第586堀:分かりやすくというのは大事である
分かりやすくというのは大事である
Side:ドレッサ
「……ということで、火、炎というのは燃焼という現象を……」
そんなことを言いながら、黒板にチョークで書き込んでいくのはタイゾウ。
タイキの叔父さんで、私たちのユキと同郷の人。
そんなことを考えながら、私は周りを眺めると、必死に黒板の板書を書き写しているハイデン魔術学院の生徒たちがいた。
今、私はタイゾウの授業を手伝う補助役として、ハイデン魔術学院の教室にいる。
勿論、ヴィリアもいる。
あの魔術演武で私たちも魔術を披露したことから、女だからと言って侮られるようなことはなく、むしろユキが盛大にやってくれたのでペコペコしている感じがある。
まあ、あれだけボロボロだった演習場をすぐに均してしまったんだから、実力がどれだけ離れているかわかったのでしょうね。
その前に、私たちはハイデン王家が礼を尽くしているお客というのもあるだろう。
そうでもなければ、こんな立派な学び舎で私のような小娘が教壇に立つのを許すわけもない。
だって、魔術に関しては何にも知らないから。
ただ使えるから使うだけ。
ユキやタイゾウ、ザーギスのようになぜ魔力で魔術が使えるのか?とかいう難しいことは考えたこともない。
なので、この場はどうも場違いな気がしている。
「タイゾウ先生。その燃焼という現象は本当なのでしょうか? 証明する方法などはあるのでしょうか?」
不意に、1人の生徒が手を上げてタイゾウに質問をしてくる。
タイゾウは待ってましたと言わんばかりに頷く。
「もちろんあるとも。そうだね。君は前にきたまえ。ちょっとした実験を一緒にしよう。ヴィリア君、ドレッサ君、コップと蝋燭の準備を」
そういわれて、私とヴィリアは持ってきている小道具からコップと蝋燭を取り出す。
ユキやタイキは学生ではなく、見学に来ている教員や記録員であるカンナの前で準備をしている。
無論、エージルやフィンダールの殿下も一緒だ。
あれね。お偉いさんの相手はユキやタイキの仕事。
そういう意味では、私の仕事は楽ね。
準備を終えて暇な私はそんなことを考えていると、教室中から声が上がる。
「……君たちの中にも、火を消すとき、水をかける以外にも、土を掛ける、鍋のふたをかぶせるなどしたことがある人がいるだろう。これがその理由だな」
そう説明するタイゾウの目の前には、火をつけたはずの蝋燭がコップをかぶせられて消えているという状況だった。
「これはコップという密閉された空間にある、火を燃やすに必要な物体が尽きたことから火が維持できなくなり消えたというわけだな。これが見えない何かが燃えるのには必要という燃焼の証明になるだろう」
今となっては私にとっても、ウィードで学ぶ人にとっても常識だが、空気中の酸素がなければ火はつかない、燃えないという簡単な話だ。
しかし、これを証明された学生たちは驚きのようだ。
だが、タイゾウの説明はさらに続く。
「さて、このような自然現象を学ぶ意味はあるのか? と、魔術を使う君たちは思うかもしれない」
うんうんと頷く学生たちが多数。
そりゃそうよね。
どこに魔術と関連性があるのよという話になる。
「結論としては学ぶ意味はある。まあ、学ぶ事すべてが魔術に応用できるかといえば、私には何とも言えないがね。そういうのは発想の問題だからね。と、話がずれた。空気中の燃える物が火をつける、燃焼することに関係することが、どう魔術に影響するのか、学ぶ意味があるのかというと……」
タイゾウはわかりやすいように、人差し指を突き出し、魔力をまとわせ火の魔術を使うと、ポンッ、ポンッ、ポンッ、とかわいらしいと言っていい小さな火が現れては消える。
「このように、魔力を切っ掛けとして、空気中の燃焼物質に火をつけると意識すれば、簡単に火を起こせる。これは、魔力を節約するということにも繋がるだろう。その重要性は何よりも魔術師である君たちが知っているはずだ。まあ、蝋燭や松明のように火種として魔力を送らなければいけないというのは変わらないがね。全てを魔力で維持することに比べてかなりマシだろう」
「あの、それだと蝋燭や松明を使った方がいいのでは?」
「明かりを使うという前提の下、余裕があればそうだろう。しかし、蝋燭や松明は手を塞ぐ。元々の持ち物を増やすという難点も存在する。だが君たちは魔術師で、蝋燭、松明を使う余裕がないとすれば戦場だ。効率的な運用方法は覚えておいて損はないだろう」
なるほど、と頷く生徒たち。
そんな感じで、初日のタイゾウの授業、ウィード基礎知識講義というのは終わりを迎えた。
「お見事でした。タイゾウ殿。私たちもこの世の理を知ることが大事だというのがよくわかりました」
「はい。とても分かりやすい説明でしたわ。前にも教鞭をとったことがあるのでしょうか?」
タイゾウは授業が終わったあと、学院長やカンナたちに囲まれている。
「学院長にご理解いただけて何よりです。カンナ殿、私はあなたと同じ研究職でしてね。まあ、資金援助をしてもらうために、出資者にはこういうわかりやすい説明を行う必要があるのですよ。意味も分からないことにお金を出す人などいませんからね。おわかりでしょう?」
「ああ、なるほど。よーく、わかります」
「「ははは……」」
カンナは深く頷き、タイゾウと学院長は笑う。
……大人の世界は辛いのね。
あ、いや、私も大人だし? 立派な一人前のレディで夫もいるからね。
そんな感じでタイゾウを見ていると、不意にカグラがユキに近寄っていた。
「ねえ、ユキ。電気系のことは?」
「ああ。あれはもうちょっと先だな。こういう身近な自然現象を説明していって雷から、電気って感じに行こうって話になっている。雷の魔術を使える人は少ないだろう? 理解がそもそも進んでいないんだよな」
「あー、なるほど」
「キャリー姫が今すぐ必要っていうなら別で講義とか書類だけ先に渡すことも可能だけどどうする?」
「……うーん。それって、両方そろって初めて理解できそうな気がするわ」
「当たり」
「じゃ、一旦姫様にその旨を話してみるわ。おそらく、そこまで急がないだろうけど」
「おう。がんばれ。無理はするなよ」
ポンと頭に手を置く。
「うん。ありがとう。じゃ、またあとでね。アマンダとエオイドもまたあとで」
「お仕事頑張ってね」
「気をつけて」
なんかとてもいい笑顔で去っていくカグラ。
なんというか、あれは……。
「……怪しいです」
「わひゃっ!? って、ヴィリア。片付けは終わったの?」
「もちろん終わりました。で、カグラさんですが、怪しいです。あれはきっとお兄様に恋しています」
「……うーん。恋って言うのはわかるけど、ユキが相手かな。だって、結構カグラには辛く当たっているでしょう?」
「……じゃあ、あのヘタレのエオイドさんだとでもいいますか?」
容赦ないエオイドへの駄目だしに絶句する私。
いや、ヘタレなのはわかるけど……。
「……ヴィリア。もうちょっとオブラートにね」
「お兄様とエオイドさん。なるほど、ドレッサはエオイドさんが好みだと」
「私はユキよ。バカ言わないで」
「ですよね。まあ、エオイドさんをヘタレと言ったのは申し訳ないですが、お兄様と比べるとやはりお兄様が圧勝です。ですから、カグラさんが正常な思考をもっているなら、お兄様をと思うのが当然でしょう」
「……それだと、アマンダが異常ってことになるわよ」
「アマンダさんはエオイドさんと幼馴染です。そういうところから、お兄様以上の魅力を感じているんでしょう。長年付き添ったからこその結果ですね。素晴らしいことです。まるで、私たちとお兄様のような関係ではないですか」
「……」
上手い言い逃れだが失礼極まりないのも間違いない。
ヴィリアもユキの事となると、いやヴィリアが一番ユキに対して盲目よね。
ラビリスとかセラリアが扱いに困るわけだわ。
「で、何かするの?」
「いえ、特には。お兄様が望んでいるならカグラさんを取り込むことに協力しますが、別にお兄様は望んでいませんし。監視ぐらいですね」
「いや。取り込むのには必至でしょうに」
「それは政治的なことでの取り込みですね。私がいうのは、女としてほしいのかです」
「……ヴィリアはユキが女として欲しいって言ったら協力するわけ?」
「もちろんです。お兄様の周辺は未だに甘いんですから。壁は必要です。今回の召喚事件でよくわかったはずです。私たちがあの時いなければもっとひどいことになったかもしれません」
「話は分かるけど、女から壁になっているわよ……」
「あら、失礼しました。でも意味合いは変わりません。お兄様の周りの私たちはお兄様の女であり、最後の壁なのですから」
「……まあね」
「まあ、カグラさんを取り込む前に。私やドレッサを先にというのはありますが」
「ぶはっ!? い、いや、まあ、そ、そうよね!! 当然よね!!」
カグラが先とかありえないし。
まずは私たちが先でしょう。
「ええ。そういう意味でも、怪しいカグラさんはしっかり監視しておかなければいけません。お兄様の魅力にコロッとやられて、先を越されでもすれば泣けます」
「泣けるわね。それは……」
「別に、お兄様の奥様序列云々ということはどうでもいいのですが……」
「そっちは表向きのことで、中身はあってないようなものだしね。問題はこっちに来てから知り合った相手に負けるってことね」
女としての意地という奴ね。
先に目をつけてたんだから、手を出すなって感じかな?
いや、もうユキの奥さんだけどね? まだユキは遠慮してるから、話の筋としては私やヴィリアからってのが当り前よね?
「ということで、カグラさんを追いかけましょう」
「はい? 報告に行くって言ってたから、もうハイデンでしょう?」
「いえ。カグラさんが本当にお兄様を好きなら先ほど頭に手を置かれたところから、クンカクンカして、うっとりしているはずです」
「いや、それはヴィリアだけだと思うけど」
そんな上級者な。
「お兄様。ドレッサは今日お兄様の洗濯物であるトランクスを……」
「ぎゃー!? ほら、早く追いかけるわよ!!」
仕方ないのよ!?
だって、目の前で揺れてたの!!
だからつい!! ついよ!!
トーリやリエルだってしてるからいいの!!
慌てて、私はヴィリアの手を取り教室を飛び出す。
「ちょっと、トイレに行ってくるわ」
「おう気をつけてな」
「大丈夫です。お兄様。私もいますから」
……まったく、ヴィリアは恐ろしいわ。
そんな感じで廊下にでると、一気に生徒の視線が私たちに集まる。
「あれ? この子たちって……」
「客員の連れだろう。さっきタイゾウ殿の手伝いをしていた」
「あー。そうだった。でもさ、演武でもこの子たちもすごかったわよね」
「ああ。ものすごかった。最初のジーマンが遊びに見えたもんな」
私やヴィリアは付き人みたいな扱いだから、自己紹介などはしていない。
でも、やはり前日の演習で顔はしられているらしく、怪しまれることはない。
「ねえ。よかったら名前を……」
と、1人の女生徒が近寄って来た時に、ある大声が響く。
「おーい!! ジーマンが、カグラ先輩に喧嘩売ってるぞ!!」
「え? マジ!?」
「どこどこ!?」
「演習場でやるってさ」
そんな感じで、辺りの生徒が一斉に動き出す。
「えっ!? カグラ先輩が戦うの!? ごめんなさい、自己紹介はまたあとでね」
私たちの名前を聞いてきた女生徒も慌てて走っていく。
「どうやら、何かあったようですね」
「ジーマンって、昨日の目立ちたがりよね? カグラに嫉妬したのかしら?」
「さあ。でも、カグラさんが足止めされているのは事実です。私が先に様子を見にいきますので、ドレッサはお兄様たちに報告を。未だに教室で話し合っているようですし」
「分かったわ」
そういうことで、私は再び教室に戻り……。
「あれ? トイレ早かったな?」
「迷子になった?」
「我慢はよくないぞ、ドレッサ。妾が案内してやろうか?」
ユキはともかく、リーア、デリーユは私をお子様扱いしてくる。
「ちっがうわよ!! なんか、カグラが……」
立派なレディであると返しつつ、廊下で聞いた出来事を伝えたのであった。
自分がわかるだけではダメ。
それをわかりやすく他の人に伝えることが大事。
幾ら必要なことでも、相手が理解できなければ意味がないからね。
あと、時たま「ダンジョン関係ないじゃん」ってコメントが来ますが、全然関係してるじゃん。
ダンジョンを使った戦略で動いているんだから。
なにを持って関係していないかをしっかり言ってほしいですね。
ダンジョンをメイン戦略で使って動いているのに、ダンジョン関係ないじゃんといわれても全然ピンときません。
ダンジョンは人を呼び込んでそこで戦って、というなら今もダンジョンを利用した戦闘はやっていますし、その影響力を利用して外交をしている。
関係しまくりなんですが、しかもダンジョンを設置した理由は魔力枯渇をどうにかするためですし、地方調査は必要不可欠。
そして、ダンジョン内で戦闘なんかするわけないじゃないですか。
安全に物資は確保できる状況を整えているのに、相手を必要以上に警戒させるのも得策じゃないって言うのは本文でもあったことですしね。
まあ、普通のダンジョンを運営する物語とは全く違いますけど、これはこれでダンジョン運営のお話ですよ。
そもそも逆に他のダンジョン運営ものがある意味、なぜダンジョンの中で戦う必要があるのかという論点を詰めないといけないですよね。
こっちには魔力枯渇という課題がある。他のダンジョン運営はコアを破壊されたらいけないとか、ダンジョンの競い合いとかありますが、なぜそんなことをするのか、何の意味があるのかという点に触れていないものがおおいです。
それが悪いとは言いませんし、面白くないともいいませんが、自分はそういう事柄を明確にして今まで物語を展開してまいりました。
ということで、文字通りこの物語はタイトル通りであると思います。
「相手に会わせる必要もない」という所も含めてですね。




