第1333堀:本人からの意見
本人からの意見
Side:サマンサ
精霊。
それは魔術の根幹に存在するものとして、私たちのイフ大陸でも伝えられています。
いえ、今一緒にいる妖精族のナールジアさんも同様の存在として伝えられているのですが、ウィードにとっては妖精族は一般的に存在している種族となっています。
当初はこの妖精族の存在をイフ大陸のお歴々になんて説明をしたものかと思っていましたが、意外とナールジアさんやコヴィルさんがやりてだったので、そういう問題は回避されています。
なにより、彼女たちが生産している魔道具などはとても便利であり、唯一無二の物が多いですので、無理をしようというのは起きないでしょう。
おまけ程度ではないほど魔術も達者ですし、魔術の素養が低いイフ大陸にとっては礼をつくして迎え入れたい存在です。
ですが残念ながら魔力枯渇現象が著しい我が土地に妖精族を招き入れるのは、かなり困難なので今のところめどはたっていません。
いつかそういう面も解決されるといいのですが……。
と、そんなことを考えていると、ウィードのアウトドア用に設置している区画の森の入り口にログハウスがポツンと建っているのが目に見えてきます。
「久々だけど森の精霊さん元気かな?」
「どうでしょう。あの御仁は病気とは無縁のような気がしますが」
リーアに森の精霊の体調を聞かれて首をかしげるしかできません。
正直、森の精霊と私たちの付き合いはそこまで深くありません。
リリーシュ様たち女神のように積極的に私たちとかかわろうとはしないからです。
そっとしておいてほしいという要望に従い、居住用の家を用意して、それからは地表の森の開拓に関してちょっと意見をもらう程度にしているのです。
悪い御仁でないのは、今の協力体制をみるに理解出来るのですが、かといってどうにもつかみづらい御仁なのです。
まあ、その理由は先ほどの話し合いで「精霊は物質が意識を持ったものである」という推測を聞いて納得した部分もあります。
もともと物質だったのですから、感情というモノが育ちにくいのでしょう。
ですから、心に動きがあまりないので、相手の心を読んで外交などに活かす私たちには何ともやりずらいということだと思います。
そんなことを考えていると、車が止まります。
「よし。ヤユイ駐車できるか?」
「はい」
ユキ様の言葉にヤユイさんが反応して、駐車スペースに普通にバックで停めます。
これ、大型バスなんですが、普通に運転しています。
私たち妻たちも一応車両の技術はスキルとして叩き込まれましたが、ここまでスムーズにできるとは思いません。
スキルによる学習というのは知識としてあるのですが、慣れはありません。
つまり、練習は必須なのです。
剣の扱いが上手いだけでは達人に勝てません。
何事にも言えることですが、技術というのはあくまでも手段の一つであり、多くの知識とかみ合ってさらに大きな力となります。
例え剣が10の力があっても、ほかの力で総合的に相手に負けていれば勝てないのです。
なので、私たちもある程度練習を重ね、私ならば魔術と体術を組み合わせた戦い方をしています。
ですが、このヤユイは、その練習をそこまでしていないのにも関わらず、車を手足のように動かしています。
「ヤユイって運転上手だよね」
「ええ。そうですね」
つまり、ヤユイにはおそらく才能があるのでしょう。
たまにそういう人がいるのは知っています。
剣や魔術というその一本だけで全てをなぎ倒してしまう特化の人。
まあ、ウィードにはそういう人たちが集まっている気がするのですが、ヤユイは特に珍しい。
乗り物というモノに適正があるのでしょう。
これは決して、私たちでは見つけられなかった才能。
最初はユキ様がヤユイに運転させるといったときには驚いたのですが、なぜか周りの人たちは反対をしなかったのが不思議でしたが、こういうことがあったのですね。
「あとで運転のコツとか教えてもらおうっと。なんか急発進急ブレーキでユキさん怖がるんだよね」
「あはは……」
リーアさんは何というかスピードを求めるタイプですからね。
運転ができるイコール乗って心地がいいというわけではないというのを私は理解しました。
スキルが万能ではないということもです。
ヤユイがどれだけリーアさんに対応できるか楽しみではありますね。
そんなことを考えつつバスから降りると、森の木々が揺れる音と共に優しい風が体を撫でます。
「ふう。なんというか落ち着きますわね」
「だね。今じゃずっと屋内とか人工物に囲まれているし。なんか村で過ごしていた時を思い出すよ」
「ですわね。私も故郷を思い出しますわ」
なんというか、ウィードは人工物が多すぎて自然の中にいるという意識が希薄になるんですよね。
それを緩和するために、道には木々を植えて、公園などを用意してはいますが、こうして自然の中に足を踏み入れたときの感覚はやはり違います。
深呼吸をして森の香りを吸い込むとさらに落ち着きます。
自宅の裏にある森でよく遊んだことを思い出します。
「おやおや、今日は騒がしいですね」
不意にそんな声が耳に届いて発生源を見てみると、そこには老人のように見える人がたたずんでいます。
先ほどまでは誰もいなかったはずですが、この御仁はそういう人なのです。
そう、この人は森の精霊。
「よう。来たぞ」
「わかっていますよ。しかし、今日は人数が多いですね」
「ああ、ちょっと仕事に関わることだからな」
「ん? 森の拡張に関しての話はもう終わっているはずですが?」
「そっちじゃなくて、精霊の話」
「私の?」
「ああ、最近の動きとかは知ってるか?」
「それはもう。私、これでも人の生活には興味がありますからね。いよいよ留学生制度が始まるようですね。と、狭いですが家へどうぞ」
ユキ様と私たちはそんな話をしながら森の精霊の家へと入ります。
木で作られたログハウスで自然の温かみを感じる作りで、家具なども木製の物を中心に置いてありますが……。
「コーヒーでいいですか?」
「ああ」
なぜか、コーヒーを淹れる道具はもちろん、キッチンなどはウィード標準のレベルになっているのが不思議です。
いえ、便利なのでいいのですが。
「それで、私の話というのは? 留学生制度で関係していると?」
「ああ。詳しい話だが……」
ユキ様は差し出されたコーヒーを飲みながら、希少種族の保護に関しての説明を始めます。
掴みづらい御仁とはいえ、会話はできる方なので特に問題なくユキ様の言いたいことは理解したようで。
「なるほど。それで、私たち精霊の定義や容姿などを知りたいということですね」
「そういうこと。ナールジアさんに話を聞いてはみたが、どうも掴み辛くてな」
「まあ、とはいえナールジアさんのいうことに間違いはないかと思います。私たち種族?に共通の身体的特徴などはないですからね。あるとすれば、こうして……」
森の精霊はそういうとすぐに姿が掻き消えて、次の瞬間にはキッチンの方へ現れて。
「こういう転移ができることぐらいでしょうか? とはいえ、転移とは言うわけでなく、個体化を解いただけですが」
「魔力になって、そっちに移動したってわけか」
「理解が早くて助かります」
「理屈は分かるが、どうやって記憶などを保持しているかわからないんだよな」
「そういうのは専門ではないので何とも。どうぞお代わりです」
「ありがとう。まあ、魔力化した際に自分の物とわかる印でもつけているんだろうけどな……」
ユキ様はそんなことを言いながらコーヒーに再び口を付けます。
その内容はまあ、私にはかろうじてついていけるかどうかの話になっていますが。
「そういえば、魔力化して空気中にいる際には意識があるんでしたっけ?」
「ええ。そうでもないと移動できないですからね」
「ふむ。その時も思考ができるということはそういう機能が動いているということですよね。魔術の行使も出来たと聞いていますが」
「できますよ。まあ、姿を見えなくしているのと同じかと」
「いや、こちらの攻撃が当たらないから全然違うからな」
確かに、透明化していても攻撃は当たりますが、精霊は魔力化すれば物理的、魔術的攻撃は効きません。
つまり無敵状態で攻撃ができるわけです。
話を聞けば聞くほどでたらめな存在だと思うのですが……。
「で、魔力化が精霊の特徴か。うーん、やっぱり各国にはその情報を流すだけで精いっぱいか」
「ですね。私もそうとしか説明ができない。だからこそ、私に話を聞きに来るのが最後になったのでしょう?」
「まあな。ほかの視点でこれだってものがあればよかったんだけど、結局聞きに来ることになった。騒がしくして悪いな」
「いえ。この程度のことであれば問題ないですよ。商業区にも私は散歩や買い物に行きますからね。とはいえ、ほかの精霊も友好的だとは思わない方がいいでしょう。私たちは一人しかいない種族のようなものです。知識に偏りは出ますし、趣味嗜好に関しても人とはかけ離れている。人と対話に意味を見出すのも稀でしょう」
私が苦手意識を感じている理由が分かった気がします。
彼らは人でないから、会話が成立しない。
権力も物も通用しない。
つまり、私が交渉する力を持っていないということになります。
外交官としては不適切だと突きつけられる相手。
うん。これは私が苦手だと思うわけです。
「近々水の精霊に会いに行こうと思っているけど、どう思う?」
「私はその水の精霊のことは知りませんのでなんとも。誰か会ったことがあるのですか?」
「ある。その人の紹介でナールジアさんとかを連れて行こうかとは思っている」
「ふむ。一度面識がある人ならば多少はましでしょう。とはいえ、油断は禁物です。水ともなるとどこでも力を発揮するでしょうからね。気を付けて」
「ありがとう。ああ、それとよければ少しデータ取らせてもらえないか? 精霊が捕獲される心配とかもあるからな」
「ふーむ。ユキや奥方たちを信頼していないわけではないですが、即答は避けたい。いいですか?」
「当然だ。断ってもいいから。気が向いたら連絡してくれ。ああ、場所はウィードの病院で」
「わかりました」
ユキ様を相手にここまでのことを言える人はそこまでいません。
各国の長、あるいは要人ぐらいのものです。
やはり精霊というのは、人とはあり方の違うモノなのでしょう。
と、思っていると……。
「森さん。最近どうですか?」
「ああ、リーアさん。お元気そうでなにより。最近はお勧めしてもらった週刊ウィードが楽しいですね」
「でしょ。ミコスが作ってるんだけど美味しいお店とか行ってみた?」
「行きましたよ。美味しいものは多くていいですね」
……意外と身近な存在なのでしょうか?
いえ、リーアさんが勇者だからでしょうか?
うーん、ともかくまだまだ学ぶことは沢山あるということですわね。
当事者にお前は何者かと聞いて答えは意外と帰ってこない。
自分のことはよく知らないというのはあることだよねー。




