第824堀:司教のお仕事
司教のお仕事
Side:エノラ
「司教様。私は夢か幻を見ているのでしょうか? この目の前に広がる光景は本物の現実なのでしょうか? ハイレ様はこのような力を持つ者に対し、どうお思いなのでしょうか?」
「……」
懺悔というか、祈りというか、現実逃避としかいえないような相談を、今、私は受けている。
只今、私たちはユキ殿が用意した空母で遠洋……とはとても言えない、シーサイフォ王国本土が遠望できる海域を回遊している。
試運転だそうだ。
まあ、こんな大きい船がちゃんと動くか確認するのは大事よね。
でも、それに付き合わさせられているシーサイフォ王国の要人たちは、この驚異の現状に軒並みついていけなくて、この船にいる唯一のハイレ教の司祭である私にこうして相談にやって来ているわけ。
しかも、この状況をも予想していたかのように、相談室、カウンセリングルームという場所がこの船には設けられていて、私にそこで、みんなに教えというか、相談に乗ってくれとユキ殿からいわれたんだけど、まさかこんなことになるとは思わなかったわ。
いや、思ったよりシーサイフォ王国の人々が信心深いと喜ぶべきかしら?
と、いけない。今私には、信者が相談してきているのだ。ちゃんと司祭として答えを出してあげないと。
「敬虔なるハイレの子らよ。目の前の出来事に驚くのはわかります。ですが、これはハイレ様がもたらした奇跡なのです。この力と繋がりを以て国を救えと、そう仰っているのです」
「おおっ。では我々は心配する必要はないのですね」
「はい。私がこうしてハイデンの方々と同行していることこそ、神の思し召しの証しと言えるでしょう」
「ありがとうございます。胸のつっかえが取れたようです」
「ええ。何かあればまたいらしてください」
とまあ、そんな感じでまた一人悩める子羊が救いを得て帰って行ったわけだけど……。
「神の思し召しねぇ……」
ついそんな言葉を口にしてしまう。
なにせ……。
『はい? 神様として? いやいや、エノラ。私は前にも言ったでしょう。人はいつか自分の力だけでやっていける強い心と力の持ち主だって。それにこうして、エノラの周りには心強い仲間がたくさんいるんだから。神様なんかに頼らずに、問題を解決していけばいいんだよ。神様はあくまでも、心の支えって感じかな』
と、女神様本人に笑顔で言われて、何も言えなくなってしまった。
というか、言ってることは至極尤もだ。
私たちは神様に頼るのではなく、自分の足で立たなくちゃいけない。
『まあ、私が女神って言われてもピンとこないし、いまはどちらかというと、リリーシュ様の信徒だし。そっちで忙しいから、そっちのお手伝いはできないかなー。というか、ぶっちゃけて、ウィードの方が楽しいし』
……その言葉は聞かなかったことにするしかない。
特に、我らが女神様が他の神の信徒になっているとか、なんていえばいいのかさっぱり分からないわ。
というか、誰も信じないわよね。
ましてや祖国を放っぱらかしにして、他国で遊ぶのが好きとか……。
まあ、ハイレン様もしょせんただの人だったということよね。
ソウタ様のことが好きだったみたいだし、ただ立場が変わっただけ。
「だから、私も……」
普通に恋して、結婚してもいいんじゃないかと思うのよね。
……まあ、相手はなかなか難易度が高いけど。
まさか、既婚者に思慕の情を持つことになるとは思ってなかったけど、何がきっかけなのか私もよくわからないのよね。
……これはハイレン様に相談してみるべきかしらと思っていると。
コンコン。
と、再び部屋のドアがノックされる。
またか。
「こほん。どうぞ、お入りください」
「失礼します」
「……」
「司教様。どうかされましたか?」
「あ、いえ。そちらの椅子にどうぞ」
「はい。失礼いたします」
入ってきたのは、なんとシーサイフォ王国の若き宰相アクアマリン殿だった。
……なんでまた。と聞くだけ無駄よね。
ウィードのことを知って、それを素直に受け入れられる人なんてそうそういないわよ。
さて、迷える子羊の話を聞きましょう。
「どうされましたか。宰相様」
私はできる限り優しく声を掛ける。
今まで相談にいらしたおじい様たちとは違い、若い女性だ。
同じ対応ではまずいのはわかり切っている。
「……その、ウィードのことなのですが、エノラ司教様もウィードに行かれたとか」
「はい。今はハイデン王都からの要請もあり、ウィードの方で教会を構えさせてもらっています」
まあ、元々ハイデン王都での立場は司教代理で、お母さまが司教様だったし、私はウィードのお陰で、ユキ殿のお陰で昇進したといっていいだろう。
ハイデン王都にいればまだ司教代理だったのは想像に難くない。
「ウィードにもハイレ教が広まっているのですね」
「ほかにもいろいろな神を祀る宗教があります、そちらの方々とも仲良くやれております」
主にリテア聖教ですが、あそこは穏やかなところだし、何よりハイレン様をしつけて……いえ、先輩女神様のリリーシュ様がご指導をしてくれているのですから。
「他にも神がいるのですね」
「はい。世界は広いのだと実感いたしました」
本当にね。拷問にもあったし、ゴーストも見たし、海の魔物に食いつかれたり、本当にこの一年は激動の年よね。
自分で言ってて悲しくなるわ。
まあ、ユキ殿たちに会えたことはよかったけれども。
「……」
私の返事を聞いたアクアマリン宰相はなにやら考え込むように沈黙してしまいます。
「宰相様。何をお悩みかはただの司教に過ぎない私には推し量れませんが、ウィードに関して1つだけ言えることがございます」
「なんでしょうか?」
「この空母を見てお分かりかとは思いますが、圧倒的な技術力があり、個人としての戦力も測りしれない物があるのはご存知でしょう」
「……はい。私たちは、海の魔物より、この途方もない力をもつウィードという国家を危険視、いえ恐れています」
そういう宰相の手はかすかにふるえているように見えます。
それも当然。
ウィードの国力をその一端でも知ってしまった聡明な人ならば、相手のあまりに桁違いな巨大さに震えるしかない。
だけど、私は知っている。これだけはハッキリと言えることが。
私は震えるアクアマリン宰相の手を握り。
「大丈夫です。かの王配、ユキ様は決して無法を行うような方ではございません。立場上厳しいことを言うことはありますが、こうして、私も、ハイデンもフィンダールもユキ様の温情に拠って助けられてきました。彼は、とても優しい方ですよ」
そう、ユキ殿は優しい。途方もなく、果てしなく。
普通なら王配誘拐なんて戦争しかない。
国を滅ぼされたり、とても支払いきれないほどの多額の賠償金を取られても仕方がない大事を起こしたのにも関わらず、そのような仕打ちをされなかっただけで無く、ハイデンを助けてくれた。
口では、ユキ殿はウィードの国力では、他国の支配はできないからなどとと尤もらしいことをいってはいるが、出来るできないではない。
本来であれば国のメンツというモノがあるのだ。それを無視してハイデンが混乱しないためという人が優しくないわけがない。
最初はどこの謀略家か詐欺師かと思っていたけど、今ではただの優しすぎる人というのが私のユキ殿に対する認識だ。
魔力枯渇現象を調べて改善するためには必要だとは言っているが、私からすれば優しいばかりにわざわざ遠回りをしているようにしか見えない。
私たちを守るために。
と、私のことはいいとして、今の問題は宰相のことだ。
この宰相がユキ殿を害そうというなら、私はこの身を挺してでもやめさせなければいけないし、やめないというのであれば、私は彼女の命を刈り取ることも辞さない。
で、彼女の答えは……。
「……そう、ですね。私たちを、シーサイフォ王国を征服するつもりであったなら、今頃はとっくに制圧されているでしょう」
「はは、まあ、そうですね。そう言うことからも、ウィードがシーサイフォ王国を征服したり害そうとしたりしているとはおもえないでしょう。あの強大な力はとても怖いかもしれませんが、手を握ってみることです。相手を知らなければ何も始まりません。そして向こうもそこからシーサイフォ王国を知っていくのです」
私はただ普通のことを言っているだけなのだが、怖がっている人にとってはかなりの決意を必要とすること。
他人にとっては簡単でも、自分にとってはつらいことなど多々ある。
だからこそ、丁寧に一つずつ教えるのだ。導くのだ。
当たり前のことを、当たり前にできるように。
人が人を助けられるように。
ハイレン様の教えとは、そんな当たり前のことだ。
まあ、当の本人はソウタ様やエノル様に迷惑をかけまくりで、今現在も色々トラブルを起こすこともあるけど、いいことを言ったのは間違いないし、あの真っすぐな素直さにみんな惹かれたんだとわかる。
私もハイレン様の在り方を少しでもマネできて、宰相の心を落ち着けられたらと……。
「……司教様のお言葉ありがたく思います。まずは相手を知るべきである。確かに、当然のことです。……少し考える時間を頂きます」
「ええ。ゆっくりと考えてください」
「ははっ。残念ながら、ゆっくり考える時間はなさそうです。海の魔物に、極めつけはこの城のごとき船を持つウィードに対しての対応、それらが少しでも遅れれば、私の首がとびますよ」
そう苦笑いをしながら、宰相は部屋を出ていく。
と思ったら、すぐにドアがノックされたので、何か忘れ物でもあったのかと思ったら、ドアから入ってきたのは……。
「ねえ。今のってアクアマリン宰相よね」
「こっちによった? ミコスちゃん興味津々」
「なんだ、あんたたちか」
「何よその態度」
「エノラ~。もうちょっと司教様らしくしなくちゃだめだよ~?」
「うっさいわよ。あんたたちは今更遠慮のいる間柄でもないでしょう。というか、こっちはこの船でカウンセリングルームを与えられてからひっきりなしよ。主にシーサイフォ王国の人たちだけど。さっきまでいたのはカグラの言う通りアクアマリン宰相」
私はそう言いながら、お茶の用意をしてカグラとミコスの二人に出す。
「ありがと。でも、なんでまたシーサイフォ王国の人たちはエノラに相談に来るのかしらね?」
「そりゃ、カグラ。ユキ先生たちウィードを警戒しているからじゃない?」
「ミコスあたり。そしてお菓子」
「やったねー」
私はお菓子をテーブルに置いて席に着き、お茶を飲む。
「ふぅ。まあ、ほぼミコスの言う通りね。ウィードの力を知ったばかりでどう対応していいかわからないっていうのが主な相談内容」
「ウィードにどう対応していいかわからないかぁ~。わかるな」
「わかるわかる。ミコスちゃんたちも、バイデ防衛戦の時はどうしたらいいかわからなかったし」
「そうよね。ユキ殿と奥様たち、さらにはご息女たちも召喚で呼び寄せたんだから、今まで生きてる方が不思議よね」
「本当に、当時はこれで死ぬかと思ったわよ」
「ミコスちゃんたちも、いきなりカグラとか姫様が簀巻きにされて領主館から出てきてびっくりだったし。で、エノラは迷える子羊たちになんていったの?」
「ハイデンに比べればはるかにましな状況だし、ユキ殿は優しいからって伝えたわ。あとはシーサイフォ王国の人たちがどう出るかね」
穏便に済んでくれればいいんだけど。
ユキ殿に害意を持ち、怪我とかさせることにでもなれば、シーサイフォ王国の立場は風前の灯火となる。
連合軍が大義名分を得て攻めてくるだろうし。
とまあ、そんなことを話しながら、お茶を飲む私たちであった。
大事だよね。カウンセリング。
話すってことは気持ちが結構らくになるんだよ。
実際軍でもカウンセリングは必須だからね。
エノラの説法というか、ハイレンの教えのお陰でシーサイフォの皆さんは立ち直るのか!?




