第696堀:受け入れてきた歪み
受け入れてきた歪み
Side:トーリ
「こら!! 貴様、勝手に発言すんじゃない!! しかも、お客人に対して!!」
そう言って怒った隊長さんは部下の人を殴り飛ばします。
「よく見ろ!! あれは、奴隷の首輪ではない!! アクセサリーだ、このバカ者が!!」
いきなり起こった事態に一体どうするのが正しいんだろうか? と悩んでしまう私たち。
ユキさんが説明してくるれるのを待つべき? それとも私たちが説明するべき?
でも、この場は獣神様の家だし……。
そんな風に悩んでいると、獣神様は口を開いた。
『騒がしい。黙れ』
「「「……」」」
流石に、獣神様にそう言われて、黙り込む兵士。
勝手に発言するところを見ると、まだまだ未熟なんだろう。
私たちの部下なら徹底的に鍛え直しというか、こんなんじゃそもそも近衛兵になれないよ。クアルさんって厳しいから。
そんな感想を抱いていると、獣神様はその兵士を一瞥したあと、ワイルド王に向き直り……。
『……小僧、国がどういう選択をするのかは知らんが、この客人たちに危害を加えることは硬く禁ずる』
「はっ」
『そして、我が祖父母の知り合いでもある。今後、この客人たちがこの場所まで訪問する許可を我が出す。そちらで止めることがないように』
「はっ」
ワイルド王に言うことは終わったのか、再び兵士の方を見て……。
『で、騒いだ子供。お前が人にどのような恨みがあるかは知らんが、この国には元々人は出入りしている。その事実を忘れるな』
「それは、獣神様が、我らを守ってくれているのでしょう!! だから、何も問題が起きて……」
「黙れと言っているだろう!!」
再び殴られて黙る兵士。
うーん。なんだろう、あの人、兵士としてなんかおかしい気がする。
『……何か勘違いをしているな。我が守っているのは、この場だけよ。国のことはそこな小僧とお前たち国民が考えることだ。それに、我の母は人だ。嫌いなわけがない』
「そ、そんな……」
「口答えをするな!! このバカ者を連れて行け!!」
そして、外へと引きずられて行く兵士。
それを見届けたあと、隊長さんがげっそりした顔でこちらを振り向く。
「陛下、お客様方、本当に、本当に大変申し訳ございませんでした……」
「……流石に処罰無しとはいかん。だが、あの兵士の反応はおかしい。私が直々面談する。おぬしもその際同席してもらう。おぬしの処罰もその時に詳しく決める」
「はっ」
「よろしい。今はこの家の周りの警備を頼む。流石に、このままこの場に居てもらうわけにはいかん」
「畏まりました」
そう返事をして、即座に出て行く、兵士の皆さん。
兵隊は連帯責任だしね。
「……おい。爺。流石にアレはないぞ」
「……すまん。皆様も、獣神様も、本当に大変申し訳ありません」
「いえ、ああいう現状であるのなら。ワイルド王がためらうのもわかります。まあ、こちらもチョーカーを付けていて誤解させる要素があったともいえますし……」
ミヤビ女王はストレートに文句をいい、ワイルド王も素直に謝る。
まあ、言い訳しようもないもんね。
そして、苦しいフォローをする優しいユキさん。
いや、説明に来ておいて、王様をぼろくそに言うわけにもいかないもんね。
『確かにあの姿をみれば、小僧が悩むのもわかるが、なぜああなった? あんなのが多いのか? この国は?』
そして、核心を聞く獣神様。
「……長い間、獣人中心で国家運営をしていてな。国内での不幸や事故、事件のはけ口を、人族のせいにすることが多くてな」
「自国の責任ではないということにしていたのか?」
「……うむ」
「バカか爺。外からの恩恵は少なからず受けておいて、よくもそんな恥知らずな方針でやって来れたな」
「いや、そういうのはここ最近の間だけじゃよ。獣神様が聖女リテア様に救われ育てられたという話は昔からおる者なら誰でも知っておる。この前の戦争で大国同士がぶつかり、その被害を受けて流れてきた者たちがそう喚いているわけじゃよ。いままでなら、時間が勝手に解決する。誰だって戦争で大事なモノを失ったショックはあるからな。じゃが、今回はその傷が癒える前に、話が出てきた。そういうわけじゃよ」
ああ……そういうことか。
あの、戦争での被害者がここには多く集まっているんだ。
「……そういうことか。自国の責任などといえば、難民が暴れる可能性もあったわけか」
「ああ、まあ、実害があるわけでもなかったのでな。じゃが、今回の件で、あまりよくない方法だったというのが分かった。結束を高めるのにはよい手ではあったのじゃがな……」
「外に敵を作り国をまとめるのは常套手段じゃな。しかし、それだと、血気に逸った馬鹿者どもが戦争をなどと叫ぶことはなかったのか?」
「元々、戦争被害者が集まったような国じゃ。戦いたいのなら、戦える国に行くわい」
「……根性無ししかおらんわけか。さっきの兵士はトラウマみたいなものというやつか……」
「たぶんな。だが、安心もできん。今回のことでロガリ連合ができ、戦う場所が極端に少なくなった。その結果、我が国がどうなるかもよくわかっておらん」
「内部に、不穏分子がいるという可能性もあるわけか……。なかなか難しいのう」
「姉様の所のように、完全に門を閉じて、人の出入りがなければよかったんじゃがのう……」
……これって、私たちが頑張ったせい?
私たちのせいで、獣神の国が乱れて……。
そんな馬鹿な考えが頭をよぎったところへ、不意にユキさんが頭にポンと手を置いてなでてくれた。
「落ち着け。俺たちは俺たちで出来ることを頑張っただけだ。この国がこうなったのは、誰のせいでもないさ」
「ユキさん……」
それで気がついた。
話を聞いて一番傷ついているのは、ユキさんだ。
ユキさんが戦争を無くそうと色々計画を立てて頑張って来たんだから。
それを否定するような考えを私がするなんて、駄目だよ。
もっと自信を持たないと。
「そうじゃよ。トーリ殿が気にすることではない。戦争が少なくなるような大業を成し遂げたことを後悔するのはおかしい」
『うむ。母リテアが目指したものだ。そのために戦争を起こしたわけでもないのに、褒められこそすれ、責任を感じる必要はないぞ』
「魔王が悪い。そして、いかなる理由があれ、仮想敵を作って国をまとめていたこの爺が悪い。その結果がこの状況じゃからな」
『難しいことはわからんが、自分のことは自分でするべきだぞ。まあ、家を建て直してもらっている立場で言うことではないが』
「……はぁ、おっしゃる通り。平和になることで国が乱れるかもしれないとは、皮肉じゃな。ユキ殿すまぬが、そういう理由でしばらく時間をいただきたい。国民の感情を調べねば……」
「ええ。先ほども言いましたが、この話は国のありようを変えるような大きな話です。すぐに答えを出せということではありませんし、貴国を混乱させるつもりもありませんので、よくよく話し合ってください」
ユキさんは特に先ほどの兵士のことを口を出すことなく、ワイルド王の話を受け入れる。
まあ、それもそうだよね。兵士一人の言葉ていどで、機嫌を損ねて話をなしにするような人じゃないし。
獣神の国、一国だけの問題でもないから、そこを追及するような真似はしないよね。
「ということで、私の方からの話は終わりましたが、これからどういたしますか? 雑談でもしますか?」
「いや、妾はそこの爺とちょっと話がある。ユキ殿はゆっくり休まれるとよかろう。いいな、爺?」
「……そうじゃな。色々話し合わんとな。ユキ殿たちの部屋は用意させているので、そちらでおくつろぎくだされ。夕食時にお会いいたしましょう」
『ならば、我は、ユキ殿たちたちについていくぞ。個人的に話を聞きたいこともあるからな』
流石に、このまま話が終わって、ハイ帰国とはいかないようで、私たちは外で待機していた、兵士の人たちに部屋へ案内されました。
「流石に、さっきの兵士はいなかったね」
「……あれが、案内にいたなら、この国との付き合い方を考えないといけない」
リエルの言葉にカヤがそう返して、皆も同意して頷く。
私も同意。
「でも、意外でした。ここまで獣人との間に亀裂があるなんて……」
「だね。ロガリ大陸でこうなら、イフ大陸はもっとひどいのかな……」
「心配ですね……」
そういうのは、カグラたち新大陸のメンバーだ。
まあ、あの騒ぎを見たら不安になるよね。
「別に、あれが普通ってわけじゃない。それはウィードをその目で見てきたから、自分たちがよく知っているだろう?」
「あ、うん」
「そうか」
「そうでした……」
「インパクトがでかかったからそこらへんで気圧されてるんだろう。ま、どこにでもある戦争の傷跡ってやつだな」
「……戦争。私たちの国もこれから……」
ユキさんの言葉に、カグラは自分の国のことで不安になったのか、顔を曇らせますが、ユキさんは先ほどの私と同じようにポンと頭に手を置いて……。
「ま、いい見本が見れたと思え。これからワイルド王がどう対処するかもな。それはきっと、カグラにとって、ハイデンにとって無駄ではない、いい経験さ」
「……うん。ありがと」
そういって、カグラは難しい顔から一転、花が咲いたような笑顔になる。
……わかりやすい。
というか、これで気が付かないユキさんもアレなんだと思うけど。
「ま、とりあえず。先ほどのトラブルがあったから、トーリにリエルは妙な誤解を与えないためにも、ここではチョーカー外しとけ」
「「はい」」
そういわれて、私とリエルはすぐにチョーカーを外す。
ユキさんの足を引っ張りたくないからね。
『ふむ。色々と込み入った話をしているのはわかるが、我も話をしていいだろうか?』
「あ、すみません」
床に伏せた、ちょっと気まずそうに獣神様がそういったので、あわててどいて、ユキさんに対面させる。
……忘れてたよ。
獣神様には悪いけど、アスリンのクロちゃんよりも迫力が低いから、そういう意味でも意識し辛いんだよね……。
それだけ私たちが強くなっているってことなんだろうけど。
『あのような話があった後で恐縮ではあるのだが……』
「ええ。祖父母であるファイデ様、リリーシュ様の事ですね」
『そうだ。ユキ殿たちが2人と会ったということは、2人は仲違いを終えて、仲直りしたのだな?』
「「「……」」」
その希望に満ちた声を聞かされて、私たちは全員無言で顔をそむけることしかできない。
……なんていえばいいのだろうか。全く言葉が浮かばないよ。
その姿を見た獣神様も察したのか、しゅんとなる。
『……そうか。まだ、仲違いをしたままか。いや、まあ、仕方あるまい。だが、2人に連絡が付いたのはいいことだ。私は私で、母から託された約束を果たすとしよう』
「約束ですか?」
『ああ。あの2人の仲違いは母も気にかけていたことだ。そして、我に顔を合わせるほどマシになれば、この手紙を渡してほしいと言われたのだ。まあ、少し条件を緩和しているが、母もここまで長く夫婦喧嘩が続くのは本意ではあるまいと思ってな』
そういって、二通の手紙がユキさんに渡される。
一つはリリーシュ様宛て。
もう一つはファイデ様宛て。
差出人はリテア。
「私が渡していいのですか? これは、子供である獣神殿が」
『気遣いはありがたいが、我もどの顔をして合わせていいのかわからん。祖父母を放って置いて、この地を守っていたのだからな。本来であれば、私が地を駆けて、祖父母を探し回るべきだったんだがな』
「そういう立場ではないでしょう。ここは母であるリテア殿との大切な場所なのですし」
『そういってくれると助かる。ま、届けてもらって、もし返信があれば頼む。そのかわりと言っては何だが、この国にいる間は我が側にいてトラブルから守ろう。小僧には小僧のやり方があるのだろうが、流石にあの子供はおかしかった』
やっぱり、獣神様もあの兵士はおかしいと思ったんだ。
大丈夫かな?
私はそんな不安を抱きつつ、窓から日が暮れるのを見つめていたのであった。
外に敵を使って身内をまとめるというのはよくあること。
そして、意味深なお手紙。
さて、これからどうなる。
あ、必勝ダンジョンの漫画の方は発売日30日だったみたい。
ごめんよ、何か勘違いしていた。




