第1365堀:残っているみんな
残っているみんな
Side:ルルア
「もう、何をやっているんですか」
「「「ごめんなさい」」」
そう言って、自宅の旅館の宴会場で横になるドレッサたち。
アルシュテール様とスウルス公国とのやり取りのため会議していたのに、呼び出されてみれば、懐かしの食べ過ぎでした。
初めてウィードに来た人ならともかく、なんでもう慣れているはずのみんながと思っていると……。
「ルルア。許してやってくれ。学校の年少組を連れてケーキ屋に行ったそうだ。アルフィンのな」
「……アルフィンさんのですか。まさか……」
「そう。今後の大陸間交流同盟の繁栄と子供たちの成長を願って、沢山のホールケーキをくれたそうだ」
ユキさんはただ言葉にしているだけなのに、顔色が悪いように見えます。
もちろん私も思わず手を口にやってしまいます。
ケーキ、それはとても美味しいものですが、何事も限度というのがあります。
甘いものは高級品。
それはこの世界では共通の認識。
その甘さの塊であり芸術であるケーキを目の前にすれば何としても食べようと思うのはわかりますが、食べ過ぎれば当然具合が悪くなります。
しかし、その容量は人によりけり、アルフィンはその甘さに対して食べる量の限度がないせいか、無限ではないですが、無限とも思える量を自分自身は食べられるので、善意でかなりの量を私たちに出してくるのです。
悪意よりもつらい善意というモノは存在するのだと思い知りました。
「……連れていた子供たちは?」
「そっちは無事らしい。最初に量を決めていて、残りは持って帰って寮でごはんのデザートで出したようだ」
「よかった」
集団で食べ過ぎで倒れたとか、それこそ風聞に関わりますからね。
しかもトラブルが起きているこんな時には避けたいものです。
「その代わり、食べないとアルフィンがへこむから、ドレッサたちが……」
「犠牲になったというわけですね」
善意には善意でしか返せない。
目の前でお店に来ているほかの人にお裾分けなんてすれば、食べられないといっているようなものですし、かといって身内を援軍として呼ぶわけにもいかない。
残された方法はある程度目の前で食べて見せて残りは学生たちで食べると宣言することだけだったと。
あまりの健気さに涙が……。
「普通に、ここで食べると時間がかかるから学生寮に持ち帰るっていえばよかったのにね」
「ドレッサたちはそこまで器用じゃなかったってことだな」
「ラビリスたちはそれで切り抜けたんですね」
「まあね。とはいえ、6ピースは食べたから今日の晩御飯はいらないわ」
「うん。おなかいっぱい……」
「しょっぱいものが食べたいのです……」
「あはは、甘いモノのあとはしょっぱいものですよね。でも、私はお茶だけでいいです……」
上手くかわしたラビリスたちもそれなりのダメージを負っているようです。
私も6ピースは行けますが、ラビリスと同じように晩御飯は減らすか遠慮するレベルのカロリー摂取です。
「で、私たちのことはいいけど、そっちはどうなの? スウルス公国王都訪問は?」
おっと、そうです。
私たちは今スウルス公国に訪れた大氾濫を止めるため、そして助けるために動いているのです。
何とか間に合ったスティーブたちのおかげで北の町の襲撃は防げましたが、王都や東の町の状況が分からないところで軍を返すわけもいかずに、リリーシュ様がリテアの使者として王都に赴くことになりました。
北の町に迫った大氾濫が敵の陽動だった可能性も捨てきれなかったのです。
……そんな知恵の回る相手がいるとは思いたくは無いですが。
それで現在ですが……。
「まだリリーシュ様たちはスウルス公国王都へ向けて移動中です。予定ではあと2日後。そういえば先行してドローンが様子を見に行っているようですが、そちらは?」
「ああ、たった今到着したって連絡が来てたな。情報を集めてはいるが、ぱっと見た目は普通に生活しているようには見える。兵士を集めているかはよくわかっていない。明日には先行している諜報部隊が入って王都の様子は伝えてくれるが……ほら」
そう言って旦那様は映像をだします。
「ふーん。普通の王都って感じね。まあ、夕方だし人通りはそこまでないわね。日中の状況を見ないと何とも言えないっていうのは当然ね」
「周りはどうなんですか?」
「それも今偵察中だが、近くにわかりやすい集団ってのはいないな」
次に旦那様はかなりの上空から撮った映像を見せてくる。
確かに王都を囲む壁の向こう側に軍がいるようには見えないですね。
「じゃ、残っている東の町は?」
「そっちは反対側だからまだ到着してないな。とはいえ、これで王都、北の町の安全は一応確認できたわけだ。中に侵入されていたとしても、状況からして王都の人たちをどうこうするつもりはないんだろう」
「そう? ダンジョンマスターならドッペルでも使って王様と入れ替わりとかありそうじゃない?」
ラビリスはすらっと怖いことを言います。
確かにドッペルを使えば、王を入れ替えることぐらい造作もないはずです。
「いやー、その可能性は低いだろう。ドッペルの再現性って普通は違和感ありまくりだからな。俺達の所がある種の制限解除してぶっ飛んでいるだけだから。もちろん、王族とかがその手の入れ替えを警戒していないわけないだろう? なあ、ルルア?」
「はい、確かにそうです」
ドッペルというモンスターは昔からいるので、入れ替わりに使われたことはままあります。
ですが、聖水をかけたり、聖域を作ると、簡単に姿がバレるのでそこまでということです。
私がそういうことを忘れているとは。
いえ、旦那様が用意しているドッペルを常識として見ていたからですね。
「ユキレベルでのドッペルを用意したとかは考えないわけ?」
「それならなおのこと大氾濫を起こさなくても徐々に入れ替えた方がいいしな。まあ、今回の混乱に乗じてって考えることもできるが……。それなら、なんでスウルスだ?って話になるんだよな」
「もっと他に抑えた方がいい国は確かにあるものね。大国とか。まあ、実験じゃない?」
「それもあるが、結局の所、実際確認しないと何とも言えないからな。ドローンや使い魔からの映像の鑑定でも、魔物が混じっているってことは無いな」
次に旦那様は鑑定結果の表を出してくる。
確かに、名前も職業もレベルもこのロガリ大陸の平均と思われる数値が並んでいます。
「じゃあ、今のところは無事ってことかしら?」
「多分な。ジャミングとか偽情報を掴ませている可能性もなくはないが……」
「敵の動きを考えると不自然ですね。あれだけ大規模な行動を起こしておいて、王都では圧力をかけることもなく面会をするのはありえないですね」
「そこなんだよな」
私の指摘に旦那様も首を傾げています。
「大氾濫の目的がさっぱりわからない。いや、人を襲って物資を確保しようっていう短絡的な話は分かる。現に殲滅した連中は西の町で略奪したと思える物資を運んでいたのは映像にも確認できているし、スティーブたちの現場調査でもそういうものがある証拠は挙がっている。でも、本来なら王都の方を先に襲うのが道理じゃないか?」
「目的がスウルス公国を下すっていうのならそうでしょうけど、自然発生っていうのも否定されていないわよね?」
「ラビリスの言う通り。その可能性もありますけど、警戒はしておくべきということですよね?」
「ああ、油断はしない。それは基本だ」
「発生したと思われる場所の調査はしているのよね?」
「してる。とはいえ、大まかな場所ぐらいでかなり広いからな。ちょっとした森もあれば草も生い茂っているから簡単に見つからないな。というか、そこもおかしいんだよな。元々ダンジョンがない国で、野生の魔物がほとんどいないような所から発生したって認識だ。そうなると人為的って考えるべきだが……」
「それにしては、ほかの動きがほとんどないですから不自然すぎるんですよね」
「なるほど。事前情報を考えると人為的なのに、やっていることが目的不明ってことね」
「そういうこと。まあ、これも調査で何かわかってくるかもしれない。とりあえず、ラビリスたちはウィードの内を頼む」
「わかったわ」
ラビリスは納得してケーキを食べ過ぎで顔を青くしているアスリンたちを連れて部屋に戻るようです。
まあ、食べ過ぎの際には薬を飲んでから横になるぐらいしかないですからね。
そう思っていると、今度はラッツとエリスがやってきます。
「どーもー。お兄さん私たちともお話しましょう」
「はい。私たちも事情を伺いたいです」
2人もラビリスたちと同じくウィードを守るためにじっと待っている側。
動向が気になるのは当然ですね。
「あ、僕たちも」
「はい。気になります」
「……スウルスは、みんなはどうなっているの?」
リエル、トーリ、カヤも集まってきます。
「そうだな。俺の言葉で聞いた方が安心できるか」
旦那様がそういうと全員頷きます。
彼女たちにはラビリスたちと同様に、情報は逐一報告されてはいますが、やはり旦那様からの言葉が一番安心できますよね。
「よし、食事をとりながら話そう。ラッツたちからの視点で何か見えてくるものもあるかもしれないしな」
確かに、ラッツたちからの意見も聞きたいところですね。
ということで、私たちは晩御飯を食べながらスウルスの状況を改めて話すことにしたのです。
「あ、ついでだ。車移動中のみんなにも話し合いに参加してもらうか。セラリアは親父さんと話しているから連絡だけしておくか」
いえ、どうやら家族そろって会議になるようですね。
待っている方もそれなりに気になることが沢山あります。
とりあえず、スウルス王都は今の所平穏。
不思議だね。




