落とし穴51堀:シチュー
シチュー
Side:ユキ
お仕事は忙しいが、季節は容赦なく冬へ変わり。
朝起きると息は白く、昼は辛うじて白くならず、夜は容赦なく白くなる。
体内温度の問題なのだろうが、あまり息が白いと、興奮しているのかとか、汽車みたいに見えないかなーって心配になるよな。
ほら、鼻息だって白くなることあるだろ?
流石にあれは長時間やってると、変だと思うわけよ。
「ふっー。なのです」
「ふっー。寒いねー」
両隣りには、フィーリアとアスリンが両手を合わせて、隙間から中に息を送り込んでいる。
冬によくやる手を簡易的に温める方法だ。
2人がやると非常に可愛らしい。
「本当にね。でも、ユキの頭は暖かいわ」
そう言って、頭に抱き付いてくるのは、いつものラビリスだ。
最近忙しいといっても、ウィードではこのスタンスは変わらない。
最初の頃は、ダンジョン統括という立場で舐められないために、人前で肩車をすることはなるべく遠慮していたが、最近では普通にやるようになった。
それだけ、ウィードが安定しているということだろう。
もうすぐ、年越しだし、そのあと代表選挙もあるし、皆、頑張ってきたということだ。
「しかし、なんかまた重くなったな。身長や姿は変わらないからまた胸か?」
そう、頭にかかる重量が最初の頃と絶対違うと言っていいほど、重くなっている。
と、そんなことを言っている間に、大きい柔らかいものが更に押し付けられてくる。
「重いって失礼ね。ユキのだーいすきなおっぱいが大きくなっているのだから、悦んでいいのよ? むしろ、私たちを茂みに連れ込んでいいのよ?」
「お兄ちゃん?」
「おっぱいぺろぺろするのですか?」
「いや、しないから」
俺が変態って思われたら大変だ。
もう、ウィードには子連れの人も多くいるし、俺がそんな目で見られるわけにはいかない。
「大丈夫。ユキが襲うのは私たちだけって分かってるから」
「そうなのです。兄様は変態ではないのです!!」
「そうだよ。お兄ちゃんは私たちが好きだから問題ないんだよ!!」
やめて、通りでそんなことを大声で言わないで。
俺が変態でロリコンだと勘違いされてしまう。
「そうね。ユキは確かに、小さいのから大きいのまで、差別はしないわ」
「皆大事にしてくれるのです」
「うん。大事にしてくれるね」
……ラビリス、お前分かっててやってるだろ?
「あら。私のおっぱいを素直に嬉しいって言わないからよ」
「兄様は素直じゃないのです」
「恥ずかしがり屋さんだもんねー」
きゃっきゃっと騒ぐこのちびっこたちは幸せそうだ。
俺の、日本に置ける社会的地位はドンドン崩れている気がするが、まあ俺の話が日本に広がるわけもないし、気のせいだろう。たぶん。
「さて、3人とも、お喋りは一旦やめて、確認をとるぞ」
「「「はーい」」」
そんなことをしていると、俺たちはスーパーラッツの前にたどり着く。
こんな寒空の下、理由もなく出歩くことはそうそうない。
今回もちゃんと理由があってのことだ。
「今日は、クリームシチューとビーフシチューを作ろうと思っています。その材料を買いに来ました」
そう、冬の日はシチュー系が美味しく感じられる季節だ。
シチューという料理はこのウィードにも存在していて、被っていて面白みがなかったので、これまでは鍋物などの、日本の冬の食べ物を押してきたので、そろそろシチュー系もいいかなーと思った次第だ。
だが、ここには大きな勘違いがあった。
そもそもシチューを作るうえで、赤ワインをベースにしたビーフシチューや、牛乳、生クリームをベースにしたクリームシチューというのは、今の日本では普通だが、この世界においては普通ではなかった。
シチューという食べ物は確かに存在する。
しかし、この世界に置いて、スープのベースに高価なワインや、保存がほとんど効かない、牛乳などと言ったものを使うのは極まれである。
つまり、この世界のシチューというのはスープに近いものである。
多少、味の出る野菜などを煮込み、その後に具材をいれるぐらいで、クリームシチューやビーフシチューは、この世界においては高級料理なのだ。
ということで……。
「このスーパーラッツ3号店で最後です。ここでシチューの素を手に入れられなければ、スープから作るという非常にめんどくさいことになります」
そう、つまり、高級というのは高くて手間がかかるということ。
一般家庭の奥様たちが手が出ず、そこまで時間を割く余裕もない。
だが、それを可能にしてしまう魔法の食材が日本には存在した。
溶かすだけで、そのスープを完成させる、ルーともいう、固形や粒状の、簡単に言えば、スープを固めた物が存在するのだ。
もちろん、俺たちの開発ではなく、ハウ○食品とか、名だたる日本の職人たちの血と汗と涙の結晶である。
「ほかのお店は全部在庫切れでした。ここならラッツが残っていると言っていたので、入ったらすぐに、確保に行きます」
「「「はい」」」
ビシッと敬礼をする3人。
この3人はよく料理を手伝ってくれるので、仕込みが大変なのは分かっている。
だから、こういうことに手抜きなんてことは言わない。
いや、ここの嫁さんたちは何も文句は言わないけどな。
親友共はちゃんと最初から作れよーって文句言うんだよな。
と、話がずれたな。
お手軽に美味しい料理を作り出せる、正に魔法のアイテムなので、奥様方が挙って求め飛ぶように売れたわけだ。
特にこの寒い時期。
で、なんとなく思い付きで今日はシチューにしようと思って、一号店に顔を出せばシチューの素が見つからない。
店員に聞いてみれば売り切れですとの意外な言葉。
そして人間、ないと言われればほしくなるもの。
じゃ次の店舗にならあるだろうと高をくくって行けば、2号店も売り切れ。
……これは変だと思い商会トップの嫁さん、ラッツにコールで確認をとってみれば……。
『ああ、人気で飛ぶように売れているんですよ。カレーもですね。あのルーに香辛料とか、色々入ってますからね。それであの値段ですから、奥さんたちどころか冒険者にとっても魔法の食材のようです。外、ウィード外からの情報ですが、シェーラのお姉さん、ガルツの外交官シャールさんなどからは、ガルツの裏ルートでは定価の10倍以上の値がついていて、ガルツのウィード商品の取り扱い店では不自然なまとめ買いは断っているような話もあるぐらいですよ。あ、リテアのクラックからもそんな話がありましたね』
とまあ、各国を魅了する、日本の加工技術万歳。
いや、地球万歳!! 地球の技術は異世界、世界一!! って感じ?
『で、そんなことを聞いてきたってことは今日の晩御飯はシチューですか。ぬふふ、楽しみですね。ちょっと待ってくださいねー。……えーと、ふむふむ。お、3号店に在庫があるみたいですね。行ってみるといいですよ。じゃ、晩御飯楽しみにしてます。あ、シャンスが泣き出したみたいなんで、すみません』
とまあ、こういう事情でここまでやってきたというわけだ。
「既に、お肉や野菜は揃えて、キルエとシェーラが下準備をしている。もう後には引けない。必ず手に入れるぞ。おー!!」
「「「おー!!」」」
4人でスーパーラッツ3号店へと入り、すぐに分散する。
スーパーラッツは現代日本と同じく、季節や売り上げの向上のため、定期的に陳列棚の大移動が行われ、どこに何があるか、よく来ない3号店の配置はわからない。
なので、分散して確保する必要があるのだ。
シチューの素は1つでは到底足りない。
20人近くもいるので、素は最低10個近くは欲しい。
よく食う嫁さんたちだし、美味しい物は沢山食べさせてやりたいと思う。
……主夫じゃねーよ? ちゃんと、亭主関白だよ?
そんなことを考えつつも、棚を確認していくが……、見つからない。
「3人ともあったか?」
「見つからないわ」
「見つからないよー」
「見つからないのです」
……僅差で売り切れてしまったのか?
俺や3人がそう絶望の淵へ追いやられたとき……。
「あ、みなさん。ここにいたんですね」
妖精族のナナがこちらを近寄ってきていた。
手には籠一杯にシチューの素を入れて。
「あ、ナナちゃんだー」
「ナナちゃんなのです」
「やっほー、2人とも元気?」
「元気だよー」
「元気いっぱいなのです」
ナナはコヴィルと同様、初のウィード移住者だ。
初めてスーパーラッツの店員に配置されてから、今日まで勤務しているようだ。
「で、ナナ。その籠の中はなにかしら?」
「あ、はい。ラッツさんから連絡を受けて、店長権限で確保しました」
「は? 店長?」
「はい。私は今、スーパーラッツの3号店店長さんなんですよ」
えっへんと胸を張るナナ。
「すごいねー」
「凄いのです」
パチパチと拍手する2人。
はぁー、本当にウィードは勝手に色々成長しているようだ。
あの時のナナが今では店長とは、人生、何が起こるかわからないものだ。
「と、受け取ってください。今日の晩御飯なんですよね?」
「ああ。ありがとう」
「じゃ、お会計ですね」
そう言って、ナナが近場のレジを開けて俺たちが来るのを待っている。
始めての時は緊張していたのに、しっかり板についているなー。
レジに籠を置くと、魔術による直接操作で、スムーズに読み取りをして会計に移る。
「ありがとうございましたー。アスリンちゃん、フィーリアちゃん、今度遊ぼうね」
「「うん」」
2人はそんな約束をして、俺たちはスーパーラッツ3号店を後にした。
「さて、色々あったが、ここからが本番だ」
「はい、なのです」
「うん。がんばるよー」
「任せて」
「はい。こちらに用意した材料は整えてあります」
「ちゃんと、準備しておきました」
そう、まだ材料がそろっただけで、料理が完成したわけではない。
まあ、キルエとシェーラが残って、下準備をしていたので、そこまで時間はかからないだろうが。
さて、この素を使ってする料理は、材料いれて、鍋で煮込めば終わりじゃないか? という意見はある。
まあ、ただ食べるだけならばそうだ。
だが一工夫で色々変わる。
例えば、まずはクリームシチュー、ビーフシチュー共通で言えることから、普通は火の通りにくいお肉から入れて煮込むのが普通だ。
だが、これをニンジンや玉ねぎから入れるのだ。
実は、ニンジンは火が通るまで時間がかかりやすく、薄切りならともかく、シチューなどに入れる角切りの形ではお肉より火の通りが悪い。
次に、玉ねぎは料理における必須の野菜と言っていいだろう。生で食べるなら辛みが強く、熱すると甘味が増すという特殊な野菜だ。しかも、煮込むと溶けてしまう特性があり、料理により良い味わいを持たせる凄い野菜だ。
特に溶けやすいのは、とれたての玉ねぎ、新玉ねぎといい。これはもっぱら最初に入れてしまうと、溶けてなくなってしまう。
それを予想して、溶かす分と、具として食べる分で入れるタイミングをずらすのだ。
そして、この溶けるという特性は、お肉にも適応される。
高い霜降りのお肉に近いものから、あっさりシチューに溶けてなくなってしまう。
まあ、ちゃんと味がでるので、美味しいのだが、お肉の無いシチューは少し残念だ。
特にクリームシチューやビーフシチューではな。
だから、こちらも溶かす分と具にする分で入れるタイミングをずらすのだ。
尚、具にするお肉は、一度表面を焼いて、お肉の旨みを閉じ込めておくといい。そうすれば食べたときに、シチューの味とお肉の旨みが重なって最高になる。
最後にジャガイモ、これが曲者だ。
これは種類によって溶ける溶けないが別れるのだ。
この種類の判断を誤ると、ジャガイモがなくなっていたり、いつまでも残っていたりという事態になる。
そして、ジャガイモの最大の特徴。
柔らかいのは、最初だけである。
熱すると、最初の内はホクホクですぐバラバラになるほど柔らかくなるのだが、時間がたつにつれて、硬くなる。
十分に食べれるのだが、ホクホクのジャガイモを知っている人は不満を感じるかもしれない。
なのでジャガイモを投入するのは最後にして、ホクホクを最後まで楽しめるようにするのが俺のやり方だ。
次にクリームシチューとビーフシチュー、個別の調理の仕方だ。
簡単に言えばお肉の事である。
お肉の下準備は説明したが、この二種類のシチューには定番というお肉が存在する。
クリームシチューは鶏肉、ビーフシチューは言わずもがな牛肉である。
この理由は、主に匂いである。
クリームシチューには、そこまで匂いが気にならない鶏肉。
そして、ビーフシチューには種類によってはかなり匂いがきつい牛肉。
クリームシチューの材料には、匂いを軽減するものがないので、鶏肉が一番合うとされ、ビーフシチューは赤ワインを使って、匂い消しや、お肉を柔らかくするという作用があるので、昔は硬くて匂いが強い食用でない牛肉を食べるために、お酒を入れるという手段を取られていて、ビーフシチューと言う名前になったのだろうと思う。
今の日本では、そこまで牛肉も匂いが気にならないから、ここまでする必要はないが、やれば美味しくなるのでする。
ワインに余裕があれば、鶏肉も牛肉も炒める前に、ワインをかけて揉んでおくといい。
で、一番最後に必要なことは、煮込みである。
これが大事。
まあ、新鮮な野菜の食感が好きという人は浅くていいのだが、味が染み込まない。
だから、シチューを作るときはそれ相応の時間をかけて作る必要があるのだ。
最低でも朝に煮込んで、夕食に出すぐらい。
本場の料理店なんて一週間煮込むとかザラである。
そこを利用して、大量につくって、日が経てば経つほど美味しいシチューが出来上がり、色々な料理にソースとして利用するのも手である。
あとは、このメインに合うように、サラダやパン、ご飯を用意する。
ご飯にシチューをかけるのはアレだという人はいるが、俺としては有りである。
オムライスやカレーのようなものだ。アクセントを添えるという感覚だ。
「うひゃー、美味しそうだよ!!」
「こらリエル。ちゃんと座って待つんだよ」
「……トーリのいうことはわかる。が、これは強烈。お揚げにも匹敵する」
「本当に美味しそうね……。体を動かしていたからすごく食べたいわ」
「そうじゃな。妾とセラリア、ジェシカで散々動いておったからのう」
「……お腹がすきました」
「ジェシカ。目が変だよ!? 獲物を狙っている目になってるよ!?」
「仕方がないわよリーア。ジェシカはあの2人と一緒に訓練してたんだから、ってミリー、お酒……」
「エリス、いいじゃない? こんなに美味しそうな食べ物を前にお酒がないなんて信じられないわ。ねえ、ラッツ?」
「そうですねー。このビーフシチューは確かにワインがあいそうですよねー」
「そういえば、パンにご飯がありますわね? これはどちらを食べればよろしいのでしょうか? ルルア様ご存知でしょうか?」
「多分、好みだと思いますよ?」
「ん、なら私は両方。全て食べる」
そんな家族の話を聞いて料理を作った俺たちはにっこりして、晩御飯を食べるのだ。
「「「いただきます!!」」」
そして……。
「「「うまいぞーーー!!」」」
で、シチューは残らず。
最後に残りの争奪、トランプ決戦が開始されるのであった。
今度はもっと多く作らないとな。
そんな冬の一幕。
うん。
この時間だから飯テロじゃないよね?
まあ、美味しいシチューを出す洋食屋さんなんてそうそうないけどな!!!
コンビニやスーパーに少しだけあるぐらい。
美味しいシチューを食べたければ作るしかないのだ!!!
ふはははは……。
はあ、俺もシチューはつくらねえよ。
マジで下ごしらえがめんどくさい。




