第816堀:田舎発展物語 楽しい親睦会
田舎発展物語 楽しい親睦会
Side:タイキ
「おー、やっぱりこの味付けだよなー。アイリ、ありがとう」
「はい。タイキ様に喜んでいただけて何よりです」
そう言って微笑んでいるのは、嫁さんのアイリ。
今回はキルエさんたちとともに、調理人としてこちらに来ていた。
普通ならお姫様がそのようなことをなさってはとルースとかが怒るところだが、今回はいろいろ事情があるのだ。
「で、ルース。出来栄えはどうだ?」
「はい、問題ありません。間違いなく、ランクス焼きとなっております。流石は、元宿屋の娘。と、失礼しました」
「いえ。このような場面で、昔宿屋で料理していたことが役立ってうれしいです。これでランクス料理が広まってくれるといいですね」
「だな」
「ええ。これで、新大陸でも料理でランクスの名前が一足先に広まるわけです」
そう、今回アイリが厨房に料理人として立ったのは、ランクスの料理の認知度を広げるため。
つまりは、国益の拡大を狙ってのことだ。
大陸間交流会議ではやらなかったのか? という疑問を持つ人もいるかもしれないが、残念ながらランクスは、立場上大国ガルツ傘下の小国の一つという立場なので、各大陸の大国のお歴々にランクス名物をふるまうことはできなかった。
勇者だからって横紙破りをすれば揉めごとの原因となるからな。
だが、こうして、ユキさんの冒険に付き合うことで、こっそりとではあるが、イフ大陸や新大陸の人たちへ、わずかとはいえランクスのアピールができるというわけだ。
「でも、ソエルも来られたらと思います」
「まあ、ソエルはイフ大陸での商売で今は忙しいからな」
俺のもう一人の奥さんであり、ランサー魔術学院の生徒でもあるソエルは、今回の新大陸での冒険には来ていない。
大陸間交流が正式に始まって商売上忙しいのだ。
むろん、ランクスのためにも動いてくれている。
「このランクス焼きがジャーナ男爵領で広まってくれれば、国境の村ですし、ハイデンのみならず、隣接する国や、この近くを通るであろう、シーサイフォの人々にも広がるわけですね」
「ルースから商売の話を聞くと、なんか違和感あるんだよな」
「ルースさんは立派な騎士様ですからね」
そうそう、アイリの言う通り、ルースは騎士なんだよな。
元々堅物とまでは言わなかったけど、ここまで柔軟になってしまって。
「それは、陛下はもちろん、アイリ様、ソエル様にさんざん叩きこまれてきましたから」
「あー、そういえば、俺はともかく、アイリは宿屋の娘、ソエルは大商人の娘で商売のプロだよな」
「女は強いんですよ。と、はい。ランクス焼きをどうぞ」
アイリはそう言いつつ、お皿を持ち歩いているジャーナ領民を見つけては、ランクスの誇る料理をお皿に乗せていく。
「お、じょーちゃん、ありがとう」
「いえ。楽しんでください」
「ああ」
こうしたやり取りにも全然違和感がないのは宿屋での経験からだろうな。
「しかし、ジャーナ男爵領の領民は思いのほか、心から楽しんでいますね。もうちょっと警戒するかと思っていましたが」
「ま、普通のお偉いさんがやったならそうなんだろうけど、ユキさんはしっかり裏で手を回していたからな。ブリットたちが先行して仲良くなって、さらにさっきの挨拶では固い挨拶は最初だけで、あとはフランクに。そして極めつけは……」
俺がそういって見る視線の先に……。
「ミコスちゃんが先生って呼ぶってことは、魔術学院の先生さんか?」
「ええ。そういう時期がありました」
「今でもミコスちゃんの先生だよ。というか命の恩人。みんなも聞いてない? 私が通っている学院が戦争に巻き込まれたって?」
「ああ、聞いた聞いた。よく無事だったな。ミコスのことだから興味から首を突っ込んで危険な目に合わないかと心配してたぞ」
「うん。冗談抜きでミコスちゃんも命を落とすかとおもった。でも、その時、ユキ先生が現れて、守ってくれたんだ」
「「「おおー」」」
ミコスがする説明の一つ一つで驚きの声を上げる人たち。
「わざとらしくはあるけど、ミコスがああいう風にユキさんを持ち上げて慕っていれば、そりゃ警戒心もなくなるだろうさ」
「ああいう風に人心を掴む技術は素晴らしいですね」
ルースは真っ当にユキさんを褒めているんだが、俺からしてみれば……。
「私は普通に、彼氏自慢として紹介しているって感じがしますね」
「そうですか? 英雄を紹介するのですから、ああいう風になると思いますが?」
アイリの言う通りだと思う。
嬉しそうにユキさんの話をするミコスの表情はまさに恋する乙女ってやつだ。
俺でもわかる。
それがわからないルースは堅物だってこと。
「ま、ユキさんのことを好きなのは丸わかりだったし、ここで一気に畳みかけてきているんだろうさ。ユキさんを落とすには外堀から埋めるしかないからな」
おそらく、ジャーナ男爵もグルだろう。
一人娘があれだけよその男にべったりなのに、ちっとも特に顔を顰めたりしていない。
というかむしろ笑顔で見守っている。
「上手くいくといいですね」
「こればっかりはユキさん次第だろうけど、その前に、カグラたちに足を引っ張られないといいよな」
「……確かに、彼女たちの視線が異様に鋭いですね」
ルース、鋭いどころじゃない。
カグラとエノラは後ろでどんよりした空気を漂わせている。
というか、やっぱりエノラもユキさんにころっといったか。
3人仲良くみたいな同盟があったんだろうけど、ここでミコスが一歩リードだよな。
だから、カグラとエノラは内心焦りまくりってところか。
「……ドロドロにならないといいけどな」
ミコスに嫉妬したカグラやエノラがミコスを闇討ち、そして殺し合いに……。
って、そりゃないか。
その前に、これから海だしな。
そっちで血みどろになるわ。
「と、そういえば、ルースには意見を聞いてなかったな。シーサイフォ王国関連の話は聞いているか?」
「シーサイフォ王国の海洋に出現する魔物退治のことですか?」
「そうそう。今回はモーブさんたちもついていくみたいなんだけど。部隊を分けるんだよ」
「実際の編成を見ないことには何とも言えませんが、空母でしたか? 飛行機械を離発着させるための巨大船を使うのであれば、魔物よりも気を付けるべきは、身内ですね」
「やっぱりそうおもうか」
「ええ。シーサイフォ王国はごく一部を除きウィードの存在など知りもしませんからね。しかも、ウィードのシーサイフォ近海担当の責任者がドレッサ姫でしょう?」
「本人の前で姫っていうなよ。一応、ウィードの一国民扱いだからな」
ドレッサはどうもいまさらお姫様扱いされるのはいやなようで、その呼び方を嫌う。
おかげで、わだかまりを解消したとはいえ、過ちでドレッサの国を滅ぼしてしまったエクス王国のノーブル王は困っているからな。
いつか国を返したいと思っているのに、当の相手は自分は姫じゃないっていうからな。
「ですから問題です。姫と名乗るなら、シーサイフォ王国もそれなりに対応するでしょうが、一般の出と思われれば、それだけで横柄に出るものは必ずいます。しかも、国防に関わることで、ぱっと見ただの少女が責任者などということに納得ができると思いますか?」
「無理だよな」
ここはルースの言うとおり無理がある。
「でも、ドレッサはそれぐらいのことははねのけますよ。ユキさんたちに鍛えられていますし」
「まあな。だけど、そんなことでトラブルを抱えるのはよくないんだよな。あ、そうか、わざとトラブルを引き起こしやすくしているのか」
そこまで自分で言って気が付いた。
ユキさんのいつものお得意の手か。
俺の言葉でルースもわかったのか頷いていて。
「なるほど。ランサー魔術学府の時のように問題を起こさせて、相手の首根っこを押さえつける作戦ですか。確かに、ウィードを知らない相手には一番効果的でしょうね」
「あー、ポープリ学長さんみたいにいじめるんですね」
「いや、アイリ、あれはいじめたように見えただけで、ポープリさんの自業自得だからね」
そんな感じで、俺たちは今後のことを話しながら、時にはジャーナの領民さんとも触れ合いながら、賑やかに食事会を進めていき、その流れで、俺たちが昨日用意した、スーパー銭湯へと移動することになり……。
「おー、すげーな。ウィードっていうのは、お湯をこんな風につかうんだなー」
「これだけのお湯ってなると、いったいどれだけの薪を裏で焚いているんだろうな」
大浴場を見た村人たちの第一声はこんな感じで、基本的に驚いていた。
まあ、お湯をこんな風に使うなんてのは、彼らの生活レベルから考えるとありえないからな。
「さて、みんな、まずはあっちで体を洗うんだ」
「そうそう。こっちこっち」
「はーい。みなさんこの椅子に座ってくださいねー」
そして、俺たちからすれば、ここからがある意味本番だ。
正しいお風呂の入り方を領民に教える。
これが大変だ。
流石にいっぺんに何百人も入れないので、何組かずつ案内をすることになるのだが、初めての文化を教えるというのは何度やっても大変だ。
シャワーも知らなければ、シャンプーも知らないからな。
「しかし、俺たちだけって難易度高くないですか?」
「流石に、嫁さんたちに男湯の案内させるわけにもいかないからな」
「ですが我が方は、ユキ様、陛下、そして私、最後にブリット殿だけでは……」
そう、俺たちの総合戦力は4名だけで、一度に30名のお風呂の使い方の案内をしないといけないところだ。
「いや、別に自分たちが最初から最後まで面倒を見るわけじゃないでしょーに。ここの村の人たちだって洗い方覚えますよ。なあ、おっちゃん」
「おう。別に難しいことじゃねーからな。先に体を洗わないと湯が汚れる。そういうことだろう。みんなしっかり洗えよ。ちゃんと綺麗に使わないと今後使わせてもらえなくなるかもしれないからなー」
「「「おう」」」
……すいません。村人たちをバカにしてました。
というか、ブリット、お前本当に馴染んでいるな。
とまあ、そんな感じで、順調に体を洗って風呂に入り……。
「かーっ!! 最初聞いたときは、なんでわざわざ湯につかる程度のことをそんなに大げさにとか思ってたが……」
「違うな。気持ちいいなー」
「すっきりするぜ。というか、このカミソリでひげを落としてすっきりだ」
そして判ったことは、村人たちは意外と綺麗好きでした。
まあ、女性がお風呂が好きで、男が風呂が嫌いなんてのは偏見だよな。
俺だって毎日風呂に入らないと気になるし。
普通は入れない、気軽に利用できないからそうなっているだけだ。
「しかし、ユキ様たちは、なんでこんな村に来たんだ?」
「バカだろうお前。さっきの話聞いてなかったのか? シー……なんとかって国の軍がくるからそのために来たんだよ」
「お前もわかってねーじゃねーか」
「「「わははは……」」」
こんな感じで、男の村人たちとの交流はスムーズすぎるぐらいに上手くいっている。
だが、女性陣の方はどうなっていることやら。
そんなことを思いつつ、俺は風呂を楽しむのであった。
村の男たちはこんな感じでのんびりとウィードを受け入れているみたい。
そして、タイキたちは女の戦いを予感しつつも、ユキに伝えない極悪っぷり。
いや、本人に言っても素直に動くわけないけどね。
さあ、女湯ではどんな戦いが繰り広げられているのか?
それとも、仁義なき、風呂上がりの飲み物戦争勃発か!!




