第1316堀:侵入者について
侵入者について
Side:霧華
「こちらいつもの書類です」
私はそう言って、総合庁舎の住民課の部長に対して書類を渡します。
「霧華様いつもありがとうございます。しかし、いつまでも住民課なのに部長っておかしいですよね」
と、住民課のトップのプロフがそう言って苦笑いをします。
「仕方ありません。元々の規模を考えると一つの課でおさまる程度だったのです。部署の組織変更がまだ追い付いていないというのが現状です。今回のことで主様もそれが理解できたことでしょう。とはいえ無理やりに変えても混乱が起こるだけでもありますからここからも大変になるのでしょうが」
「わかっていますよ。何せ私は情報課の部長も務めていますからね」
受け取った書類をピラピラして苦笑いをするプロフ。
そう、彼女は情報課の部長も兼ねています。
彼女は私やキルエ様が見つけ出した人材で二足の草鞋を履いてもらっています。
何せ住民課の情報はそのまま情報に直結しますからね。
わざわざやり取りをする理由はありません。
「それで仕事が遅延していると見せかけたのはいいですが、出来なくはないんですよ?」
「それができるのは住民課ではプロフあなただけです。そしてその能力は希少です。上層部でも主様、タイゾウ様、シェーラ様、ラビリス様、キルエ様ぐらいでしょうか」
「おや、霧華様がユキ様以外の人物を上げるとは思いませんでした。というかマルチタスク処理なら霧華様もできるでしょう? 女将もやっているのだし」
「必要があればやりますよ。ですが、この程度のことウィードの人々でこなしてもらわないと困りますから」
「確かに。住人課の連中、発想力が皆無ですよね。無能ばかりだ。予見ぐらいできるだろうに」
そうゴミみたいに言い捨てるプロフはかわいいあどけない少女の顔をしながら言っていて違和感がありまくりです。
とはいえ、だからこそ情報課の部長もまかせているのですが。
「無能という割には、叱責もほどほど、改善もしてあげているのですね」
「そ、それは、ちゃんと試験を潜り抜けた者たちですし? 勝手に切り捨てたら人事部から文句言われますし、怖い上司とか思われると面倒でしかありませんから」
そう、別に厳しいだけの上司ではない。
ちゃんとフォローや後進を育てているのも事実であり、実に優秀だ。
とはいえ……。
「あの……仕事だから頑張りましたけど、ユキ様に不興を買ってはいないですよね? 露骨にユキ様を狙って計画なしでやるからって言っちゃったんですけど」
と、いきなり先ほどの悪態が嘘のようにあわあわ言い出すプロフ。
この子の弱点。
主様を好きすぎるんですよねぇ。
プロフは第6次移住できた子で、リテア聖国のスラムから来たのです。
その時に主様から直接治療されたときに好きになったようですが、どうも女になりたいとかではなく仕えたいという方だったんですよね。
いえ、命令さえすれば喜んでやるでしょうが、固まって仕事にならないでしょう。
そう、主様が好きすぎて、仕事モードじゃないとまともに話せないのです。
プロフが休日の時にたまたま主様の付き添いとして町に出ていたときに遭遇したのですが、100メートル先でこちらに視線を向けたまま硬直していました。
まあ、仕事に関しては主様に対する絶大な忠誠心と能力があるので、こうして私の部下として総合庁舎の一部を切り盛りしてもらっています。
もちろん、奥様たちもプロフのことは知っていまして仲は良好です。
ですが、主様に会わせようとすると全力拒否。視界に入れば100メートル前で硬直してしまうという意味不明の状態異常なので主様が近寄ってフォローするのは難しいと全員の判断です。
だから今回仕事モードで主様の不手際を指摘するという役回りでひどくうろたえているようですが……。
「心配はいりません。むしろ主様は感謝していますよ。迷惑をかけたから何かお詫びをと思っています。なので個人的に食事でもお願いしましょうか?」
「い、いえっ! しょ、しょんな恐れ多い! ユキ様わ、私のような者とは……」
「なんで提案しただけでカミカミになるんですか……。とりあえず、主様はしっかりとプロフのことを今回のことで改めて認識しましたのでそこら辺を治すいい機会と思いなさい。私や奥様たちもフォローをしますから」
「おくひゃまたちも!? だゃ、だめです!」
あ、いえ主様だけでなく、奥様たちもこの子は大好きなのです。
まあ主様よりはマシでそれなりに話せはしますけど、この調子なので苦笑いをしつつもかわいがっているというわけです。
なんでこんな妙な性格なのでしょうか?
これ以外は本当に優秀なのですが。
……違いますね。悪態をつきながら、つまり悪いところを露骨に突いてくるので、最初の新人たちの評判は良くないです。
付き合いが長い職員たちはちゃんとフォローをしているのは知っているので、部下がプロフのサポートしている感じです。
まあ、住民課には良い顔をしてはいますが、キツイのは情報課ですね。
スパイの真似事をやっていますので、下手すれば命を落としますから厳しくやっているようです。
「言い訳は聞きません。何より預けた情報でのやり取りもあるのです。仕事だけでなく突発的に話すことが増えるでしょう。その際100メートル先から固まって答えないつもりですか?」
「うっ。そ、それは霧華様が伝えるっていうのは……?」
「私も出来ればそれがいいでしょうが、出来ない時もあります。情報収集の仕事は年々規模が広がって人手が足りないのです。だからこそウィード内部の情報に関しては一部あなたに任せるようにしたのですよ。わかっていないとは言わせません」
「……はい」
「ならば、その性格、癖は治しなさい。そのせいで暗部が抜けて主様が倒れてしまえばそれで終わりなのですから」
「そんなことはさせません!」
「ならその決意を実際に行動に移しなさい」
こういう時の返事は素早いんですけどね。
プロフに関しては主様にこの事情を話しておくとして……。
「無駄話をしましたが、そちらに渡した情報で動きがあるモノはいますか?」
「こちらで動きを確認しているのは此方の3組です」
すぐにプロフは笑顔の仮面をつけて用意していた書類をこちらに差し出します。
私はそれを受け取り、中身を確認します。
「もうしっぽを出しましたか。しかも3組も。我慢ができないのですね。しかも家族ぐるみとは……」
「まあ、あからさまに偽装ですね。こちらでも追えましたら、ウィード内でやり取りまでしているのですから、多分こちらの動きを見る者かと。ですが、露骨に何かをしているわけではありません。雑談や手紙でウィードの内情を伝えているだけです。ここで警察が動いてもただの雑談とかわされます」
「もちろん泳がせますよ。ただの情報のやり取りならどこの国でもやっていますから。とはいえ、露骨に反ウィード連合と名前を付けている連中がそういう風に動いてるとは思いませんでした」
そう、なぜ会話や手紙程度でスパイだと判断できたのかというと、鑑定システムでの称号からです。
ウィードはダンジョン都市。
その機能を使って余程強固なジャミングでもしていない限りステータスを見ることができるのです。
素性も丸わかり。
まあ、主様はステータスの表記については懐疑的ではあります。
数字など武器や防具、道具を使えば簡単に変動しますからね。
それを見て油断をしたくないと言っています。
ですが、素性、称号については別です。
私も鑑定の能力は主様に仕えてから使ってはいますが、素性に関しては「本人がそうだと認識」していること、又は「多くの人が当人をそのように認識」していることが必須となっているのが分かっています。
分かりやすい例は、モーブ様たちです。
当時エルジュ様たちを襲う前にガルツの侵攻軍としてロシュールの村や町で略奪をしていました。
その際に殺人などの称号、賞罰がついていたのです。
戦争の際の殺し略奪などはこの世界において当たり前のことです。
敵国の力を削ぐために人を殺すし、物は奪うのです。
つまり、悪いことではないのですが、モーブ様たちにはそういう賞罰がついていました。
逆に他で戦争に参加していたガルツの兵士には殺人などの賞罰はありませんでした。
これが認識で素性、称号、賞罰がついている理由だと考えました。
「ま、普通は自分たちのステータスが覗き見されているとは思っていないでしょうから。とはいえ、今回の書類も多いですね」
「ええ。数にして20名はいます」
「はぁ、素性が分かるのはいいですが、これ全員が全員敵対するかどうかは分からないんですよね。実際反ウィード連合の称号がついていても3組以外の者たちは手紙を出すことすらしていないですから」
「下手に動いている3組を押さえれば動かなくなるのは目に見えていますからね。今は監視をするしかないですね」
「すでに入居している反ウィード連合と合わせるとこの分だと50名に届きそうですね」
「……嫌な数字ですね。何かあればこの50名及び、観光客として侵入している連中が一斉蜂起しかねないです。武器などは持ち込めませんが、この数を留学生たちやその関係の人々、さらには観光客などに被害なく鎮圧するのは至難だと思います」
「十分にいまのままでも脅威ということですね。幸いなのはウィード国民の中ではそういう不満を抱える者たちはいないところでしょうか」
「それは甘く見すぎでは? 馬鹿とは言いたくありませんが、人は騙されやすいです。私が神の奇跡を求めてリテアにずっとしがみついていたように……」
プロフの言葉には確かに重みがあります。
実体験だからこそでしょうか。
確かにこれから妙なことを吹き込まれない可能性はないとは言い切れません。
「……プロフ。時間を取るつもりでしたが、やはりこの現状はすぐに報告した方がいいでしょう。先ほどの意見も含めて貴方から主様に報告なさい」
「ええっ!?」
慌てるプロフですが、まずはお国のこと、主様のことが大事です。
ちゃんと諜報部は下部組織を作って動いているのです。
霧華は諜報部トップとしてそういう意味でも多忙。
さて侵入者に対しての正しい対処ってなんだろうね?




