第549堀:鉄面の奥の感情
鉄面の奥の感情
Side:スタシア・フィンダール
「スタシアさま、ジョージさま、また明日。じゃーねー、ばいばい」
「はい。また明日」
「気をつけておかえりください」
そういってヒイロ殿たちは宿から離れていく。
リーア殿、サマンサ殿と両手をつないでにこやかに帰っていく。
その3人の背中はいつの日かの私たちとそっくりだった。
『さ、訓練も終わったし、晩御飯を食べに帰りましょう』
『あ、うん』
『その前に、汗や泥を落としてからですよ。こんな姿で食堂に顔を出せば父上たちに怒られますよ』
『うぐっ。なら、キャリー、素早く体を拭いて着替えて、私の部屋に集合よ』
『うん。わかった』
『こら、アージュ!! お客様に迎えに来させるとか馬鹿なことを言わないでください!!』
余りの無作法にアージュの頭に拳骨を落とし、すぐにキャリー姫に謝る。
『キャリー姫、申し訳ありません。私がお迎えに行きますので、それまでお待ちください』
『え、あ、はい。で、でも、アージュが……』
『あたまがー!? お姉様もっと手加減をしてー!?』
『アージュ。貴女はもうちょっと考えてものを言いなさい』
頭を押さえて地面を転がるアージュをキャリー姫と一緒に引き起こして帰ったあの日々。
……日々って、そうでしたね。
あの子はほぼ毎日あんなことをしていましたね。
なんというか、記憶を美化しすぎていたのかもしれません。
ヒイロ殿の方がアージュより数倍マシですね。
「……上。姉上」
「はい。どうしましたか?」
「姉上こそどうしましたか、私の声に気が付かないとは?」
「少し、懐かしいことを思い出しました」
「そうですか。しかし、それはよい思い出なのでしょうね。姉上は今笑っておられる」
「……ええ。ジョージにはわからない女の思い出という奴です」
「……ヒイロ殿を見ると思い出しますか? 似ても似つかないと思いますが?」
「だから笑ってしまったのでしょう。妹にもヒイロ殿の十分の一でもおしとやかさがあればと……」
「本人が聞いたら怒りそうですね」
「ええ。ですから、怒られないうちにさっさと部屋に戻りましょう。明日の話をまとめなければいけません」
「はい」
そう、今は思い出に浸っている暇はないのです。
今はウィードという大国の魔術、技術力を目の当たりにし、何としても良好な関係を築かなくてはいけない。
これは、ウィードを訪れた全員が思っていることでしょう。
フィンダールの代表でもある私やジョージが友好の鍵となるのは明らか。
間違っても、敵対していい国ではない。
バイデでの模擬戦でもわかるように、戦力的には軍が意味をなさないほどの大魔術が使えて、経済力や技術力は雲泥の差だ。
ウィードの街並みをみてそれがわからない臣下がいれば、即刻解雇して、平民にもどした方が我が国の為だ。
まあ、そういうバカな者は幸い使者の中にはおらず、素直に私たちの話を聞いている。
「皆もわかっていると思うが、今後このウィードとどれだけ友好関係を築けるかが、フィンダールが栄えるか廃るかの鍵だ」
ジョージの言葉に使者や護衛の皆は頷く。
「しかし、その友好を結ぶためにも今は排除しなければいけない問題が存在している。我らに辛酸を舐めさせたリラ王国の残党だ。ジョージンからも皆聞いたと思うが、今回のフィンダールとハイデンの関係悪化に関与している可能性が非常に高い。そのことが本当だとすれば、この戦い、周辺国をも巻き込んで大戦になる可能性がある。それだけは避けなくてはいけない」
「そこで、ユキ様がハイデンの重臣たちと、非公式ではあるが会談の場を設けてくれるとのことだ。第一回の会談の場所はこのウィードで明日の昼頃になるだろう。相手はジョージンが知っていると思うが……」
ジョージが視線を向けると、ジョージンが頷き口を開く。
「恐らくでありますが、キャリー姫、カミシロ公爵、その公爵の娘であるカグラ殿。そしてバイデの領主であるキャサリン殿……彼女は元々ハイデン所属ですからな」
「ハイデンの御三家中の二家との非公式会談だ。余程ハイデン内部は荒らされているらしい」
……フィンダールどころか、キャリー姫の祖国まで蝕むか。
私がそう内心怒りに震えていると、1人の大臣が口を開く。
「だが、それが真実とも限りますまい?」
確かに、真実ではないかもしれない。
だが、ジョージンが嘘をつくわけもないし、それは限りなく低いと思う。
彼もそれはわかっているだろう。
一度冷静にというやつだ。
「ああ、それも考慮しなければいけない。その判断をするためにも、明日の非公式会談は必要不可欠だ。そのあとウィードの女王陛下との謁見もある。おそらく私たちフィンダールがハイデンとどうかかわっていくのかを聞くつもりなのだろう」
「……しかし、ハイデンの方々がすでにウィードにいることを考えると、ウィードはその御三家の方々と協力して今のハイデンと関わっていくということでしょうか?」
「恐らくそうだろう。リラ王国の残党が原因ではないとしても、御三家が不安に思うほどハイデンの内情は不安定だということだ。それはバイデを拠点としてもつウィードとしては看過できん」
「確かに、その通りですな。原因ははっきりしないとはいえ、ハイデンは暴走寸前。そのハイデンの領地の一角を占領していると言っても間違いではないですからな。原因が私たちやハイデンにあるとはいえ、攻める理由としては十分ですな。……ああ、なるほど。だからこそ、ハイデンの御三家の方々はウィードに協力を申し出たわけですな」
そう。だからこそ、あの聡いキャリー姫はウィードと手を結んだのだろう。
「その通りだ。キャリー姫、カグラ殿はバイデに私たち帝国の先発軍が攻め掛けた時、バイデにいて指揮をとりその猛攻を一週間近く防いだ。名将と言っても過言ではないだろう。だが、その戦場を一瞬でウィードが持っていった。フィンダール、ハイデンをまとめて封殺した。そのような力を有するウィードと何らかの事情で暴走しつつあるハイデンがぶつかれば……」
ハイデンはなくなる。
文字通り、滅びて無くなる。
「国家存亡の危機だ。それが内側から崩壊するか、ウィードに喧嘩を仕掛けて滅びるかの違いだけだ。それを理解したキャリー姫とカグラ殿はウィードと手を結ぶことにしたわけだ。私はこの判断は見事だと思う」
そう、回避方法はただ一つ。
ウィードと協力することしかない。
「しかし、それはあくまでもウィードとハイデンの話であり、私たちフィンダールはどうかかわりましょうか? 下手に国を挙げて関われば、リラ王国のことがあり策謀したといわれかねませんな」
「そのとおりだ。だから、まずその判断をするために、明日の非公式会談を行う必要があるだろう」
「確かにその通りですな。では、非公式会談には誰が?」
「あまり大勢で行くのはよくないだろう。リラ王国の件もあり、ハイデン側が警戒しかねない。私、姉上、ジョージンは確定として、後は大臣1人と護衛2名ぐらいだな。普通であればもっと護衛はつけるべきなのだろうが、幸いというかここはウィードだからな。護衛自体が意味をなさない。殺されるならとっくに殺されているだろう。そういう意味では安全が保障されている」
「そうですな。私たちはその間いかがいたしましょうか?」
「そうだな。リーア殿やサマンサ殿に頼んで、帝都での説明をするための資料などを……」
そうやってジョージは話をしっかりまとめていく。
ちゃんとフィンダールを継ぐものとして成長しているようだ。
その一方、私は会談のメンバーに選ばれたことで緊張を感じていた。
……そして気が付けば、皆解散しており、その場には私とジョージンだけが残っていた。
ジョージンは何も言わずに、私の目の前に何か茶色の液体が入ったコップを置く。
「ココアというそうです。フィーリア殿が美味しく、落ち着くものだというので買ってみましたがいかがですかな? ヒイロ殿もお好きなようですよ」
「……いただきます」
「熱いのでお気をつけて」
「はい」
私は兜をとり、ココアとやらを口に含む。
独特な味と、甘さがあり、今まで経験のしたことのない味でとても美味しいと感じた。
「美味しいですね」
「お口に合ったようで何よりです。私は甘いだけの菓子というのは苦手なのですが、このココアとかいうのは程よい苦みもあり私でも行けますな。うん。美味い」
ジョージンは私には何も聞かずに、ココアを飲みながら窓に映るウィードの街並みを見ている。
「……相変わらずお節介ですね」
「さて、何のことですかな? 私はただ飲み物をお勧めしただけですぞ」
「そうですか、では私も独り言です。キャリー姫は……」
後の言葉が続かなかった。
私は何を言いたかったのだろう?
元気でしょうか? 息災でしょうか? どっちも私が言っていい言葉ではない。
いつかまた3人でといった約束を守れないばかりか、私たちが討ち漏らしたせいで姫の祖国が危機に陥っている。
……今更、合わせる顔など無いではないか。
「元気とはいいがたいですが、スタシア殿下が驚くほどの女傑になっておりますな」
「女傑? 彼女がですか?」
ガサツなアージュに引っ張り回されていた、お姫様という言葉がよく似合っていた彼女が?
「ええ。最初はただの世間知らずかと思えば、爪を隠していました。妹殿下の敵を討つために、そして国を守るため、今の今まで。剣も魔術も素晴らしいの一言ですな。さらに政治までできる。これはスタシア殿下は追い越されたかもしれませんな」
「そう、ですか……。私は」
「難しく考えますな。まずは久しぶりの出会いを喜べばよろしいでしょう。怖いのもわかりますが、ヒイロ殿と約束しておりましたしな。臆病は治さねば」
「……そうですね」
もう決まったこと。
ジョージもおそらく私とキャリー姫を会わせるために気を使ったのはわかる。
今更拒否をすれば、私の立場も悪くなりかねないか。
……こんな考え方でしか納得できない自分が情けない。
自分からキャリー姫に会いに行くとも言えないのか。
ジョージンの言葉を信じればキャリー姫は強くなった。
なのに、自分はこのままでいいのか?
私の有様にキャリー姫は怒ったり、失望したりしないだろうか? 私がフィンダールの代表として会うのは本当にいいことなのか?
そんな堂々巡りの考えに陥っていると、再びジョージンがつぶやく。
「先ほども言いましたが、難しく考える必要はないのです。いつものように、使者としてキャリー姫やハイデンの方々とお会いすればいいだけです。今のキャリー姫が個人的な感情で国を危険にさらすようなことはありません」
「……そうですか」
「今はココアを飲んで、明日の為にゆっくり休むことをお勧めしますな。ベッドの寝心地もいいですぞ。と、私はちょっと居酒屋でもめぐってきます。今回の会談の後は私はおそらくフィンダールの帝都に戻されるでしょうからな。土産、土産と」
「あ、ジョージン」
私が声をかける前に、ジョージンは部屋を出て行っていた。
「はぁ。難しく考える必要はない……か」
夜が明ければ、私はキャリー姫と7年ぶりに会うことになる。
あの時は何も深く語れず、それっきり。
逃げる気はない、だが……私は、一体何を話せばいいのだろうか……。
そんなことを考えていると、気が付けばココアからは熱が抜け、程よい温かさになっており、それを飲みつくしてから、眠れそうにはないが、私はベッドに入ることにする。
心地のよいベッドだ。
案外、簡単に寝られるかもしれないと思っていると不意に、アージュのことを思い出す。
「……アージュ。私だけがキャリー姫と会うと知ったらどう思うでしょうか?」
『ずるいわ!! ずるいわ!! 私も会いたいわよお姉さま!! あと、ココアもずるい!! ずるいー!!』
「こら、そう我儘を言わないでください。お土産は買って帰りますから」
『むーっ。本当? お土産を買ってきてくれる?』
「ええ。約束です」
『……なら我慢しますわ。キャリーにはよろしく言っておいてください。でも、次に会いに行くときは一緒ですからね』
「はいはい」
そんな夢を見て私は目を覚ました。
「……夢、ですか。いつの間にか寝ていたのですね」
はぁ、どうやらキャリー姫のことに気をもみすぎて、アージュが心配して夢の中に出てきたらしい。
「なんともメルヘンな考えですね。まあ、おかげで気持ちは少しは楽になりました」
夢に出てきたアージュの為にも、私の不甲斐なさでキャリー姫を失望させないように気を付けましょう。
なに、ジョージンのいう通り、いつものようにやっていればいいでしょう。
まだまだスタシアとユキの繋がりはありません。
そう、ただの気にしすぎ!! 気にしすぎなのです!!
いまはな!!




