落とし穴外伝:才能の開花
才能の開花
Side:ハヴィア
「ひゃっほーい!」
私は今ユキお兄さんに誘われて大森林調査の前の息抜きってコトでなんと『雪山』で遊んでいるんだ。
最初聞いたときは何でわざわざそんなところに行くのかと思ったんだけど、スキーっていうらしいんだけど、二本の長い板状のものを足の裏に付けて雪山の斜面を物凄いスピードで降りていくっていう運動、スポーツをやっているんだ。
ま、最初は何度かこけたけど、これがどうやら私には才能があるようで、今ではけっこうなスピードで雪山を滑れるようになった。
まあ、魔力を利用すればもっと早く移動できるけど、こうして肉体のコントロールだけで滑り降りるっていうのは新感覚で面白い。
あれだね。
漫画で読んでたおかげで事前知識があったのがよかったみたい。
これはホント楽しい!
そうやって気持ちよく滑っていると……。
「ちょっと待ちなさい! スピード上げすぎよ!」
ノリコさんが軽快にスキーを操って私に追いついてくる。
「うわー。ノリコさんすごーい。さすが雪国暮らしだね」
「できない人もいるわよ。って、そうじゃない。一度止まりなさい。ハの字」
「はーい」
そう、私はノリコさんからスキーを教わっているのだ。
ノリコさんはなんと雪国暮らしで、冬になれば当たり前のようにスキーやスノーボードをしていたらしい。
で、その腕前は今見た通り私なんかよりもずっとスムーズだし速い。
「まったく。スキーを舐めてると大けがするわよ」
「ごめんごめん。ちょっと滑れるようになったのが楽しくて」
ここでうっかり『幽霊だから平気』とか口答えしようもんなら、ここで地縛霊とかにされそうだし今は大人しく言うことは聞いておかなくっちゃ。
というか、ここでいうこと聞かないとか問題起こしたってことにでもなったら大森林の調査班から外されそうだしね。
と、幽霊なんだから大丈夫と思っているのがバレたらしく……。
「気持ちは分かるけどね。慎重になっておきなさい。大森林の調査で二度目の死なんて迎えたくないでしょう?」
ありゃ、やっぱり私の考えていることは筒抜けのようだ。
「うん。流石に二度も死ぬのはね。そういえば、幽霊が死ぬってどうなるんだろうね?」
「さあ。でも、わからないからこそ下手にケガだってできないんだから。そういう所を気を付けろって言ってるの」
「訓練でボコボコにされてるんだけどそっちは?」
「あれでも折れたり千切れたりはしないようには気をつけているらしいし、それに一応ソウタさんもいるから問題はないんでしょ。何が起きても。それに多少のケガは問題がないってわかったのはいいことよ」
「確かにね」
そう、私も大森林の調査に一緒に行くってことでデリーユさんに戦闘訓練を付けてもらっているんだけど、あの人やっぱり魔王だよ。
あり得ないぐらい強い。
ていうか、そもそも何で幽霊の私を殴れるの?
まあ、気合を入れて透過させれば躱せるんだけど、油断するとボコボコに殴られるんだよねー。
なんでって聞いたら一言『気合』って、訳わかんない。
「いい。場合によっては幽霊にとっての鬼門って場所も存在するから、そういうこともちゃんと考慮して動きなさい」
「鬼門かー。やっぱりそういう所ってあるのかな?」
「無いなんて言い切る方が不用心よ。そういう時はドンドン悪い方へ転がっていくんだから、予定通りに動くことを覚えなさい。映画とか見ているからわかるでしょ?」
「あー、うん。わかる」
勝手な行動をする奴は死亡ルートか主人公かどちらか。
で、メンバーの中じゃ私は圧倒的に弱いし、どう考えても主人公なんて自惚れられないからきっと『死亡ルート』の方だよね。
「わかったならよし。じゃ、引き続き楽しみましょ。次は速度をもっと上げていいわよ」
「ほんと?」
「ええ。さっきの滑りを見る限りいけるでしょ。で、そのあとは山頂から滑ってみましょう」
「いいね!」
ということで、私たちは改めて雪山を滑り出す。
今度はさっきよりもさらにスピードを上げているので、もう走るよりも圧倒的に早い。
これって下手すると魔術で強化するよりもいいかもしれない。
滑るっていうのは本当に楽しいね。
風はとても冷たいはずなのに、とても心地よい。
火照った体を冷やしてくれるって感じ。
そして気がつけばホテルがある場所まで滑り降りてきてしまった。
「到着。で、体は大丈夫?」
「うん。何も問題なし。さあ、今度は頂上からだ!」
ということで私たちは早速山頂までリフトで上がる。
そしてそこから見えた光景は……。
「うわー。綺麗だねー」
「そうね。でも、半分作り物なのよね。いや、全部か」
「それはいいっこなしだよ。確か日本の有名なスキー場を模しているだってさ」
それはそれは素晴らしい光景だった。
そして遥か先に見えるのは、決してたどり着けない、日本の町。
「というか、この山の標高って少なく見ても200メートルはあるから、この階層の高さはもっとあるってことよね? いったいどういう地下空間なのよ。いえ、まあ星の大きさに比べれば高さ200メートルなんて大したことはないんだけど」
「え? そうなの?」
「そうよ。海の峡谷、マリアナ海溝ってところで確か1万メートルはあるわ」
「一万!?」
そりゃすごい。
海の中にはもっと高い、いや深い場所があるんだね。
「ま、そんな難しいことはいいとして、さっさと滑りましょう。そして一旦休憩」
言われて時間を確認するといつの間にかすでにお昼は過ぎていた。
おなかのすいたとかそんなの無かったけど、これってそれだけ熱中していたってことなんだろう。
「じゃ、行くわよ」
「うん」
そして私たちはてっぺんから滑り降りていく。今までにない速度を感じながら。
ああ、これが楽しむってことかと改めて感じていたら。
「ひゃっほー!!」
という声が背後から迫ってきたかと思ったら、ザザザザザーって感じで横をスノボーが通り過ぎて行った。
「「え?」」
並走していたノリコさんと言葉が重なる。
その物凄い速度のままジャンプ台のようになっているところにツッコミ、そのまま宙を舞うことになった女性。
あれってまずくない?って焦ったんだけど、そのまま綺麗にクルッと回転して見事に着地し、そのままドンドン滑っていく。
そして更に……。
「何才能開花してんのよ!? 待ちなさいヤユイー!!」
ズサァァァとルナさんが物凄い勢いで追い抜いていき……。
「リリーシュ様~いきますよ~」
「ええ~。ヤユイちゃんが心配だもの~」
続いてホービスとリリーシュ様がこれまたビックリするような腕前を披露しながら雪山を滑っていく。
「よし、オレリア。私たちもソリとは言え追いかけるわよ!」
「ちょ、まっ……」
ハイレン様とオレリアはなんとソリに乗っているのに激走していく。
あれ、どうやって速度が出ているんだろう?
しかも綺麗にカーブするし……。
「私たちは落ち着いていくわよ」
「ええ。ですが、ヤユイには意外な才能があったものですね」
「戦うことと、運動をするっていうのはまた別物ってことね。ほんと、色々見方が増えてうれしいわよ」
「本当にそうですね」
そんなことをのんびり話ながらも、私たちを軽く超えた速度でスキーを滑るセナル様とフィオラ様。
「……いくわよ」
「え?」
「雪国暮らしをああして追い抜くとはいい度胸だ!」
「ちょっと!?」
なんと先ほどまで自制を求めていたノリコさんまでが物凄い勢いで下っていく。
私も慌てて追いかける。
自分の持てる力を振り絞って速度を上げ、制御する。
ああ、ああ……楽しい。
自分の力の限界を試している。
だけど、キツイ訓練の果てなんかじゃない。
ただ、目の前の人たちに追いつきたいから。
そして……。
「え? ハヴィア、なにしてんの!? さっきから大勢」
「……も、物凄い勢いだね。わ、私はゆっくりでいいよ」
なんかのんびり滑っている同級生を見かけたので。
「お先にー! おっそいよ!」
そう言ってバイバイという暇もなく駆け抜け……。
「ナイルア! 追いかけるよ!」
「だ、だから私はゆ、ゆっくりって……うきゃー!?」
なんかナイルアが回転し始めたみたいだけど、別に気にしない。
さあ、この世界をもっともっと感じるんだ。
そうして味わう恍惚とした時間も長くは続かずホテルまで滑り降りてくると。
「楽しかったですねー! ルナ様!」
「ええ……そうね。というかなんであなたあんな技、トリックとかもできるのよ。1080とかありえない……」
「え? 何か変だったんですか? それよりもう一度行きましょう!」
「そうね。ヤユイを見てると面白いし」
「「「……」」」
なんかヤユイとルナ様、それにハイレン様以外はげっそりしてたんだけど、一体どれだけの速度と技術で降りて行ったんだろうと首を傾げる状況だった。
そのあと、午後滑ったときにヤユイのミラクルを見ることになって私も目が点になったのは言うまでもない。
世の中、ほんと広いなー。
目覚めっていうのは何が切っ掛けかわからないですよね。
世の中、だから楽しいんだと思います。




