第1286堀:世界の違いからくる常識の違い
世界の違いからくる常識の違い
Side:ユキ
「あん? 今日は何よ?」
めんどくさそうにドアを開け、いかにも不機嫌そうに質問をしてくるルナ。
今日も今日とて、ウィードのとあるアパートの一室での~んびりしていたようだ。
ボサボサ頭でジャージ姿と干物女極まりない。
「ちょっと聞きたいことがある」
「聞きたいこと~? なに……」
というルナの問いに重なるように、部屋の奥から……。
「ルナ様。ご飯できましたよ~」
と、割烹着姿のヒフィーがひょっこり顔をだした。
「あら、ユキさんたちじゃないですか、どうしたんですか?」
「いや、それは俺のセリフだが。なんでここにって、ああ、コレの世話か」
そんなの聞くまでもない。
ルナの部屋にヒフィーがいる理由など、コレの世話をするために決まっているではないか。
「コレではなく。ルナ様ですよ。ユキさんがルナ様に色々思うところがあるのは分かっていますが、それでも敬意は払うべきかと」
「そうだー。ヒフィーの言う通り、ちゃんとしろー」
「ヒフィーの言いたいことも分からなくはないが、断じて俺はこれに敬意を払うつもりなどない」
これだけはきっぱり言っておく。
俺に仕事ばかり押し付けやがって、しかも自身はただぐうたらしてるだけじゃなく部下に世話をされるとか、許されざることだ。
しかも、その世話をしているヒフィーはタイゾウさんの奥さんだ。
「人妻を自宅まで呼びつけて世話させるとか、お前には常識とかないのか」
「あんたがいう? とりあえず、私はこれからお昼だからそれぐらいは待ちなさい。私に敬意を持てとかじゃなく普通の人の要求だからね」
「そこは邪魔する気はない。食べ終わるまで待たせてもらう」
「私の分は上げないわよ?」
「俺はもうお昼は済ませてるんだよ。というか、ずいぶん遅い昼食だな」
などと言いつつ、俺はズカズカとルナの部屋へと上がり込む。
だが、後ろのフィオラたちはどうしたものかと困った様子だ。
まあ、『上級神』とかいう偉そうな肩書がついてるから、パッと見良くあるアパートの一室にすぎないとはいえ入るのをためらうのは仕方ないのか?
さて、だとするとどうやって入室させるかだが……。
「ん? フィオラたちも何そんなとこで固まってるのよ。お客さんを外に立たせたままなんて外聞悪いから入ってきなさい」
「「「は、はい」」」
そしたらルナが奥の部屋からチョコッと顔を出してさっさと入れと促してくれた。
いや、ただ単に本当に外聞が悪いから入れって言っただけだろうがな。
「皆さんはお茶でいいですか?」
「ええ。大丈夫です」
俺が応えるとヒフィーは頷いてお茶を淹れ始めた。
ちなみにルナは昼というのにいかにも『日本の朝食』みたいなセットに手を付けている。
ご飯にお味噌汁、焼きシャケ、卵焼き、海苔。
いや、間違いなく健全な朝食セットだな。
「もしかして、今日初めての食事か?」
「そうよー。昨日は夜遅くてね。起きたのはつい一時間前なのよ。はぁ~、仕事が多いのはホント嫌よねー」
「仕事ねー。この星以外にもあるもんな」
「ええ。とはいえ、しょせん趣味みたいなものでもあるから、どこまでやるか悩みどころなのよね。かといってあまり放っておくと枯れちゃうし、水を適度に上げるっていうのも大変なのよ」
「そういや、そんな面倒な仕事なんでしてるんだ?」
今更な疑問が出てくる。
『神』というのはなんでそんな面倒なことをしているのだろうか。
別に信仰が存在し続けるために必要な下級神でもあるまいに。
上級神があり続けるのに何が必要なのかまではわからないが、日ごろの様子を見る限りこのアロウリトの存続がそのために必要だとは到底思えないし、それで給料をもらっているようにも見えない。
「今いったでしょ。ただの『趣味』。神の成り立ちについては面倒だから省くけど、私も元は人だったって言ったことがあったでしょう? その名残よ。私にとって心地が良いモノはなるべくなら残したいと思うのよ」
「そういうもんか」
「そういうものよ。国でも言うでしょ? 人のいない国なんてないんだから。誰もあがめないところで神をやっていても意味も価値もないのよ。まあ、修行の内とか言って誰もいない空間でただひたすら座禅を組んでいるような奴もいるけどね」
それはどこかの救世主様とかじゃないですかね?
まあ、名前は聞かないし、詳しい内容も聞かない。
それが処世術ってことだ。
もちろんフィオラたちも今の話に首を突っ込むようなことはない。
ってか、やっぱり全員ガチガチに緊張しているように見える。
とはいえ、ここってどこからどう見てもひとり暮らしのOLの部屋でしかないんだけどな。
「もぐもぐ……。それで、私の所に来たのは神関連?」
「そうだよ。遊びの誘いじゃなくて悪かったな」
「本当に残念ね。遊びの誘いなら何も考えなくていいんだし。で、何があったわけ? あ、ヒフィー。ご飯おかわりね」
「はい」
ルナはお茶碗をヒフィーに渡し、お茶を飲みながらこちらを向く。
「さっきな。リリーシュ、ハイレン、セナルに神様事情を聞いたんだよ。色々な方向でな。それで海神、水神っていうワードが全く出てこなかったんだ。あと、鳥とか蛇とかそういうのもな」
「ああー。そういえば人の職業とか生活とかの分岐でしかこっちの世界じゃいないのよねー」
俺の質問にあっさり答えを返す。
とはいえ、それは明らかに違うので速攻でつっこむことにする。
「いや、獣神がいるだろう? トラとゴータだったか?」
「ああ、あれもね。基本的に『人に寄り添うもの』っていう実績があるのよ」
「人に寄り添うっていうと、飼われたりとかか?」
「ええ。トラの方はリリーシュの娘、リテアに。ゴータも当時のとある神と常に共に行動していて、その在り方自体に信仰が集まったって所ね」
「いや、それなら鳥や蛇とかも信仰を集めて神格化してないとおかしくないか? もちろん海も」
「海は一旦置いておくとして、鳥や蛇への信仰が集まらなかった下地があるのよ」
「下地?」
「ええ。このアロウリトには『魔物』っていうのが存在しているからね。まあ、日本じゃ荒ぶる神も神になるけど、こっちじゃそれらは全て『敵』という扱いになったのよ。で、鳥っていう空を飛ぶモノについては『空を飛ぶ魔術』が存在しているから、別に信仰の対象にならなかったと」
あー、なるほど。
信仰される理由がなかったわけか。
「だけど、精霊とかは信仰されているだろう?」
「それは『属性精霊』でしょ? 火とか水とか、森とか、生き物ではないはずよ?」
「そういえばそうだな。そうすると獣神だけが特別だったということか? でもモンスターテイマーの存在はどうなるんだ?」
アスリンのような魔物を使役するテイマーたちには魔物が指示に従う。
それは信仰の対象とならないのだろうか?
「それはあくまで指示されたからでしょう? 自発的に守ったわけではない。獣神と呼ばれるやつらは基本的に自分で考えて人を守ることを選んだ。それはかなり違うわよ」
「そう、だな」
確かに意味合いが違いすぎる。
「まあ、指示なしでも助けられることもあるでしょうし、他にも知恵があり意図的に助けたという例はきっとあるでしょう。今ウィードにいるシードラゴンの名づけ親みたいに。とはいえ、誰にでも寄り添ってはいないし、何かを成したわけじゃない。それで信仰を得るっていうのはね……」
「まあそれもそうか」
「そしてなにより地球と違うところは『魔物の存在』よね。地球では『生贄に捧げることによって鎮める』っていうのがあるけど、それはあくまでも正体がわからないものに対しての恐れであり、それへの対抗手段としてやっているのよ」
「このアロウリトでは魔物という存在として認識されているから、対抗手段が退治の方向になるってことか」
「そう。これがアロウリトで神という存在が基本的に人を基準としたものばかりな理由」
「だけど、そうなると魔物の神様とかいてもおかしくない気はするが?」
「いるわよ。魔王。デリーユもそうよね?」
「いや、魔王は王であって神様じゃないだろう」
「まあねー。とはいえスペック的には神の領域に入ってたでしょう?」
確かに、デリーユがウィードに来た時のスペックは、神であるリリーシュより余裕で強かった。
「そういう魔王が魔物の制御をして知恵を与えて崇められることによって昇神するわけ。まあ、魔物たちも魔物たちで独自のコロニーを持ってはいるから、例えばゴブリンの神様とか出てきてもおかしくはないけどね」
「いや、それは無理があるだろう。野生のゴブリンなんて増えては減るの繰り返しで文明を……そうか、魔物にはそういった意味で信仰を積み重ねる基盤がないのか」
「そういうこと。だからこそ魔物を統べるって言い方はおかしいかもしれないけど、魔王が魔神になることは、ままあるわね。ほら、漫画のお約束。でも理屈としては別に間違っていないのよ。本能で生きている魔物は強い者には手を出さないっていうのは多いわ。だからこそ多種族の中から魔王が生まれるわけ」
「話は分かるが、それを言えば俺も魔王じゃないか? って、ああ、そういう話はあったな」
「ま、魔王をはるかに超える『最悪の災害』っていうのがダンジョンマスターの今までの名跡よねー。まったく好き勝手やってくれちゃって」
ルナはおかわりで届いた白飯を食べながらそういう。
現状のアロウリト存続のために作ったはずのダンジョンマスターが逆に人を脅かす存在になって、本末転倒だからなー。
「ま、私の知りうる限りの話だから。勝手に崇められて、昇神している動物の神がいてもおかしくはないわね。とはいえ、私のセンサーに引っ掛かるレベルの神がいるのはこのロガリ大陸ぐらいのものなのよ。だからこそ、ここを出発点にしたんだけど」
「改めて世界の広さを知って、聞かされると環境的にはかなりやばくないか?」
「別に神が生きるのに困難ってのと、魔物の発生率が少し下がっている地域があるってくらいで、外は特に問題ないわよ。今の所は」
『今の所は』ね……。
「とりあえず、ルナがその存在を知っていた神のリストをくれないか? セナルの話で別の土地に逃れた連中はいるみたいだからな。セナルのようにルナを敵視しているやつもいるかもしれないし、中級神派もいるかもしれないから、そっちの選別を少しでもしておきたい」
「ああ、そういうことね。ならあとでメールで送るわ」
「頼む」
……とはいえ、こういうのを簡単にメールでやり取りしていいものなのだろうか?
地球だったら情報管理の側面からアウトな気がするが、ここはアロウリトで、そもそも使えるやつが限られているからいいのか。
「よし。ご馳走様」
気がつけばルナはきれいさっぱり食事を終えたようで両手を合わせていた。
「いえ、お粗末様でした」
と言いながらヒフィーが食器を下げる。
「それで、海の件は後って言ったけど、今からいいのか?」
「ええ。大丈夫よ」
そう言ったルナはお茶を一口啜ってテーブルに置く。
さあ、第二幕開始ってところか?
異世界ものでのあるあるだけど、なぜか地球の常識が異世界にも適応されていると勘違いしているところがあるから、そこら辺の違いを改めて指摘する場面となりました。
そもそも日本の常識も地球の常識ではないですからね。
常識なんてのは国々、あるいは住んでいる地域で意外と違うものなのです。
ちゃんと恥を忍んで聞いて齟齬をなくしていくようにしましょう。




