第1372堀:意外と余裕はありそうでない
意外と余裕はありそうでない
Side:エージル
「陛下のご命令とあらば。……ちょっと心配しちゃったけど~、変わってないようでよかったわ~」
あっはっは。
僕も大概ユキと一緒にいて、非常識に慣れてはきたけどさ。
いきなり王様にいいと許可を得たとはいえ、いきなり言葉遣いを変えるとか思わなかったよ。
ああ、いやユキはやってたけどさ。それをほかの人がするとやっぱり能力の違いがあるからヒヤヒヤする。
リリーシュ様の性格は知っていたけど、マジでやるかとも思っていた。
何せ、ちゃんとほかの王族に関してはしっかり受け答えしているからね。
間延びした言葉を使っているのは身内にのみなんだよ。
まあ、それも当然。
貴族に対して不興を買えばその場で首を落とされかねないしね。
リリーシュ様の首を飛ばせるとは思えないけど、教会の人々はベツ。
こういうのは関係者も含んでだからね……と、ああ、そういうことか。
この場で不興を買っても関係者、つまり僕たちは被害にあうけど、跳ね返せるってわけか。
そういう意味でも、信頼しているってことね。
いやー、本当にこの女神様すごい。
改めて感心しつつ会話を後方で聞いていく。
僕たちの出番はまだのようだしね。
まあ、馬鹿どもが襲い掛かってくるなら遠慮はしないけど。
「ぶっ。あっはっはっは! 本当に昔のままだ。美しさもさることながら、その肝の太さよ! 私が王子だと知ってなお尻を叩きおったからな」
「それはそうよ~。教会のお供え物ひっくり返したんだから、お仕置きは必要よ~。お父様、先代陛下からもばちっとやれって言われたし~」
お~、先代のスウルス王とも知り合いとか、どういうコネだよ。
いや、リリーシュ様のことだから何でもありとは思うけど。
「それでもだ。当時の悪童だった私を叱ってくれたのはリリシュ司祭だけだったからな」
「それはありえないわ~。執事さんもそちらの宰相さんもみんな怒っていたわよ~」
リリーシュ様の言葉に側に控えている年配の二人がうんうんと頷く。
まあね、誰からも嫌われている奴が王になれるわけもないし、怒りもするよ。
そんな王がいたとすれば、その国は危ないね。
「爺や宰相は加減を知らん。愛情が伝わる前に、痛さが勝ってしまう」
「そこは男の難点よね~」
むむむ、なかなか深い問題だね。
僕もユキと子供を作る予定だし、今生まれている子供たちにも色々教育はしているけど、愛が伝わる前に痛さが勝るか……。
考えさせられるな~。
「その通りだな。と、思い出話は落ち着いたあとでもいいか?」
「もちろんよ。まずは人々を助けないと~」
「ふふ、本当に相変わらずだな。その人々のために動くとこは。それでリテアの使者としてきたということは、リテアは軍を動かしてくれるのか?」
「ええ、もちろんよ~。と言いたいけど、ちょっと距離があるし、大陸間交流同盟を利用して動くことになったわ」
「どういうことだ?」
「ゲートっていうのは知っているかしら~?」
「ああ、ダンジョンの技術を利用した転移道具だな」
「そう。それで一気に駐留軍を集められて、移動も私たちが乗ってきた馬のいらない車で一気に移動できるの」
「なるほどな。それでどれぐらいでこちらに来られる?」
……ふうん。
やっぱりというか、リテアからの使者はまだ到着はしていないか、消されたってところだね。
伝令は子爵が押さえているって話だし、伝書鳩や使い魔報告は握りつぶされているね。
と、そこはいいとしていつ来られるかだけど……言って信じてもらえるのかな?
ちょっとそこは心配になっているんだけど……。
「もう到着して、北の町に進行中だった大氾濫は撃破しているわよ~」
おう、リリーシュ様ためらいなく即答したね。
そして、その言葉を聞いたスウルスの人々はその場でざわつく。
本当なのか? 嘘じゃないのか? うんうん、その気持ちはよくわかるよ。
「皆静かに」
ざわついた謁見室を王が静かにさせて改めてリリーシュ様に問いかける。
「その言葉に嘘はないな?」
「ないですよ~。車を大量に使った高速輸送と魔術師による砦の構築をして、大陸間交流同盟の兵の大規模攻撃で倒したのよ~」
砲撃に関してはぼかしているね。
言っても伝わらない……か。
「ふむ。では、安全になったということか」
「いえ~。それは早合点よ~。今回、リテアの庇護下にあるスウルスに大氾濫がおこったのだけど。それって偶然かしら?」
「む? それはどういうことだ? 意図的と聞こえるが?」
「それはまだわかってないけど。発生地点にはダンジョンは存在してなかったとリテアというか私は認識しているわ~。そちらはどうなのかしら? もしかして私が出て行ったあとに新しくダンジョンができてた~?」
「いや、そういうことはない。……なるほど、ダンジョンマスターが新しくダンジョンを作ったということか」
「その可能性があるんだけど、たかが1万程度でリテアはもちろん大陸間交流同盟が落とせると思うかしら?」
「それも……ありえないな。つまり、これで終わりとは思っていないわけか」
「その通りよ~。まあ、絶対ってわけじゃないけど、しばらくは調査をしたいの~。だから大陸間交流同盟軍の駐留と調査を許可してほしいんだけど~、どうかしら~?」
えーと、自然かどうかはわからないけど、言いたいことは伝えている。
「安全を取るのであれば頼むといえばいいのだろうが、その対価はどうなる? スウルスは大きい国ではない。大陸間交流同盟に対しての対価が支払えるとは思えん。何を希望している?」
スウルス王の言うことはもっともだ。
タダで助けてもらおうなんてのは頭が空っぽの証拠だ。
何事もにも対価は必要なんだよ。
大陸間交流同盟に入っていないことも問題だしね、そこのことでこうして面倒な会話が起こっている。
「詳しいことはリテアの聖女様と話し合ってもらう必要があるけど、無体なことにはならないわ~。無茶なことを言われれば私に言って~。ちょっとぐらいは影響力はあるから~」
ちょっとぐらいじゃない。
よほどのことでもなければ、リリーシュ様の言うことはリテアでは通る。
文字通り女神の言葉なんだから。
「ほう。リテアからの使者になったといい。それだけ権力を身に着けたか。昔は門前払いされたと言っていたが」
「そうね~、あれは悲しかったから頑張ったのよ~。あ、もちろん大前提に大陸間交流同盟に参加してもらう必要はあるわ~。今回はリテアが頼み込んでの特例だし~。本来他国に同盟でもない国の軍が侵入するって大問題だもの~」
あ~、なんか昔リテアの横暴を訴えに聖都に行ったけど門前払いにされたって言ってたっけ?
それを聞いたアルシュテールとルルアは青ざめていたって話だけど。
まあ、自分たちが祭っている女神様を門前払いとかそうなるよね。
「それはわかる。今回は緊急事態故、大陸間交流同盟軍の侵入は認める。書類はすぐに作る。それを渡してくれ。同盟加入に関しては問題はないと思うが、一応会議後に返答とさせてもらう。ほかに条件は?」
「ほかに条件は~、話してもらうことになるわ~。まあ、まずはスウルスに設置した同盟の砦を維持の許可と調査許可ね~」
「それは我が国を守るための必要なことで、お礼とは違うと思うが?」
「希望って最初はいってたでしょ~。お礼に関しては要相談ね~。まあ、無理な条件は本当にないと思うわ~。そうじゃないとほかの国も入れないし」
「確かにそうか。とはいえ、何もなしというわけにもいくまい。我が国のメンツにもかかわる」
「それはそうだけど、無理をして出してもらっても同盟の評判が落ちるのよね~。そういうのはさけるだろうから、要相談ね~」
うん、助けてもらったことに対してお礼は必須だけど、無理なモノを出してもらってスウルスが倒れてもらっては困るんだよね。
どの程度が最適か、そういうのを考える会議があるだろうね。
ユキやセラリアが頭を抱えそうだね。
「あ、あとは精霊の泉に訪問したいんだけど、ウィードが」
「ん? ああ、ウィードの王配がくるという話か? それに関しては許可を出しているから問題はない」
「そう、ちゃんと伝わっているようで何よりだわ。なんか北の町からの使者や伝書鳩とかは届いてないみたいだから心配したのよ~」
「「「……」」」
リリーシュ様、簡単に言っちゃたよ。
お前らの情報網どうなってんだって。
いや、どう伝えようかって悩んでたけど、直球ストレートで行くとは思わなかった。
おかげで、明るかった雰囲気が一気に凍り付いた。
「不思議じゃなかった? 私たちが説明したように、今回の軍事行動は下手をすればスウルスと敵対しかねないことよ~? だから私たちは北の町の方にも連絡は取ったし、リテアから大陸間交流同盟が軍を動かすって話も事前に行っているのよ~? そんな基本的なことをしないと思う~?」
「……その通りだ。今まで戦いが迫っているということで、失念していた。つまり、そういうことか?」
「ん~、ミスって可能性もあるとは思うわ~。ここでこうして私が聞いたことで知らぬ存ぜぬという人は出てくるでしょうけど、情報が止まっているのは間違いないし~、そこはちゃんとしておいた方がいいと思うわ~」
「わかった。まだ悠長にしているわけにはいかないようだ。すぐに会議を始める。その間リリシュ司祭たちは部屋を用意するので、旅の疲れをいやすとよい」
「ありがと~」
そう返事をして、僕たちは今回話すことなく終わったけど、これはあとで大荒れになるかな?
軍を準備している二国のこともどうするんだろう?
そこら辺の事情が聞ければいいんだけど……使者とつながっている人がどこにいるかもわからない。
とりあえず、ユキと連絡だね。
僕はそう決めて警戒を解くことなく、部屋へと行くのであった。
余裕があると思い込んでいると、ちょっとしたことで余裕がなくなるのはお約束。
そういう時に限って何かトラブルが発生するものです。




