第568堀:やったね お姫様だよ
やったね お姫様だよ
Side:サマンサ・ヒュージ 元ローデイ王国所属 ヒュージ公爵家次女
「……今からアグウストを滅ぼす」
そういって、立ち上がるのは我が学友であり、良き親友でもあり、同じ夫を持つ妻仲間でもあるクリーナさん。
学府にいた時には世俗なことにはわれ関せず、そもそも興味がなかったのか、感情の動きすらよくわからなかったのだが、ユキ様の妻となってからは色々な世界や知識に触れ、物静かではあるが、感情の起伏が私たちでもわかるようになってきた。
だが、今、その物静かなクリーナさんが怒っているのがよくわかる。
だって、わざわざ祖国を滅ぼすと言って立ち上がっているのだから。
これをみて怒っていないと思う人の方が少ないでしょう。
「まあまあ、おちつけクリーナ」
「そうですよー。落ち着いてくださいな」
「クリーナらしくないですよ」
「落ち着いてくださいませ。クリーナさん」
そういって、立ち上がったクリーナさんを落ち着かせているのは、ユキ様、ラッツさん、ジェシカさん、そして私です。
「……イニス姫は私たちとの約束を破った。私を使ってまたユキたちを利用しようとしている。これは許せない」
クリーナさんが怒っているのは、先ほどポープリ学長から届いた報告の件。
つまり、私たちが王家へ養子として入り、姫となってそこから政治的に利用されること。
クリーナさんはアグウストのイニス姫と、ヒフィー神聖国の問題の件でユキ様たちを利用され、その時も激怒して、自害しそうになったのを止められて、話し合いの結果、それ以降の政治利用はしないと認めさせる言質を取ったのですが、今回、クリーナがアグウスト王家へ養子としてだされ、姫になってしまったということから、約束は破棄されたも同然でしょう。
その怒りは私たちもわからないでもないので、何とか落ち着けようと思っていますが、思ったよりもクリーナさんの怒りは大きかったようで、なかなか座ろうとはしません。
「許せないという気持ちはわかります。ですが、アグウストを滅ぼすといってもどうするのですか? 今後のことをちゃんと考えていますか? 落ち着いて考えていますか、クリーナ」
その時、座っていたエリスさんから冷えた言葉が放たれて、クリーナさんが大人しく座る。
「……浅はかだった。国民に罪はない。王族とその取り巻きだけを消せばいい。あってる? エリス師匠?」
「その通りです。ですが、まだ詰めが甘いです。あとアグウストを掌握するための手駒を作らなくてはいけません」
「なるほど。そうだった、気が付けばというやつ。ユキのいつもの作戦」
「ええ。それがベストでしょう」
さらっと、恐ろしいアグウスト制圧作戦が話し合われていますわ。
エリスさんも妹分のようなクリーナをいいように使われて頭に来ているのでしょう。
「いやいや、待てよ2人とも。そんな面倒なことをするつもりはないぞ」
「じゃ、滅ぼす?」
「分かりました。王城に賊が押し入って、王族や関係者一同皆殺しという事件が起こるのですね?」
「なにそのテロ事件!? そんなことしねーよ!? 殺害の方向から少しはなれろ。今回のイニス姫の立場も考えてやれ」
「あの嘘つき姫をおもんぱかる理由はない」
「ええ。クリーナを使いユキさんを二度も動かそうなどと、許されることではありません」
エリスさんの言うことは尤もですわね。
クリーナさんの立場を使い、ユキ様を脅すなどあってはいけません。
……ですが、ユキ様のいうように、今回の状況からすれば、イニス姫が口を挟めたかも怪しいですわよね。
なにせ、ユキ様のお立場が傭兵団の団長ではなく、一国の王配、しかも他の大陸の流通を仕切る、国土は小さいとはいえ、各大国から一目置かれている国とわかったのですから、政治的な背景から、これはイニス姫が義理立てしようにも、口を挟める内容ではないでしょう。
ことは今後の国の未来に関わること。
個人の幸せなど慮られることはないというと胸糞わるいですが、よくあることです。
「俺の立場がばれたからな。イニス姫とクリーナの約束が優先されるわけないだろう。国益優先だ。たぶん、あの義理固いイニス姫は今頃懺悔でもしてるんじゃないか?」
「……でも、このままじゃ、ユキに迷惑がかかる」
「それを言ったら、同じようにお姫様になるサマンサも一緒だ。王族とかと今後利用しないという約束はなかっただけだ」
まあ、ヒュージ家はビデオカメラの専売とかで色々お世話になっていますから、今更ですけどね。
と、ユキ様が私に話を振ってくださったのですから、ここは貴族としての立ち居振る舞いを話すべきでしょう。
「クリーナさん。確かにイニス姫とは約束をいたしましたが、今回のことは致し方ありません」
「だから許せと?」
「いえ、許すなどと生ぬるいことはしてはいけません」
「?」
「エリスさんはここまで言えばわかるのではないですか?」
「なるほど。お姫様になれる機会などそうそうあるモノではありません。この立場を利用して、ウィードの国益になるように動けばいいわけですね」
「はい。その通りです。今まで、ヒフィー神聖国との仲介、約束の反故など散々迷惑をかけられたのですから、クリーナさんはアグウスト王家に対して、かなりの発言権を有するはずです」
「ん。理解した。その立場を使って復讐する」
「復讐するというより、利益を生み、確固たる姫としての立場を確保して、逆にアグウスト王家を押さえつけるのです。王位簒奪という復讐もいいかもしれませんが、女王になるつもりはクリーナさんにはないでしょう?」
「ん。セラリアのように、国の仕事で忙しくはなりたくない」
「こら、女王がつらい職業に聞こえるわよ」
「……違うの?」
「……」
クリーナの返しに無言を貫くセラリア様。
まあ、女王で好き勝手できる性格ならともかく、国のため国民のためと思い働くなら、毎日が忙しくて、楽な仕事とはいえません。
その在り方が本来の貴族としての責務なのですから。
ついでに、ここ最近はセラリア様の負担も増えました。ユキ様がウィードからいなくなりましたから。
「こほん。セラリア様が忙しいのは当然ですが、まあ、私やクリーナは建前上ですから、そこまで面倒を押し付けられるとは思いませんけどね」
「ん? どういうこと?」
「事の発端は、我がローデイ、そしてクリーナさんの祖国であるアグウストが、ジルバ、エナーリアと張り合ってユキ様を王家血縁者と認めたからです。つまりは……」
「ジルバ、エナーリアと同じような仲だと、言いたいがために私たちの立場を引き上げた?」
「そうですわね。今更、あたらしい娘を受け取ってくれとは言えない状況ですから。私たちが嫁いだことが間違いだったと認めることにもなりますし、やっぱり、身分の低い者を宛がったという自覚はあるんだ。と」
「なるほど」
そう、今回の私やクリーナさんがお姫様になりましたという話にはこういう事情があります。
まあ、ユキ様からすれば立場なんぞあっても意味のないものでしょうが、姫君としての立場を与えて嫁がせるという箔付けはよくやることです。
しかも、何とかして友好を結びたい相手であり、他の国が先んじて手を打ってあるときたら、焦りもします。
「ま、俺がクリーナやサマンサを大事にしていることは向こうも知っているだろうし、外交官としての仲介を頼みたいだろうから、連れ戻されることはないと思う。ただお姫様になりましたよっていう事後報告を受けるだけだろうな」
「私もユキ様の言う通りだと思います」
「……連れ戻すとか言ったら、アグウスト王家を燃やし尽くす」
……今のクリーナさんならできるでしょうから、冗談に聞こえませんわね。
まあ、イニス姫様やアグウストの王様たちが賢明な判断をすることを祈ります。
「と、それはともかく。クリーナの方は一度アグウストに戻った方がよくないか?」
「ん? なぜ? 今のところ、嘘つきの国に戻る予定はない。行けば必ず面倒事に巻き込まれる」
「それは否定しないけど、ファイゲルの爺さんには、秋天のことを伝えないといけないだろう?」
「……ああ、そういえば。でも、あの爺は秋天に悪影響がありそう」
うーん。
ぺったんこと連呼していましたわね、あのお爺様は。
というか最初はお師匠と言っていたのに、今では爺呼ばわりですか。
どれだけクリーナさんのファイゲル老子への評価が落ちているのかよくわかる。
一度落ちた信頼はなかなか元には戻らないのです。
「まあ、気に入らないのはわかるけど、秋天にとってはお爺さんだからな……」
「……セラリアがロシュール王に娘を会わせたくない気持ちがよくわかる」
「そうでしょう? 絶対、娘たちに悪い影響を与えると思うのよね。あのクソ親父」
ロシュール王は散々ないわれようですわね。
でも、そう思われても仕方がないのですが。
サクラたちと会っては、プレゼントをくれるのです。
普段会えない分、物で愛情表現ということなのでしょうが、物を貰って当然などと思ってもらっては困りますし、お爺様=物をくれる人 という間違った認識ができないか心配です。
「……まあ、ユキの言いたいことはわかった。このイフ大陸会談が終わったら考える」
考えるだけにおわりそうですわね。
まあ、こればかりは、ご本人の気持ちですから、横から色々言うのも違う気がしますわね。
今はクリーナさんの言うようにイフ大陸の会談が大事ですわ。
「で、私たちが養子として王家に迎えられ姫の立場が与えられるのはわかりましたが、他に何か問題などは?」
「他は特にないな。いきなり言われると焦るだろうってことで、ポープリが伝えに来てくれた」
「ん。その場でいわれたら暴れていたかもしれないから、ポープリ学長には感謝」
「そうですか。とりあえずは順調ということですね。ベータンの方の準備はどうなっていますか?」
「ホーストが頑張ってくれている。予定日にはちゃんと準備は整う」
ふむふむ。
予定に遅延はなさそうですわね。
私がそんなことを考えていると、セラリア様が思い出したように口を開きます。
「そういえば、イフ会談って、ユキだけと話して終わりじゃないでしょう? クリーナやサマンサがお姫様になったっていう話もあるし、外交官の挨拶もいるわけよね?」
「ああ、ロガリ会談は既にお互いの外交官はやり取りしているからいいが、イフ会談はこれが初めての交流だから色々大変だろうな」
「外交官同士の席もあとでいるわけね。面倒ねー」
「面倒と言っても、ジルバの代表はジェシカ、ローデイはサマンサ、アグウストはクリーナの3人が身内だからな。あとエクスとホワイトフォレストは繋がっているし、あとはエナーリアからくるエージルの扱いだな。3人的にはどうだ?」
そうユキ様は私たちに問いかけます。
「私はエージル将軍のことは特に思うところはありません。マーリィ様と同じような魔剣使いの方ですからね。まあ、性格はナールジアさんやコメット殿みたいなかんじではありますが」
というのは、ジェシカさん。
元々はジルバ帝国の魔剣使いマーリィ様の副官だったそうですし、エージル将軍はナールジアさんやコメットさんに近いものがありますから特に問題はありませんわね。
「ん。私も特になにも問題ない。エージルの知識や発想は面白い」
「私も特にありませんわ。あの方は現役の魔剣使いでもありますから、ウィードに来ていただくのは色々な意味でよいのではないでしょうか?」
「それならよかった。嫌いな人がいたらギスギスするからな。じゃ、あとは……」
そのあとは、会談当日の質問や返答を考えて、イフ会談への準備を着実に行っていきます。
さあ、あとは当日を待つばかりです。




