第793堀:できる女の仕事部屋
できる女の仕事部屋
Side:カグラ
「……あれ? ねえ、カグラ」
「……なによ」
私は辛うじて、ミコスの呼びかけに返事を返す。
「……ミコスちゃんたちって、今さっきまで、旅館にいたはずだよね?」
「……ですよね。私たち、旅館にいたはず……」
ミコスの言葉にソロも自信なさげに、同じことを言う。
まあ、それも仕方のないこと。
だって……。
「なんで、旅館の一角に、司令室があるのよ」
しかも、ただ机を並べた程度の暫定的な物じゃなくて、ウィードが軍事行動を起こす際に使うのと同じような設備万全の司令室!!
前に、シーサイフォ王国がいきなり国境に現れた時に偵察部隊の指揮に使っていたのと同等の司令室。
そんなのが、何で旅館なんかに……。
「何でって、そりゃカグラ……」
「主様、ここからは私が」
そう言って、霧華さんが一歩前に出てにっこり笑いながら説明をする。
「カグラ様方、それはいたって簡単なことです。ここが私たち主様直属の諜報部隊の拠点だからです」
「この旅館が……」
「はい。表向きは、初めていらしたお客様をちゃんともてなして、合う宿を探すためとなっていますが、その実、要人等の監視および情報収集も兼ねています。まあ、どこの国でもやっていることですが」
「……まあ、言われてみればそうだよね」
「はい。そうだと思います」
確かに、そういう情報集めは基本だ。
でも、旅館にここまでの設備を用意しているとは思わなかったわ。
そんな感じで、驚いたり納得していると、霧華さんが突然……。
「あ、この旅館ではわたくしはあくまでも、女将の霧菜ですからね。霧華なんて超絶美少女の名前ではありません」
「霧華。あまり自分で言う物じゃないと思うぞ?」
「アスリン姉様にいただいた大切な名前が美女に相応しくないわけないですから」
「……アスリンは好かれているな」
「ええ。私たちの大事な姉様です。と、この設備の主が私だということはハッキリいたしましたので、モニターの方を見ましょう」
あっ、そうだった。
監視に来たんだった。
「オペレーター。何か動きは?」
「はい。まずは何をどうしたらいいのか分からない様子でしたので、説明役の者が向かっています」
当然よね。
いきなりウィードの旅館に通されても、何をどうしていいかさっぱり分からないもの。
と思っていると、霧華さんがすかさず動いて……。
「私も出向きます。本来要人の案内は女将である霧菜がするべきですから。主様をお見送りして戻って来たということで参ります」
「おう。気を付けてな」
「はい。主様」
そう言って出て行きかけた霧華さんに、私もとっさに声をかける。
「あ、あの、気を付けてください。それと、私たちの国のために、ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
私がそう言ったのに続き、ミコスとソロも同じようにお礼を言うと……。
「……カグラ様たちの国のためになっているのはあくまで結果論です。私は常に主様のために動いているだけです。では」
霧華さんはそう言って、私たちの返事を聞かずにそのまま行ってしまう。
「やっぱり、嫌われてるのかな……」
「まあ、私たちはユキ先生たちをさらっちゃったからね……」
「……ちょっと、悲しいですね」
どうも、何度霧華さんに話しかけても、こんな風にあっさりというか、ドライな反応を返されて終わってしまう。
ミコスの言う通り、主と慕っている、ユキたちをさらった私たちが悪いので、何とも言えないんだけど……。
そんな感じで凹んでいると……。
「心配するな。霧華はあれで許しているからな。後はしっかりコミュニケーションをとることだ」
「そうかな?」
「敵と思われているなら、もうとっくに死んでるな」
「……確かに。霧華さんならミコスちゃんたちを簡単に殺せそう……」
「ですね。って、あ、モニターの方。到着したみたいです。早いですね」
「そりゃ、諜報員だしな。動きは素早いさ」
ソロに言われてモニターを見てみると、さっきでて行ったばかりの霧華さんがもうレイク将軍の相手をしている。
「でも、ユキ先生。あのレイク将軍から何かを聞き出すのは難しいと思うんですけど……」
「まあ、ミコスは情報を直接聞き出そうとするからな。霧華のやり方は方向性が違うよ」
「違うんですか?」
「まあ、ミコスも時にはやるとは思うが、誘導尋問というか、生活習慣やその人のありようを観察して、そこからシーサイフォ王国全体のありかたや動きを見るって感じかな」
「あー、そんな遠回りにですか」
「「?」」
ミコスはユキの言っていることは分かったみたいだけど、私とソロはさっぱり分からないので、首を傾げるしかない。
それが分かったのか、ユキは丁寧に説明を始めてくれる。
「まあ、直接聞かれて隠し事を答える連中はいないからな。カグラもソロも外交をする上でやると思うが、世間話から、相手の国の常識とかを知るってやつだ」
「ああ、それはするけど、そんな程度のことを霧華さんがわざわざするの?」
「もっと、突っ込んだことをして秘密を暴くのかと思っていましたけど……」
「とはいえ、世間話だけで終わるって話じゃないけどな。それからシーサイフォ王国の動きを知ることもできるし。例えば、最近祭りがあって盛況だったという情報があれば、それだけの祭りをやる余裕が国にはあるってことだ」
「あ、なるほど。私たちのハイデンやフィンダールはそんな余裕ないものね」
あのアクエノキから始まるハイレ教の騒動で随分と国力が落ちて、お祭りどころじゃなく、どうやって国を立て直すかってところにがんばって力を入れている最中だ。
無論、大陸間交流の始まりの時も、ハイデンやフィンダール、ハイレ教ではお祭りはできなかった。
国民への国際交流に参加をするという宣言もろくにしていない上に、そもそもそんな余裕がないから。
「だよねー。あれだけボロボロになったんだもん……」
「ですから、シーサイフォ王国の復興支援軍をうけいれたんですよね」
ミコスやソロのいうとおりで、直接の戦闘による被害はそれほどではないにしても、軍を動かし、物資や金銭を多大に消耗して、でも物理的に得るものがなかったもの。
国庫に与えたダメージはものすごい物があった。
「だから、そういう話を聞き出して、シーサイフォ王国の状況を知ろうってわけね」
「そういうこと。ミコスみたいに直接的に聞くのも手だが、ああいうタイプはそんなことをしてものらりくらりと躱されるのがおちだからな」
「あー、わかります。ああいう、おじいさんは、お話をはぐらかすのが上手いですからねー」
「そういう意味では、レイク将軍を派遣したことは正しいんだろうな。おかげで、今でもシーサイフォ王国の意図はさっぱりだ。まあ、ハイデン王は手紙から何かを掴んだようだがな」
でも、陛下は手紙の内容をユキに伝えようとはしなかった。
「……あの、ユキは陛下の行動に怒ってる? 回りくどいこととかしてるし……」
私はそれが心配で素直に聞いてみると……。
「いや、ハイデン王の意図は、これを機会にレイク将軍の信頼を得てこいってことだぞ。その信頼を得られたかが、最終的にハイデン王が読んだ手紙の内容に繋がっているってことだ」
特に気にした様子もなく、普通に返事をしてくれる。
「後で答え合わせをして、シーサイフォ王国のというかレイク将軍の信頼を得られたか確認だな」
「そっか、やっぱりユキや陛下も色々考えているんだ」
「まあな。と、霧華は一通りの説明をして出て行ったな」
「でも、説明を聞いてもあまりレイク将軍たちは驚かなかったわね」
モニターの中には、別段辺りをきょろきょろ見回す様子もなく、落ち着いて机を囲んで座っているレイク将軍たちがいた。
「私たちがウィードの旅館に来た時は散々驚いたのにすごいね。ミコスちゃんびっくり」
「ミコス先輩は、あちこち調べては質問責めしてましたよね」
「そうそう。こっちは恥ずかしかったわよ」
そんなことを話していると、不意にユキが……。
「静かに。何かしゃべり始めたな。モニター拾えるか?」
「はい。ちゃんと机にも仕込んでいますから、そちらの音声を回します」
ユキの言葉にオペレーターさんが即座に対応してくれる。
『……驚きですね。将軍』
『このような場所や物が本当に存在するとは』
『……』
どうやら、一見驚いていないようにみえただけで、護衛の人たちは十分に驚いている様だ。
そうよね。こんなすごいところに来て、全く驚かないなんてありえないもの。
でも、レイク将軍だけが未だに沈黙している。
『……将軍? どこかお体でも悪いのですか? 先ほどの、女将殿の説明にもあまり反応を示しておりませんでしたが?』
『うむ? いや、体に別状はない。皆と同じように驚いて、いや驚きすぎていて反応ができないでいただけだよ』
あー、そっちね。
うん。わかるわ。唖然とする気持ち。
とにかく驚くか、反応できずに唖然とするしかないわよね。
『そうですか。お加減が悪いのでないならいいのですが。で、このウィードという国をどう思われますか? ユキ様が言われていたようにまやかしという可能性も……』
『あると思うか? このウィードの王配であるユキ様がわざわざ、自国がまやかしだなどと嘘をつくと思うか? ハイデン王まで巻き込んで?』
『……それは』
そうよね。
ここまで見せられて実は偽物っていうのは、どう考えてもありえないっていうのは、見た本人たちがよくわかっているはず。
『それに、ハイデン、フィンダール、ハイレ教の外交官殿たちも平然とついてきた。ハイデンだけならともかく、フィンダールの騎士姫やハイレ教の司教殿が騙り事に付き合うとは到底思えない』
『そうですね』
あ、そういえば、スタシア殿下とエノラも一緒に来たんだっけ。と思って振り返ると……。
「なに。今更一緒にいたの思い出したの」
「まあまあ、エノラ司教殿。こんなところに連れてこられたのですから、仕方ないですよ」
「スタシア殿下は甘すぎますよ。カグラは最近本当に気が抜けているんだから」
スタシア殿下はともかく、エノラはなんか最近冷たい気がするのよね。
いや、まあ、さぼっているように見えているなら、冷たくなるのも納得だけど。
でも、言われているだけでは、ハイデンの外交官としてあれなので、一応言い返しておく。
「そんなことないわよ。任務に集中しているだけよ。そっちだって、クリスマスにはしゃいでたくせに」
「あれはっ、楽しむのが仕事でしょう!?」
「何、慌ててるのよ」
と、エノラをからかっていると、不意に後ろから……。
「私の仕事中に、皆様は楽しくおしゃべりとは羨ましい限りです」
「き、霧華さん!?」
いつの間にか霧華さんが戻ってきていた。
「そう言ってやるな。霧華の仕事ぶりに感心していただけだよ」
「そうですか。では、その仕事のお話ですが、話をした感触では、レイク将軍もそれなりに驚いているようです。表情には殆ど表れていませんが、様子を見る限りちゃんと驚いてはいました」
「そうか。今も、シーサイフォ王国の関係者だけになったところで、レイク将軍も同じ様に驚いていたって話をしていた所だ。霧華との話も合わせて、驚いているのは本当だろうな」
うん。ユキや霧華さんの情報を聞けば聞くほど、やはりレイク将軍がウィードの環境に、技術に驚いているというのが分かる。
こういうのが情報の照らし合わせで精度を高めるというやつね。
「そして、もう一つ。気になることが」
「なんだ?」
「レイク将軍は、私が説明している途中で、入国管理で働いていた魔物のことを質問してきました」
「入国管理を任せている魔物は、基本的にゴブリンとオークだろう? 新大陸でも珍しい魔物ってわけでもないと思うが……というか、新大陸では人という分類のはずだぞ? 精霊の巫女たちの枝分かれした存在みたいな扱いだったよな?」
ユキにそう聞かれて、とっさに返事をする。
「え、ええ。そのはずよ」
「魔物はハイレン様の結界のおかげで出なくなりましたからね。残っているのは人って認識なんですよ」
「はい。ゴブリンがこちらでは魔物って言われた時には驚きました。だって、スティーブ将軍とかはあれだけいい人だから。会話すらできないっていうのは……」
「スティーブ将軍や我がウィードの魔物たちは特殊な部類ですから。とにかく、理由は定かではありませんが、レイク将軍は魔物、ゴブリンのことを気にされているので、この関連で攻めれば何か情報は得られるかと」
「なるほどな。ありがとう。ある程度時間が経ったらそこら辺から攻めてみるか」
そんなことを言いながら、ユキや私たちはモニターを見つめて、レイク将軍たちの動向を見守るのだった。
というか、私たちはついてきたけど、あまり役に立ってないわよね?
まあ、ウィードのことだし、私たちが率先して動くのは間違っているんだけど、ユキの役にたてないのはなにか、悔しいわね。
私も霧華さんのようなできる女になれればなーと思うのであった。
まあ、霧華が女将の宿が普通の宿なわけがない。
安全のためでもあるし、監視のためでもある、霧華のホームグラウンド。
ここで大抵要人を泊めて情報取集をしたりする。
もちろんウィードなら、どこにでも霧華の部下はいるから、監視されている。
さてさて、こうしてレイク将軍の監視体制は万全。
シーサイフォ王国の謎は解けるのか!!




