第606堀:ボッチの棲み処
ボッチの棲み処
Side:ユキ
俺は今、異世界に於いて、教育の難しさ、いや、人との付き合い方の難しさを改めて実感している。
「……ぐすっ、ひぐっ。なにが悪いんですか。私だって好き好んで、1人トイレで御飯を食べているわけじゃないのに」
目の前で泣いているのは、ハイデン魔術学院の中位生のソロ・フィンドウという子だ。
この子が、今回、噂の調査の対象となった東女子トイレの真相であった。
……難しいことを省いて、簡単にいうと、ボッチな彼女はここで毎日ご飯を済ませていた。
それだけだった。
だから、時間が夕方とか夜の話を聞かなかったわけだ。
彼女が食事をしているお昼とか、休憩時間の間だけいたのだから、夕方、夜にこの噂がでるわけがないのだ。
キルエから詳しく話を聞いた時は誰かの悪戯かと思っていたが、カグラたちの勇気ある行動で真相を明らかにしたことにより、下手をすると悪戯より深刻な問題に直面したと言えよう。
なにをどうすればソロというこのボッチを解決できるのか? という問題に直面してしまったからだ。
人類永遠の課題である。
この手の問題は異世界においても変わりはないようだ。
正直、この手の問題はその学校に任せるべきなのであるが……、こんな中世ヨーロッパに少し、日本のやり方を取り入れたぐらいのところに、こういう気の弱い生徒を救うような考えはなく……。
「いつまでも泣いていない。自分の社交性の無さを恥じなさい!! 私たちの手を煩わせたのですから、今後の進路に響きますよ!!」
そういうのは、ソロを受け持つ教員女性。
俺たちが勝手に何か指導するのはアレだと思ったので呼び出したのだが、そこに労りの声はない。
というか、ソロのしでかしたことに自分もまきこまれると思ったのか、目の前で手を上げて怒る始末だ。
バチンッ!!
「そ、そんなー!? だ、だって、周りが無視するんでずーー!!」
「成績もそんなに良くない!! そして今回のことも周りに責任があるという始末!! いい加減にしなさい!!」
……言っていることはもっともだ。
だが、こうなるまで放っておいた教員たちの責任でもある。
……だからといって、全部が全部、教員に責任を持たせるのもあれだがな。
しかもこの学校、学院は社交性は二の次で、魔術を教える学院だ。
友人の作り方などを教えることはない。
いや、日本の学校でもわざわざやることではないだろう。
自主的に学ぶことで、道徳とかがたまにあるのだ。
学校は勉強をする場所であって、友達と遊びまわる場所ではない。ないが、必要不可欠であり、切っても切れないものというのが地球社会の教育現場の認識だが、この学院にそこまで求めるのは酷だろう。
「退学も覚悟しておきなさい!!」
「ええっ!? そ、ぞんなのごまります!! 無理して両親が学院にいかぜでぐれだのに!?」
「困りますではありません!! そのご両親の好意を無為にいして、今まで何をしていたんですか!!」
「ぞ、ぞれば……。うぐっ、ひっく……」
……正論ではあるんだがな。
俺たちが来なければ、彼女は卒業まで無事にボッチライフを過ごしていたのかもしれないのだ。
その後はわからんが、ここで躓くことはなかったはず。
はぁ、仕方がない。
ここは俺が……。
「あー、ちょっとまってください」
声を掛けようとおもったら、なんとエオイドが動いた。
「別に、僕たちの邪魔をしたわけではないですし、安全だと身をもって証明してくれたんですから、そういうのはちょっと……。そうですよね? ユキさん?」
「そうですね。事件解決に一役買ったという形です。エオイドの言った通り、お手柄ですよ。ですので、先生の評価はむしろ高まるでしょう」
「そ、そうでしょうか?」
ソロの先生は戸惑いがちにこちらを見てくる。
だから俺はその視線を受けたままを学院長の方を向いて……。
「ですよね? 別にどこで御飯を食べてもいいわけですし、私たちが夜どころか下手をすると数日、数か月かかるような仕事をソロ君はしてくれたのですから」
「まあ、そうですな。ユキさまやスタシア殿下、ポープリ殿、エージル殿が問題ないのであれば」
そう問いかけられて、他のみんなもソロや先生に厳しい処罰をとは言わなかった。
ということで、晴れて、ソロは無罪放免どころか、俺たちの手伝いをした功績が加わったわけだ。
これでめでたし、めでたしと行きたかったが、そうもいかないのが、人の社会。
上の人にお世話になったのなら、誠心誠意感謝をするのは当たり前だし、これを機会にお近づきになろうとするのは基本である。
世の中の出会いというのはよくできると思う。
「ほら、ソロさん。皆様に感謝を」
「本当に、ありがとうございます!!」
「私からも感謝申し上げます。おかげで、ソロさんを学ばせてやることができます」
さっきとは変わって、ソロに優しい声音で話しかけて、一緒に頭を下げる先生をみて、厚い手のひらくるーかと思ったが、そういう雰囲気は感じられなかった。
まあ、先生も俺たちの邪魔をしたとして自分やソロのクビが飛ぶ可能性を考えてこういう厳しいことを言ったんだよな。
そうすれば、処分はすでになされているし、最悪ソロは免れさせられると思ったのかもしれない。
まあ、それは俺の思い込みで、最初に思った通り良いつながりができたと思っているのかもしれない。
どっちにしても、俺としてはソロが退学にならなくてホッとしている。
「ねえ、エオイド。なんでソロさんを庇ったの?」
そんな中、アマンダが先ほどのエオイドの行動の理由を聞いていた。
俺たちもなぜエオイドがあの時自ら動いたのかを聞きたかったので自然と視線が集まる。
「大したことじゃないんだけどさ。ほら、僕も落ちこぼれだっただろう?」
「ああ、なるほど」
アマンダが納得したと同時に、エオイドを知るメンバーも納得した。
エオイドもまた、落ちこぼれの部類だったのだ。
まあ、アマンダとかサマンサ、クリーナにラッキースケベを働いていたから、そういう感じはしなかったけどな。
「勉強とか魔術とかさ、頑張ってもできないことって多いし、ユキさんたちに会ったから僕はやって来れたしさ。ソロさんもこれがいい機会になるんじゃないかなって」
エオイドは俺たちに鍛えられたことを助けられたと思ってくれているのはありがたいが、あの時の本質は、アマンダとエオイドに注意を引いてもらうことだったんだよな。
思惑は大当たりで、俺たちのことは極秘に動けたから万々歳だったんだが。
しかし、ソロまで俺たちが手塩にかけて育ててやる必要性は無いぞ。
と、素直にそういうことを言うわけにもいかないか……。
「そうだな。出会ったのも何かの縁。というより、今回の調査は極秘になっていますので、ソロ君にも協力してもらいたいのですが、学院長や先生は構いませんか? 私が連れまわしたということで単位が取れずに留年などというのはあれですので」
「ふむ。特別授業という形でいいのであれば構いませんが、先生はどうですかな?」
「学院長に賛成です。特別授業という形で評価をプラスしていいですが、基本的な授業を蔑ろにしていいわけではありません。勉学もちゃんと励み、成績をちゃんと取れるのならばいいと思います」
この先生は真面目だな。
もうちょっと、周りに流されてもいいだろうにと思うが、生徒の為にならないと思って言ってるんだろうな。
勝手に評価がプラスされるなら、それでもうOKとして放置しておいた方が楽だろうに、ソロの今後を思って勉強しろというのは、この先生が立派な教育者という事なんだろう。
あとは、ソロ本人が頑張れるかだが……。
「わ、私、頑張ります!! よろしくお願いします!!」
本人は退学を免れたことに頭が一杯で余裕がないのか、特に考えることなく返事をする。
こっちとしては、ソロの退学阻止が狙いだったからまあいいんだけど。
そういうことで、ソロはカグラ、ミコスと一緒に行動するようにして、再び学院の噂の調査に戻ることになったのだが……。
「ユキさん。なんでソロさんを連れてきたんです? 退学阻止ぐらいなら、適当に図書館で調べものでもよかったじゃないですか。まさか、あのボッチに友達作りの世話を焼こうとか思ってます?」
そんなことを聞いてきたのはタイキ君だ。
「ああいうのはこっちで勝手にやってもうまく行くとは思えないんですけどね……」
タイキ君もボッチの扱いにくさを理解しているのだろう。
俺が彼女を連れてきたことに、色々心配しているようだ。
だが、俺がそんなお人よしの為だけに連れてくるわけがない。
「そこは庇ったエオイドに任せる。俺としては、あのボッチスキルで得た情報が欲しい」
「ボッチスキルで?」
「そう。彼女は学院で人気のない場所を網羅しているだろう。それに残る噂の倉庫や、教室の噂も知っている可能性が高い」
「ああ。なるほど。ボッチにとって怪談がある場所は格好の棲み処ですからね。そして本物なら死亡フラグですから、ソロさんがいたところはセーフってことですかね?」
「そうそう。逆に、噂が途絶えてしまった妙な場所も知っているかもしれない」
「ああ、実は7不思議でしたってやつですか?」
「まあ、厄介ではありそうだが、知らないうちにそういう所に踏み込むのは避けたいだろう?」
「そうですねー。それを彼女が知っているといいですけど」
「知らないなら知らないっていう情報が得られるからな。成績優秀者とはまた違った視点ってのは必要だよ」
「まあ、それもそうですね。カグラはこれでもかっていうぐらい優等生。ミコスはお約束の情報通。そしてボッチのソロと。まあ、隙はなさそうですね」
「だろ? あれだな。ランサー魔術学府で、アマンダ、サマンサ、クリーナの三人衆みたいな?」
「ああ、納得。クリーナ枠ですね」
「そうそう」
優等生アマンダ、社交的なサマンサ、ボッチのクリーナって感じ?
そんなことを話していると、後ろからつねられる。
「あいた」
「……ユキは失礼。私は勉強はできた」
「悪い意味でいったわけじゃない。色々な立場の人がいたほうが視点が豊富って話だ」
「……むう。相変わらず口が上手い」
「でも仕方ないじゃん。クリーナは最初、1人で図書館の隠し部屋でずっと本読んでたんだし」
「……でも、色々違う。私の場合はできなかったではない。作らなかった。エオイドやユキ、リーアたちが証拠」
……俺たちにとっては同じようなものなんだが、本人にとっては明確な違いがあるようで、否定に熱が入っている。
まあ、誰しも、ボッチでしたよね? と聞かれて、はい、そうですと言えるわけもないか。
このまま話を続けてクリーナの機嫌を損ねるのもアレなんで、話をかえることにする。
「ま、とりあえず。噂の1個はただの噂で終わったわけだ。それは助かる。間違いなく、ソロは俺たちにとってはかなりありがたい存在には変わりない」
俺はそういって、カグラたちに色々話しかけられて、おっかなびっくりのソロに視線を向ける。
彼女は、あのトイレに陣取って約2年。
つまり、入学当初からボッチだったわけだ。……うっ、涙が……。
彼女の献身により、あのトイレの安全性は確保されているといっていいだろう。
何かあるのなら、すでに彼女の身に何か起こっているはずなのだから。
まあ、継続的な観察は必要だろうが、焦って調べる必要性は無くなったわけだ。
「至急調べないといけない噂は、夕方に見知らぬ教室が現れると、夜の寮棟の地下には幽霊がでるか……」
「幸いというか、時間的にどっちも調べられますねー」
「いいことなのか悪いことなのか。よくわからんな。ともかく、一旦会議室に戻ってソロに詳しい事情の説明だな。何か情報を個人的に持っているかもしれない。寮棟の方は地下とはっきりしているが、夕方の教室は全く情報なしだからな。分散して調べるのはなるべく避けたい」
「戦力分散は嫌ですからね」
俺はそういって、次の噂への調査方法を改めて考えるのであった。
・ボッチ 英:Botti
元来の言葉:一人ぼっち、あるいは、独りぼっちの略。ぼっちでも可。
意味:人間社会において、文字通り一人でいることを好む?人種を指す言葉。ある種の差別用語。ネタとしてもつかわれる。
性質:人と喋れない、人が苦手、人を避ける、とボッチになる理由は様々であるが、いずれも対人関係に対して何らかの原因があることが多く、行動には共通のものが見られる。ボッチであると指摘されると、大抵否定したがる。過剰な刺激になることもあるので、ボッチと言うのはお勧めしない。
生息域:基本的に人の社会に常に存在する。ぱっと見では判断できないが、主に人気の少ないところで食事や休憩をしたがる性質があるので、そういう所を探せば見つかるかもしれない。
対処方法:どういう事でも当たり前のことだが、問題を一つ抱えることになるので、色々な意味で余裕がない人は無視を推奨。こちらから関わらない限り基本的に無害。どうしても関わらざるを得ないときは、根気のいるコミュニケーションが必要だろう。
上記の文は想像で書いたものであり、冗談の部類です。
と、断りを入れておいて、まあ、生きているうちに1人は見たことあるのではないでしょうか?
というかさ、普通に仕事で休憩がバラバラな人は基本的にボッチ飯だよな。
いや、そういうことを考える余裕すらもないけどな、休憩中って。
私の所は、仲良くおしゃべりする余裕があるなら体力回復を務めるか、即座に仕事に戻って準備する職場です。
世の中ってままならないよな。




