第1283堀:おなかは一杯食べる方
おなかは一杯食べる方
Side:ハイレン
私は今日も今日とて教会の裏で洗濯物を干している。
パンパンッ!
広げるついでにしわを伸ばすためってことで、勢いよく洗濯物を振る小気味よい音が響く。
きっと水分が残っているからこういう音が響くんだろうなぁ。
いやぁ、『これぞ洗濯』って感じ。
そうして広げた洗濯物を物干し台のハンガーにかける。
「うん。よし」
さあ、次をと思ったところに……。
「……う~ん、今更だけど、本当に便利よね。パラソルハンガーとか、洗濯ばさみとか」
なんて独り言が横から聞こえてきたのでそちらを見ると。
セナルが苦笑いしながらもまじめに洗濯物を干している。
「まだ慣れない?」
「ええ。そもそもあの洗濯機ってやつだけでもびっくりよ」
「ああ、まあねー。私も前は洗濯板でゴシゴシやってたから、あれにはホント驚いたわよ」
「でしょ? それが今じゃ入れて出して干すだけよ? 衣類ゴシゴシ擦ったり叩いたり、ギュウギュウ水を絞る必要もなければ、破く心配もない。それでいて綺麗」
「あの洗剤ってすごいよねー」
そう、なぜか洗濯洗剤っていうのを適量入れるだけで、汚れはばっちり、しかもフワフワに仕上がる。
本当に不思議。
「でもさ、さらに凄いのは乾燥機ってやつだよねー」
「……物干しに干しときゃ乾くのに、その洗濯物を乾かすための機械。全く意味が分からないわ。本当に。どういう贅沢の仕方よ」
「だけど、おかげでこうしていちいち干さなくちゃならないモノは少量で済んでるじゃん。というか、そうじゃないと私たちの人数で教会回らないし」
「それは、そうだけど……」
私たちが務めているリテア教会ウィード支部にはいつもウィード内外から多くの信者がお祈りに来るし、軽いケガの治療なども行っているので、清潔なタオルやベッドの用意は欠かせない。
それだけじゃなく当然私たちの衣類などもあるから、いつも大量の洗濯物があり洗濯機と乾燥機は欠かせないものだ。
いや、もうウィードでは普通に絶対必要なものとなっている。
「どうせ、午後にはあの悪ガキたちが泥だらけで戻ってくるんだから風呂に突っ込まないといけないし、タオルっていくらあってもいいんだよ」
私がそういうと、セナルも微笑んで……。
「そうね。あの子たちはいくら言ってもすぐ泥だらけになるのよね」
「元気な証拠よ。あと軽い怪我もね」
「それはやめてほしいわ。ま、元気な証拠っていうのは分かるけど」
『あの子たち』っていうのはセナルが保護していた神様にされた子供たちのことだ。
ウィードに運び込まれたときはいつ消滅しても不思議じゃない危険な状態だったけど、ルナさんがやってきてすべて解決した。
その後、あの子供たちは神様としての能力を相談の上で封印して、ウィードの学校に普通の孤児としてほかの生徒と一緒に通っている。
昔失ってしまった時間を今ようやく取り戻しているんだ。
いや、元々片田舎の村の子供だったんだから、こんなすごいところに連れてこられてビックリよね。
なんて雑談をしているあいだにふと気がつけば洗濯籠は空になっていた。
「よし。あとは洗濯物が乾くのを待つだけね」
「ええ。じゃ、もどってリリーシュの手伝いしないとね」
「普段から『リリシュ様』って呼ばないとダメよ。そっちの名前は秘密なんだから」
「わかっているわよ」
リリーシュ様は大先輩の女神様で、セナルもちゃんと認めている。
お互い女神として頑張っていたからかしら?
ということで、教会堂に戻ろうとしていたら、そのリリーシュ様がドアから出てきた。
「2人ともお疲れさまー。お昼休憩にいきましょう」
「お昼? あ、もうそんな時間なんだ」
私は持っている腕時計を確認すると確かに12時を指す5分前だった。
「リリーシュ。今から外に出るの? 今日は午後から会議があるんじゃ?」
セナルが言っているのは、あの生意気なユキとの話し合いのことだ。
どうやらセナルから情報を聞きだしたいらしい。
ま、気持ちは分かるけど、あまり無理に詰め寄ってきたらエイ、ヤーって叩いてやるんだから。
まったく。そりゃ悪い奴じゃないっていうのは分かるんだけど、やーっぱりなんか相性が悪いのよね。
ソウタやエノルまであいつの味方だし、そのうえカグラとかミコスはお嫁さんにとられちゃうし!
いや、まあ男としての甲斐性は一応あるとは思うんだけど、グギギギギ……。
「だからよ~。……どうせ~、話し合いは長引くんだし~。ゆっくりしましょ~。午後からの人たちはもう来てるから~」
「はぁ。わかったわ。貴女が言い出したら聞かないんだから」
「むふふ~。そうよ~。司祭の名は伊達じゃないんだから~。それでハイレンちゃんは面白い顔をして、どうしたのかしら~? おなかいたい?」
「あ、いえ、大丈夫です。外に食べに行きましょう!」
ということで、私たちは午後からの話し合いの前に外で羽を伸ばすことにする。
まぁどうせ、私は途中で話についていけずに寝るんだろうし、気にせずおなか一杯食べておきましょう。
「それで、どこに行くの?」
「そうね~。今日はカフェにしましょうか。あの行きつけの所なら人は集まらないと思うわ~」
「ああ、あのカフェですね」
リリーシュ様が言っているその『カフェ』というのはユキが出資したお店の一つで、ウィードで初めてバリスタになった人がやっている所。
雰囲気もいいし、料理も美味しい。
とはいっても、子供にはちょっとって感じで、ある程度大人にならないと退屈かなーって所。
しかもユキが色々大物を連れてくるんでそういうお店ってコトが周りに広がって、あまり一般人は来ない。
だから私たちがのんびりするにはいいところだと思う。
なにせ普通、リリーシュ様がお店にいくと挨拶に来る人がホント多いからねー。
なんかその場で雑談が始まって食事やのんびりすることができない。
だから、最適だとおもう。
そういうことで、そのカフェに行ったんだけど……。
「お」
「あら」
なぜか、ユキたちもカフェでのんびりと昼食をとっていた。
「そっちも食事か?」
「ええ~。お昼休みよ~」
とリリーシュ様は言いながら、当然のようにユキたちがいるテーブルに行く。
ま、同席はしようがないものね。
で、いつものようにユキの周りにはかわいい女の子が満載。
うん、全員イキイキしているわね。
多少仕事疲れはあるけれど、悪い感じはしないわ。
そうでもないと、ここでビシッとチョップしてやるんだから。
「さ、何食べましょうか~」
「うーん」
リリーシュ様と私はメニューを見て悩んでいる。
私も何にしようかなーと選んでる内にふと被るのはあれかなーと思って……。
「ねえ。そっちは何頼んだの?」
「こっちは、サンドイッチが3つに、ドリアが1つ、ナポリタンが2つ……だっけか?」
「はい、間違いありません」
「あれ? だけどユキ、フィオラ、オレリア、ヤユイ、ホービスの5人でしょ? 1つ多くない?」
「ああ、ナポリタン俺が食べたくてな。ドリアとナポリタンの2つだ」
なるほど、ユキも食べ盛りってことね。
じゃ、私も同じように3つぐらい食べようかしら?
そう思ったところに、セナルがまじめな顔で。
「えーと、何かお昼のことばかりだけど、ユキは話をしたいんじゃなかったかしら?」
「ん? ああ、そっちの話は午後からだろ。今はお昼なんだから仕事する気はねーよ」
ユキはセナルの質問にやる気のない声で答える。
そうよねー。どうしても急ぎっていうならしょうがないけど、ご飯を食べながら仕事の話とか嫌だもん。
と、私は別段疑問に思ってなかったけど、セナルは違ったようで……。
「はぁ、なんか調子狂うわ」
「今更だな。ウィードに限らず、『面倒な話』ってのをそこらの飲食店でするわけないだろう?」
「……そう考えるとそうね」
ユキのストレートな物言いに納得するセナル。
「あなたと会う時は何かしら大事がくっついてる気がするからどうしても身構えてしまうみたい」
「そうだったか? この前話した時はタダの現状報告と情報共有だったろ?」
「その前はあのルナ様を連れてきて、さらにその前はお互い敵同士で私はボコボコにされたんだけどね? ということで今の所3回の内2回はとんでもないことになっているわ」
あー、そりゃ会えば何かあるって思っちゃうよねー。
とはいえ、これからはそういうことは無くなってくるんだし、う~ん、どうしようかなぁと思っていると……。
「セナルちゃん~。もう怖い顔しなくていいのよ~。それよりのんびり食事をしましょ~。はい、何が良いかしら?」
「リリーシュ……。はぁ、ユキといい、あなたといい。……わかりました。私自身が平和に慣れないと子供たちにも悪いわね」
「そうよ~。それで美味しい食べ物1つでも覚えて作ってあげたらよろこぶわよ~。ね~?」
「だな。というかセナルもこっちに来てからそれなりに時間は経ったし、好みとかできたんじゃないか?」
「そうね。私の場合は食べ物でいうと、これね。グラタン。クリームソースが好きなの」
「へぇ。もしかして牛とか飼ってたのか?」
「ええ。私は元々牛飼いの娘でね。チーズとかホワイトソースとかは食べ慣れていたのよ。まあ、味はこっちが格段に上だけど……。よし、私はグラタンにしましょう。2人は?」
「そうね~。ならセナルちゃんと同じグラタンとナポリタン、ステーキって所かしら」
「あ、私も同じで」
よし、これでガッツリ食べれそう。
「……あなたたち午後から会議でしょう? そんなに食べて大丈夫なの?」
「大丈夫よ~」
「そうよ、沢山食べないと力がでないもの」
「おい、そこの約1名。腹膨れすぎて寝るなよ」
ちっ、なんか釘を刺されたけど、いいのよ。
私は寝るときは堂々と寝るんだから。
しかもちゃんとアイマスクと枕、軽い掛布団もあるから完璧。
さあ、食べましょう!
おなか一杯食べるって実際あまりないよね。
子供のころは親に注意されるし、大人になっても自分でその日の予定を考えてセーフする。
なんか祝い事で後のことを考えなくていい時に、おなか一杯食べられるんだよね。
個人的に飲みより、おなか一杯食べる焼肉の方が好きだったりします。




