第390堀:もう一つの神と洞窟の物語
もう一つの神と洞窟の物語
Side:ノーブル
ペンを走らせる音が部屋に響く。
普通なら気になるようなことはないが、一度耳を傾けてみると面白いもので、妙に一定のリズムがあったりする。
横で同じように書類を処理している宰相なんかは、無意識なのか、インクツボの淵にペン先を二回当てて、書いたり、やめたりを繰り返している。
ひょっとすると、我にも同じようなリズムがあったりするのだろうか?
「……ん? 陛下、ペンが止まっておりますが、書類は終わりで?」
「いや、あと少しだ。少々休憩をしていた。宰相も、無理はするなよ。適度に休憩は入れるように」
「お気遣い感謝いたします。が、あともう少しで私の方も終わりますので、続けさせてもらいます」
「む。それなら、我も頑張るとしよう。宰相が先に仕事が終わってのんびりするのを見たくはない」
「ははは、ご無理はいけませんぞ。陛下もお歳なのですから」
「ええい、肉体は宰相より若いわ。見ているがいい。我が先に終わらせて仕事から解放された者顔をみせてやろう」
そんな感じで競うように、書類仕事を終わらせて、一息ついていた。
「いやー、年甲斐もなくはしゃぎましたな」
「そうだな。しかし、悪くない」
「ですな。童心を思い出すというやつですな」
「童心……か、我が子供だったころはなかなか思い出せんな」
「見た目はまだ、子供に片足突っ込んでいますがな」
「それはいうな。宰相だって、もう少し若く我と出会えればとは思わないのか?」
「んー。何というか、昔はそう思いましたが、この姿はこの姿で悪くないと今は思っておりますな。若い姿だと宰相という立場には周りが厳しいですしな。年寄りと気遣ってもらえる分楽ですな」
「道理に聞こえるが、それならば、姿は子供の我の方が気遣ってもらえるのではないか?」
「陛下は覇気に溢れ、実際政務もバッチリですからな。気遣ってもらえるのと舐められるのは結構判断が難しいもので、王としては十分だと思いますな」
「立場のせいか……」
我がそう言って、机に突っ伏していると、宰相が呟く。
「……立場。そういえば、陛下はエクスの元将軍でしたな」
「ああ、ちょうど魔王戦役の頃だな。といっても当時はただの小国でしかなかったがな」
「私が生まれる100年前ほどの話ですな。……聞きにくい話ですが、その時には既にサクリ様とは?」
「うむ。我が友とはその頃には肩を並べていた。そう言えば、話したことが無かったな。我と我が友、サクリとの出会いと、あの姿に至る過程を」
「陛下、その話、私から聞いたのが始まりですが、私に聞かせても良いもので? 無理に話す必要はないですぞ?」
「なに、サクリも宰相のことは信頼しておるし、普通に会話しておるではないか?」
「だからですぞ。サクリ様は陛下と同じ、エクスの柱石を担うお方。サクリ様のご気分を損ねるような真似ができましょうか?」
「ははは、そのような小さいことでヘソを曲げるような奴ではないわ。あの姿を受け入れるほどの度量の広さだ。気の知れた宰相に我との出会いを知られて恥ずかしがるぐらいだと思うぞ」
「……まあ、サクリ様ならそうですな」
「ということで、聞いてもらおう。今まで忙しくて話す暇がなかったからな。だが現在、ポープリ殿、ヒフィー殿と魔王戦役の勇者たちも揃う寸前でもある。当時の話を聞いて悪いことはあるまいよ」
「……それもそうですな。陛下が許す限り当時のことを教えていただけますかな?」
「うむ。さて、どこから話したものか……そうだな、時系列順がいいだろう。我が友との出会い、それが今のエクスの始まりといってもいいだろう」
まだ、魔王戦役の前の話だ。
今のように、分かりやすい強力な力、国力を持った国が多くは存在せず、今よりもひどい戦乱の日々だった。
言ったように、当時のエクスは小国であり、名前もエクスではなかった。
エクスという名前は大国として出来上がった時の名前で、小国の時はまた違う名前だったが、まあ、そこはどうでもいい。
当時の私……ああ、当時は我というわけにはいかないからな。私で間違いない。
既に神ではあったが、普通に人の中に紛れ、宰相の言う通り、縁があった小国の将軍の地位について、人と世界を導く術を探していた。
ただ崇められる神など、力あるモノのする行いではないと思ってな。
まあ、当時は魔力枯渇の影響が顕著に顕れていてな、正直、神としての力はあってないようなものだった。
というか、ほぼ人と変わらなかった。
あの戦乱と、のちの魔王戦役で多くの神も命を散らした。
それを理解していたのだろうな。
我らよりも上の神、といっても実感がわかないだろうが、そういうお人がいて、そのお方が、我らの力となり得る者をダンジョンマスターにしたとお告げがあった。
理には適っていた。だが、元々ダンジョンというのは当時、魔物の巣窟でな。
そうそう、手を組めるものでもないし、そのダンジョンマスターの殆ども、維持に失敗し命を散らしたと聞いた。
実際、あの魔王戦役のあと残った神とダンジョンマスターは女神ヒフィーと天才コメット・テイルと、私と我が友、サクリ・ファイスだけだったからな。
と、話がずれたな。
その戦乱の日々で一介の将軍として、他国の領地に侵攻したとき、その領主がサクリだったのだ。
思いの外、苦戦させられた。
当時の私は、その戦果から軍神などと呼ばれていてな。もっと有名になったのは魔王戦役でのはなしだが、その時から既に軍神などと仰々しく呼ばれていた。
その私を相手に、民草を逃がして見せ、最後の1人になりがらも、ダンジョンマスターの能力を駆使して、魔物を呼んで、私に抵抗して見せたのだ。
「貴様。ダンジョンマスターか……。最初から魔物を使役していればこんな結果にはならなかっただろうに」
「はぁ、はぁ、ぐっ。そんなことはできない。民を怖がらせる領主など愚者にも劣る」
「その結果、この土地での民の暮らしは無くなったぞ?」
「無くなっては、いない、さ。貴方を見て確信した。民を虐げる人ではない。戻って来た民たちを殺すのかい?」
「……民こそ国の真の宝。それに手を出す愚か者は早々に滅びるだろう」
「なら、あとはこの土地を守るだけの力があるかどうかだ」
「……それで、答えはでたか?」
「……ああ、非力な私に代わり、この土地に住まう人々を頼む」
そう言って抵抗をやめたサクリの首を落とすことはしなかった。
「……貴様の首を落とせばこの地に住まう民からの反発が凄いだろうな。よって、私に下れ。祖国にも義理を果たしたのは見届けた。下るのは愚かではない」
「しかし……」
「神からいただいたその力、そして何より、力におぼれず人々の安寧を第一に考える姿勢。なくすには惜しい。同じ立場のモノとしてな」
「……同じ?」
「こんななりではあるが、神様の端くれらしい。そっちも神託があったのではないか? 協力できる神やダンジョンマスターがいればしてほしいと」
「……そうか。これは天命なのか?」
「いや、これは私と貴様が選んだ道だ。天命などは存在しない。自ら切り開かなくてはならない。だからこそ、私と対峙した貴様を失うのは惜しい」
「……わかった。貴方に下ろう。ノーブル」
「これからよろしく頼むぞ。サクリ」
これが私とサクリの出会いだ。
お互い、出来ることの限界を感じていた。
だからこそ、お互いの力が魅力的に見えたのだろうな。
まあ、それ以上に、友として、心地よい日々だった。
日々研鑽して、お互いの能力を話して、出来ることをして、なんとかエクスを引っ張って。
その間も仲間を増やそうと思い、神やダンジョンマスターを探して回ったが、既に落命していたり、ヒフィーやコメットのように、争いとは別の道を模索する者などで同士が増えることはなかった。
そして、魔王戦役が起こった。
魔物の大軍勢と、それを率いる魔王。
小国は瞬く間に押しつぶされて、残された国が連携を取り合って、今の大国の原型となったところが多い。
エクスもその一つだ。
だが、当時はその混乱の中、動かせる兵士は少なく、私とサクリは各地を転戦して、疲労しきっていた。
「はっー、きついな」
「だね」
「怪我はないか?」
「あー、ポーションで治したよ」
「怪我をしたのか!? お前が死ねばダンジョンからの支援が受けられないから、前に出るなとあれほど言っただろう!!」
「ノーブルは僕の母さんかよ。というか、あの乱戦でこれだけで済んでよかったと思ってくれよ」
「……兵の被害は?」
「さっきの戦闘で1割死んだ。ポーションを回して回復してるから、他の軍よりはましだよ」
「魔物を自軍にはとりこめないか……」
「無理だね。今や魔物は世界の敵。それを使役できるダンジョンマスターなんて魔王の幹部とか言われかねない。僕たちが包囲殲滅されるだろうね。というか、そんなに使役できるほどDPがないよ。領民には避難用地下施設に見せかけて、出入りはしてもらっているけど、それは雀の涙。最近ようやく、このDP回収剣が作れて、マシになってるんだから、贅沢はよくない」
「分かっている。しかし、この剣では、勇者たちが持つ聖剣には届かない」
「そりゃそうだよ。こっちのはあくまでも、DP回収用。攻撃力とかを重視した聖剣じゃない。そもそもあんな剣どうやって手に入れたんだか。あー、手に取って見れたらな。複製できるのに」
「……それを作った人物なら心当たりがある」
「え、なら、その人に会いに行けばいいじゃないか。どんな人なんだい?」
「……私たちと同じ、神とダンジョンマスターのコンビだ。だが、無理だな」
「なんでだい?」
「魔王戦役が始まって連絡が取れなくなった。……恐らく」
「……はぁ。きついね。でも、何とかして勇者の1人と会えないかな。その聖剣を作った人のこと知ってるかもしれないし、剣も複製できるからさ」
「難しいかもしれんが、その可能性や有益性は無視できんな。分かった。上に掛け合ってみよう」
その願いは奇跡的に叶い。
勇者のリーダーを務めるディフェス殿と邂逅して、聖剣を見せてもらったのだ。
まあ、その結果かしらんが、魔王への突撃を支援するとして、軍勢の足止めをする役を担ってしまったがな。
他に勤められる軍もいなかったというのが現状だったが。
「はぁー、聖剣は彼女たち専用だって聞いてたけど、本当におかしいよ。この剣」
「誤算だったな、聖剣の複製を使えればという甘い夢は夢で終わったわけだ。天才コメットに抜かりはなかったな」
「はぁ、まあ、いいか。ディフェスの立派な姿を見れたことだし」
「ん? 勇者のリーダーと知り合いだったのか?」
「いや、こっちが一方的に知ってるだけかな。ノーブルが攻めてきたときに逃がしたうちの騎士の1人さ」
「……元主の顔を忘れるものか?」
「普通はないだろうけど、いま彼女は特殊な立場だし、士気の柱、勇者様だ。迂闊に僕が口を出して動揺させるわけにはいかない」
「そうだな。今は魔王討伐を何としても達成してもらいたいからな」
「そうそう。と、その支援のためにも僕たちもがんばるかな」
「ああ」
そう言って、私とサクリが見る先には圧倒的な魔物の軍勢が迫っていた。
「報告します!! 現在の戦力は、敵の軍勢凡そ7万!! 我が方は僅か3千!!」
「そうか、ご苦労。ここからは死地になる。皆に伝えよ。逃げても罰しはせぬ。だが、逃げるなら生き延びて幸せを掴み、次代を私たちの代わりに見てくれと」
「そうだね。ノーブルの言う通り、こんな自殺に付き合うことはない」
「残念ですが、皆、逃げることは致しません。最後まで、ノーブル将軍、サクリ副将軍に付き従う所存であります!! そもそも、ノーブル将軍の軍略、そしてサクリ様の物資支援能力があれば、あの程度の数たいしたことはございません!!」
「好かれてるね。ノーブル」
「お前もな、サクリ。……ふう。よし、ならば私たちに敵う者無し!! 戦闘用意!! 剣を抜き、槍を持ち、弓を引き矢をつがえ、馬にまたがり、盾を構えよ!!」
「「「おおおぉぉぉぉおぉーーーー!!」」」
皆、ここが死に場所だと理解していた。
だが、1人として退くものはなく……。
「この数の差では策など意味をなさん。なれば一気に突っ込み、食い破る!! その後は各々の戦いをすればいい。そうすれば、私たちの勝利だ!! 行くぞ……突撃!!」
「「「うおぉぉぉぉぉおぉぉーーーー!!」」」
そうして、私たちは全滅した。
さーて、彼らの始まりを見たと思いますが、これ、あの人が原因じゃね?
とか言うのはまだ待ってね。
もう一話あるから。
そうすれば、懸念や疑念は晴れると思うんだ。
ここでわかってほしいのは、この人たちは実直で真っすぐな人たちだったということ。
きっと、彼らの物語でも大河ドラマ一本作れるんじゃね?




