第308堀:使者
使者
Side:タイゾウ・モトメ
私は、ある部屋の前に立ち、ノックをして、扉越しに声をかける。
「ヒフィー殿。タイゾウです」
「どうぞお入りになってください」
部屋の主である、ヒフィー殿の返事が聞こえ、私は扉を開け中に入る。
「失礼いたします」
「お待ちしておりました。そちらにお掛けになってください」
相変わらず、綺麗なプラチナ色の髪をなびかせて、見る人が見れば心を奪われるであろう美貌の持ち主だ。
まあ、私はそういうことに鈍いので、人として美しいぐらいの認識しかないが。
……師匠2人に至っては、雄雌呼ばわりだからな。興味のない人間は。
しかし、神を名乗り、実質ヒフィー神聖国のトップである彼女の部屋だが、実に質素だ。
この部屋は大神聖堂にあるのだが、礼拝堂などとは違って、煌びやかさは微塵もない。
だが、信者などが自らに課する修行や訓練のような感じもしない。
私も寺の修行僧の部屋を拝見したことがあるが、あれは、部屋に住んでいるのではなく、部屋に置かれている感じなのだ。ほぼ私物が一切なく、部屋自体も本当に何もない。部屋と人、それをただ置いただけの場所なのだ。
結局、なんといえばいいのだろうか……。
このヒフィー殿の部屋は……、そうだな、慎ましい、私が子供の頃、家族と過ごしていた、貧乏くさい感じがするのだ。
ヒフィー殿は子供もいないので、物は多くないが、置いてある箪笥や棚は確かに、人の営みを感じさせる。
部屋干ししているであろう手ぬぐいを見ると、なんとなくそんな感じがするのだ。
「どうぞお茶です」
「どうも。いただきます」
そんなことを考えている内に、ヒフィー殿がお茶を出してくるので、それを飲む。
……神かどうかはしらないが、一国のトップとして、こんなところに住んでいるのはどうかと思うのはこれで何度目か。
「まだ困惑がありますね。私の部屋は慣れませんか?」
「申し訳ない。私の感覚が追い付いていないだけです。ヒフィー殿の姿勢には尊敬の念がほとんどですね」
「それ以外は?」
「もうちょっと、贅沢をしても誰も文句を言うことはありませんし、何も問題はないでしょう」
「ふふっ、正直な方ですね。しかし、私にはこれで十分なのです。私の個人的な趣味という奴ですよ」
そう。この部屋、実は宗教上の理由でこのような形になっているのではなく、ただヒフィー殿の好みなだけだ。
このヒフィー教というのは「幸せを目指し、協力し、手を取り合って生きていこう」というだけの宗教である。
便宜上、ヒフィーという神を崇めているが、それも強制ではない。
祝詞や御経もなく、ただ礼拝堂に来ては少し祈って終わりな宗教だ。
自宅に神棚や仏壇を置くような習慣もない。
……ほとんど縛りが存在しないのだ。
よくこんな宗教で、一国を名乗れるほど大きくなったものだと思う。
まあ、こんな宗教だからこそ、どこに信徒がいるのかわからなくて、前体制は崩れ、ヒフィー教主体の国家になったのだろうが。
その切っ掛けを作ったというヒフィー殿の話は興味深かった。
が、建国したのが300年ほどまえだから、前のヒフィー殿のことだろう。
彼女はまるで自分が当時その場にいたような話し方をするから聞き入っていたが、冷静に考えれば、そんなに人が長生きできるわけがない。
だから、恐らく、ヒフィーという名は襲名で引き継がれていく類いのものだと納得した。
「祈りを強制させては、それは束縛です。修行などを課するは自分のためであって、ヒフィーの教えではありません。まあ、修行や練習などは実を結べば、皆の力となりますから、色々各々で教え、教えられてはいますが。人が人と協力し合える。それを促す。それがヒフィーの教えの大事なところであり、それだけなのです」
「それを普通に言えることを私は尊敬いたします」
普通なら、国の上に立つほど色々問題が起き、きれいごとを言っていられなくなる。
しかし、彼女はそれを、私から見れば本心で言っている。それはすごいことだと思う。
「ありがとうございます。でも、質素と前に言われましたが、タイゾウ殿には言われたくありませんね」
「はて? なんと言いましたか?」
「起きて半畳、寝て一畳。と、流石に私でもそのような部屋はごめん被ります。研究の部屋だけでいいと言われたときは驚きましたとも」
「……いや、お恥ずかしい」
人間、起きているときに使うスペースは畳半分、つまり半畳。そして寝るときは丁度畳一枚分、つまり一畳。
この言葉の意味は本来、必要以上の富貴を望むべきではなく、満足することが大切であるという意味だが、見ず知らずの場所に呼ばれた私としては、どこまで要求していいのかわからないので、削っていい部分。つまり、寝所、私室を減らして、研究に充てたいと思ったのだ。
「でも、この言葉の意味はヒフィーの教えと似ている部分があります。欲に溺れるのではなく、満足する日々を送ることが大事である。とてもいい言葉だと思います。ふむ。これを目標ということで、掲げてみようかしら? これと言って、それらしい言葉はなかったですから」
「申し訳ない。それはやめていただきたい」
保身のために口走ったことが至言になるのは、勘弁願いたい。
「あら、それは残念です」
「……で、そろそろ本題に入ってよろしいでしょうか?」
「はい。私が相談したいことがあり呼びつけたのですから」
コロコロ笑っていた彼女は一瞬で無表情になり、眼光が鋭くなる。
流石に一国のトップというだけあって、切り替えは素早い。
「アグウストから使者が出たようです」
「ほぉ。思ったより慎重ですな。怒り心頭ですぐに攻めてくると思っていましたが」
「ええ。私も予想外ではあります。しかし、これはタイゾウ殿が考えていた予測の1つではあります。しかし、この使者が厄介なのです」
「厄介なのですか? 普通に道中を襲撃して、遺体を送り返せばどうにもでもなるでしょう」
私たちの今回の目的は、自陣、つまり自国で整えた戦場に敵を引き込み殲滅することだ。
敵がそのまま攻め込むならよし、使者を出してこちらの動きを探ろうというのなら、その使者は処刑して送り返せばいい。
「それができないのです。こちらを……」
そう言って、彼女が取り出すのは、掌ほどの大きさの水晶玉。
そこにはある映像が映っている。
「コメット殿の使い魔ですか?」
「はい」
私も最初は心底驚いた。
魔術というモノが、この世界では当たり前に存在していて、立派に軍事利用もされていた。
そして、その魔術を物に込めて、特殊な力を発揮する魔道具。
それらを作り出せるコメット殿はある意味、私と同じ研究者という立場なのかもしれない。
いずれ落ち着いたら、魔術もかじってみたいが、今はヒフィー神聖国を盛り上げる方が大事だ。
そんなことを考えていると、命令が伝わったのか、鳥の使い魔が視界を空へと向ける。
空? なんでまた……。
「これは、飛龍ですか? 檻のようなものを下げて、人が乗っているように見えますが……」
水晶玉には、話で聞いた飛龍と思しきものと、それが運搬する檻と人が見えていた。
「いえ。竜種ではありますが、飛龍より格下のワイバーンです。連れている人の顔は確認できませんが、旗をなびかせているので、それから察するにアグウストだと思います」
「……なるほど。これでは道中を襲うことは不可能ですな」
「はい。そしてこのワイバーンがかの竜騎士だと言うらしいのです」
「竜騎士? ああ、アグウストを偵察に行ったときに、ランサー魔術学府でそんなものが誕生したと報告がありましたな。そこからの援軍ですか」
「……恐らくは。で、どうしたらよいか相談したかったのです。ワイバーンごとき、どうにでもなりますが、大神聖堂がある聖都で暴れられれば民に被害がでます」
「……確かにそうですね。首都で被害がでれば国民の意識も反戦へと傾いてしまう。かと言って、無理やり始末しても、遺体を送り返す作業も考えると面倒ですな。時に、この竜騎士ですが、砦を襲撃した時に現れた飛龍たちとの関係は?」
「ないでしょう。あるのであれば、飛龍を従えてくると思います。相手とて話し合いだけで済むなどと、楽観はしているはずがありません。すぐに攻撃、離脱できる戦力を向かわせると思います」
「道理ですな。……ふむ。ならば使者の殺害はやめにして、普通に使者として受けいれてはどうでしょうか?」
「普通にですか?」
「はい。まあ、我が国に攻め込ませるように話を持っていく必要はありますが。こっちとしても、首都で暴れられることは避けたいですし、何より竜騎士という者の力が未知数です。危ない橋は渡るべきではないかと。何より、中立を宣言しているランサー魔術学府からの人物なので、生かしておいた方が、各国にヒフィーが敵対したと知らせるのにはいい宣伝になるでしょう」
「なるほど。確かにそうですね」
「まあ、降伏の使者だったりするかもしれませんが」
私がそう冗談交じりに言った言葉に、彼女は直ぐに反応して……。
「あり得ません。奴らはゴミです。排除すべき、この世界に存在してはいけない生き物なのです」
バキンッ。
そんな音と共に、ヒフィー殿が握っていたカップが割れる。
割れたカップから、お茶は漏れ出し、机に広がり、縁に到達して床に零れ落ちる。
「失礼いたしました。無配慮な物言いでした」
「いえ。私も過剰に反応してしまい、申し訳ありません。と、私の相談は終わりです。ありがとうございました。恐らく、タイゾウ殿の提案通りに行うと思います」
「そうですか。お力になれたのなら幸いです。では、片付けを……」
「大丈夫ですよ。私が片付けますから。自分のしでかしたことですから。お忙しい中、どうもありがとうございます」
そう言われては、私が手伝いをするわけにもいかず、部屋の外へ出る。
「陶器の破片には気を付けてください」
「はい。お気遣いありがとうございます。自分のしでかしたことは自分でどうにかするのが当然です。怪我ぐらい何ともありませんよ。自分で綺麗に治せますし」
「ははっ。それでは侍女たちも仕事が減りますな。いや、魔術とは便利だ。と、また長話になりそうですな。私はこれで失礼いたします」
「はい。ではまた、夕食にでも」
そう言ってヒフィー殿の部屋から遠ざかる。
部屋からはかすかにカチャカチャと破片を集める音が聞こえ、足を止め振り返る。
「……自分のしでかしたこと。か、まあ、それも当然か」
結局のところ、ヒフィー殿も、コメット殿も、この世界の人々も、何ら私たちの世界の人々と変わらないのだ。
だから私は自分ができることをやって行こう。
Side:ユキ
寒空の中、後方に置いて行かれる鳥を見つめる。
……監視は追いつけないか。
しかし、定期的に使い魔らしき鳥獣がいるから、配備して監視している感じだな。
ダンジョンマスターが相手で、尚且つ、監視にも力を回せる相手みたいだな。
……厄介だ。色々想定して、対策は立ててきたが、心配になる。
全く、情報が足りないのは怖いわ。
まあ、それはいいとして……。
「勢いで頷いちゃった……。エリスさん、ごめんなさい」
「いいのよ。大丈夫、ちゃんと皆で帰りましょう」
「ううー、エリスさーん!! ごめんなさい、こ、子供さんになんていえば……」
「大丈夫よ。大丈夫だから、泣き止んで」
そう言って、エリスに抱き着くのは、かの竜騎士アマンダ。
それを必死にあやすエリス。
なんでこんな状況になっているのかというと、予定通りに王様を王都へ送り届けたあと、竜騎士にさらなる協力を頼まれ、それをその場の勢いで承諾してしまったのが原因だ。
その熱が冷めて、今になって、巻き込んだ俺たちに泣きながら謝っているということ。
わざと、その勢いを止めなかったんだけど、アマンダとしては自分の意思決定で、俺たちが動くとポープリから聞いているから、自分が巻き込んでしまったと思っているわけだ。
実際は、俺たちが巻き込んでいる図式なのだが。それは言わぬが花である。
というか、一番危ないのは生身で竜騎士であるアマンダ。次に生身のエオイド、そしてアンデッドの材料になりそうな魔剣使いラライナ。
俺たちは基本的にドッペルなので問題はない。まあ、制御が奪われたらどうしようもないが。そこら辺は対抗策を講じているので何とかなると思いたい。
「……やはり、竜騎士と言ってもまだ学生なのですね」
そう言って、俺に近づいてくるのは魔剣使いラライナ。
ミリーの話から、使者としては問題ないと聞いているが、竜騎士アマンダの状態を見て少し不安の色が見える。
まあ、身内にあんなに情緒不安定なのがいるのは使者として不安だよな。
「大丈夫ですよ。少しすれば落ち着きます」
「そうだといいのですが……。しかし、あなた方は本当によかったのですか? ただの雇われ傭兵が、いくら魔術学府の学長に信頼されているとはいえ、交戦中かもしれない敵国に乗り込むなど、余りにも危険かと思いますが」
「そうですね。ですから、今回の護衛は少数で動きが機敏な者に絞っていますし、わざと学府から他国の学生を引っ張ってきたのです」
「……確かに、アグウスト以外の大国のサマンサ殿、ジェシカ殿もおられますし、そう言った意味では安全かもしれませんが、護衛が、その……」
「頼もしく見えませんかね?」
「……申し訳ない。正直に言ってそう思います。ユキ殿、リーア殿、タイキ殿、エリス殿、クリーナ殿はどう見ても線が細い。陛下や学長が押しているのだから、実力は確かにあるのだろうが、相手がどう動くか」
そう、今回のメンバーはこれだけだ。
まずは、最少戦力で様子を見る手段を取る。
一度に全部、ドッペルの制御が奪われたらことだしな。
流石に、アスリンたちは連れていけなった。今回は涙目になるだけで分かってくれたのは、成長している証だろう。
「そこら辺は見解の違いでしょう。私は陛下から使者として威圧しないようなメンバーをと頼まれましたし。使者の姿かたちで侮るぐらいの相手であれば、やりようはいくらでもあるでしょう」
「……そう言うことですか。確かに。しかし、有事の際は私も逃げることに徹しますので、ユキ殿たちを助ける余裕はないかもしれません」
「はい。ラライナ殿は自分の身を最優先に考えてください。私たちは最悪、ラライナ殿と竜騎士アマンダとその夫のエオイドを逃がせればいいのです」
「……わかりました」
ま、そうなってくれれば、自由に暴れられるからやりたい放題なんだけど。
相手はどういう手で来るかな?
本日、日帰り旅行の予定でこの時間に投稿となりました。
いや、無理に執筆してないから大丈夫。
既に昨日書き上げていたのを朝投稿しているから。
え、なら、昨日のうちに上げろって?
やめてくれー、色々やることがあるんよ。
執筆だけじゃないから、旅行の準備や、モンハンとかモンハンとかモンハンで忙しんや。
と、次回はすぐにヒフィーとの話し合いになります。
さあ、熱い火花が散るのか!!




