落とし穴97堀:勇者必修科目
勇者必修科目
勇者
本来であれば勇者という言葉は特別な意味ではなかった。
勇気ある者という意味で、主に戦場で戦う兵士たちのことを指す言葉。
だが、その勇者という言葉は日本では違った。
いや、現代の日本においてはまったく別の意味を持つ。
勇者、世界を救う英雄を指す言葉。
そう、英語では英雄と勇者はHEROとはそうあらわされるが、日本人であるなら、英雄と勇者はまったく違うと理解できるだろう。
一国に留まらず、一国に寄らず、世界を救うために旅をし、邪悪な魔王を討ち、世界に希望をもたらす。
それが、日本でいう勇者である。
個人的な見解としては、HEROの最上級の言葉が勇者じゃないのかとおもう。
ま、現実ではそんな単純に善悪を決められるものではないのだが、だからこそ、この勇者は日本で特別な意味を持つ言葉となる。
そのきっかけは、とあるゲーム。
分類上テレビゲームという、コンピューターのプログラム制御で動く、所謂、娯楽道具、おもちゃだ。
その当時、シューティングやアクションなどのダイレクトに操作をして楽しむゲームばかりだったころ、ロールプレイングという新しいジャンルを海外からヒントを得て、日本国産のオリジナルともいえるものを作り、伝説のゲームが生まれた。
そう伝説。
勇者という特別な英雄を指す言葉は、このゲームが始まりである。
当時は2Dしかも、ドット絵で乏しい音源、今のゲームから比べれば雲泥の差があるのだが、それでも、かのゲームは売れた。
役割を演じる。ロールプレイングというジャンル。
それは自分が主人公になるというもので、その主人公の役割が世界を救う勇者であった。
そう、僕たち俺たちは勇者になってゲームの世界を冒険した。
今となっては、お約束といっていいお使いミッションや、たらい回し、その原点がそのゲームにあった。
2Dドット、乏しい音源に胸を膨らませて、その世界を勇者として冒険をした。
時には魔物と戦い、村を救い、街を救い、国を救い、果てに魔王を倒して世界を救った。
あのゲームの中では僕たち俺たちは皆、勇者だったのだ。
その日本の国産RPGの名はドラ○ンクエスト。
異世界にまで来た、召喚された日本人に自分は英雄ではなく、勇者といわせるほど、熱狂させた代物である。
……ゲームは異世界をも超えるのである。
これを知らないという日本人がいれば、テレビやパソコンを触らず、人とも碌に話していないのではないかというレベルだ。
Side:セラリア
何か急に私と話があると言って聞いてみればこれだ。
前にも聞いたことがあるわよ、この内容。
こんなまどろっこしく、熱く語るようなことはただ一つ。
「新作がでるのね。それで休みがほしいってわけ?」
「その通り!!」
「はぁ……」
どうしたものかと真剣に悩む。
夫のこれまでの働きは私が知りうる限り、誰も真似できない、追いつけない、とてつもないモノだ。
前回は、そこまで差し迫った仕事がなかったので、多忙な夫に休暇を取らせるのに否はなかったが、今回はそうもいかない。
ようやく、夫が大陸間交流の仕事に復帰して、各所がようやく大陸間諸国大会議への調整に乗り出している。
その大会議を成功させるためにも、我が夫の働きは外せない。
というか、夫しか各国の繋ぎをできないと言っていいだろう。
今まで、新大陸の件で大陸間交流の仕事を先延ばしにしていた分、夫の大陸間交流の仕事は溜まりに溜まっているのだ。
例え、1日、2日といえど、夫が遊ぶ時間に使えば、その分遅れる。
正直な話。その1日、2日の間に、顔を出していなかった各国に顔を出して、色々やってほしい。
それだけでもかなり大会議に向けて前に進むのだ。
夫が今まで顔を見せていないことが不信感に繋がっているのだから。
私が何かよからぬことを、と思う国も少なくはない。
かと言って、今までのユキ召喚事件を話せば、各国は新大陸に対して怒り心頭になるのは目に見えている。
それぐらい、各国の夫に対する信頼は絶大なものがある。
どの国にとっても大事な繋ぎ役だから。
「どうしたセラリア? 何かまずかったか?」
「……うーん」
どう答えるべきは本当に悩む。
夫は普段から私たちや娘たちのこと以外で我儘は言わない。
気が付けば勝手にできている悪戯みたいなのはあるが、私たちに真剣に迷惑が掛かることはしない。
かかる場合はこうやって相談しにくるのだ。
というか、今までこうやって相談しにきたのはゲームで休みたいのみ。
どうせ、今までいなかったんだし、1日、2日ぐらいと思う反面、これ以上は引き延ばすのは色々と問題になるんじゃないかという心配もある。
いや、もうここは正直に話して、どうするべきかの判断は夫にゆだねるべきか。
こと交渉においては夫が一番だし、案外この問題に対しても別の回答があるかもしれない。
そう思い、私はそのことを告げると……。
「なるほどな。ま、そういうことなら仕方ない」
「え?」
思ったよりもあっさり納得してくれた。
「いや、流石に外せない案件があるのに、ゲームを取るようなことはないぞ」
「あー、まあ、そうよね」
夫の言う通り、常識的に考えれば外せないことがあるのにゲームを取るようなことはないだろう。
私が夫を酷使しているという負い目がこういう不安が出てきたのね。
ほっ、なんか安心した。
休みもやれない妻に愛想をつかしたとか言われないかという変なことも考えていたのだ。
私の夫に限ってそんなこと言うわけがないのに。
「で、俺が顔を出した方がいいのは、イフ大陸の面々か?」
「いえ。クソ親父も、ガルツ、リテア、ラストの方もあなたが顔を出さないことに首をかしげているわ。今回の召喚事件を知っているところ以外は全部顔を出した方がいいでしょうね」
「うはー……。そうなると、ノーブルとかノゴーシュ、ノノアとかもか」
「そうね。あっちは新参だから、どう動くかわからないから、今回の事件は黙っていたからね。そして、妙な暴走したっていう前科もあるし」
「はぁ。ま、大体わかった。今日は予定でも組んで、明日からでも回ることにする」
「お願い。ああ、ロガリ大陸の方は、私の方で招集かけるから、予定が決まったら教えて。ロガリの方はゲートで簡単に行き来できるから、いつでもウィードに呼べるわ」
「それが唯一の救いだな。ロガリ大陸はセラリアの顔も効くし。問題はイフ大陸では俺しか駄目な点だよな」
「そうねー。それも今度の大会議で顔を見せれば安心できるでしょう」
「くそー。傭兵団として俺が活動していたことがここで問題になるとはな……」
「あなた以外の取り巻きはリーアが安定していたけど、まあコロコロとついて行くメンバーも変わったからね。あなたと繋ぎを取る方が安心するのは当然ね」
イフ大陸探索の時は、初期は私たちが妊娠していたり、亜人の村の安定のために人員置いたり、ジルバに人を置いたり、エナーリアに人を置いたり、ベータンの町の領主になって、まあ色々人を分散しまくったわよね。
現地で仲間に入った、ジェシカやクリーナ、サマンサがいなければパンクしていたし、各国との橋渡しもできなかったわね。
このまとめ役として傭兵団の団長としてイフ大陸を練り歩いていたのが夫だったわけだから、夫と話をしたいのは当然よね。
ポッとでの私とかが話しても納得してくれるか疑問だ。
そんなことを話しながらも、夫はすぐに明日の顔見せ回りの予定を考えているのを見て、不意にあることを思い出す。
「ねえ。あなた」
「ん? どうした?」
「いえ。普通の雑談なんだけど。あなたは勇者ってただの便利屋って言ってたわよね?」
「実際そうだろう? 世界を救ってくれって言えば、ほぼ無償で世界を救ってくれるんだから、これ以上ないぐらいの便利屋だろう?」
「まあ、その通りなんだけど。それなら、あなたが新作のドラ○エをやるのはなにか不自然に見えるんだけど?」
「あー。あれはいいんだよ。勇者っていうものの原点のゲームだからな」
「原点か。そういえばそうだったわね」
勇者という意味を、一国や組織の英雄を超え、世界を救う者という意味に押し上げたゲーム。
「今の俺は、色々現実を知って実際勇者になんぞなりたくはないけど、あのゲームをやった時は、ただ勇者はすごいと思った。自分が世界を救うために旅をしているんだって心が躍ったし、魔物との戦闘で悔しい思いもしたし、いろいろな物語もあった。……そうだな、あれは俺の思い出なんだ」
「思い出?」
「そう。俺にとっての思い出。ガキの頃はなにも考えず勇者だーって言って、みんなでワイワイやってて、学生になれば、少しひねた考えになって勇者って便利屋だよなーって、大人になれば、あー新しいのが出たのか。やるか!! ってな。うーん、なんか言葉にするのは難しいな。こう、絵本というべきか、昔から聞かせてもらっていたおとぎ話の新作がでるから買っているような感じなのかな。俺にとっては一緒に育ってきたといっても間違いじゃないからな」
……一緒に育ってきた物語ね。
それなら気になるのも、楽しみになるのも仕方がないかもしれない。
「まあ、実際勇者をやるのは勘弁だけどな。今となっては、ゲームの中だけで十分な役職だ。先陣切って魔王と戦うとか俺のスタイルじゃないからな」
「ぷっ。そうね。あなたが動いた時にはすべてが決していることばかりだもの」
「そうそう。現実はその方がいいんだよ。勇者も魔王も無駄な血を流さず終わるならそれがいいからな。まあ、ゲームのラスボスである魔王は完全に人にとって害悪だからな。これも現実とは違うんだろうな」
そうね。
デリーユだって、リリアーナだって、魔王だけど話はできたし、まあ、デキラとか言うパンツを食った変態みたいなのがゲームの魔王なんだろう。
あれと会話ができるわけがない。
「ということで、俺はササッと仕事を終わらせて、ゲームでのみ勇者をやるとするよ。現実みたいに、あれこれ考えなくていいからな」
「なるほど。あなたにとっての息抜きにもなるわけね」
「ほかの国の王様とかお偉いさんがどういう考えで勇者を扱っているとか考察するにはいいからな。しかも今回、勇者の立場は悪いみたいな話だし」
「そうなの?」
「ま、よくある話ではあるんだけどな。勇者なんて出てきたら困る勢力が色々やってるんだろうが、どういう展開にするのかとか、こういうところで発想を鍛えるわけだ。ゲームは侮れない、勇者必須の勉強道具と言っていいだろう」
「まあ、勇者って意味がのこったのはそのゲームのおかげだからそうなんだろうけど……」
なんか、ゲームをするための方便になってないかしら?
「そういえば、現実での勇者であるタイキは、このゲーム……」
「あっちは休み確保して徹夜でやるそうだ」
「よく、ルースや宰相が許したわね。勇者であり王様でもあるのに」
「さっきいった、勇者必須の勉強道具、ゲームクリアこそが勇者必修科目と言って押し通したらしい」
……勇者の必修科目がゲーム攻略ってどうなのかしら? と思う反面、勇者の原点ともいえるから当然なのかな? と思ってしまうから、日本の文化は侮れないわね。
「さあ、さっさと終わらせて発売日までには、ある程度仕事が片付いているといいな」
「そうね。頑張りましょう」
なんというか、ゲームしたいがために仕事を頑張るという原動力。
……間違いなのか正しいのか、私にはよくわからないわ。
日本国民約300万(ドラクエ平均ナンバリング売り上げ数)ちかくが勇者になる日がついに明日になった。
みんな、PS4か3DSはもったか?
お金の用意はいいか?
世界を救う覚悟はできたか?
勇者になる決意はどうだ?
さあ、また世界を救う勇者になるべ!!(ただしゲームの中に限る)




