第1270堀:びっくりするほど堅牢でした
びっくりするほど堅牢でした
Side:ユキ
思った以上にうまくいったな。
『防衛機能停止』という報告に俺はそんなことを考えながら、タイゾウさんやタイキ君、そしてソウタさんに連絡を取る。
「無事にうまくいきましたよ」
『それはよかった……というべきなのかね?』
『ええ、よかったんじゃないですか? むしろ本番でシステムダウンって駄目すぎでしょう。やっぱりコアでの情報認証はダミーをかませないとだめってことですよ。そりゃ今の方がシンプルで楽でしょうけど……』
『ですね。少なくとも防衛システムは隔離してスタンドアローンにしないとこうして連鎖で機能ダウンしますからね』
そう、今回の目的は防衛の確認だから、穴を発見できたことは成功。
つまりよかったと判断していいと思う。タイキ君と同じ意見だな。
まあタイゾウさんの懸念も尤もで、あれだけ張り切っている嫁さんたちの鼻っ柱を最初からへし折ることになるのでそこら辺の心配をしているのだろう。
「まあ、セラリアたちにとってもいい経験でしょう。どんなものにも完璧はないってことです。内部協力者を得て無自覚な共犯者を作り出せばわざわざ発覚の危険を冒していわゆる『犯罪者』を送り込む必要すらなくなるんですから。というかこうして内部に仲間を作るというのは政治の世界ではよくあることですし」
『まあな。しかし、実行犯にフソラ嬢か。そんなことして彼女のケアは大丈夫なのか?』
「大丈夫ですよ。もとから単に魔術を学ぶだけじゃなくいろいろ訓練があると言い含めていますし、そもそも今回のことも本人は自分が悪いことをしたという自覚もありません。セラリアたちだってフソラが悪いことをしようとしたんじゃなくて俺に利用されたって分かってすぐに保護に回っているでしょうし」
『とはいえ、こういうやり方が出来るという事は実質敵を捕まえるのはかなり困難だということになりませんか? 首謀者どころか普通なら実行部隊となる『犯罪者』すらウィードに居なくても実行はできるということになりますし』
「ああ、今回はちゃんとすべてがウィードに居たけれど、実際にはそもそも首謀者自身だけじゃなくその手下ですらまともにウィードに足を踏み入れるとは限らないですからね」
『確かにその通りだな。今回はセラリア君たちに『勝ち』を用意するために首謀者がここにいたが、現実は首謀者自身がのこのことウィードに来る必要など無いからな』
うん。タイゾウさんの言うように、今回はセラリアたちの手前、首謀者がウィードにいるとかいうありえない前提を作った。
まあ、さらに『首謀者』自身にも自覚はないという風に仕立て上げはしたけど、それを首謀者といって良いのかは正直なところわからない。
本当の首謀者は自拠点で動かずに指示をだすのが合理的であり、敵の陣地に踏み込むっていうのはまずありえない。
そもそも仕掛けてくるのは下っ端と相場が決まっているからな。
この場合首謀者というか実行犯の現場を押さえるというのが正しいだろう。
『でもユキさん。ほかのことは確認できたんですか? 武器の持ち込みとか、町の中でのテロとか、生徒の防衛とか……そういったことも確認しないとまずいんじゃ?』
「それだが、思った以上にダンジョンのスキャン能力が高いんだよな」
『どういうことですか?』
「刃物や毒物、爆発物の持ち込み、あるいはウィード内での個人的な製造を、魔力遮断などで隠しても検出できることが判明している。この俺ですらこのセキュリティを突破するには今の所、フソラ嬢に任せたコアへハッキングしてダンジョンコア自体の命令を変えるという方法しかないんだよな……」
そう、なんでもっとも面倒な身分証からのデータ照合を利用したハッキングを利用したかというと、それしか手段がなかったからだ。
もっと時間をかけられれば、内部の人から離反者を作りだすことはできるだろうが、今回はそんな暇はなかったし、そういったモノを試みようにもダンジョンの能力で行動を監視されているのでうかつな動きをすればすぐに捕縛されるのであまりうまい手とはいえない。
だからこそこういう手しかなかったわけだ。
『なるほど。他に手がないからこそこのやり方になったわけか。しかし、本当に大丈夫か?』
「それは今の所発見はできていないとしかいえませんね。スティーブやザーギスに抜け道がないか確かめてもらっていますが、ダンジョン内であれば魔力を遮断する物質でさえも無視できますからね……」
『スキャンって対象は魔力だけじゃなかったわけですか。いや元々寒暖とか空気の質とかそういうのでも調べられましたっけ?』
「ああ、まさに空港の荷物検査レベルのことを常時全員に行えるからな。まず、最初に入国審査で刃物、薬、毒物は没収される。刃物類は常時刃渡りの長さで警戒警報が出るようにしているし、薬物毒物も常時監視だ。まあ、薬に関しては未知の毒物がある可能性もあるが、一応地球の毒物全般とルルアを通じてリテア、エナーリア、ヒフィー、ハイレ教、ズラブルから集めたモノを含め山ほど情報をインプットしてるからな……」
『それを抜けてくるのはなかなか難しいですね。新薬を作ろうにも、こっちの技術じゃ基本あるモノを混ぜるだけだから、普通に検知されそうですね』
そう、ありとあらゆる角度から検討すればするほど、ハッキングぐらいしか攻略方法しかないとわかってしまった。
とはいえ、タイゾウさんが心配しているように物事に絶対はないから未発見物質や能力を使ってその場で即座に武器や毒物を生産して相手を害する可能性もあり得る。
まあ、それはまだ発見できていないからこれからだな。
「次に町中でのテロだが、これはまずあり得ない」
『えっ、どういうことですか?』
「そもそも敵が町中、住人を襲うメリットがあまりにもなさすぎる。これが地球の法治国家なら大問題だが、こちらの世界は首都であろうが一歩裏路地にでも入れば死体が転がっていて当たり前だ。まあ、町の治安を下げるという意味合いではある程度可能性はあるが……」
『それはウィードを攻め落とす場合のみに有効な策だな。だがそのためには大国のゲートを抑えるか、陸路から直接ウィードに侵攻する必要があるが……』
『あー、どっちも現実的じゃないですね』
『それにウィードの治安を悪化させたとしても、留学生が町に出てこなくなるだけですからね。さらには護衛が厚くなってなおのこと危害を加えづらくなるでしょう』
そういうことだ。
ただの町の人を襲うことにメリットがあまりにもない。
「その上、元々ウィードではその手の犯罪は準備段階から追跡は容易だしな」
『確かにそうだな。その場合武器や薬物の所持で捕まりそうだな』
『そうですね。それにテロを起こす要員も集まり辛いですね』
「つまり余程大局が見えないとか、私怨を晴らしたいだけの奴が暴れるってことになります。ですが、そういうやつは警察にお縄でしょう」
『確かにそうですね。って、こういったことを考えると意外とセラリアさんたちが考えた防衛体制は凄かったってことですよね?』
「そうなる。まあ、問題は生徒個々人の防衛なんだが、それも何か動きがあればこっちで捕捉するしな」
『生徒に関してはやんちゃするやつが必ず出るでしょうからねー』
『それが若さというものだな』
『ええ。楽しみ醍醐味ですからね』
うん、それは俺も同意。
でるなと言われれば出たくなる、行くなと言われれば行きたくなる、そんな輩も多い。
だから、そこらへんはわざと穴を作って抜け出せるように誘導をしておくつもりだ。
もちろん先方には許可をもらっての囮作戦も兼ねるけどな。
『えーと、今の話をまとめると今の所注意するべきはコアそのものってことですね?』
「そうなる。コアをハック、あるいはダンジョンマスターが直接侵攻してきてダンジョンの制御を奪われることが問題だな」
『ああ、コアをハッキングするのはともかく、ダンジョンの制御を奪うには膨大なDPが必要になるはずだ。後者はあまり可能性は無いと思うな』
『そこまで力を持っているならそもそも独力でダンジョンを中心とした勢力を作っているはずですからね。いくら馬鹿でもこうして大陸間交流同盟が大々的にできているんですから、真似ぐらいはするでしょう。まあ、注意することに越したことはないですが』
ソウタさんの言う通り注意しておくことに越したことはない。
なにせ『俺たちが把握していない動き』もあるかもしれないからな。
ま、そこらへんはこれからも知り合いのダンジョンマスターたちと連携を取っていこう。
と、話も一段落したところで掛かってきたコールの相手はセラリアだった。
「すみません。セラリアから連絡が来ました。また詳しい話は後日に」
『了解です』
『わかった。無理はしないようにな』
『私も通常業務をしていますので、何かあれば呼んでください』
ということでタイキ君たちと連絡を終わり、セラリアのコールに出ると……。
「はい。もしもし?」
『……『もしもし』じゃないわよ。ったく、やってくれたわね』
「ちゃんと状況終了と反省会は終わったか?」
『ええ、ちゃんと終わったわよ。答え合わせのためにこっちに来てくれないかしら?』
「わかった。そっちに向かう」
俺はそう返事をするとさっそく立ち上がり、オレリアたちを見る。
「ということだ。セラリアたちの所へ向かうぞ」
「「「はいっ」」」
いつも素直に返事をしてくれるオレリア、ホービス、ヤユイ。
先ほどのタイゾウさんやタイキ君たちとの話も特に驚くことなく聞いていたし、嫁さんたちとは別の『俺の部下』だから使いやすいんだよな。
ちなみに今回は『防衛試験』だったから当然霧華たちも敵方ってことで動きづらいことこの上なかった。
だから、実力的にも低くてとてもそんなことはできないだろうと思われているヤユイこそが一応今回の『首謀者』だったりする。
とはいえ、本人にはそんな自覚はないんだけどな。
ヤユイは教えればすぐに表情に出るだろうし、だからこそ全く疑われないと思ったわけだ。
さーて、このネタ晴らしをするとどうなるだろうな。
予想だにしてない硬さを誇るものってあるよね。
ほら、ジャムの瓶とか、ワインのコルクとか、そういうの。




