第1887堀:冒険者たちはそのまま旅に出る
冒険者たちはそのまま旅に出る
Side:ヴィリア
「そうですか……」
『まあ、そうだな。何かわかったことというか、敵の目的の答えというか、そういうのは分からなかった。悪い』
お兄さまがそう謝ってきて、私は不満だったのだということに気が付きました。
「ごめんなさいお兄さま。別にお兄さまが悪いというわけではないのに」
『気にするな。あの中身を見たんだしな。色々思う所があっても当然だ。それで、大丈夫か?』
「……はい。と言っても、お兄さまは心配しますよね?」
素直に問題ないと言ってしまってもお兄さまは気を遣うのはわかっています。
なので、素直にそう聞いてみます。
『まあな。あんな状態を見て心穏やかに過ごせるっていうのはまずないだろう。大人でもトラウマになるレベルだし、相応に傷を見慣れた医者としても、何をもってできた傷なんてのはわかるしな。はらわた煮えくりかえるんじゃないか?』
「……ルルアお姉さまは大丈夫でしたか?」
けが人を見て、真っ先に怒りを燃やしそうなのはルルアお姉さまです。
別に相手を殴り倒すというわけではなく、人を救うことをためらわない人ですから。
『もちろん運び込んだ南砦にすぐ向かってエノラと協力して対応に当たったな』
やっぱり。
いえ、ルルアお姉さまなら当然ですね。
『ま、今は落ち着いている。精神的には……時間がかかるだろうが』
「それは……当然です」
あんな目にあわされて平気でいられる人の方がおかしいのです。
それを考えればエノラお姉さまは強靭な精神力の持ち主だったのでしょう。
『と、胸糞悪くなる話は終わらせて、ヴィリアの方はどうだ? 急遽、殴り込みに参加になっただろう? 冒険者としての立場とか問題にならなかったか?』
「そちらに関してはなにも、というわけもなく、逆に信頼されてしまったようで……」
『一応、クリアストリーム教会の騎士たちをちぎっては投げって感じだったからな』
「あはは、流石に斬るわけにはいかなかったですからね」
殴り込みになったとはいえ、相手を殺してしまえばそれだけ相手も手加減が出来なくなります。
命がかかっているとなればです。
まあ、それでもドドーナ大司教の攻撃で重傷になっている人たちもそれなりにいましたけど……。
『しかし、クリアストリーム教会の騎士をぶっ飛ばしておいて評価が上がるっていうのはどうなんだ? 冒険者ギルドは協力体制なんだろう?』
「それはそうなのですが、もっともな話として、亜人とはいえ、非道なことを行う相手を支持するわけにはという話が上がりまして」
『ああ、そりゃそうだ。そういう常識は持ち合わせていたわけか』
「はい。幸いというべきですね。確かに排斥されてはいるようですが、自分たちの手で殺すなどというのは忌避感があるようです。それに他国では、捕縛とかそういうのに賞金が出ているようですし」
『そうだったな。つまり殺すことはタブーに近いわけか。その利用方法もばれたと』
「まあ、あくまでもギアダナ王国内のことではありますけど」
他国はもっと亜人排斥が進んでいます。
それでギアダナ王国の一部に亜人が逃げ込んでいるという……。
「そういえば、私たちがイアナ王国に向かうのは良いのですが、ギアダナ王国内に存在する亜人の町は大丈夫でしょうか?」
『確かに、ここまでのことをやっているのであれば、亜人の町っていうのはクリアストリーム教会が狙っていてもおかしくはないか』
「はい。気になります。ギアダナ王やダエダ宰相が隔離しているとは言いますが、結局のところ町一つで完結しているなどというのはまずないですし」
『その通りだな。敵というか、クリアストリーム教会の目的が亜人の排斥じゃなくて、その命というと違うかもしれないが、利用するってのは分かったんだ。集まっているところは危険だな』
お兄さまの言う通りです。
亜人を追いやりたい、排除したいのではなく、魔力を得るための生贄にしたいというのが、今わかっていることです。
つまり、向こう、クリアストリーム教会は亜人を確保したいというのが目的になりますから、お兄さまの言うように集まっている場所は狙い目となるわけです。
『……そのことはギアダナ王に相談しておこう。流石に、自国じゃないからな』
「あ、そうでした。つい、お兄さまなら何でもできると思ってしまって」
悪い癖です。
お兄さまに言えば何でも解決してもらえると思ってしまっている。
いえ、事実色々解決してもらっていますから、間違いではないんです。
お兄さまは凄い人なんです。
『ああ、ヴィリアの期待に応えられるよう頑張るよ。とはいえ、一人では無理なことも多いから、ヴィリアたちにも手伝ってもらうけどな』
「はい。任せてください」
そう、そんなお兄さまのお手伝いが出来ればと、この場に来ているんです。
それを忘れてはいけません。
『それでイアナ王国に向かう日取りとかに変更はあったのか?』
「えーっとそこらへんは……」
私が少し後方に視線をやったかと思うと、すぐにニーナさんがやってきて。
「予定に変更は無し。クリアストリーム教会との一件で評価はされたけど、表向きは無しになる。イアナ王国はクリアストリーム教会の影響が強いし、そこにやらかしたというか、殴り込みに参加したのは隠しておくってことになった」
『まあ、それが妥当だよな』
確かに、ギアダナ王国内ではその横暴がばれましたが、他国にその連絡が行くのはもっと後ですし、クリアストリーム教会の人たちがその話、噂を広めるわけがない。
下手にそんなことを言えば、私たちが狙われますからね。
安全の為にも何も言わずにイアナ王国に行くしかない。
「それに今回のことは口外禁止。ギアダナ王国からの発表を待つことになる」
『一介の冒険者がそんなことを言ってもただの眉唾だしな。それにギアダナはギアダナ王都だけのことで終わらせる気はないしな』
確かにあんな大ごとを、冒険者たちの噂話を頼りに拡散するわけがないです。
元から、このギアダナ王都の醜聞をきっかけに、ギアダナ王国内のクリアストリーム教会の強制捜査を行うという流れになっていました。
そんなことを考えていると、今度はキシュアさんとスィーアさんも会話に入ってきます。
「ま、それは納得できるが、私たちがいなくて踏み込めるのかって疑問があるんだよな」
「そうですね。今回はドドーナ大司教はもちろん、元々ギアダナ王やダエダ宰相がクリアストリーム教会との話しということで事前準備を整えていたのですから。次の場所は上手く行くでしょうか?」
確かに、二人の言う通り、今回は準備が相応に整っていたからこそできたことです。
ですが、ほかの支部に関しては、そこまで準備というか、関係者は揃わないはずです。
何せこの国の最高権力者はいないのですし、強硬というのは少し無理があるかと……。
『そこは考えているだろうさ。ま、エノラも引き続き付き合うって話だから、その場所に関しては問題はないだろう』
「え? エノラお姉さまが付き合うのですか?」
『ああ、本人の希望もあるが、現場での治療技術を見てギアダナ王やダエダ宰相もお願いしてきたわけだ。ちなみに、エノラたちを城に招いて、治療をしてもらう予定も考えているようだな』
「ははぁ~。まあ、見る目はあるか」
「ですね。エノラさんたちの治療技術を使って部下の統制を図ると同時に亜人の重要性を認識させるわけですね」
「話は分かりますけど……。本当にエノラお姉さまを派遣されるのですか?」
今でさえ、戦力は分散しているというのに、ここでさらに戦力を分けるとなると……。
『ヴィリアの心配はわかる。戦力を分けすぎて危険にさらされる可能性は高くなる。だが、タイミングがな。これ以上ないぐらいというのもある。北部の中央に位置するギアダナ王国との縁、そして協力体制、そして信頼を築くにはな』
「……はい。それは、そう思います」
いま、ウィードやオーエには北部に味方はいません。
戦地を南部の土地にしないためにも、北部の国々で協力してくれる国を見つけなくてはいけませんでした。
それがたまたまギアダナ王国だったというだけではあります。
『大丈夫。エノラの方にも護衛はつけるし、エナと同じ諜報部隊も付く。まあ、元々エノラの選抜した治療部隊はかなりの腕前のようだけど』
「それは……そうです。ドドーナ大司教が大多数を受け持ってくれましたが、それでもあの秘密の場所には護衛、というか守衛がいたのですが、それをあっという間に拳で沈めていましたから」
そう、あの場で戦ったのは私たち冒険者組だけではない。
エノラお姉さまの率いる治療部隊も戦って亜人たちの救出へと向かい、邪魔する者たちを文字通り拳で叩きのめしている。
もちろん、治療は最低限していますが。
『まあ、エノラたちがギアダナ王国内で活動することは、すぐにって話でもないから、もっと詰めるようにはする。ヴィリアたちはイアナ王国へ向かう準備をしてくれ。と言っても、もうできてるんだったか?』
「あ、はい。準備は終わっています。出発前に教会によったら事件を目撃したというのが最初の流れでしたし」
「がっつり関わったけどな。それでも、いや、だからこそ予定通りに出発して関わっていないってアピールにするんだろうさ」
なるほど。
あれだけのことが起きて、少しは私たちを駐留させるかと思っていたのですが、そういう考え方もあるのですね。
確かに、関わっていないのであれば、まっすぐに出るのが普通ですからね。
『一日遅れているが、それぐらいは簡単に埋められるか』
「走ればいいだけ、あるいは空を飛ぶ」
はい、どちらにしても、私たちの実力なら時速100キロは簡単に超えられるので、一般的な一日分の移動距離は簡単に追いつけます。
「そういえば、別に急ぐ必要はなかったんだよな?」
『ああ、あくまでも優秀ではあれど相応の冒険者だからな。北部の国々が驚くような速度で向かう必要はないし、道中魔物と遭うようならその情報も収集してほしいからな。道中の国もどんな様子なのかっていうのは情報が欲しい』
「わかりましたわ。とはいえ、そうなるとイアナ王国に到着するのは随分先になりますよ?」
『当初からわかっていたことだから大丈夫だ。ま、文字通り冒険者らしく動けばいい。そうだな、ヴィリアの経験にもなるだろうし、町に寄ったら一つ二つ依頼を受けてもいいかもな』
「私の経験ですか?」
忙しいときに、私の為に時間を?
そんな、私に時間を割く必要は……そう言いかけていると、お兄さまは続けて。
『そう、経験だ。まあ、ニーナやキシュア、スィーアも同じだが、北部の一般的な常識とか国々のある程度な風習とかそういうのがあるしな。ギアダナ王都の仕事でもそういうのを感じることはあったんじゃないか? ああ、仕事だけじゃなく、宿とかお店とかでな』
「確かに、そういうのはあります。というか、まったく同じというのは無いと思います」
似通っていることはあっても、細部まで同じというのはまずありえません。
だからこそ、どこの生まれなどというのはわかるのですから。
『そう。だから、そういうことからわかることもあるだろうしな。そういう意味でもヴィリアは初めての長期の旅だ。ニーナたちがフォローするから、色々経験してみるといい』
「なるほど。納得。確かにヴィリアにはそういうのは必要」
「まあ、良くも悪くもユキのところで育っているから、上品だしな」
「ああ、それはわかります」
え? 私ってそこまで上品なんでしょうか?
生まれというか、育ちはスラムなんですけど……。
ヴィリアたちはそのままイアナ王国を目指して旅っぽい何かにでます。
そのルートで便利な場所は押さえて、色々利用することになりますが。
そして、ヴィリアはユキの教育というと、ちょっと誤解がありますが、しっかり勉強しており上品というか貴族の娘と言っても間違いないぐらいに礼節とか教養はあります。




