第833堀:ある技術者の思いと行動
ある技術者の思いと行動
Side:コメット
「ぶーぶー。私もいきたかったー!!」
と、シーサイフォから帰ってきたユキたちに文句を言ってみる。
「いや、お前は望んでこっちで研究してるんだろうが。向こうでの整備員仕事は嫌だって言ってただろうに」
「もっちろんさ。私は整備なんかじゃなく、CDCの分解をしたいね。あとユキが持って行ったラプターも」
「絶対させん!!」
「大丈夫、元に戻すからさー」
「そういいながらぶっ壊した3TSは何台だ?」
「あははは!! 大体3つだね。いやー、ポケ〇ンは楽しいんだけどさ。ああいう素晴らしい機械がどうできてるか気になるじゃないか」
「精密機械だからな……。と、そんなことはいい。エージル」
ちっ、やはり駄目か。
まあ、それはいいとして、整備員兼技術班としてのエージルが戻って来たってことは……。
「僕たちが作った魔力障壁発生装置と、空母の初戦闘の報告書だよ」
「「「おおー!?」」」
私の声に誰かの声が重なって聞こえる。
振り返ると、そこにはナールジアさんとザーギスがいた。
「いつの間に」
「それはもちろん、報告書と聞けば飛んできますよ」
「ですね。あの巨大な空母を丸ごと覆うような魔力障壁。しかもある程度強力な攻撃に耐えられる出力などとバカな要求でしたから」
「バカとは失礼な。こっちには魔術や魔物って脅威が存在しているんだ。物理だけじゃなく、魔術的な防御も考えて当然だろう?」
ユキの言うことは確かにわかる。だけど、その規模がねー……。
普通ならあきらめるところだよ。しかしながら、私たちにはできると思っちゃったんだよね。
幸い、無尽蔵に魔力を蓄えるダンジョンコアもあるんだし、燃料という意味では既に超小型化に成功しているってわけだ。
あとは、魔力障壁そのものの発生をどうするかってことたっだんだけど、大きさや強度に応じて書き込む魔術陣が大きくなるってナールジアさんの懸念も、対象が空母ってことで解決した。
空母自体超巨大だしね。魔術陣を書き込む場所も余裕であったというわけさ。
「ま、それよりも報告書を読んでくれ。改修が必要か? 使用を禁止するべきか? そこら辺の判断が欲しい。身を守るための魔術障壁が爆発して空母が四散とか本当に勘弁してほしいからな」
ま、ユキの言う通り、魔力障壁展開機の開発秘話は今はいいとして、さっそく報告に目を通す。
「ほほう」
「ふむふむ」
「なるほど」
たった10枚程度の報告書に目を通すなんて一分もあれば十分だよ。
あ、研究の報告書に限るけどね。
「とりあえず、まあ、相手がいかんせん駄目だね」
「ですねー。コメットさんの言う通り、空母で前時代的な接舷して殴り込む戦闘とかありえませんね」
「まあ、状況的に仕方ないというのはわかりますが、空母の設計思想に反する使い方なので、微妙ですね」
3人同時に報告書のだめだしから始める。
空母の運用としては状況が突飛すぎて判断しようがないね。
空母の実働戦力がみられるかなーというわずかな希望は露ほども叶わなかったらしい。
「ばか。木造船相手にトマホークとか撃つか。というより、問題は……」
「問題は、被弾時の状況ですね。このデータを見る限り、単発での被弾は許容値、想定した値でおさまっていますが、同時着弾時がおかしいですね」
「負荷が単発の凡そ3倍か。何が原因なんでだろうね?」
「想定では2倍なんですが……」
「不思議だよねー」
と4人で顔を突き合わせて話していると、ユキが不思議そうな顔をして……。
「いやいや、同時着弾というか、同時の負荷は純粋に2倍なわけないぞ。冗談だろう?」
「「「?」」」
私たちが理解できずに首を傾げていると、ユキはザーギスに視線を向けて……。
「おいおい、技術者連中はまったく何してんだよ。頭の中は空っぽか? ザーギスお前は?」
「言っていることはわかりましたよ」
お、なんかザーギスはわかったような顔をしている。
「空母が停止しているならともかく、動いていましたからね」
「そうだ。ただ停止中に砲撃を受けたわけじゃないし、同時の複数個所への防御展開における出力も違うからな。俺からすれば3倍程度で済んでいるのはマシだと思うがな」
あー、そういうことか。
海上では相手もこっちも動いているから、そういう速力も計算しないといけないわけか。
それなら純粋に二倍ってわけにはいかないね。
運動エネルギーの関連か。
まあ、あそこらへんは数字ばっかりだから、読むのはぼちぼちなんだよね。
現物を見たい気持ちが勝るし。
「ですね。いや、すみません。急造品だったので複数同時の被弾を想定していませんでした。タイゾウ殿も失念していたようです」
「あー、タイゾウさんもか。いや、まあ、タイゾウさんなら大艦巨砲主義から防衛するのを想定しているだろうからな……。弾幕は受けてもいい、という判断だろうな」
「どういうことだい?」
「第2次大戦中の軍艦は下手な砲弾は跳ね返すほどの装甲だったんだよ。ということでただの銃撃……と言っていいかわからないが、一定以下の威力の攻撃はそもそも効かないんだ。だから、効かない攻撃はそのまま食らってかまわず、致命傷になりそうな攻撃だけを防ごうという思想だったんだろうな」
「「「あー」」」
言っている意味はわかった。
確かに、船体がどうともならないしょーもない攻撃をわざわざ魔力障壁で受けて装置に負荷をかける理由はないよね。
無駄に魔力も消費するだけだし。
だからこそ、やばい一撃を耐えるためにっていう調整になっているわけか。
「で、問題はこのまま使い続けて大丈夫かって話に戻るんだが……」
「まあ、いままでのことを踏まえると、特に不具合って感じはなさそうだね」
私がそう結論をだすと、他のメンバーも頷いて賛同する。
「そうですね。負荷が3倍っていうのも正常な動作の範疇だというのがわかりましたし、総合的な限界負荷の値はまだ数十倍ありますから」
「ええ。魔力障壁発生装置自体の動きには特に問題はありません。暴走するような兆候はありませんからね」
そう、負荷が3倍とはいえ、あくまで一発当たった時の3倍という意味にすぎず、負荷限界はまだまだ先にある。
先ほどユキが言ったように、タイゾウは戦艦の主砲を止めるレベルの設定をしているからね。
……というか、タイゾウが想定している戦艦というのはあの化け物超弩級戦艦の大和だからね。あの砲撃の直撃を防ぐほどの出力ってどれだけだよとは思う。
いやー、自分が何気なく使っていたあの小さなダンジョンコアがこれほどのモノとは思わなかったよ。
しかしながら、思いついたものをポンとDP交換で出してくれてもいいのにと何度も思ったけどね。
まあ、そんな都合がいいわけないよね。というより、技術者がそんなことをし始めたら終わりだ。
と、そんなことを考えている間にユキは納得したようで……。
「問題ないならこのまま使います。これで多少は安全に航海できると思いますし」
「ユキさんは心配性ですねー。あの空母が沈むような相手がいれば、すでにシーサイフォの海軍は全滅していますよ」
「まあ、それはそうなんですが、海は何があるか分かりませんし。ドレッサたちが別行動になりますから、防衛能力には気を遣うんですよ」
「あー、そういえばそんなことを言っていたね。ドレッサたちの調子はどうなんだい?」
不意に気になって、ドレッサたちのことを聞いてみる。
どんなにすごい兵器でも使い方次第で超残念になることは、ベツ剣、もとい聖剣が証明しているからね。
あ、それを言うなら研究一辺倒しかできない私も同じか。
結局のところダンジョンコアを有効に使いきれなかったからね。
とまあ、自分の苦い思い出をドレッサたちに重ねたんだろうね。
「特に問題は無い。とはいえ、まだシーサイフォ相手に軽く実力を見せた程度だ。場慣れしていない分、ちょっと心配ではあるな」
「あれは仕方がないよ。今まで偉い人への対応は全てユキがやっていただろう? それがいきなり艦長でしかもシーサイフォ近海警備の司令官だ。緊張しないわけがないよ。実際、昼の模擬戦ではガチガチだったし」
エージルの説明にそれは仕方ないよねと思ってしまう。
むしろ、ユキが無理にその立場につけたことの方が問題だろうね。
まあ、本人も自覚があるみたいだし、仕方のないことだったんだろうね。
私がベツ剣を彼女たちに渡したのと同じだ。
「で、どうしたコメット。何か気になることでもあったか?」
「いや、何となく昔の自分を思い出したんだよ。ベツ剣を託したのと同じなんだろうねって。そうだろう? ユキ?」
「ま、そうだな。ドレッサたちなら、あの兵器の力に溺れることなく使いこなせると思っている。失敗もそりゃするだろうが、それは俺たちがフォローしてやればいい」
「耳が痛いね。私はそのフォローを怠った。挙句、自分が切られた時でさえ、きっと彼女たちはうまくやってくれるさと思うだけで終わってたよ」
「……それはそれで悪いことじゃない。たまたま結果がこうなっただけだ」
私の言葉にユキは言いにくそうに言葉を返す。
まあ、そうだよね。こんな自分の失敗談を語るのに、なんて返せばいいのか困るよね。
「あはは、いや、すまないね。ただ何となく昔の自分を思い出しただけだよ」
「いや、俺も不用意なことをいった。すまない」
「「「……」」」
あらら、ちょっとみんな気まずい感じになっているね。
どうしたものか……、と思っているとエージルが沈黙を破って口を開く。
「うーん、ある意味トラウマってやつだね。なら、コメット。空母で一緒にドレッサたちと頑張ってみないかい?」
「え?」
意外なことを提案されて、頭が追い付かない。
なぜそんな発想に行きついたのか……。
「いま、コメットはユキとドレッサたちをみて、在りし日の自分を重ねて見た。それで心配になった。違うかい?」
「あぁ、まあ、そうだけど。ユキなら無事に……」
「そうだね。無事にやると思う。だけどそれは関係ない。コメットがどうしたいかだよ」
「私が?」
「ああ、心残りなんだろう。僕はコメットに説教できるような立場ではないし、知識もぜんぜんだ。でも、心残りだと言っている顔だよ。ねえ、みんな?」
そうエージルが言うと、全員が頷く。
「コメットさんが悩むなんて珍しいですからねー」
「意外というと失礼かもしれませんが、困った感じですね」
「お気楽なコメットが真剣になってるからな。ついでに今までさんざんウィードにこもってきたんだ。たまには外に出てみたらどうだ?」
なんだか、自分で思っている以上に深刻そうにしてたようだ。
あのことは、私にとってもずっと心残りなんだろうね。
「……わかった。行くよ。こうなったら、ドレッサたちを立派に育ててみせようじゃないか!!」
「いや、お前、海戦はずぶの素人だろう? というか、そもそもが指揮官タイプですらないだろうが」
「うぐっ!? ここはのってくれないのかい?」
「お前はすぐ調子にのるからな。お目付け役にヒフィーも呼ぶか?」
「いや、あれはいらない。あれがいるといろいろと口うるさいお母さんだからね」
ということで私は自分自身と向き合うため、外に出るのであった。
こうして彗星が動き出す。
なんかこうして言うと、レッドコメットを思い出すよね。
まあ、そっちの赤い彗星とかはいいとして、コメットにも色々思うところはあるって話。
きっと、特に問題もなく自分で解決できる内容なんだけど、それでも物語は存在する。
必要ないかもしれないけど、こうして雪だるまは書くわけです。
こういう無駄こそ娯楽の代表だよね!
物語をさっさと進めたいって人はごめんよ。




