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落ちる雪  作者: はなぶさ
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雪。

かつかつと黒板を叩く白いチョークを眺めていると、ふと、視界の隅を何かが走っていった。

不思議に思って窓の外を見れば、ちらちらと雪が降っている。

それを目にした途端、指先がすっと温度を失うのが分かった。

制服の腕をまくれば、鳥肌がたっている。


寒い。

どうしようもなく、寒い。


唇から血の気が失せてしまったのを実感して、手元のノートに視線を落とした。


「ね、三枝君。どうしたの?顔が真っ白だよ」


隣の席から、クラスメイトが話しかけてくるのだが返事をすることもできない。

呼吸がだんだん浅くなってくる気がした。

瞬きをするたびに視界が暗くなってくる気がする。


「先生、三枝君が気分悪いようなので保健室に連れて行ってきます」


突然、教室から上がった声に顔を上げてみれば、板書していた数学教師が目を瞠ったのが見えた。

僕のことを案じて、声を上げて立ち上がったのは、先ほど声を掛けてきた隣の席の生徒ではない。

僕の顔なんて確認できないほど遠い席に座っている我が幼馴染だった。

先生も、それが分かってるので幼馴染みに対して胡乱げな視線を向けていたのだが、ふと僕の顔を見て、眉を寄せた。

僕の顔は、よっぽど色を失くしていたのだろう。

幼馴染が決して冗談を言ったわけではないことが分かったらしく「・・三枝、大丈夫か?」と声を掛けてくる。

大丈夫、という一言さえ口にすることができず、ただ肯くことで返事をした。

だけど、そんなのはただ虚勢で、本当は今にも倒れてしまいそうだった。

「大丈夫じゃなさそうだな」教師も心配げだ。


「俺、保健委員なんで」


教師が許可を出す前に、幼馴染がガタンと椅子を蹴り上げるようにして自分の席を離れたのが分かる。

しん、と静まり返った教室に、その音がやけに響いていた。

一つ言っておくなら、彼は保健委員ではない。

今は、教室を見回す元気もないのだが、そうしていたなら本物の保健委員が驚いている顔を見れただろうに。

だけど、美形だが凶悪とも言える雰囲気の幼馴染に意見できる人間なんてこの教室にはいなかった。


幼馴染は、自分に集中する視線を気にも留めずに、すたすたと机と椅子の間を通って、僕の横に立った。

右足が不自由な僕はすぐに立ち上がることができないので、自然と幼馴染の差し出す手に腕を乗せる格好になる。

立ち上がるときに一番力を必要とするから、そのときにこそ補助が必要なのだ。

それでも、ゆっくり立ち上がれば支障ない為、杖は持ち歩いていないし、歩き出さない限りは健常者と特に変わりは無い。

だからこそ、動作がトロいと相手をイラつかせることもある。

そんなことを考えていると、ぐい、と腕を引かれた。

突然のことに、幼馴染の上半身にぶつかって寄りかかる格好になった。

恥ずかしくて身を引こうとすれば、がっちりと抑えられる。

実際、そうされなければ後ろに倒れるところだった。


「神崎、お前はすぐに戻って来いよ」


幼馴染に引っ張られるようにして教室を出ようとしていたところに、数学教師から声が掛かる。

僕を保健室まで送ったついでに、幼馴染が授業をサボるのではないかと思っているのだ。

実際、その懸念は間違いではない。

今日だって、幼馴染が朝から授業を真面目に受けていること自体奇跡に近いのだから。


瑠維るい、ちょっと待って。歩くのが早い」

「ああ、悪い」


僕が苦情を申し立てれば、すぐに歩調を緩めて、引っ張っていた腕を離してくれる。

そしてそのまま、滑るような動作で自分の肘に掴まるように促した。

僕がもしも健常者であれば、男同士気持ち悪い、と突っぱねるところかもしれないが、何せ、今の僕は歩くのもままらない状態なのだが、それを拒否する理由はない。

今日は天気が悪いから、朝から調子が悪かった。足の痛みは普段の三倍から四倍。

ずくんずくん、と脈打つみたいな鈍い痛みが走っている。

瑠維はきっと、僕のその状態に気づいていたのだろう。

だからサボりもせず、朝から教室に居たのだ。

僕よりもだいぶ背の高い瑠維をそっと見上げれば、相変わらずのしかめ面でどこか遠くのほうを見ている。

廊下には二人分の足音だけが響いていた。


「雪、止むかな」


ぽつりと問えば、「さあな」と素っ気無く答える瑠維。

窓の外に視線を向ける勇気はなかった。

何度も通ったカウンセリングでも、どうしても立ち直ることができなかった。

いつしか、きっとこれは誰にも治せないだと知って、立ち直るべきではないことなのだと理解した。


冬、雪、車、生クリーム。


僕には苦手なものがたくさん、ある。

時が過ぎれば平気になるのだと思っていたけれど、どれも無理だった。

それどころか年々、酷くなっていく気がしてならない。

今日だって、本当は、ただ天気が悪いだけなら足が痛むくらいで平時と変わらずに過ごせるはずだったのだ。

それが、これだ。

雪が降った途端、僕には、自分の感情や体調を制御することができなくなる。


「こんなんで、将来まともに働けるのかな」


きしきしと、上履きが廊下を滑る音を聞きながら思わず漏らすと、


「それでも働ける仕事を探せば良い」


瑠維がやっぱり感情の見えない声で言う。


「そんな仕事あるかな」

「馬鹿だな、見つけるんだよ。それか、自分で何かやるか」

「自分で?」

「ああ。それでも駄目なら、」


突然言葉が切れて、思わず見上げれば、


「俺が養ってやるよ」


ふ、と馬鹿にしたような笑みを見せる。


「僕、女の子じゃないんだけど」


まるで『嫁に来い』って言っているみたいに聞こえて眉間に皺が寄る。

それが分かってるからこその、馬鹿にした笑みなのだ。


「それに、瑠維に養ってもらうなんてまっぴらごめんだね」

「へいへい。それなら、何とかしろよ。自分で」

「・・うん」


自分から拒絶しておいて、実際、一人で何とかしろと言われると急激に不安が襲う。

強がっても良いが、相手は何せ幼馴染だ。隠しても無駄な気がする。

何で自分はこんなにも弱いんだろう。


無意識に、ふう、と息を吐いていた。


「しんどいのか?」


耳ざとく、それを聞き逃さなかった瑠維が顔を覗き込んでくる。

情けない顔は見られたくない。

思わず、顔を逸らすと、瑠維の大きな手に掬われるようにして顔を上に向かされる。

「熱があるな」と、まるで痛ましいものでも見るように顔を歪めた。


平気だよ、と言おうとして上げさせられた視界の向こうに、白く霞んだ窓が映った。

右から左へと、流れるように雪が降っている。

風が、強いんだろうなと思った。

あんなに軽やかに舞っているのに、地面に積もると硬くなるんだから不思議だな、とぼんやり考えた。

瞬間、体が大きく傾いた。


「おい、三津みつ!」


瑠維の腕からするりと抜ける僕の手が、宙を切る。


何で、そんな声で僕を呼ぶんだろう。

僕はここにいるのに。

そんなに焦った声を出したりしてどうしたんだろう。

瑠維、どうしたの。


そう言おうとしたけれど、やっぱりうまくいかなかった。

一瞬、天井が見えて、こちらに突進して来るみたいな瑠維が見えて、がつん、と後頭部に何かが当たった。


ああ、倒れたんだな。と思ったときは遅かった。


嫌だ、こんなところで気を失うなんて。

保健室までもうすぐだったのに、と何だか間の抜けたことを考える。


「三津!三津!」


瑠維が声を上げている。

そんなに大声を出してしまったら、教室から誰か出て来ちゃうよ。


そう思いながら、僕の意識は完全に闇に沈んだ。

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