第1380堀:弱音を吐くのは
弱音を吐くのは
Side:ヴィリア
今日も今日とて学校が終わって、家に戻ってきますが……。
「お帰りなさいませ。ヴィリア様、ヒイロ様」
「お帰りなさいませ~」
いつものようにどこからともなくキルエお姉さまとサーサリお姉さまが出迎えてくれます。
「ただいまもどりました……」
「ただいま~」
私はいつものように返事をして靴を脱ごうとしますが、玄関の靴は少ないです。
現在この旅館に住んでいるユキお兄様の奥さんであり私たちの良き姉たちの半数はスウルスで命をとして敵と戦っているのです。
まあ、ドッペルで出撃しているので本体はこの旅館にあるのですが、それでも心配なものは心配です。
靴の有無は家にいるいないの証でもあり、そこは皆守っています。
だからこそいないというのがわかってさみしいのです。
「ヴィリア様、少々お具合でも?」
「先輩の言う通り元気がないですよ~? 学校でいじめでもありましたか~? 絞めます?」
私の変化に気が付かれたようです。
流石メイドを極めているお姉さまたち。
相変わらずこういう機微を感じ取るのは物凄いです。
メイドの道は奥が深く、道は程遠いようです。
「はい。ちょっとお姉さまたちが心配で、大丈夫だとは思うんですが」
「ヴィリお姉今日はやけに心配性。お兄が問題ないって言っている」
「そうだよね……」
心配するということはお兄様を疑うことだとわかっていても、それでも心配になってしまう。
何せ、相手はウィードをよく思っていない連中と組んでスウルスを攻めている馬鹿。
そう馬鹿なのです。
馬鹿には理屈は通用しません。
そんな相手に建前とはいえ説得をしなければならないなんて……。
私は強く手を握りしめていると、キルエお姉さまがその手を取って優しく包んでくれます。
「不安なのですね。戦争になるかもしれない、その矢面に奥様たちが立つ可能性がわずかにあることに」
「……」
否定の言葉は出てきません。
お兄様を信じないと言っているようなものですけど、それでも……。
「わかりますよ~。今までの相手と違って露骨にウィードに喧嘩を売っている連中ですからね。刺し違えてもって考えるバカがいてもおかしくないですし~。ですが……」
サーサリお姉さまはそういって、私が握っていない手を取り。
「向こう、スウルスに向かっているのは全員戦争経験者。何よりデリーユ様やリーア様の魔王と勇者コンビもいるんです。さらには、元将軍のエージル様、姫将軍のスタシア様。魔剣使いの補佐を務めていて、私たちとも剣を合わせたジェシカ様。さらには私の奥様、サマンサ様たちも一緒です。つまり旦那様だけではなく、奥様たちも信じてみませんか?」
「お姉さまたちを信じる……。いえ、私は信じているんです。いつもその強さをすぐそばで見ていました。……多分、この気持ちの揺らぎは私が弱いからです。お姉さまたちやお兄様がいないのが不安でたまらないんです」
「「「……」」」
「もう、慣れたと思っていました。ゴミを漁って明日死体になるようなことをしていたのに、それでもお姉さまたちがそんなことしていると思うと……役に立たないとわかってはいてもついて行きたかった」
せめて側にいれば何か手伝えることがあるんじゃないかって。
そこまでは口にでなかった。
だって、何もできないと判断されているからこそ私はここにいるんです。
お兄さまを困らせるのは本意ではありません。
そう思っていると……。
「良し、それなら今日はみんな帰ってくるように頼むか」
「え?」
「あ、お兄」
声をかけられて振り返ると、そこにはお兄様が立っていました。
「お帰りなさいませ旦那様、そして皆さま」
「旦那様、皆さんおかえりなさ~い」
キルエお姉さまとサーサリお姉さまは普通に対応しますが、私は今までの発言もあって何と言っていいのかわからない。
というか、失礼な発言もあったのでその場から逃げ出したかったのですが……。
ポン。
そう、お兄さまがいつかのように頭に手を置いたと思ったら、私の視線の高さまでかがみ。
「ごめんな。大きくなったからって不安が無くなるわけじゃないもんな。家族が危険なことをしているのは不安になって当然だ」
「あ、あう」
弱音はやはり聞かれていた。
お兄さまの役に立つって言ったのに、私は自分の情けなさに泣いて……。
「初めて会った時もこんな感じだったが、大きくなったな。今や俺の奥さんだ。だから、不安なら泣いていいと思うぞ」
「……」
そう言われて私はお兄さまの胸に飛び込んで声を殺して泣いてしまいます。
「まあ色々気持ちはあるよな。でも、こんなことぐらいでみんな幻滅したりはしないぞ。なあ?」
お兄さまはおそらく周りにみんなに視線を送っているのでしょう。
すると……。
「はい。家族を思うこと、そして無くす不安で悲しくなるのは当然かと」
「ですよね~。私だって、安全だとは思っていますけど心配はありますし~」
「はい。私も奥様たちのことは心配です。いくら手を回しているとはいえ」
「そうですよ~。だから、何も恥ずかしいことじゃないんですよ~」
「そ、そうです。むしろ、ヴィ、ヴィリア様たちは強すぎなんです!」
「ヤユイの言う通りです。ヴィリア様やヒイロ様はもちろんのこと、アスリン様やフィーリア様たちも強すぎです。それを求めるのは酷でしょう。なにより今まで弱音を吐かず頑張っていたのです。今日ぐらいいいでしょう」
そう、みんな言ってくれます。
「じゃ、お兄、ヒイロも~!」
「おう。ヒイロも……おっきくなったか?」
「ぶ~。ヒイロも立派なれでぃになってるよ~」
いえ、ヒイロはあの時から比べて5センチしか大きくなっていません。
あれだけ食べているのにです。
おそらく種族の問題かと。
と、ヒイロのおバカで少し私も冷静になれました。
少し名残惜しいですが、お兄さまから離れます。
「もういいのか?」
「はい。ありがとうございます」
お兄さまは相変わらずのようです。
昔から変わっていません。
あの時、頑張らなくてもいい、これから守ってくれると、泣いてもいいと言ってくれました。
普通ならみんな我慢しているのにというべきなのに、お兄様はこういう人です。
「そうか。じゃ、俺は寂しいから嫁さんたちを呼びだすとしよう。どうせ車移動で退屈だろうしな。いいか?」
そうお兄様が誰に聞いているのかと思うと……。
『おっけー。僕たちもいい加減仕事続きでうんざりしてたところだよ。こういうストレスは解消しないと、健全な、そして完璧な任務遂行は難しいからね』
『そうですね。私はヴィリアほど頑張り屋ではないので、素直にユキたちと食事でもしたい気分です』
『私も久々にのんびりと食事や談笑をしたいものです。ヒイロも元気でしたか?』
「ん、スタお姉、ヒイロは元気」
どうやら今までのお話は聞かれていたようです。
恥ずかしいやら、嬉しいやら。
『大丈夫よヴィリア。こっちもミコスがビビッてたんだから。それをなだめるためでもあるのよ』
『ちょっ!?』
『別に恥ずかしがることじゃないわよ。戦争が怖いっていうのは当然の反応なんだし』
どうやらミコスお姉さまも色々不安で不安定になっていたようです。
お兄さまはそういうこともあって提案したんですね。
いいえ、私だけのことであっても色々と理由を付けたに決まっています。
『あ、私も怖いで~す』
『リーア。露骨なのはどうかと思うぞ』
リーアお姉さまやデリーユお姉さまも話に加わってきます。
その様子を見て私は安心していることに気が付きました。
皆、いつもの通りです。
確かに不安なことはあるでしょうが、それでも大丈夫だと思わせる表情をしています。
でも……。
「あの今は確かスウルスのお姫様と一緒なのでは?」
そう確か今回の使者代表として、スウルスの第三王女のたしかハスニア様でしたっけ?
立場の高い方を放置するのはいかがなものかと、と思ったのですが。
「ああ、そっちのはいいのよ。どうせ夜は寝るんだし。使者とスウルスの兵は一緒だしね」
「セラリアお姉さま」
今度はさらにセラリアお姉さまがかえって来ました。
「話すにしても、明るい間よ。お互いの安全のためにもね。だから夜に席を外してもわからないわ。というかドッペルが残るから対応もできるから問題ないわ。何より、私たちが現場に行っているメンバーの話を聞きたいのよ」
「現場でしかわからないこともあるからな」
なるほど。
やっぱりそういうこともあったのですね。
ですが……。
「でも、ヴィリアも心配させたわね。私も気が利かなかったわ」
「陛下はタフすぎますから」
クアルさんの言葉でみんな笑っていると不意に。
『ちょっと~。私はドッペルじゃないんですけど~』
リリーシュ様から文句が来ました。
確かにそういえば、リリーシュ様は神様ですし、ドッペルを使ってはいません。
どうしたものかと思っていると。
「ああ、流石に全員はまずいだろうし、リリーシュとスティーブは居残りだ。大丈夫、スティーブに好きな料理を頼めばいい。色々預けているからな」
『ほんと? やったわ~!』
……すぐに丸め込まれたのはどうかと思いますが。
別に弱音を吐くことは悪いことではありません。
誰だってそうですから。
まあ、雰囲気を悪くするということもあるでしょうが、吐き出すことで代わることもあるんです。
家族だからこそというのもありますしね。
大丈夫、弱音は吐いていいんだ。
そして頑張ればいい。




