第817堀:恋する乙女の決意
恋する乙女の決意
Side:カグラ
私は今、お風呂に入っている。
ナカヨシのミコスと一緒に。
「えーと、カグラ、エノラ、なんかミコスちゃんのことをさっきから睨んでないかな? いや正直にいえば、結構前から」
「「……」」
なんかミコスがバカなことを言っている。
「理由がわからないとか言うつもり?」
「……鏡見なさい。鏡。ほら、シャワーの前にあるわよ?」
「あの、先輩、エノラ司教、もうちょっと……」
ソロが私とエノラを宥めてくるが、そうはいかない。
「領民の前でぬけぬけとやってくれたわね」
「あれじゃ、ユキ殿と婚約しましたって宣言しているも同然よね」
そう、エノラの言う通り、ミコスは領民にウィードの施設が建設されることを伝えるついでに、ユキが自分の良い人であると喧伝したのだ。
「いやぁ、だってあれは、ジャーナ領とウィードは仲良しですよってアピールだしー」
「それなら、ジャーナ男爵とユキ殿が仲良くしているだけでよかったじゃない」
「そうよね。わざわざミコスがでしゃばる理由はないわ。男爵の顔を潰したいの?」
私たちがそう文句を言うと、ミコスは大きくため息をついて……。
「……はぁ。カグラもエノラも、なにもそこまで怒らなくていいじゃん。ミコスちゃんが縁を結べば、必然的にカグラたちもって流れになるんだし」
「……むぅ。それはそうだけど、あそこまで露骨にやったことでユキが引いたらどうするのよ」
「というか、実際引いていたわよね。それで私たちまで巻き添えってのはあれよ」
エノラの言う通り、ミコスが一人で自爆する分にはいいけど、あそこまで周りを巻き込んでやったことで、ユキが私たち皆に嫌悪感抱いたらどうすのよ。
そういうことで、私たちは怒っているの。
「ユキ先生が引いてたのは、村人の熱狂ぶりだよ。ミコスちゃんのアピールはいつものことじゃん。それにしても、エノラは別にユキ先生のことはどうでもいいみたいに言ってたのに、えらくご執心だよね」
「そ、それは、今後の展開で、ウィードとの協力が必要不可欠だからよ」
「「……」」
なんか、エノラはどう見てもあれだけど、突っ込んでも否定するから無駄よね。
と、そこはいいとして……。
「姫様もなぜ止めなかったのですか? ユキ……じゃなくて、ウィードの皆様に悪印象を持たれる虞があったのですよ?」
「はっ。と、失礼しました。あまりに馬鹿らしいことを言うので、つい鼻で笑ってしまいました」
「え?」
姫様のあんまりな反応にびっくりして、思わず驚きの声しか出せないでいると、姫様は続けます。
「さて、心配しているウィードの方々への悪印象ですが、この程度のことでそのような思いを与えるようであればすでに私たちは排除されていますからご心配なく。ユキ様の奥方様たちは、害となるものをユキ様の近くに置くようなことは決していたしません。つまり、奥様たちからはすでに認められているということです。あとは、ユキ様が受け入れてくれるかどうかだけなので、それはカグラたちが自ら頑張ることです」
「つまり、ミコスの態度は黙認するということでしょうか?」
「ええ。特に不利益になることでもありませんし、ミコスが度を越えたアピールをするならともかく、この程度で目くじらを立てることはありません。社交界の場では、男性に触れられただけで、身籠ったとか言い出す愚か者がいくらでも存在しますし、それよりは遥かにましでしょう。カグラも聞いたことぐらいはあるでしょう?」
「……はい」
「うっそ!? そんなバカな人がいるの!?」
「……貴族の世界も大変ね」
姫様の言葉に肯定するしかない私に対し、王都における社交界の事情を知らないミコスとエノラは単純に驚き呆れ返っている。
確かに、そういう話は聞いたことがある。
それから比べると、ミコスのは確かにマシよね……。
と、そんなことを思っていると……。
「貴族の人って触っただけで妊娠するんですか?」
「「「いやいや」」」
ソロの素朴なボケに、姫様も含めて速攻で否定する。
触られただけで妊娠するとかどういう生物よ。
ま、ユキが相手ならいいけど。
「まあ、そこはともかく、ジャーナ領民にウィードが好意的に受け入れられて何よりです。ミコスやカグラの恋路なんかよりもこちらが優先でしたから」
「「「……」」」
「私も2人の恋路を応援してないとは言いませんが、まずは目の前の問題です。シーサイフォの問題を解決しなければ、こちらまで余波が来るのが目に見えていますからね。というか、あなたたちは訓練をちゃんとしているのでしょうね? ここでユキ様の愛人になったとしても、戦死してしまえば意味がありませんよ? 海の魔物とはしっかり戦えるのですか?」
「「「……」」」
そういわれて、思わず互いに顔を見合わせる私たち。
「ん? どうしたのですか? 倒せるか無理なのかというだけの話ですが、スタシアお姉さま。どういったことなのでしょうか?」
なにも答えない私たちに、不思議に思った姫様がスタシア殿下に聞くと……。
「なかなか判断しづらい問いですからね。倒せないことはないですが、群れとなるときついです。海中なら尚のこと勝率が低いですね。私とエージル将軍でもせいぜい6割です。一対一で」
「だねー」
「そこまで、海の魔物というのは強力なのですか?」
「陸地に上がれば問題というほどではありませんが、海中だと、かなりですね」
「もともと生活圏が違うからね。陸と水の中だと勝手が違う。まあ、それでもナールジアさんお手製のアイテム補助なしでの勝率だからね。随分マシになったほうだよ。最初は陸地でも手も足も出なかったし」
「そこまでですか。シーサイフォ王国に迫っている脅威は本当にすさまじいものなのですね」
そう。
本当に水棲の魔物との戦いは難しい。
陸地とは勝手が全く違うから。
お風呂に入ってる今は、尚の事そう思う。
水の中では手足すら素早く自由には動かせない。
そんな中で戦うのだ。
だからこそ、モーブさんたちが難なく倒せているのがとても不思議で仕方がない。
とはいえ、徐々にではあるけど、その戦い方を吸収できている自分にも驚く。
そんなことを話していると、デリーユさんが近寄ってきて……。
「何、キャリー姫。心配することはないぞ。カグラたちは一生懸命やっておる。足りぬところはまだまだあるが、死ぬことはないじゃろう」
「デリーユ様がそういうのでしたら、間違いないですわね」
「しかし、まだまだ訓練はするからのう。ユキに気に入られたいのはわかるが、命に関わるからのう、気合は入れてやれよ」
「「「はい」」」
デリーユさんの言葉に私たちはしっかり返事を返す。
私たちだって、ユキと結婚はしたいけど、その前に死にたくはない。
「ともあれ、ミコスから見て、ジャーナ領民の様子はどうじゃ? 妾としては好意的に受け入れられていると見たが」
「ああ、そうでした。カグラたちがユキ様のことばかり話すので、話がずれていましたね。私も同じように受け入れられていると見ていますが、ミコスはどう思いますか?」
「えーっと、さっきも言いましたけど、とりあえずかなり喜んでいますから、今のところは問題ありません。まあ、こういう問題っていうのは時間が経たないとわからないですし……」
ミコスの割にはまともな返事だ。
確かにこういうことは、すぐに結果がわかることじゃないわ。
「確かに、ミコスの言う通りですね。まあ、ジャーナ男爵はこれから村々が発展することを望んでいるようですが、そこは領民の気持ちもあるでしょう。ですが、シーサイフォ王国への援護が妨げられるようなことは起こるにしても当分先ですね」
「じゃな。今のところ物珍しさや興奮が先立っているからのう。少なくともしばらくは猶予があるじゃろう。それがわかるだけでもましじゃ」
「ところで、デリーユ様。本当にシーサイフォ近海の件は私たちに任せ、ウィードの代表をドレッサ殿としていいのでしょうか?」
「確かにね。なぜ、あそこでドレッサ嬢を責任者にしたのかが気になるところだ。相手の国だって不安に思うはずだよね」
確かに、ドレッサが頑張っているのは知っているけど、まだまだ全体の責任者を務められるほど成長しているわけじゃないのは、私でもわかるし、ドレッサ自身もそれはよくわかっているからこそ、あれだけ動揺していた。
ユキはできると信じているとは言ってたけど、無茶が過ぎる話だ。
あれじゃ普通、反発が出ることが目に見えている。
そのエージル将軍の質問に、デリーユさんが答える。
「ふむ。まあ、それが狙いでもある。もちろんドレッサの成長を願っているのも事実じゃがな」
「狙いですか。ドレッサさんを囮に、ということではないですが、彼女を侮った連中に対して優位に立とうということですね」
「うむ。話が早くて助かる。どうせシーサイフォ王国と真っ当なルートで交渉をしても難航するのは目に見えておるからな。こうしたほうが結局早いという判断じゃな」
なるほど。
確かに、ウィードの話をしても、聞いただけで信じてくれるような国があるわけがない。
なら、そういう強引な方法の方がましなわけね。
まあ、穏便に進めるという選択肢もあるけれど、時間を考えると今回はその手段を取れないか。
「ま、何かあった時のために、こうしてミコスの父上殿に了解をもらってこの拠点を作り上げたわけじゃ。無論シーサイフォ王国にも拠点は作るじゃろうが、ここまで堂々とできるわけもないからのう。本当にミコスとジャーナ男爵には感謝じゃ」
「いえ。それ程でもないですよ。ミコスちゃんはユキ先生のために頑張るって決めましたから」
「うむ。その気持ちはうれしく思うが、無理はするなよ」
意気込むミコスに対して、デリーユさんは意外なことに気を使ってくれた。
訓練中は情け容赦のない鬼教官なのに。
そんなことを思っていると、今度はこちらに視線を向けて……。
「カグラたちもじゃ。ユキにいいところを見せようなどとして無理は絶対するな。訓練中は直接倒すこと、対峙した時の対処を優先してきたが、基本的にはそのような格闘戦においそれとなることはない。銃があるからな」
「「「あ」」」
そう言われて、銃があったことに気が付く。
あの兵器があれば、海の魔物だろうが、近寄る前に倒せると。
「あほ。そんな都合の良い話があるか。銃は単に引き金を引けばいいとか思っているようじゃがな、あれはあれでかなりの訓練がいる。銃を使うのは十分に訓練しているスティーブたちの役目じゃよ。お前たちが自ら前線に出るときは本当によほどのことじゃからな。普通は撤退じゃ」
「なるほど」
「そして、ユキはああ見えて優しいからのう。お主らが無理をした結果、危険な目に遭うようなことをしたいとは思わんじゃろう。そんなことになれば、今度こそ後方、大使館の奥に留め置かれて外交官としての業務だけで終わりじゃ」
……それは嫌すぎる。
今思えば、私が一度吐いて倒れた時もなんか妙によそよそしかったわよね。
「ま、ユキをその気にさせるチャンスという気持ちはわかるがのう。向かう場所は未知の場所。決して無理をするなということじゃ。何かあれば、ユキはもちろん妾たちも悲しいからな」
「「「はい」」」
デリーユさんの言う通りだ。
私たちが無理して怪我でもしたら、みんなが心配し悲しむ。
そういうのは絶対駄目ね。
安全にみんな無事に帰ってユキのお嫁さんになるんだ。
「さて、長話のし過ぎでソロがすっかり茹で上がっておるのう。さっさと上がるか」
「ちょっ!? ソロ!!」
「早く外に!!」
こんな感じで、私たちは改めて戦場に向かう者の心構えを教えられるのでした。
こうして、乙女たちは気合いを入れて、シーサイフォ王国へ向かうのでありました。
隣ではユキがくしゃみをしていたとかなんとか。




