第1313堀:総合庁舎の現状
総合庁舎の現状
Side:フィオラ
私は今、感動を覚えています。
旦那様が最初は一人でダンジョンを作って切り盛りをしていたというのは知っていましたが、その切り盛りを支えたとされる魔物。
いえ、ゴブリンのスティーブ将軍との思い出の会話。
内容に関しては私も覚えがある予算とかそういう話でしたが、そこには確かに旦那様たちにも始まりがあったというのがわかる内容でした。
神の使いとしてきたユキ様は最初から余裕があったのでは、というイメージが抜けませんでした。
いえ、まあほかの人から比べると余裕があったのはわかりますが、ただのゴブリンを配下として運用するしか力がなかったというのはなかなか想像を絶するものです。
ゴブリンの戦力評価は正規兵換算で10分の1です。
つまり10体のゴブリンがいてようやく正規兵士1人分という何とも低評価なものです。
ということは、ユキ様の初期戦力はどこかの軍というべくもなく、農民数人程度だったというのが分かります。
それで敵、モーブたちのような高レベルの冒険者たちを退けてきたというのですから、それは物凄い難易度だったのでしょう。
さらに、教育での戦力向上。
それはわかりますが、それをゴブリンに施そうというのも驚きです。
先入観というものがなかったのでしょう。
いえ、そういえば旦那様は弱い魔物を最強にするのが楽しいと言っていましたね?
そういう矜持があったのでしょうか?
まあ、どういう理由があったにしろ、今では目の前を歩くスティーブ将軍は、戦争での戦いに関しては奥様たち以上の戦力を持つとされています。
銃器による遠距離攻撃、重爆撃などがあるのですからその通りとしか言いようがありませんが、剣と槍、そして弓がメインの武器の私たちからすると苦笑いしかありませんが。
本人たちはそんな時代遅れの武器嫌だというんですよね。
私も最初は何を言っているんだと思いましたし。
と、そんなことを考えているうちに私たちはウィードの治政、行政の中心である総合庁舎に到着しました。
ここにはウィードの住民の管理や財務管理など心臓部ともいえる場所です。
いつか祖国のダファイオにも導入したいものも沢山あります。
そこで目に映ったのは……。
「旦那様。意外と混んでいますね」
「そうだな。まさか立って待つ人もいるとか……」
そこには住民課で受付を待つ人たちがあふれる……とまでは言いませんが用意している椅子に座ることができない人がいるぐらいには人がいます。
子供を抱えている女性やお腹の大きい女性もいますから、どこからか椅子でも運ぶようにオレリアたちに指示しようかと思っていると、職員たちがソファーをもって現れます。
ほっ、ちゃんと動いているようで何よりです。
と、私は安心していたんですが……。
「よし、ついでだ。みんな待っている人たちの体調確認をするぞ。それぐらいはできるな?」
そうでした。待たされているんですから、体調が悪くなっているかもしれません。
「「「はいっ」」」
旦那様は即座に判断をして私たちはすぐに返事をして、その場に近づきます。
職員たちは旦那様を見てはっとした様子で、すぐに直立不動に陥ってしまいます。
まあ、国のナンバー2が現れれば当然の態度だとは思いますが、いきなり止まるものですから待っている人たちはどうしたものかと首をかしげています。
「硬くならなくていい仕事を続けてくれ。皆さん、お待たせしてもうしわけありません。ただいま椅子を運び込んでいますので、そちらにお座りください。また、具合が悪い人などはいませんか? 特にそちらの妊婦さんやお子様は大丈夫ですか? 長時間立っているのはつらいでしょう?」
旦那様は周りが動き出す前に自分が真っ先に動いて、住人たちをいたわります。
住人たちも最初はポカーンとしていたのですが、話しかけられた妊婦は我に返ったようで……。
「あ、はい。い、いえ、へ、平気です! ユ、ユキ様に声をかけていただいて、こ、光栄です!」
どうやら彼女は国の主を知っているようです。
ウィードでは写真を使って要人の説明はしていますからね。
覚えていない者もいますが、こうしてちゃんと覚えている者は好感が持てますが、彼女はすぐにその場で膝をつこうとして旦那様に体を支えられます。
「ああ、そのままでいいですよ。ほら、ソファー持ってきて」
「はい」
近くにいたオレリアが職員が持ってきていたソファーを受け取ってすぐに設置して、妊婦さんをそこにゆっくり座らせる。
「偉い人相手、貴族相手には正しいかもしれないですが、まあ俺は例外ってことで。ほら、奥さんたちもいるし子供もいるから、負担は減らしたいわけです」
「あ、はい」
妊婦さんは恐縮した様子で頷く。
「それで具合はどうですか?」
「はい。大丈夫です。本当に」
そう返事をする妊婦さんの様子をみた旦那様は頷く。
「そのようですね。ですが、無理はしないように。この総合庁舎にも医務室はありますので具合が悪くなれば窓口の職員に伝えてください。すぐに案内してもらえますよ」
「ありがとうございます」
「では、少々時間はかかるかもしれませんがお待ちください」
そう言って旦那様が離れようとすると……。
「あ、あの、よろしければお腹に手を当てていただけないでしょうか?」
「おなかに? なぜまた?」
「私の故郷では身分の高い方に触れていただくと元気な子が生まれるというお話がありまして……」
確かにそういう話はありますね。
身分の高い貴族や神官などは、神の加護を備えているといわれています。
その方々に触れてもらうことによって加護のお裾分けをいただき、母子共に安全を祈願するわけです。
「ああ、そういう話か。わかった」
旦那様はすぐに納得した様子で、優しくおなかに手を当てます。
「お、動いたな。元気な様子だ」
「ありがとうございます。この子も喜んでいます」
「だといいな。まあ、願掛けも悪くないが、少しでも調子が悪いと思ったら病院にいくように」
「はい。そのために住民課に来ましたから」
「ああそういうことか。とりあえず、もうちょっと待ってくれな」
「はい」
そういって旦那様は妊婦から離れます。
「さて、ソファーや椅子の用意もできたみたいだな」
「そうですね」
私も一緒にあたりを見ると、配置は済んでいるようで、立って待っている人はいなくなっています。
オレリア、ホービス、ヤユイもこちらの後ろに戻ってきているので終わってないというのもなさそうです。
そんなことを考えていると一人の女性がこちらに向かってきているのに気が付きました。
まだ椅子に座れない人がいたのでしょうか?と思いましたがすでに目の前に設置された場所には空きがありますのでそうではないとわかります。
つまり、旦那様に何かしらのお話があるということ。
すかさず、私がその人物の盾になるように前に出ようとすると……。
「うーっす。元気そうっすね。プロフさん」
「はい。スティーブ将軍もお元気そうで何よりです」
そうスティーブ将軍の挨拶に丁寧にお辞儀をして返事をします。
「スティーブ将軍。失礼ですが、彼女は?」
「ん? フィオラ姐さんは会ったことなったっすか、じゃ紹介するっす。この総合庁舎で住民課のトップを務めているプロフっすよ」
「はい。改めて自己紹介させていただきます。エリス様のもとで働いておりまして2年ほど前に住民課をまとめる課長兼部長をさせていただいております」
「「おっふ」」
と、その紹介でなぜか旦那様とスティーブ将軍がせき込んでしまいます。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「あ、ああ。俺がどうって話じゃないからな」
「とはいえ、あまりにプロフの立場に膝が震えてくるっすよ」
「「「?」」」
私たちはなぜ2人がここまで動揺しているかわからず、首をかしげてしまいます。
当のプロフは苦笑いをしつつ……。
「とりあえず、部屋、会議室を用意いたしましたのでこちらにどうぞ」
そういわれて私たちは慣れ親しんだ総合庁舎の会議室へと入る。
内装は同じだが、この会議室というのは10以上存在している。
なんでこんなにあるのかというと、まあ、様々なことで利用されるからだ。
「資料を持ってきますので少々お待ちを」
プロフは私たちを案内するなり、道具をとりに会議室を離れてしまう。
「……準備ができていませんね。事前にここに来るというのは伝えていたのですか?」
私は旦那様を待たせるような真似をするプロフに多少の怒りを覚えています。
このような愚鈍な対応。普通は処罰ものです。
ですが、事前に来ることを伝えていなければ仕方ないかもしれないと、オレリアたちに聞き出しますが……。
「はい。7日前には伝えています」
「となると、プロフの怠慢ですね。旦那様これは由々しき事態かと」
国主の伴侶の来訪を知っていて準備を怠るなどあってはいけません。
通常であれば、庁舎前で盛大な出迎えをするべきでもありますが、旦那様はそういうことは望まないのでせめて待たせることがないようにするべきではと思っていると……。
「いや、仕方ない。本当に、仕方ない」
「そうっすね。無茶を言えないっす」
なぜか侮辱されたに等しい2人が遠くを見つめています。
「え~と、ユキ様、スティーブ様は先ほどの課長、部長って言葉に反応したようにみえましたけど~。どういう意味だったんですか~?」
ホービスは先ほどの話で引っ掛かるところがあったのか、質問をする。
すると旦那様とスティーブ様が困った顔で……。
「あー、端的に言うとなプロフが俺たち来訪の準備をできていなかったのは、主に俺たちのせいだ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「詳しくはおいらも聞いてはないっすけど、課長と部長兼任とか普通ありえないっすよ。おいらの職務的にいうなら、将軍と副将軍の仕事を兼任しているようなものっすね。フィオラ姐さんならこれでわかるんじゃないっすか?」
「……ええ」
私はそういわれて一瞬絶句した。
将軍というのは上のモノと話し合いをして方針を決めて、今後の流れを決める立場のモノです。
では副将軍は何が違うのかというと、将軍の命令にそって準備を行う者たちです。
将軍が兵糧の買い占めや武具の手配などしないということはゼロではないですが、そんなことをするより上や周りと話すことが大事なのです。
なによりそんな手間をしていれば、話し合いをしている暇もありません。
つまりプロフはそういう副将軍の仕事も兼任していて物凄く忙しいということです。
「……え、えっとよくわからないんですけど?」
そうヤユイが首をかしげています。
さて、ここは私からわかりやすく説明するべきですが……。
わかりやすくというと、どう説明するべきなのでしょうか?
あ、あれですね。
今の旦那様の補佐をしている仕事を旦那様の仕事も含めてやっている状態といえばいいでしょうか?
お役所が時間がかかったりたらいまわしにされるのにはそれなりな理由があります。
とはいえ、だからと言って待たされる側はたまったものではありませんが。




