第297堀:協力体制整う
協力体制整う
Side:イニス アグウスト国 第一王女
私は、現在指示した内容に基づき、命令書を発行している。
全く、後輩が訪ねてきたと思ったらこれだ。
いや、これだなんて、厄介ごとと言うべき内容ではないか。
国が揺るぎかねない問題だ。
しかし、ある意味助かったというべきか……。
「……ファイゲル老師。竜騎士アマンダ殿へ協力を仰ごうと思う」
私は、ペンを走らせながら、私と同じように書類処理をしている老師に声をかける。
「竜騎士アマンダ殿ですか……。確かに、かの竜騎士なら、比較的安全に、そして速く状況の把握ができるでしょうな。しかし、どこまで協力を仰ぐつもりですかな? まさか、陛下の救出を、などと思ってはおりますまいな?」
「いくら竜騎士が強力だとはいえ、地面に降りれば狙い撃ちされる。流石にそこまで考えてはいない。というか、父上ですら、竜騎士の件はギリギリ、手紙が届いているかどうかと言うタイミングで、把握しているかも怪しい。味方の陣に降りることすら危ない。それから考えて、敵の偵察と、父上はどこにいるのかぐらいを把握してもらえれば御の字だろう。しかし、一応アグウストの旗を持たせて、味方だとアピールはさせるが。あわよくば、父上を救出できるかもしれない」
「……まあ、妥当でしょうな」
ファイゲル老師はそう言うだけで、ペンを走らせ続ける。
「……否定はしないのだな」
「しようがありません。現状は最悪一歩手前です。万が一陛下が討ち取られたなどという話が広がれば、王都はパニックに陥ります。そうなれば、更に私たちの動きが鈍るでしょう。国中に話が広がれば、あちこちで盗賊がはびこり、国全体の治安も悪くなります。そのために割かなければいけない兵。更に落ちる戦力。悪循環です。しかし、竜騎士アマンダ殿がいれば、早期の事態把握ができ、最悪、陛下が討ち取られていても、竜騎士アマンダ殿が仲間にいると、士気高揚に加えアグウストの敗北はないと国民に宣言できるでしょう。それだけ、伝説の竜騎士は名前に効果が望めます」
「正直だな。アマンダ殿が役に立つとは言わないのだな」
「当然です。アマンダ殿、そして夫のエオイド殿もまだ学生。本格的な戦争の経験はないでしょう。そして、元が一般人。今までの受け答えからすれば、上に立つということがなかったのでしょう。確かに、単体の戦力として破格でしょうが、あくまでも今までの評価であり、戦争という中での評価ではありません。いざ戦場にでれば、腕自慢があっけなく矢に当たって死ぬなんてことはざらですからな」
老師の言う通り、人との戦争というのは、魔物を倒すことや、学府での決闘、盗賊狩りとは全く違う。
軍という一つの統率された集団を相手にする。
これは、生半可なことではない。
いくら個人の実力があっても、連携が取れないのであれば邪魔にしかならない。
逆にそれが原因で敗北する。なんていうのはよくある話だ。
だから、その経験がほとんど皆無であろう、アマンダ後輩を偵察だけとはいえ、参戦させようとする私に老師が賛成してくれるとは思わなかった。
「てっきり。若者を戦場に出すなと反対すると思ったのだがな」
「……通常の戦争であれば、私も反対したでしょう。しかし、現状は違う。あの戦上手の陛下直々に指揮をとられて、籠城、撤退を前提に戦っているのです。相手は生半可な実力とは思えません。魔剣や火の杖などは事実だと思った方がよいでしょう。その強力な敵を相手に、竜騎士という名前は心強い。私はむしろ姫様がアマンダ殿たちの参戦を嫌がると思って、口にしなかったのですが」
「私も通常の戦争、小競り合いであれば、アマンダ後輩を巻き込もうとは思わなかった。しかし、老師の言う通り、事態を甘く見てはいけないと私も思ったのだ。だから、最前線には立たせなくても、あの移動力を使うことぐらいは……。と、思ったのだ」
そんな話をしながら、書類に目を通し、サインを入れ、控えている者たちに渡して指示をいきわたらせる。
よし、あらかた今やるべき書類は終わったな。
丁度、老師も終わったのか、ペンを置いてこちらを見る。
「では、よいのですな?」
「ああ。竜騎士アマンダ殿たちを呼んでくれ。私から話す」
そう言って、また1人に指示をだして、後輩たちを呼びに行かせる。
調べ物をしているユキ殿たちには申し訳ないがな。
「しかし、あの傭兵たちもついてきますぞ。どう丸め込むおつもりですかな? 彼らはアマンダ殿の護衛。危険な事には頷きますまい」
「だが、彼らを頷かせれば、とても強力な力になる。違うか?」
「私の見立てであれば、ですがな」
「その見立てに間違いがあったことはなかろう。だから、なんとしても頷かせる。なに、手は考えてある」
「ほう? あの者たちは仕事には忠実なタイプです。いくら金を積もうが、学長と交わした契約を優先しますぞ? むしろ、その姿勢こそ傭兵としては信頼すべきところでしょう」
「そうだな。だからこそ、アマンダ後輩が参戦するといえば、守るために護衛につかなくてはならない。違うか?」
「そうですな」
「だから、そこはクリーナを利用しようと思う」
「クリーナをですか?」
「ああ。老師には申し訳ないが、クリーナを我が国の戦力として徴集する。ユキ殿と結婚しているようだが、立場上は未だ、アグウストの国民なのだ」
「それは、ユキ殿と敵対しかねませんぞ? 私としてはクリーナを参戦させることに否はありませんが」
「だからだ。アマンダ後輩はクリーナとも仲が良いようだ。ユキ殿とクリーナのことを考えて、参戦すると頷いてくれるだろう。なに、最前線に立てという話でもないからな。その代わり、この戦争が終息次第、2人の仲を認めて、今後徴集はしないようにする。というのは、どうだろうか?」
「ふむ。あくまでも、クリーナの徴集はアマンダ殿の参戦を促すためということですな。まあ、アマンダ殿はその餌に食いつくでしょうが、ユキ殿はクリーナを危険に晒されることと、アマンダ殿の護衛が危うくなることに対して、良い顔はしないですぞ? そして、その後の学府、学長に対しての言い訳はどうするのですかな?」
「そこはまず、私が誠心誠意頭を下げて謝る。しかし、この事態を何とかしなければ、結局は竜騎士として、アマンダ後輩は偵察ではなく、文字通り最前線に送られることになる。違うか?」
「確かに……。竜騎士アマンダ殿の名を広めるためという目的もありますからな。結局は学府としても利はありますな」
「まあ、勝手にこき使うのだ。そこら辺は謝罪と合わせて金銭を含む支援の水増しで何とかしよう。このまま国が荒れればそれすらできなくなる。なに、城の美術品でも売っぱらえば何とかなるだろう。あのポープリ学長は、有事に際して、そこまであくどくない。ここぞとばかりに恩を売ってくるタイプだ」
ポープリ学長はしたたかではあるが、時と場合はちゃんと考える人だ。
アグウストが傾くような要求はするまい。
建前上の貸し借りが増えるぐらいだろう。
「で、ユキ殿に対することだが、あの御仁にはこっちの思惑は全部読まれていると思っていいだろう。だから、下手に隠さず、どうか協力してほしいと頼むしかないな。アマンダ後輩の護衛の件も、私から学長に話すと言って、こちらの誠意を示すしかない」
「……それしかありませんな。まあ、ユキ殿もクリーナのことを思ってくれるのであれば、手を差し伸べてくれるはずです」
「ああ。というか、クリーナがユキ殿の伴侶でなければ、今回の竜騎士を運用すること自体が頓挫していたかもしれない。そう言う意味では、クリーナは素晴らしい相手を選んだと言っていいだろう」
そこまで話したところで、アマンダ後輩とユキ殿傭兵団が到着したと連絡が来た。
思ったより早いな。
とりあえず、この前と同じ部屋へ老師と一緒に足を運ぶ。
「呼び立てておいて、待たせてすまない」
私は部屋に入るなり、そう言って、お茶を飲んでいるユキ殿たちに軽く謝る。
「いえ。私たちもイニス姫様に話があって戻ってきていたのです。お忙しい所申し訳ない」
ユキ殿はそう言う。
私は淹れられた紅茶を飲んでから、口を開く。
「話か。すまないが、ユキ殿たちの話を聞く前に。私たちの話からいいだろうか?」
「ええ。かまいませんよ」
「そちらも気が付いているかもしれないが、今、アグウストは非常に不味い状態に陥っている。周辺諸国、大国のジルバやローエル、亜人の国ホワイトフォレストではなく、後方の小国の1つ、ヒフィー神聖国が我が国に対して宣戦を布告後、すぐに父上、陛下が視察していた地方を襲撃。陛下は民を守るために即座に連れていた親衛隊と地方軍をまとめて、迎撃に移ったが、敵の攻撃は苛烈。状況は悪いとみて、一帯の村や街に避難を呼びかけ、けが人の後送と伝令を兼ねて、王都まで事態を知らせてくれた」
この話を聞いて、驚いているのはアマンダ後輩とエオイド後輩だけだな。
「うそ、本当にそんなことが起こっているなんて」
「……ユキさんたちが嘘をつくとは思わなかったけど、これは」
やはり既に情報は掴んでいたか。
まあ、負傷兵が運び込まれているから、すぐに話は拡散するだろう。
くそ、治安維持のための兵士はやはり増強するしかないか。
「話は分かりました。で、私たちを呼びつけたのは、竜騎士の力を借りたいという話ですね?」
「話が早くて助かる。その通りだ」
「ええっ!? で、でも私、戦場なんか……」
「そこは心配しないでいい。別に最前線で戦えという話ではない。偵察をしてほしいのだ」
「より正確な情報の把握をしたいわけですね」
「ああ。今のところ、情報は入り乱れていて、どこまでが事実なのか測りかねている部分もある。調べてほしいのは主に3つ。1つ、わが軍と敵軍の位置。2つ、敵の数。3つ、父上の安否確認だ。最後の父上の件はそのまま連れて帰ってもらえるとありがたい。が、戦闘状態であれば、誤って竜騎士に攻撃を仕掛ける可能性もある。だから、できればだ。これがお願いしたい内容だ。どうだ、受けてはくれないか?」
「え、えーっと……、私はできると思うんですけど」
アマンダ後輩は内容を聞いていけそうだと思っているみたいだ。
問題はユキ殿の方だな。
「話は分かりました。しかし、私たちは竜騎士アマンダとエオイドの護衛を頼まれているのです。わざわざ戦地に、偵察とはいえ赴くのは、護衛としては頷けないのはわかりますね?」
「ああ。重々承知している。無論、ちゃんとフォローもする。学長には私自ら説明を行い、ユキ殿たちに非はないことを説明する」
無茶苦茶を言っているのは理解している。
他国の戦力を使わせてほしいと言っているのだ。
アマンダ後輩はまだこういう政治的なやり取りはないから、学友感覚で引き受けてくれたのだろうが、護衛として、学長から依頼を受けたユキ殿は、この事態がどれだけ不味いことか分かっている。
だから、しっかり話しておかなければ、後々大きな問題になりかねない。
「なるほど。ちゃんとそこら辺は考えているのですね。わかりました」
「分かってくれるか。ならば……」
ユキ殿が頷いたのを見て、私は協力を得られたと思って椅子から立ち上がろうとすると……。
『じゃ、ちゃんと契約の話をしないといけないね』
どこかで、聞いたちびっこ学長の声が聞こえた。
「この声は……」
「相変わらず、気持ちの悪い若い声ですな」
『相変わらず失礼だね、ファイゲル。君はすっかりおじいさんだけど、私はぴちぴちの乙女なんだよ』
「乙女どころか、子供の容姿ですがな」
『はあ、なんでここまで擦れたのかな。入学当初は可愛かったのに』
「貴女がきっかけでこうなったのです。で、そんなことはいいとして。何かまた発明をしましたな?」
私が困惑している間に、老師は淡々と学長の声とやり取りをしている。
『はっはっはっ。その通りだ。イニスはもうちょっと、事態を把握する能力をつけた方がいいね。というわけで、ユキ殿』
そう言われて、ユキ殿は腰に下げていた袋から、球体の水晶を取り出した。
見事な球体の水晶だ。
これだけでもかなりの価値があるだろう。
しかし、問題はそれだけではない。
水晶の中にうっすらとだが、ポープリ学長その人の姿が見え、それから声が聞こえる。
「が、学長!? いつの間に水晶になってしまわれたのですか!?」
『おおう。そういう反応をするかい。落ち着くんだ。ほら、ファイゲル。説明して』
「……突拍子もないものを作るのはしっていますが、まさかこんなものまで。コホン。姫様、これはおそらく、遠くの相手と連絡ができる魔道具ですな」
「なんだと!! そんな凄い物ができたのですか!!」
『そうだよ。コツコツと研究していたのが完成したんだけど。1個のコストがとても高い。だから、渡すにも安易な相手には任せられないし、悪用されたらとんでもないことが起こるのはわかるね』
「はい。それは理解できます」
『まあ、そういうことで。運搬に適した竜騎士アマンダの顔見せを兼ねて運ばせたんだけど、少し遅かったみたいだね』
「いえ。この状況は僥倖と見ます。これで、スムーズに話がまとまり、父上の救援にいけるのですから」
『うん。その前向きな姿勢。変わらないね。私としてはイニスの立派な姿を見れて満足だよ。そして、信頼もできる』
「では?」
私が期待するように学長を見つめると、優しい顔で微笑んで……。
『竜騎士アマンダ!!』
「ひゃい!?」
『アグウスト国の救援の嘆願を受け、それに応えることにした。今後、自分とエオイドの判断で、助けに入れ!!』
「はい!!」
『護衛の傭兵団は報酬上乗せで、アマンダたちの護衛を続けてほしい。無茶は止めるようにお願いする』
「了解」
そうやって、指示する学長は、昔と変わらずいい人だった。
『さて、こっちでも契約書類は作っておく。そっちも準備は怠るなよ。イニス』
「分かっています」
『あと、間違っても護衛のユキ殿たちを竜騎士アマンダ、エオイドと引き離さないように命令書を頼む。自由行動もね』
「はい。竜騎士アマンダ殿と護衛のユキ殿の傭兵団は私の直轄として扱い、自由に作戦行動を取れるようにいたします」
『うん。それなら問題ないよ。さ、あとは指示を出すだけだ。イニス、君ならできる。いい結果報告が来ることを祈るよ』
そう言って、声が聞こえなくなる。
どういう仕組みかわからないが、遠距離で連絡ができるのは本当に便利だ。
この件も含めて、学長にはしっかり感謝しなければいけない。
いや、まずは現状を打破してからだな。
負けてしまえば感謝することもできない。
「では、この地図を見てくれ」
そう言って、ファイゲルがおもむろに地図をひろげ、私は偵察予定地を伝えていく。
……父上。どうかご無事で。
ヒフィー神聖国。
何を企んでいるのか!!
ユキたちはどう動くのか!!
アグウストはどうなるのか!!
あ、そろそろ子供たちが喋るころです。
どなるか、わかるな?




