落とし穴142堀:あの頃
あの頃
Side:ヒフィー
「やあ、ヒフィーさん」
そう言いながら、ウィードで私とタイゾウさんが住んでいる家にやってきたのは、ランサー魔術学府で学長をしているポープリさんだった。
お供として、エオイド、竜騎士アマンダが付いて来ている。
「これはこれは、ランサー魔術学府の学長殿がどんな用向きでこのような所へ?」
「あー、今日はその立場で来たわけじゃないんだ。シスターヒフィー」
「おや、その呼び方は……」
懐かしいですね。
私やコメットが子供たちの面倒を見ていたころ。
そして、かつて皆でとある村に住んでいた頃の話です。
「ええ。あの頃の私として会いにきました」
「はい。なにか困ったことでもありましたか? ポープリ? また誰かにいじめられましたか?」
「あはは、そこまで対応を戻してもらわなくていいですよ。ただ、懐かしい物があったのを思い出して、届けに来ました」
そう言って、ポープリが取り出したのは一つの古びた木の箱。
……どこかで見覚えがあるような。
と、そこはいいとして、まずは……。
「今日は個人的なお客様ということですね。ではどうぞこちらに」
「はい。お邪魔します」
「お、お邪魔します」
「お邪魔します」
私は3人をリビングへ案内してお茶を出します。
「ありがとうございます」
「いえ、どうも簡単には終わりそうにないですからね。その箱の話は」
「そうですね」
ポープリはそう言って、その古びた木の箱をテーブルの上に置きます。
本当に古い木の箱。でも、埃を被っていた様子はない。
「で、これは? どこかで見た気がするのですが?」
私はこの木の箱のことを思い出せずに、ポープリに尋ねてみたのですが……。
「中を見ていただければわかるかと」
「中身ですか……」
ポープリの意図がよくわからないまま木の箱に手を伸ばします。
まさか、プレゼントというにはあまりに箱が古びていますし、一体なんで……。
まあ、蓋をとればわかることです……ね。
とその中身が目に入った瞬間、そこで私の思考は止まりました。
「……」
その古びた木の箱の中には、子供が遊ぶような手作りのお人形がいくつも入っていました。
「……懐かしいでしょう?」
「ええ、本当に」
私はそっと一つの人形に手を伸ばし、大事に取り出します。
「ずいぶん古いのに意外と丈夫ですね。……いえ、これは。魔力?」
「ええ、そうです。わが師、コメットさんが、私たちに作ってくれた人形です。壊れないように魔力で補強をしていたようです」
「……妙なところでこだわりますね」
「師匠らしいです」
そう、今私の手の中にあるこの人形は、私ではなくコメットが作ったもの。
彼女が、子供たちのおもちゃとして、作ったものです。
そう、子供たちのおもちゃ……。
「あ」
「どうかしましたか? シスターヒフィー」
「いえ、思い出しただけです。コメットが何かいいおもちゃはないかといいだして、作ったのがこれでした」
「そういう経緯だったんですか。私はてっきりヒフィーさんが作るように頼んだのかと」
「ええ、意外と思いますが、これはコメットが自ら子供たちに必要だと言って作ったものですよ。たしか……」
まだ、私とコメットがとある小さな村の片隅に、ダンジョンマスターとその補佐としてひっそり暮らしていた時のことです。
『コメット? いったい何をしているの? また研究? そんなことよりも連れてきた子供たちの……』
その日は、ポープリたちを連れてきてからまだまもなく、まだまだ手のかかる時期だったのに、コメットが子供たちをほったらかして何かをしているので、探しにきたのでした。
『ああ、いいところにきた。ヒフィー、お人形ってこんな感じかな?』
『はぁ?』
最初は何を言っているのかわかりませんでした。
研究バカが、ここまで子供たちに気を遣うとは思ってもいませんでした。
まあ、気まぐれで子供を拾ってきて、世話をするといったことすら驚きで、私の長年の生活指導の苦労がやっと実ったかと思ったぐらいですから。
『いや、何をそんなに驚いているんだよ。私だって子供の遊び道具くらい作ったりはするさ。というか、そこまで薄情じゃないよ』
『いえ、私に子供たちの世話を全て任せて料理も洗濯もしないで、ここでお人形作りをして遊んでいるコメットは薄情な気がしますけど』
『うぐっ。いや、ほら、子供たちにはおもちゃが必要だろう?』
『優先順位は全然下です。まずは子供たちに暖かい食事と、寝床を提供して、大人である私たちが付き添って安心させないとダメでしょう?』
『はい。その通りです』
「と、そんな感じだったんですよ」
「あー、連れてこられた時、なぜコメットさんではなく、シスターヒフィーがお世話をしてくれてたのか気にはなってたんですが、そういうことだったんですか。しかし、なぜまた人形を?」
「それは私も同じようなことを聞きました……」
とはいえ、子供たちのために人形を作っているコメットを厳しくしかることは出来ず、子供たちのお世話を終えた後で改めて話を聞いてみることにしました。
『で、いったいどういう理由でお人形を作ろうなどと思ったのですか?』
『いや、純粋に子供たちのおもちゃにと思って……』
『そういうウソはいいです。まあ、おもちゃがあればいいとは思ったのは確かでしょうが、先ほどの作業への没頭ぶりをみると別の目的があるように見えましたから』
『うぐぐっ!? 流石、ヒフィー。まあ、別に隠すようなことでもないか。ほら、このダンジョンの仲間ってまだ私とヒフィーだけじゃないか。あとあの子供たち』
『ええ、そうですね』
『だからさ、なんとか人手を増やそうと思ってさ。まさか、魔物を使用人にするわけにもいかないから、ゴーレムを作ればと思ってね。そこでお人形みたいにかわいいのであれば、子供たちも怖がらずに済むんじゃないかって思ってさ』
『なるほど。で、結果はどうなんですか?』
『それが、さっぱり。こういう技術はうまくいかないね』
そう言って、コメットは作ったお人形を私に渡します。
『魔力は感じますが、とても動くようには見えませんね』
『そう。魔力だけは込められたけど、自由に動かすまでには至っていないんだよね。まあ、その一体だけに集中すればなんとか動かせないわけでもないんだけど』
『これ一体だけ動かせても仕方ありませんね』
『だろ? まあ、一体は作ったんだ。ポープリたち全員いきわたるようにとりあえず作ってしまおうと思ってね。私も小さい頃はこういうお人形遊びもしたからね。子供のおもちゃにはいいだろう』
『コメットは昔から魔術の研究にしか興味が無いと思っていました』
『……私にだって、子供時代はあったよ』
「そんな感じで少し拗ねていましたね」
「はぁ、まあ、当然といえば当然ですが。今の師からはとても想像しにくいですね」
「ええ。私も当時全然想像できませんでした。で、このお人形はポープリたちが受け取って遊んでいたものですよね? それがなぜ今、私に? このお人形はポープリたちのモノでしょう? 届けにきたというのは?」
私はポープリの意図がわからず問い返します。
確かに、この人形を差し出した時、届け物と言いましたよね。
でもなぜ? これは、彼女たちのモノのはず。
「あー、まあ、もう私も人形遊びをする年ごろではないということと、直接師に渡すと何も考えずに即座に分解されそうという懸念がありまして」
「まあ、コメットに渡せば何かしら実験の材料にしそうですね」
最近はウィードからの技術提供を受けてかなりはしゃいでいますからね。
しかし、それだけの理由で私にこの人形を渡すというのはなかなかに……。
「このままあなたが持っていてもよさそうだと思いますが? なぜ?」
「……ナールジアさんから何か話を聞いていませんか?」
「ナールジアさんというと、あの妖精族の族長である?」
「ええ。なるほど、シスターヒフィーは知らないのですね」
私の反応をみて、ポープリはそう返す。
そう言われると気になるのが人の性。
「コメットに何かあったのですか? 昨日会ったときはいつも通り普通にご飯を食べていましたが」
「何かあったという程のことではないのですが、時折、ナールジアさんが作った武器を見て少し迷いがあるようだとのことでした」
「迷い?」
「まあ、ナールジアさんたち技術者にしか、分からないものとは言っていました。タイゾウ殿もですね」
「タイゾウさんもですか?」
「はい」
私の夫、タイゾウさんが私に言わないのですから、そこまで重大なことではないのだというのは分かります。
「度々すみませんが、それがなぜ、この人形に繋がるのでしょうか?」
「ああ、失礼しました。ナールジアさんのことで多少私もピンとくるものがありました。武器を見て少し迷いがあるというのは、恐らく聖剣のことではないでしょうか?」
「聖剣? ああ、ベツ剣。……彼女たちのことですか」
「よくよく考えてみれば、コメットさんが武器を作ったのは全部私たちの為です」
「そうでしたね。彼女は基本的に魔力枯渇現象を調べるための研究と、魔術の研究ばかりでした。時にはモノづくりもありましたが、作ったのはホワイトフォレストの極寒の地で作物が育つようにという感じでした。だからこそ武器を見て迷っているんですね」
「はい。恐らく、私や聖剣使いのことで色々思うところがあるんでしょう」
まあ、最後には彼女たちに斬られて命を落としましたし。
和解したとはいえ、ポープリの言う通り色々思うところがあるのでしょう。
「だからこそ、コメットが作ったこの人形を、ということですね」
「はい。とはいえ、私たちが直接渡すのは違う気がしまして、タイミングも難しいですし、コメットさん、わが師と親友であるシスターヒフィーにお願いしたいのです。師の迷いを少しでも晴らしてほしい。これは聖剣使い達の意思でもあります」
「ポープリの話はわかりました。私もそれとなく気にしてみましょう。案外、コメットのことですから、自分で吹っ切っているかもしれませんが」
あのコメットは人の心配なぞどこ吹く風で、気が付けば別のことを考えていることなんてよくありますからね。
まあ、それが研究者という生き物なのでしょう。
そして、それはポープリも分かっているようで、直ぐに頷き……。
「ええ。師ならそういうこともあると思います。ですが、気になってしまいまして。実はその人形はユキ殿たちが学府にやってきたころに見つけたものですからね。タイミングから考えて、私たちの為というより、師の為に出てきたのではないかなーと、思ったりもしています」
「なるほど。この子たちはコメットにモノづくりを思い出させるために戻って来たわけですね」
「はい。そう思えてなりません。コメットさんは、自分の為でなく、誰かの為に武器も作った。それだけなんです。以前はそれが結局不幸な結果に終わりましたが、その始まりは決して不幸を願うものではなかった。それを思い出してほしい」
「そうですね。わかりました。この子たちは引き受けましょう」
ということで、懐かしいコメットの子供たちが私の手元に戻って来たのでした。
さて、どう話したモノでしょうか?
コメットが作ったお人形。
何を目指して、何のために、さてさて、モノづくりだけではないけど、初心を忘れるべからずってやつやな。
ヒフィーとポープリも心配しているけど、コメットはどんな答えをだすのやら。




