ、チーズを口に放り込むと一気に呷っていた。ピッチがかなり早く感じる。
「何を考えてるんです」
隣のーー藤代と反対側の席に座る宇江原がぐぃっと顔を近付け、若干険のある声音で訊いてきた。
「いや、別に・・・」
「嘘です。鼻の下が伸びてます」
「否、それは無い」
そこはきっぱりと否定する。
宇江原はジッと坂城の目を見ていたが、やがて納得したのか、それとも何も解らず諦めたのか、どちらにせよふぃっと目を離すと目の前の厚切りのフライドポテトをつまみ、グラスに注がれたビールをキュッと喉の奥へと流し込んだ。
「別に坂城さんが誰に鼻の下伸ばそうと私には関係無いんですからねーだ・・・」
空になったグラスを玩びながら口を尖らせながら誰にも聞こえない声で独りごちる。
坂城はそんな宇江原の姿に、酒を飲む所を初めて見たな。等とふと思い至り、どうか酒癖が悪くありませんようにと形の無い何かに祈りを捧げる。
「どうした数人。楽しめてるか?」
坂城のグラスが空になった頃。向かいの席に座る、左右に西ノ宮と太田の二人を侍らせた斎藤が、ヱビスビールの瓶を突き出し聞いてくる。
「ああ、悪くない」
坂城がグラスを差し出すとビールがなみなみと注がれる。
久し振りに聞く賑やかな人の声。ほんの一週間前であれば煩わしい事この上無かっただろうに今はそれが心地良く感じる。
気持ちが変化するだけで、こうも感じ方が変わるのかと身を持って学ぶ坂城であった。
「おっと」
溢れそうになる泡を慌てて口を付けて啜る。舌の上で弾け喉の奥へと流れて行く苦味が心地好い。
「悪ぃ悪ぃ」
注いだ斎藤が笑いながら謝った。そして自分のグラスにもビールを継ぎ足し一気に呷る。
「オッキーはい、あ~ん♪」
「あっ!?た、龍起、私のも食べなさいよ、ほら・・・」
太田がフォークに刺した唐揚げを斎藤に食べさせると、直ぐに西ノ宮が箸で掴んだ焼売を斎藤の口へ突っ込む。そこへ太田が更にフォークに乗せたポテトサラダを詰め込もうとする。
「お前等俺のペースで食べさせろっての!」
『はーーい』
食べカスを飛ばしながら文句を言う斎藤にケラケラと笑いながら返事をする女二人。斎藤は存外弄られキャラなのかも知れない。
二人から解放された斎藤は、近くにあった一升瓶から日本酒を空のグラスに注ぐ。
「なぁ数人、お前は今の状況どう思う?」
日本酒で口の中に詰まった食べ物をゴクゴクと飲み下すと、藪から棒にそんな話を振ってくる。
「どう思うって・・・両手に花で羨ましいな。とかか?」
坂城の返しに両手でグラスを持ち、クピクピとレモンサワーを飲んでいた宇江原がピクリと反応する。
「いやいや、そうじゃなくて。ついこの間までの糞下らねぇ日常と比べてどう思うって事さ」
「そうだな・・・」
スプーンで掬った炒飯を口に入れると思案顔を見せた。味付けが濃く直ぐにビールが欲しくなる。
斎藤は一週間前の日常を『糞下らねぇ』と吐き捨てた。だとすれば、このイカれた現実の方を歓迎・・・とまでは行かなくても肯定的に受け入れているのかも知れない。
(無下に否定や反論をして軋轢を生む必要は無いか・・・)
「素晴らしいなんて言えないが、見えない何かに雁字搦めにされてるような息苦しさは感じないかな?」
「お?やっぱ数人もそんな風に思う?だよな!前の日常はホンットーに詰まらなかった!」
坂城の返答に斎藤は上機嫌でいつの間にか注いでいたウィスキーを呑み熱くアルコール臭い息を勢い良く吐き出す。
「どいつもこいつも自由だの個性だのを尊重するだ何だと口先ばっかの絵空事並べ立てやがってよ。実際ちょっとでも枠から外れた事すると途端にゴミ虫でも見るような目になりやがる」
再び琥珀色したそれをグビグビと喉を鳴らして飲むと再び熱臭い息を撒き散らした。
「誰だか知らねぇ奴が作ったルールに手足縛られ首輪を嵌められ、腕っぷしがあったって学も術も無ぇ奴は、ずっと底辺を這いずり廻る奴隷みてぇ生活だ。
この先、絶望十割希望は皆無って真っ暗闇の人生だとばかり思ってたのに、それがどうだ?
糞みてぇなルールも糞みてぇな為政者も何にも無くなったまっさらな新しい世界が、目の前で両手広げて出迎えてくれてるんだ!
下らねぇおっさんが知った顔で宣う『やる気があれば何でも出来る』なんて嘘臭ぇもんじゃなく、本気の『殺る気があれば何でも出来る』がそこにあるんだ!
全く素晴らしい世の中じゃねぇか!」
幾つも疑問符が浮かぶような言葉を一気に捲し立てると、斎藤は手にした角瓶からウィスキーをらっぱ飲みし始めた。
グビッ、グビッ、と喉を上下に動かし瓶の中身が胃の奥底へ流れて行く。
そしてーー。
「うっ・・・」
と、瓶の中身の方が1/3程度減った所で、突然斎藤が短く呻き声を上げ、糸が切れた人形のようにバタンと机に突っ伏してしまった。
「あ~あ、オッキー潰れちゃったぁ~」
「もぅ、弱いくせに無茶な呑み方するから・・・」
隣に座る太田と西ノ宮が呆れた声を上げる。その雰囲気から察するに何時もの事なのだろう。
しかし、初めて見る坂城には大事に見えたようで思わず身を乗り出して手を伸ばしてしまう。
「大丈夫なのか・・・これ?」
「問題無い。こいつは酔い潰れるのは早いが抜けるのも早いんだ。一時間もすれば目を覚ますだろう」
「そ、そうなのか」
二つ隣に座る近藤が事も無げに説明すると坂城も一先ず納得して席に落ち着く。と、代わって太田と西ノ宮が席から立ち上がる。
「そんじゃま、あ~し等はあ~し等で楽しみましょっか♪」
「へっ??」
宇江原の傍らに立つとその肩にぽふっと手を置いてニカァッと笑う。それまで黙って酒と料理を食べていた宇江原が、訳が解らず目を丸くして、肩に置かれた手と太田を見る。
「女子会よ女子会っ!今日まで何があったか色々聞かせて貰うわよ!」
「えええっ!?」
太田と同じような笑みを浮かべる西ノ宮が、驚く宇江原の腕を太田と二人で左右からがっちり拘束する。
「あら?面白そうね。私も混ざっちゃおぅかしら♪」
藤代もすっと立ち上がり、ずりずり引き摺られて行く宇江原達の後を付いていった。
「あ、あの私ご飯を食べてる最中でしてっ!」
「食べ物も飲み物も上にいくらでもあるって♪」
「ああっ、助けて坂城さん!」
「ガールズトークは男子禁制よ!」
「いやぁ~~~~・・・」
女四人、仲良く?四階へ消えて行ってしまった。
残るは四人のむさい男達ーー。
坂城は何とはなしに戸崎を見ると女達の消えた先を名残惜しそうな目でずっと追っていた。が、ふと何かに気付き、視線を動かし坂城と目が合うと、途端に憎々しげな表情で一睨みして、ふいと顔を背けてしまった。
チヤホヤされる新参者に対する古参の醜い嫉妬だろうか。
何にせよ一方的に敵意を向けられ良い気のしない坂城であった。
と、聞いておきたい事があったのを思い出す。
グラスに残ったビールで口の中を湿らせて近藤へ顔を向ける。
「聞きたい事があるんだが良いか?」
「ん?俺には龍起みたいな良く解らないプロバガンダは無いぞ?」
「いや、そう言うのじゃ無くて、この辺り一帯が今どうなっているのかとか、他の集団についてとか、解る限りで良いから教えてくれないか?」
「ああ、俺の知ってる範囲でなら構わない。俺も龍起が言っていたスライムの倒し方ってのが聞きたかったからな」
近藤から快諾され坂城は、その後斎藤が再び目を覚ますまでの間近藤と語らい、情報の共有に時間を費やしたーー。