第309堀:話し合い 表
話し合い 表
Side:ラライナ アグウスト国所属:魔剣使い
「どうぞこちらへ」
そう言って、ヒフィー神聖国の司祭殿が廊下の奥へと歩いていく。
私たちは、その後について行く。
さあ、ここまでの道中も緊張したが、これから本番だ……。
今、交渉、話し合いの席に向かうのは、私、竜騎士アマンダ殿、サマンサ殿、クリーナ殿、ジェシカ殿、エリス殿だ。
残りのユキ殿、タイキ殿、リーア殿、エオイド殿はワイバーンの番に残っている。
しかし、先触れは出したとはいえ、聖都まで直接ワイバーンで来たというのに、住人には慌てた様子がない。
……それどころか、一目、竜を見ようと集まってくる者が多かった。
そして、案内をしている司祭もピリピリした様子がない。
まるで、戦争が起こっていることなど知らないといった感じだ。
……これはやはり、陛下が言う通り、あの500の兵はどこかの国が仕掛けた罠だったのだろうか?
廊下を歩き、すれ違う人たちはこちらに敵意はなく、普通に笑いかけて頭を下げてくる。
その姿を見るたび、戦争というイメージが私の中から抜け落ちていく感じがした。
これは無事に何事もなく戻れるのだろうか?
平和は保たれるのだろうか?
そんな期待を抱いていた。
「よくぞいらしてくれました。ラライナ殿」
通された部屋にはすでに、ヒフィー神聖国の長、ヒフィーという神の名を拝命しているヒフィー神聖女だ。
神聖女、仰々しい名前だとは思うが、彼女はその名に恥じぬ治癒の力を持っており、治療目的で各国から重病者が訪れるほどだ。
しかし、その力を使って地位や名誉を求めてはいない。
今の地位はヒフィー神聖国の国民全員の推挙という、信じられない手段で選ばれており、その信頼を如実に表すように、彼女の治療に貧富の差など関係ない。
ただ純粋に彼女は命を救っているのだ。
国が揺らぐような場合のみ、治療の優先順位が変わるという。
だからこそ、陛下はこの度の争いに違和感を覚えたのだろう。
私もここまでに至る道のりで、その違和感を大きくしていた。
怒りに任せ、ヒフィーに攻め込まなくてホッといている。
だって、彼女は未だヒフィーのトップであり、戦を起こす理由など存在しないのだから。
これは、完全にどこか第3国が裏で手を引いていると思うべきだろう。
無駄な血が流れなくて本当によかった。
「この度は、急な訪問に対応していただき誠に感謝いたします」
「いえ。アグウストには色々お世話になっていますし、当然です」
その言葉を聞いて私は確信した。
ヒフィー神聖国は敵でないと、だからこそ、今回のことを詳しく伝えなければ。
「先触れで大方のあらましは伝わっていると思いますが……」
「ヒフィー神聖国を名乗る兵士がアグウストへ攻め寄せたとか?」
「はい。しかし、それはどうやら間違いのよ……」
しかし、私の言葉は遮られ……。
「いいえ。ヒフィー神聖国の兵で間違いありませんよ」
彼女は、にっこりと笑いながらそう言った。
「え?」
理解が追い付かない。
彼女は何と言った?
なぜ、そんな笑顔であんな言葉がでる?
聞き間違い? そうか、聞き間違いにちが……。
「聞き間違いなどではありませんよ。今この場で、私自ら宣言いたしましょう。ヒフィー神聖国はアグウスト国に対して、宣戦を布告いたします」
彼女の笑顔は変わらない。
……その姿に無性に腹が立った。
「ヒフィー神聖女様!! ご自分が何を言っているのかご理解できておいでか!!」
私は反射的に怒鳴りながら、テーブルを叩いて彼女を怒鳴りつける。
「ええ。理解していますよ。そちらこそ、自分たちの立場が理解できていますか? 次は手加減しませんよ? 飛龍などと言う偶然も続くとは思わないことです」
「……本当にあの戦いを知っているのですね?」
「たった500の兵に倍以上もの兵士が防戦一方。そんな国に大国の名前は重いでしょう」
彼女は本当に知っているようだ。
あの時の数や状況を言い当てるなど……、報告を受けたとしか思えない。
落ち着け、落ち着くんだ。
なにも予想は外れていない。
想定の1つだ。
だから、落ち着いて相手の真意を問いたださなくてはいけない。
「……そちらの宣戦布告は分かりました」
「それはよかった。どうぞ、すぐに引き返して、アグウスト8世にお伝えください。その首獲りに行くと」
……なぜ笑顔でそのようなことが言える?
気持ち悪い。なぜだ、なぜこんなに気持ち悪い?
私はその気持ち悪さを必死にこらえて、口を開く。
「紹介が遅れましたが、こちらはかのワイバーンを従える竜騎士アマンダ殿」
「ど、どうも、初めまして」
「はい。初めまして。そこまで緊張しなくて大丈夫ですよ。ここからは無事に出られますから。ちゃんとアグウストを落とした後は学府も落としますので、こう学長にお伝えください」
緊張でガチガチになっているアマンダ殿に普通に、優しく声をかける。
しかし内容はあまりにもひどい。
抑止力になればと連れてきた学府所属の竜騎士アマンダに対しても、何もよどみなく敵対宣言をしている。
「コメットの腰巾着に相応しい引き籠り。必ず引きずり出してあげるから。と、ポープリに」
そして笑顔で学長、大魔術師ポープリ名指しの言伝を言う。
その余りの異様に、アマンダ殿は泣きそうな顔になりながらも顔を上下にして頷く。
「……次はわたくしですわね。私はローデイからの学生であり、公爵家の娘のサマンサと申します」
「はい。これはご丁寧に。どうぞ、ローデイ本国にお伝えください。ヒフィー神聖国はアグウストを攻め落とすことに何も変わりは有りませんと」
「私たちが介入してくるかもしれませんわよ?」
「できるものならばどうぞ? 学府を挟んで、わざわざ反対側に出兵するメリットがあればですが。色々自国の内輪もめで大変でしょう」
「……その言葉は、ローデイに対しての宣戦布告と受け取ってよろしいでしょうか?」
「ええ。どのみち小国である私たちがアグウストを落とした後に揉めるのは目に見えていますから。そちらのジルバの騎士殿も同じようにお伝えください」
「承知いたしました。私の名はジェシカといいます。以後交渉役を勤めることもあるでしょう。その時はよろしくお願いいたします」
「はい。その時はよろしくお願いしますね」
何が目的かわからない。
なぜ、大国の使者たちを相手にここまで喧嘩を売れる?
確かに、すぐにヒフィー神聖国へ攻め入ることはできないだろうが、ここまで馬鹿にされれば、出兵は確実なものになる。
それでは、いくらあの新兵器が強いとはいえ、兵力や物資で圧倒的に負けている神聖国に勝ち目などない。
聞かなくては、なぜ今まで友好国だったヒフィー神聖国がこのような行動に出たのかを。
停戦につながる何かヒントがないのかと。
「ヒフィー神聖国の意思はわかりました。しかし、お聞きしたいことがございます」
「はい。お答えできることでしたら、お答えしますよ?」
「何が目的でこのような行動を起こしたのかお教えください。貴国、いえ、ヒフィー神聖国は民を救うことを是としていたはず。その代表、トップであるヒフィー神聖女である貴女がなぜ、このような、多くの民の血が流れるような行動に出られたのか? 私は納得がいきませぬ。どうか、お教えください。何が目的で、原因で、このようなことになったのですか? お互いに勘違いがあるやもしれません。まずはそこをお聞かせください。そうすれば、争い合うことなくすむのでは……」
そう、私は願いたかった。
この争いは不幸なすれ違いで、なくて済むものだと。
……縋りたかった。
だが、私の言葉は最後まで聞かれることなく……。
「聞くに堪えませんね。分かりきっているでしょう?」
そんな底冷えした声が、笑顔を消した彼女から出ていた。
「昔から血を流し続けたあなた方が言う言葉ではありませんね。私がいくら尽力しても、血を流すことをやめなかったのはあなた方ではないですか。私たちが必死に争いをやめてと声を上げても、ずっとお互い、無意味だという争いを続けてきたではないですか。私がこれから流す血と、あなた方、愚か者どもに任せて永遠と続く流血。どう考えても私が動く方が少ないと思いますが?」
「……どういう」
理解が追い付かない。
今だって、確かに血は流れているが、今回の戦いはそれ以上になる。
それが分からないわけないはずだ。
「はぁ、おバカですね。最初から言っているではないですか。大国などと周りから呼ばれても、結局はちまちまと領土争いで血を流し続ける愚か者共に、もうこの世界を任せるわけにはいかないと言ったのです。あなた方は手を取りあわず、無意味に流血しているではないですか?」
「……ヒフィー神聖国がそれを成すと?」
「はい。もう400年以上も前から、この愚かしい愚行を見続けていましたが、これでもう終わりです。私は、お前ら人を信じたのが間違いだったということが分かりました。長い回り道をしましたが、私自らが立たなければ、本当の平和は訪れません」
「それが、今回の争う理由ですか?」
「信じられませんか? ですが、現実は違います。ラライナ殿がこの聖都を発ったあと、即時、軍を動かし、アグウストを攻め滅ぼします」
「そんな、それでは民が巻き込まれる!!」
「それがどうしました? 呼びかけても、お前らゴミ共が封殺しているのでしょう? あるいは言っても聞こえない愚か者か。どちらにしても、これは必要な流血です。お前等、貴族という、人や国を治めたと粋がっている生物をこの大陸から消去します。だって、役に立ってないでしょう? ラライナ殿だって、民を守ると言いながら、その民を戦の道具にしているではないですか?」
「そ、そんなことは……」
そんなつもりはない。ないが、結局、ヒフィー神聖女の言う通りそのように見えても仕方がない。
でも、いつか争いのない日を夢見て、剣を手に取ったのだ。
「まあ、愚か者共を責めても仕方がありません。世界を平和に導く知能も、力もないのですから。無い物を求めても仕方ありません」
「できるというのですか? この小さなヒフィー神聖国が、この大陸を一つにまとめると……」
「ええ。できるから今回の事を起こしたのです。もう話はいいですね? 理解を求めてはいません。ただ、私は貴女の質問に答えただけです」
「……」
私はそれ以上言葉を告げられなかった。
彼女の言葉は、ある意味真実であったから。
でも、それは、誰もが夢見て、あきらめ折り合いをつけること。
だけど、彼女はその夢に手が届くと思ったから、今回の争いを起こしたという。
……これは止められない。
言葉では、絶対止まらないということだけが分かってしまった。
「止めたければ、あなたたちが大好きな力で従わせてみなさい。いつもあなた方がやっていることです。簡単でしょう? 私の国の治療魔導士を駆り出させ、いつも使い潰していたように、今度はどこかのよその国を頼るといいでしょう。もう、お前らに大事な民を任せることはない」
彼女のその言葉に私は意思を感じた。
激しい怒りを、そして悲しみを。
そうか、これが根源か。
私たちは、頼り過ぎたのか、彼女の国民を使い捨てのように使って、見限られた。
……ただ、それだけの事。
「自らの不始末は自分の命で拭ってください。ああ、長旅でお疲れでしょう。部屋は用意してありますので、今日の所はそちらでお休みください。では、案内して差し上げて」
私たちは、案内されるがまま、彼女の視線を背中に受け、部屋を出て行った。
Side:ジェシカ
「ラライナ殿?」
「……すまない。少し、1人で考えさせてくれ」
私は一応様子を見に、ラライナ殿の部屋へ赴いたが、予想通り、相手の物言いに困惑しているようだ。
これは、本人の言う通り時間を置いた方がいいと思い、ラライナ殿の部屋をを離れようとすると、サマンサがこちらに歩いて来ていた。
「どうですか?」
どうやらサマンサもラライナ殿の様子が気になったらしい。
まあ、当然か。あの物言いは流石に私も驚いた。
「少し1人にしてほしいそうです」
「……そうでしょうね。私の耳も少し痛かったですわ」
「私もです。しかし、普通なら届かぬ夢ですから……」
「……性質が悪いですわね。ダンジョンマスターに、異世界の人間。それもユキ様と同等の文明を持ち知識を携えた者がいる」
手が届いてしまったのだ。
他国を振り落とし、追いつけぬほどの力を彼女は手に入れた。
手に入れてしまった。
「で、サマンサ。エリスとクリーナは?」
「エリスさんとクリーナさんはアマンダを落ち着かせている所です。ヒフィー神の言葉を聞いて、揺さぶられているみたいですわ」
「そうですか。しかし、サマンサも同じものを見たようですね」
「ジェシカもですか。ならほぼ決まりですわね」
「ユキは異世界人の方と会っているようですし、戻ったら緊急会議ですね」
「緊急すぎますわね……はぁ」
私たちはラライナ殿護衛と、もう一つ、仕事があった。
だれが、本当の黒幕なのかを調べること。
ダンジョンマスターであるコメット殿か、それとも異世界人なのか……。
それとも、未だ知らぬ人物なのか。
だが、その予想はいささか外れて、大物が出てきた。
「まさか、神が自ら国を率いているとは」
「求心力は納得ですわね。でも、相手にするには非常に厄介ですわ」
そう。
恐らく、今回の大本は、ヒフィー神聖女だ。
鑑定で調べ……
「ヒフィー神:平和と癒しの神」
そんな文字がステータスに記載されていたのだから。
ヒフィーは人に寄らず、自ら立つことに決めたようです。
まあ、数百年も見てきて見限りをつけたって感じですね。
まさに、新大陸の人たちの自業自得ではあります。
さて、そして次はユキたちと、タイゾウの話だ。
どうなのやら。




