透明人間
「急用ってなんですか、博士?」
「おお、よくきてくれたT君。これを見たまえ」
「ただの三角フラスコですね」
「ノーノー、その中身に注目してくれたまえ」
「冗談ですよ。なんですか、その二日酔いのゲロと牛糞と工場の排水を混ぜたような色をした液体は」
「そ、そこまで酷い色ではないだろう? よく見たまえ」
「いえ、いいです、結構です。近づけないで下さい。うわぁっ、臭いも強烈だ」
「確かに、見かけや臭いはよくない」
「ああぁっ、本当、勘弁してください。フラスコの口をこっちに向けないで」
「だが、君もこの薬の効能を知れば、きっとこれを使いたくなるはずだ。いや、間違いなく使いたくなるはずだ」
「いつになく凄い自信ですね博士。薬、ということは飲んだり、塗ったりするのですか?」
「いかにも、これは飲み薬だ」
「そんな不味そうなものを飲みたくはないですが、一体どんな効能なんですか?」
「知りたいかね?」
「言いたいんでしょう?」
「では、言おう。これは透明人間薬だ」
「透明人間薬? 飲めば透明人間になるということでしょうか?」
「その通り。ん? あまり驚かないね?」
「いえいえ、驚いていますとも」
「いや、その目は信じていない目だ」
「生まれつき、こんな目なのです」
「論より証拠、今からこれを飲み干し、その効能をお目にかけよう。うっ、ぷっ、ぐぅうぅううぅ、ぬっ、こりゃ、ほっ、むぅ、えいやっ」
「博士、凄く苦しそうですが大丈夫ですか?」
「な、なに、喉元過ぎれば問題ない」
「顔色が酷いことになってますが……、あっ、ああ!」
「なっ、どうしたのかね!?」
「はっ、博士の顔が……、見えません! 消えました! 白衣だけが宙に……! なんてことだ!」
「おお、見たか! やっぱり私は天才だった!」
「見えませんが、確かにあなたは天才です! 今までの愚にも付かない発明品はなんだったんでしょうか!
「うむ、今までの間違った発明品のせいで私はなんどもK官のお世話になった」
「今までのは迷惑行為そのものでしたからね。ところで、なんのためにその薬を?」
「T君、知っとるかね? 古から数多の男が目指し、叶わなかった聖地の存在を……」
「ああ、女子更衣室や温泉の女湯のことですね」
「そのとおり! 私は今からそこへいく!」
「あっ、待って下さい博士!」
「ぬっ! なぜいま私が外へ出ようとしたのがわかったのかね?」
「ははっ、博士は天才ですが間が抜けていますね。博士は今、白衣を着たままでいらっしゃる」
「おっと、これは失敗失敗。では、ポイポイポイ」
「あっという間の脱衣。あっ、博士、お尻のほくろの上にごみがくっついていますよ、チョイチョイと」
「ありがとうT君。いやしかし、人前で裸になるのはなかなか恥ずかしいものだね。人様に裸を見られるのは母親以来、二人目だよ」
「ははっ、博士、ご冗談を。今博士は透明人間なんですよ」
「おっと、そうだった。私の姿は誰にも見えないのだった」
「そういうことです」
「では、行ってくるよT君。エデンへ、アルカディアへ、シャングリラへ」
「なんという速度。もう出て行ってしまわれた……全裸で。それだけ、僕の見えないふりの演技が堂に入っていたのかもしれないな。本当にあの人はからかい甲斐のある人だ。さて、今度はどれだけの時間、逮捕されずにいられるかな?」