第396堀:理解及ばぬ世界
理解及ばぬ世界
Side:ノーブル
我は目の前の光景に呆然としていた。
「なに、が、おこった」
理解ができない。追いつかなかった。
なぜなら、我が軍のアンデッド部隊が、ヒフィー殿たちの魔物軍に接敵するどころか、動く前に轟音と爆炎と共に前衛が吹き飛んだのだ。いや前衛だけではない、中衛、後衛もいたるところで轟音と爆音が鳴り響く。
しかし、それだけでは終わらなかった。
いや、それが始まりだった。
絶え間なく続く轟音。
肉塊へと戻るアンデッド。
……これでは進軍どころではない。
「ありえない。ありえない。ありえない……」
横ではビンゾが頭を抱えてうわごとのように呟いている。
そうだ、これはあり得ないことだ。
何をしているのかさえ分からない。
「ノーブル」
「!?」
我に声をかけてくるヒフィー殿の声が鋭い剣のように体に突き刺さる。
我は顔をヒフィー殿に向けることもできずに、いや、ヒフィー殿の顔を見た瞬間、我は終わると思った。
「……未だお互いの軍は動いていませんが。何か問題でもありましたか? これでは演習ではなくただの的当てです。仕切り直しでもしますか? これでは評価のしようがありませんから」
……確かに、これでは評価のしようがない。
しかし、それは正しいことなのか?
だが、我の今まで培ってきた経験でも判断ができないでいる。
何が起こったのか理解できていない。
仕切り直しても同じことの繰り返しになるのではないか……と。
「そ、そうです!! 仕切り直しをしましょう!!」
ヒフィー殿に返事をしたのは我でなくビンゾだった。
「戦闘停止を呼びかけてください。一時間後にもう一度としましょう」
「分かりました」
ビンゾは我の判断を仰がずヒフィー殿と約束をする。
何かわかったのか? 彼は我とは違い技術者であり、エクスでの最高の頭脳の持ち主である。
「陛下、恐らくは例の誤作動です」
「誤作動?」
「はい。見ての通り戦闘を停止したとたん轟音が途絶えました。恐らくは戦闘態勢の魔力に減衰機関が耐えられず爆発したのでしょう。見ての通り相手は動いておりませんし、魔術を撃つにも距離がありすぎる。となると、それしか考えられません」
「……確かに。あの距離からあれだけの威力を誇る魔力を使わない武器があるわけがない。となると、その可能性しかないのか」
「その通りです」
「しかし、これは立派な失態だ。処分は後で伝える。今は、誤作動が無いように調整してくることだ」
「はっ」
……なるほど、そういうことか。
味方の自爆なら理解できないはずだ。
相手の攻撃を理解しようとしたのだから、分かるわけがない。
向こうはクロスボウみたいなものを構えただけ、それで攻撃ができるわけないのだ。
弦も張らず、矢もつがえず、撃つことなどできない。
……ヒフィー殿の所には魔剣とは別に火を吹く杖があると言うが、あれは火を吹いてもいないし、杖でもない。
そう、だから私の勘違いだったから理解できるわけがなかった。それだけだ。
「ノーブル。兵の補充はするのですか?」
「あ、ああ。その予定だ」
「そうですか。アンデッドとはいえ、補充できる体制ができているのですね」
「そうだ。今ヒフィー殿たちが対峙しているのはアンデッド全体の凡そ半分だ。そして、これを主軸に各国へ攻め入る予定だ。これならば心は痛むまい」
「……なるほど。しかし、それでは、ノーブル、貴方は魔王の再来と呼ばれることになりますが。いいのでしょうか?」
「民の犠牲を減らす唯一の手段だ。徴兵して不満を抱かせず戦死させることもない。しかも、アンデッドなら占領した地域での横暴も働かない、命令に忠実。これほど便利な兵力は存在しないだろう。排すべきは、国を司る者たちだ。それならば我が魔王と呼ばれて連合が組まれるのは都合がいい。敵対する国は滅ぼせばいい。敵か味方かを判別するのに魔王という役柄は実にありがたい」
「私は、それを人の手で行うべきと思っていました」
「……その話も分からないでもない。今まで無為な血を流させてきたのは各国の為政者たち。その報いを他人に委ねるのではなく、自ら行うべきというのであろう?」
「ええ。そうしなければ今まで死んでいった人々が報われない」
「……だが、そうすれば新たに犠牲もでる。だから、剣を振り下ろすのをやめた。違うか?」
「……」
「復讐は正しい権利だ。人として正しい感情だ。今までの思いは報いねばならぬし、無下にした相手にはそれ相応の代価を払ってもらう必要がある。だからこそ、我は敵対する相手に、人を差し向けたりはせぬ。骸を積み上げてきた相手にはふさわしい相手だろう」
「……ひどい皮肉ですね」
「だが、正しいモノの見方だ。民の命を、我らと敵対する輩たちにくれてやる道理はないし、向こうの尊厳を守ってやる必要性もない。甘さは自らを滅ぼす。それは、良く知っているだろう」
その甘さで、勇者たちを、自らの教え子たちを、失ってきたのだから。
「……そうですね」
彼女は我の言葉に寂しそうに声を返す。
……しまった。
迂闊に言ってよい話ではなかったな。
「すまない……」
「いえ、お気になさらずに。ただの事実です。……この程度で動揺しているようでは、この先に続く茨の道など歩めるわけもない。この演習で負けるのであれば、ノーブル殿に力があるのは明白。その時は安心して戦いを貴方にまかせ、私は後ろで民の安寧に勤めましょう」
「……そうか。理解してくれて感謝する」
ならば、我はこの場で納得、安心させるほどの力を見せなければならぬ。
「……しかし、万が一にも私たちに敗れたのであれば、その時は聞いてもらいたいことがあります」
「聞いてもらいたいこと?」
「ええ。どのみち、私たちに敗れるようでは先などありません。違いますか?」
「……確かにそうだが」
「有益な情報です。貴方が強ければ些事にしかならない。しかし、私たちに負けるようであれば、些事どころか、どうにもできないことがあると伝えなくてはいけません」
「ヒフィー殿が演習を受けた本当の理由はそれか」
彼女が知る脅威に対抗できるだけの力があるか、それを見極めたかったのか。
「……正直に言って、先ほどの結果は心配でなりません。ノーブル殿の軍神の名を疑わざるを得ない事態になっています」
確かに、戦う前に自爆では心配どころか、本来であれば現場の将軍職を更迭、軍事裁判にかけるレベルの話だ。
「同じ神のよしみです。次に期待しますが、後はないと思ってください」
「しかし、万が一負けた場合は話を聞くだけでよいのか?」
「それほどの事態なのです。愚者であろうと手を借りないわけにはいかないのです。正直に言ってこちら側に下ってほしいぐらいですが、それでは国がいらぬ混乱をするだけです。ですから話を聞いて同盟でもできればいいぐらいですね」
「それほどの事情があるのか」
「ええ。ですから、こちらを失望させないでください。国として出し惜しみは必要でしょうが、これではノーブル殿を軍神とは二度と呼べないでしょう」
「……そこまで言うのであれば、我の本当の力を見せてやろう。動員できる最大限の数でお相手しよう」
「いえ、無理にそこまでしていただかなくても」
「なに、補充は時間をかければできるのだ。そして、我が直々に指揮を執る。これで敗北はないぞ?」
「……いいでしょう。軍神の腕が鈍っていないか、この目で確認させてもらいます。死んでもしりませんよ?」
「言ってくれる。良かろう。この軍神を討ち取れるのであれば討ち取って見るがよい!! ただし、私が出るのだ。ヒフィー殿の軍の壊滅は避けられないぞ?」
「それを期待しますよ。軍神」
「ふっ、では期待して待っているがいい。代わりにビンゾをこちらに戻す。それから開始の合図を頼む」
「わかりました」
しかし、ヒフィー殿がここまで恐れる事情とはいったいなんなのだ?
しかも、別れ際。彼女は珍しく笑っていたように見えた。
……なにか、不吉なものを感じるが、勝とうが負けようが話は聞くのだ。
ならば、堂々と打ち破り、彼女を安心させて、その事情を聞けばいい。
そう、それだけだ。
「ビンゾ。準備はどうか」
「陛下? どうしてここに?」
ビンゾは魔力減衰のアクセサリーを確認している最中のようだ。
「ヒフィー殿に我が衰えていないと見せるために、我がこの演習の指揮を執ることになった」
「そ、それは流石に危険なのでは!?」
「確かに、危険はある。だが、先ほどの失態で向こうの信用を無くしている。我としてはそれは何としても払しょくせねばならぬ」
「わ、私が至らぬばかりに、大変申し訳ございません!!」
ビンゾは青い顔をして頭を下げる。
ああ、暗にお前の責任だぞと言ってしまったか。
「顔を上げよ。確かにビンゾの失態もあるが、あの道具を今回の演習に投入したのは我の指示だ。ビンゾは今まで無理をしてその力を貸してくれた。この程度のことで罪を問おうとは思わぬ。まあ、建前上の罰はあるがな」
「建前上ですか?」
「ああ。この演習が終わった暁には、どうせ長い話し合いだ。その間ぐらい、休暇を取って体と頭を休めよ。お前は私にとってなくてはならぬ存在だ」
「はっ。もったいないお言葉です!!」
「謙遜するな。と、そこはいい。どうだ、調整は? 使えそうか?」
「あ、はい。とりあえず、サーチ魔術で確認をとりましたが、特に問題があるのは有りませんでした。恐らくはあの戦闘で不具合品は全部なくなったかと」
「ふむ。そうか。サーチの魔術で不具合品は確認できなかったか。ならビンゾの言う通り、無くなったと思うべきだな。しかし、その不具合品はどうしてできたのかだが……」
「恐らくは生産ラインの所でしょう。あそこから手作業ですし、僅かに傷がついたりなどとしたのかもしれません」
「……なるほどな。あとで生産ラインの体制の見直しだな。よし、ビンゾはヒフィー殿の所へもどれ。私が陣頭指揮を執り、確実に勝利を収める」
「はっ!! ご武運を」
さて、周りはアンデッドではあるが、下手な兵士よりも数倍強い。
これで、負けては信頼をなくすのは道理だ。
我とてこの軍を指揮して負ける理由が見当たらない。
人として道を踏み外していようが、それでも進むと決めた軍神の力をヒフィー殿に見せてやろうではないか。
いかな事情も、些事であると!!
「増援は、前衛に向かえ!! 盾を構えて、ファランクスで接近し、蹂躙する!!」
私の指示に声もなく、的確に動くアンデッド達。
些か、気分は盛り上がらぬが、これ以上ないぐらいの我が手足。
負ける道理はない。
旗が倒れるのが見える。
「進め!! 目の前の敵を、粉砕せよ!!」
そして、閃光が我が軍に降り注いだ。
「なんだと!? また不具合か!? い、いや、これは……」
不具合などではない。
これは、敵の攻撃だ。
明らかに敵の方向から飛んできてるとわかる。
なぜだ、なぜこんな攻撃ができる!?
剣でも弓でも、魔術でも魔剣でもない!?
これは……いった……。
バスッ。
腹部からそんな音が響く。
無造作に、手を当て傷があるのを確認する。
「ぐっ……」
何かが体の中に入り込んでいる。
「……そうか、これを弾きとばし……」
最後まで言葉が続けられない。
私は、最後まで結局愚者であったか……。
現実をちゃんと見るべしという話。
上には上がいる。そういうお話だけど、まあ、更に上があるからね。
さて、もうお分かりかと思うけど、これにて完全に真面目なパートは終わりです。
あとは、ノンストップで転がり落ちていくのみ。
いいか、最後まで笑うんじゃない。絶対にだ。
ついに奴が動き出す!!




