第1867堀:晩酌とこれからの話
晩酌とこれからの話
Side:ユキ
『はぁ、こうしてユキ殿やオーエ殿と会う時が一番の安らぎになるとな』
『本当にですな』
そんなことを言いつつ、グラスを持ってゆったりと座っている姿を映しているのは、ギアダナ王とその宰相のダエダ。
2人は旧知の仲らしく、こうして飲むことも多々あるようだが、最近は亜人関連で大忙しらしい。
バカ貴族たちが騒ぎ立てていると。
『ぷはぁ、美味い。こんな酒がある国を攻めようなどと』
『ですな。料理も一流、菓子も一流。そして魔道具も一流。そんな国を敵にして損をするだけですな。遠交近攻ともいいますし、わざわざ遠方を攻める理由がありません』
そんなことを言いながら、エナが提供した酒と食事を楽しむ男たち。
ちなみにちゃんと護衛とメイドたちはいて、その者たちにもウィードの料理は振る舞っていて、そっちも好評なようで、懐柔用にそれなりの数を譲っている。
「エナが持って行ったものを気に入っていただけて何よりです」
『ああ、気に入った。これを気に入らぬものは舌が馬鹿だな』
『そうですな。好みはあれど上物の区別がつかぬということですからな』
『それで、ユキ殿。物資の輸送に関してだが、どうなっている?』
酒のグラスを置いて、そう話を切り出してくる。
いや、会話の流れからか。
「準備はしています。あとは、そちら側の準備が整えば受け渡しは出来ます」
ちなみに物資というのは、エナに持たせていた魔道具、地球的に言えば日常家電だ。
ジェヤエス王国同様、ミコスのカタログを持ってエナの慣れない説明でも、その家電の有用性に気が付いたようで、それを欲したわけだ。
亜人排斥を訴えている馬鹿を止めて、こちらに寝返らせるのに使えると。
まあ、こちらを排除するより、利用しようという考えになるよな。
『こちらの準備か。ダエダ、どうなっている?』
『そうですな、現在はクリアストリーム教会には伝えていますので、3日後には連絡がくるかと。ギアダナから出す護衛はシアナ男爵たちに頼む予定です』
『ふむ、シアナ男爵たちか。帰還させなくてよいのか?』
『そうしたいのはやまやまですが、その場合、トルル侯爵の手勢や、ほかの勢力が絡むことになりますな。いや、陛下や私の手勢を送る手もありますが、その場合オーエ王との連携に支障がでるでしょう』
『そういうことか。まあ、予定の出兵帰還はもっと先ではあるが、士気に問題はないのか? 元々無茶な出兵だっただろう?』
『そこに関しては、しっかりと説明して報酬を渡すしかないですな』
まあ、あれから月日を経たとはいえ、新たに編成するとなると面倒が増えるよな。
それを考えた場合、現在待機している部隊をそのまま使う方が早いし、情報の齟齬もない。
とはいえ、シアナ男爵たちはギアダナ王国の状態を考えると、ほぼ捨て駒状態で送り出されたような感じだしな。
生き残れたのに、再び最前線へとなると、士気を維持できず下がるのは避けられないだろうな。
元々、圧力により無理やり集められた感じだしな。
とは言え気心が知れたシアナ男爵たちと再び組むのであれば、俺としてもやりやすいのは間違いない。
ならば……。
「シアナ男爵たちにはこちらからも話をしましょう。あとは、母国に対してシアナ男爵たちの戦果を認める旨も。報酬だけでは戻り辛いでしょうし」
『ああ、そうだったな。ちゃんとやり遂げたことを国元に届けることは必須だ。シアナ男爵たちへの繋ぎをユキ殿頼む』
シアナ男爵たちとは、俺たちが随分と便宜を図っているし、今回のことを事前に説明すれば拒否することはないだろう。
なにせ、ギアダナ王国との繋ぎにもなるわけだしな。
自国での立場向上に繋がるだろう。
『元々無茶な話でしたからな。その辺の保証も国には回さなくてはいけないですな。そこら辺もクリアストリーム教会に請求しますか』
『いいな。今なら喜んで出すだろう。それで兵を出さなかった我々を非難していたんだ。各国への報償もクリアストリーム教会が出したとして、ギアダナ王国の権威に傷をつけたがるだろう』
『まあ、後でひっくり返しますが』
「何か方法があるのでしょうか?」
俺の協力というか、逆転を狙っているなら、ちょっと時間がかかりすぎるし、ギアダナ王国にとって致命的になりかねない。
なので、おそらくほかに何か作戦があるのだろうと思い聞いてみると。
『うん? ああ、ユキ殿には話していなかったな。ギアダナ王国がクリアストリーム教会とは折り合いが悪いというのは話したな?』
「ええ、伺っています」
だからこそ、亜人を匿ったりしているし、トルル侯爵に支援をほぼしなかった。
そして、こうして俺やオーエ王と会って話をしている。
『まあ、だから以前からクリアストリーム教会の脅威を排除しようと色々動いてはいたのだ』
『ユキ様やオーエ王の手を借りれば可能性は上がりますので、一度お話を聞いていただければとは思いますが』
「ああ、それは興味深いです。お話を聞かせていただけますか?」
まあ、手伝うかどうかは内容次第だな。
『難しいことではない。クリアストリーム教会の醜聞を握っているので、それを大々的に公言し、評判を落とす』
「なるほど。醜聞ですか。わかりやすい手ではありますが、それは私たちの手を借りる必要性が、というかこちらが手伝えることがあるのでしょうか?」
醜聞、つまり悪いことをしているっていう話だ。
だが、それは現地だからこそできることであり、ウィードが支援できるのは物資ぐらいだが、建前上輸送に時間がかかっていることを考えると、そこまで……という感じだ。
『ああ、何かを直接手伝ってくれというわけではない。いや、手伝ってはもらうのか?』
「それはどういう?」
『今、こちらで活動を始めているウィードの手の者がいるでしょう? そちらと協力という話です』
「ああ」
つまり、ヴィリアたちに何かをやってほしいということか。
とはいえ……。
「しかし、今侵入している者たちは、足場を固めているところです。そこまで直接的に手伝いができるとは思えませんが?」
そう、今ヴィリアたちはドドーナ大司教の元で実績を積んでいる最中で、いまのところ若手注目株くらいの知名度しかない。
『別に実際に何かをしてもらう……いえ、して貰うのですが、危険なことではありません』
「どういうことでしょうか? 話の意図がよく?」
矛盾していることを言われて俺も首を傾げる。
手伝うのに手伝っていないとはこれ如何に?
とんちか?
『難しく言うな。ユキ殿すまん。その醜聞を目撃してほしいというやつだ。所謂証人だ』
「ああ、そういうことですね。なるほど、確かに手伝いではあるが、手伝いではないですね」
偶然目撃したということだ。
まあ、証人が多ければ多いほど、教会の醜聞は事実となるわけだ。
少数だともみ消されるからな。
そして、ギアダナ王国としては、もみ消されては意味がないし、繋がりがない人がいることが正しさの証明となるわけだ。
だが……。
「話は分かりましたが、それでクリアストリーム教会の勢力を止められるのでしょうか?」
醜聞といっても大きい小さいがある。
まあ、ギアダナ王国が掴んでいることだ。
かなりの大問題だが、それでクリアストリーム教会が動きを止めるかと言われると疑問が残る。
『クリアストリーム教会の全体は難しいだろうが、ギアダナ王国内での工作は1年は確実に手が止まるだろうな』
『ええ、それぐらいの威力はありますね』
「時間は一年稼げるということですね」
『ああ、それだけあれば、ウィードとのやり取りはどうにかできるだろう。シアナ男爵たちもウィードに行ってから安全に過ごせる』
『ええ、そちらに行っているクリアストリーム教会も動きを止める最大の理由となります』
「ああ、オーエの制圧部隊と称して動かすクリアストリーム教会の人たちもそれで合法的に捕縛できるということですか」
確かに、それなら俺たちも遠慮なくクリアストリーム教会を押さえることができるな。
その間に調査を進められるわけだ。
『そうだ。どうせ、クリアストリーム教会はオーエへは重要な人物を送るだろうから、そこで得られる情報は多い方がいい。そこは任せる。その間にこちらもギアダナ王国内にあるクリアストリーム教会の内部調査を実行するつもりだ』
『そういうことです。そしてこちらもギアダナ王国内のクリアストリーム教会を物理的に押さえます。そうすれば一年は確実にクリアストリーム教会はギアダナ王国では確実に足が止まるでしょう』
「そこまでの醜聞なのですか?」
クリアストリーム教会を踏み込んで武力制圧できるほどの内容となると、とんでもないぞ?
いったい何が?
流石に興味を引かれるが……。
『ふむ。まあ、教えても問題はないか?』
『ええ、ただ気持ちの良い話ではありませんぞ? 今はこうして晩酌をしておりますし』
『ああ~、確かにそうだな。ユキ殿そこは構わないか? 酒が不味くなる話だ。後日でも構わないが?』
そういう気遣いでだいたい予想が出来た。
酒が不味くなる話であり、どの教会にも踏み込めるような醜聞となると……。
「いえ、なんとなくわかりました。独自に亜人でも確保して、拷問でもしていましたか?」
『『……』』
俺がそういうと、二人ともピタッと止まる。
当たりか。
「こちらでも、そういう事例がなかったわけではありませんので」
俺がそういうと、二人が不快そうに顔をゆがめる。
『どこも簡単にはいかぬのか』
「人が集まれは派閥が出来て争いますから。まあ度が過ぎてはいますが」
『そうですな。その意見には同意です。だからこそ、私たちは踏み込む予定です。とはいえ、一部をつついてはほかが潜られるので、なるべく合わせて動く予定ですな』
「そういうことですか。それで救出された人たちを衆目にさらすことによって、正当性を訴えると」
ま、そうでもないと、民衆から支持を得ているクリアストリーム教会に踏み込むことは出来ないよな。
だが……。
「話は分かりましたが、クリア教会のドドーナ大司教はそのことは?」
『知らんな。あの御仁は勢力が落ちてから子供たちの養育と教会の維持に力を回しているからな』
『ですな。それに、ドドーナ大司教の教え子たちがそのような非道をしているとなると、辛い現実を突きつけることになりますし、一人で潰しかねない』
そう言われるとそうだよな。
ドドーナ大司教はペトラと、支えているトップたちを信じている。
それでこの事実を伝えても、混乱をするか、下手すると一人で飛び込みかねない。
強いというのはそれだけで警戒する必要性があるな。
『ま、ということで、詳しいことはまた後日伝えるので、目撃に協力してもらいたい』
「わかりました。エナを通じて連絡しておきます』
ということで、そのあとは普通の晩酌に戻ることになる。
さて、ヴィリアたちにどう伝えたモノか。
待っているあいだにも犠牲者は出るだろうし、オーエとしては見過ごすのはなぁ~。
胸糞案件発見。
よくあることではありますが、それを簡単には摘発できないという面倒さ。
こういう勢力あいては本当に大変ですよね~。
モグラたたきのようだし、準備を整えないとどうしようもないと。