第1396堀:忙しい時も休みを忘れない
忙しい時も休みを忘れない
Side:プロフ
気が付けば時計は12時。
オレリアたちに仕事のやり方をさっさと教え、仕分けをした後はオレリアたちのサポートをしつつ、私は私で、自分の仕事に手を付けていた。
まあ、教えることもあるので実質仕事ができた時間は2時間もないだろう。
ギリギリで終わらない物もあるが、こういうのは時間を延ばして終わらせても休み時間が減るだけでなんの意味もない。
私一人ならともかく、部下もいるのだから部下が休みづらくなるのでここでペンを置くのはいつものこと。
これはオレリアたちも同じだ。
フィオラ様も時間に気が付いているのかこちらに視線を向けてきたので、私は頷きペンを置くと、フィオラ様もペンを置く。
「さあ、時間です。休憩ですよ」
「「「え?」」」
フィオラ様の宣言に驚いたように顔を上げる3人。
ホービスは昨日うまくやっていたはずですが、まあ午前中までに仕事を少なくするというのは未経験なのでペースを乱したようですね。
3人とも予定通りに終わらなかったようでもう少しと言いたげですが、そこを許可するわけにはいきません。
「フィオラ様の言う通りです。今日の通常業務はこれまでです。終わらなかったのは明日の分の一番上に置いてください。あと、明日は今日の分から始めるといいでしょう」
「い、いいのですか?」
「時間内にできなかったのですから仕方ありません。自分たちのペースを把握できてよかったですね」
オレリアの質問に私はバッサリと言い切る。
こういうのはちゃんと区切らなければずっと引きずりますからね。
「慣れてくれば速度もあがりますし、効率もよくなってきます。わからないやり方をしているのですから当然ですよ」
そう言ってフィオラ様はフォローをしてくれる。
「プロフ、言っていることは分かりますが、もうちょっと言い方を考えないと嫌われますよ?」
「別に彼女たちが無能とは言っていませんが、この程度でへこんでいてはユキ様の側仕えは務まりませんよ。それに、無理をするなと言っているのです。あと、昼食は予約を取っていますから、すぐに行きますよ」
「「「え?」」」
意外な言葉にオレリアたちは驚く。
はて、何か不思議なことでも言ったでしょうか?
「聞こえませんでしたか? 今日の昼食場所は勝手ではありますが、慣れない仕事で忙しいかと思い私が予約させていただきました。今日はお弁当を持ってくるなどは聞いていませんが? 間違いないですよね?」
「あ、はい。今日は仕事がどれだけ長引くかわからなかったので、持ってきていませんでした」
オレリアがそう言ってヤユイたちを見る。
ヤユイたちも視線を受けて頷く。
予定の仕事が午前中に終わらなければ、お昼休みにやってしまおうと思っていたからお弁当などは持ってこないで、終わればどこかに食べに行こうと思うのが仕事に真面目な人にありがちなことだ。
「フィオラ様は?」
「私も今日はどこかで食べに行く予定でしたね」
「では、大丈夫ですね。さ、早く行きましょう」
問題はなかったので移動を促すと、オレリアたちはちょっと戸惑いつつもついてきます。
そして到着したのは、ちょっとおしゃれなカフェレストラン。
「いい雰囲気ですね」
「はい。なんか、ユキ様がよく行っているカフェに似ているような」
「あ~。そういう感じがあるわね」
「確かにコーヒーやお茶のいい香りがする」
「気に入っていただけて何よりです。オレリアの言う通り、このお店はあのマスターのカフェで仕事をして修行をした人が食事をメインにして日中だけに絞ったお店です」
「え? 夜やってないんですか?」
ウィードでは珍しい。
明かりが電気として基本的に低価格で提供されているので、夜でも煌々としていて店舗を開けていても問題はない。
だから夜こそ仕事が終わった人たちが食事に来るので一番の稼ぎ時だとラッツ様から聞いたことがある。
その時間帯を放棄するというのは不思議だ。
もちろん日中にしかやっていない店舗もあるにはあるが、それは夜に需要がないお店だ。
だから不思議だったのですが、そういうのは説明を受けて納得しました。
「別に無理をして稼ごうとしていないのですよ。元々マスターのコーヒーにほれ込んだ人で、それを味わう余裕がある人。つまりお昼ぐらいでちょうどいいと考えたようです。女性向けというやつですね。夜はどうしてもお酒などが入りますから」
「なるほど」
私の説明にヤユイは頷く。
夜に開いている飲食店のお店は基本的にお酒は必須。
つまり、お酒による酔っ払いトラブルが付きまとう。
そして確かにお店の中には男性は少なく、女性が多くを占めている。
すると後ろから……。
「間に合った」
そんな声が聞こえて振り返るとそこにはニーナ様が立っています。
どうやら到着したようですね。
そう思っているとヤユイが頭を下げて謝ります。
「ご、ごめんなさい」
ああ、忙しくてニーナ様のことを記憶の外へと押しやっていましたね。
でも、ニーナ様は特に気にした様子もなく。
「別にいい。ここで食べるのはプロフから聞いていたから、私がただ遅れただけ」
「ニーナ様にしては意外と遅かったですね」
「ちゃんと仕事をギリギリまで頑張っていた証拠」
「そうですか、では間に合ったのですから食事を楽しみましょう」
「うん」
そう言ってニーナ様は私たちと一緒に席に着く。
そして、店員がやってきて……。
「いらっしゃいませー。って、あれ? 珍しいね、ユキさんがいないなんて」
「おや、ラーリィではないですか」
「やっほー。また来た」
「今日は私たちだけです」
フィオラ様、ニーナ様、そして私が普通に彼女に挨拶を返す。
ですがオレリアたちはちょっと戸惑った様子です。
……ああ、覚えていないのですね。
さて、どうしようかと思っていると。
「ラーリィ、冒険者業だけでなくこちらでも働いているのですか?」
「確か~、オーヴィクさんたちと一緒の冒険者だったわよね~」
上手くフィオラ様がお話をしてくれ、ホービスが思い出したようだ。
「そうだよ。まあ、3人は忙しいから覚えてなくても仕方ないよね。すごいんだから、知り合いに頼む仕事の量って」
「い、いえそのようなことは」
「あはは、大丈夫。ユキさんには言わないから。と、改めてウィード専属の冒険者のオーヴィクをリーダーとするパーティーメンバーのラーリィよ」
そう、このラーリィさんは私と同じく初期のころからウィードにいて発展に努めてきた冒険者であり、裏の活動もする数少ない人材だ。
「はい~。よろしくお願いしますぅ~。でも、その専属冒険者のラーリィさんが何でこちらに~?」
「私たちって専属の冒険者だけど、それってウィードからあまり離れられないのよね。代わりに月給がそれなりにもらえるんだけど、それじゃ退屈だし、ユキさんやラッツさんに相談して、こうしてお店を開いているってわけ。これで3店舗目ね」
「さ、さんてんぽ!?」
冒険者が引退を機にお店をやる話しは確かに聞きますが、3店舗もとなるとそれは商才逞しく聞こえるでしょうが……。
「あはは、別に私の実力じゃないわよ。こうして私はウェイトレスだし、実際動いているのはオーヴィクのもう一人の奥さんだもの。あとほかの仲間の知り合い。所謂出資ってやつね。もちろんラッツさんやエリスさんたちにも協力してもらったわ」
「「「なるほど」」」
そう、ラーリィさんやオーヴィクさんは元々ウィードの重鎮たちとの面識もあり、協力を引き出しているのです。
もちろん趣味もありますが、ちゃんと裏の意味もあります。
「じゃ、自慢の女性向けのごはん楽しんでいってね。はい、メニューは此方です。お決まりになりましたらベルを鳴らしてください」
そう言ってラーリィさんは手早くほかのお客さんの対応に向かう。
いや、慣れていますね。
最近はもっぱらお店の手伝いが冒険者ギルドでの仕事ですからね。
まあ、専属が働くような事態がそこまでないというのはいいことですが。
「うわー! すごいよ。このサンドイッチかわいい!」
「ほんとね~。あ、こういうのはオレリアが好きなんじゃない?」
「どれ? ああ、いいわねこれ」
考えに耽っているとヤユイを中心にメニューを持って賑やかにやっている。
どうやら気に入っていただけたようで何よりです。
すると横にいるフィオラ様が小声で。
「彼女たちに対する配慮、ありがとうございます」
「いえいえ、私も彼女たちとはこれから多く関わっていきますからね。ユキ様の主導だけでなく、こうして私から歩み寄る必要もあるでしょう」
「相変わらずこういうのはマメ」
「当然です。人との関係は簡単なことから崩れていきます。体調だってちょっとした無理から崩れていくものです。ユキ様たちはかなり無理をしがちなので、そこら辺のフォローは私がやっていくべきだと思いました」
そう、ユキ様たちはちゃんとやってはいるのですが、どちらかというと真面目に仕事を取り組み自分の時間をつぎ込むタイプです。
そんな姿を見た部下たちは休むにも休めませんので、こうして私やほかの中間管理職が意図的に休みを取らせているのです。
いえ、ユキ様たちの立場上仕方がないのですが。
本人たちはいたって普通に休みたいとぼやきつつ、普通に仕事をこなすので厄介なのですが。
「あ、あの、今の話から察するに私たちのために用意してくれたのですか?」
おや、どうやら話が聞こえていたようでオレリアたちがこちらを見ている。
特に隠す必要もないので。
「ええ、初めての仕事に食事が追い付かないことは私の部署の新人でもよくあることですからね。そういう時はこうして食事に連れ出すのですよ。上司の威光もあり無理についてきますからね」
「それって~、職権乱用じゃないかしら~」
「その通りですホービス。ですが、これで部下が良い状態になるのならいいことです」
「や、やっぱり、プロフさんって優しいんですね」
「はて、私は厳しいという評判だったはずですが?」
「そんな建前の評判なんて誰も信じてない。傍から見ればってだけ。じゃ、私はこのきのこクリームパスタ」
そんな雑談をしつつ、私たちはゆっくりと昼食を楽しむのでした。
休みを入れるのは絶対に必要。
精神的にも稼働効率的にも。
そしてゲームをするんだ。




