第1266堀:年齢制限
年齢制限
Side:カグラ
「……なるほど。こうなりましたか。ふむふむ……」
私の目の前では、キャリー姫様が受け取った書類に目を通している。
ちなみに今やウィードとしての公式なハイデン担当外交官はソロなので、日頃は姫様との連絡もソロが中心に行っている。
一方で私ももちろん外交官でありカミシロ公爵家の娘だけど、既にウィードのために働くのが当然な『ユキの妻』ということで、最近は姫様と顔を合わせるのもこうした『摺り合わせ』が必要なことが中心になっている。
ちなみに、ミコスは今回決まった留学生制度に関連してウィード国内に向けた記事を作って配布するための準備を始めたところなので今日は来ていない。
ウィード国民にもいきなり留学生が来ていましたではなく、事前情報としてこんなことをしますよと告げるためだ。
それもこれも実際には『ウィード内部でも変な動きがないか』調べるため。
いやー、ただ学校に外国からの留学生を迎えるだけのことと最初は思ってたけど、話せば話すほど多くの懸念や問題点がでてくるから、実はこれってかなり大変なことなんだなーって改めて思ったわ。
そんなことを考えている間に姫様は書類を読み終えて笑顔で確認してきたんだけど、その笑顔を見た私は背筋に冷たいモノが走る。
「簡潔に言うと、我がハイデンが管轄する留学生として確定としているのは5名。それで間違いありませんね?」
「はい。それが基準になります。ですが私たちの大陸で同盟参加国はハイデン、フィンダール、シーサイフォのみとなっているので、大陸としての枠の残り15名については各国間で決めていいそうです」
「普通に考えるのであれば、均等にするべきですが、ここは上手く使えということですね?」
「……はい。ただ、ウィードとしてはヅフイア王国から必ずフソラ嬢を迎え入れてほしいと」
「確かユキ様がこの留学生制度を決めた切っ掛けの子ですわね。わかりました。必ず。なにしろこの留学生制度を進めてくれた立役者です。問題はないでしょう」
これでフソラの留学を妨害するような馬鹿がいればそれはそれでハイデンの敵と認定することができるので、いいことと姫様は判断したようね。
うん、ユキの予想通り。
「あと、もう一つ懸念が。こちらはウィードとではなく各大陸の国々で相談して欲しいことで……」
「なんでしょうか?」
「学生の年齢についてです。フソラ嬢はまだ両手で数えられるような歳です。ですがほかの留学生については……」
「確かに、そこまで年齢が幼いものをというのは難しいですね。いえ、違いますか、フソラ嬢と同年代の子を2名、あるいは3名。そしてカグラやミコスと同じぐらいの年の子を2、3名がいいでしょう」
そう、この年齢の問題にユキもかなり悩んでいた。
留学生選別の試験までは考えていたけど、あまりに年齢がバラバラ過ぎては例え同じ国、同じ大陸同士であっても友情というのはなかなか難しいんじゃないかって。
例えばフソラ譲とファイゲル老師が共に留学生として魔術を学びに来たなんて場面を想像すればわかるが、何よりこちらもあまりに幅広い教育をしないといけなくなる。
結果、そのまとめ役である引率の人にも多大な苦労を掛ける。
それを考えると年齢をある程度制限しておくのが大事ではって話。
とはいえ、これはあくまでもウィード側の希望であって大国側の判断も必要である。
そう、あくまでウィードとしての希望を出すことはできるが……ということだ。
今後、この留学生制度の年齢制限は解除していくつもりだけど、この最初の留学生制度を上手くいかせることが最も大事ってことで強く押せとユキからは言われている。
さもないと後が続かなくなるからね。
「ユキ様も懸念している敵対勢力のこともありえますからね。下手に学生とつながってトラブルを起こされるのは面倒です。そういった意味でも年齢を絞る方が良いでしょう」
うん。年齢を絞るのはそういう敵対勢力の影響を制限するためというのもある。
ユキは年齢がバラバラなことでその辺りのケアとか追跡とかが追い付かない可能性が上がることを懸念していた。
もちろんウィード内で起こることはこっちで如何様にも上手くやるけど、ウィード外でのことは各国の責任になる。
もちろん各国としてもこの留学生制度に失敗なんかしてほしくないからキチンと管理するだろうけれど、そのためにも年齢を絞ることはメリットとなるはず。
「はい。そういうことも踏まえて、ハイデン地方の国々で相談してほしいというのともう一つ、そろそろこちらの地方の名前も決めてもらえればというのがユキからの希望です。いよいよ公式にズラブル大帝国が加盟することもありますので、区別が難しいと」
「そういえば、そういう話もありましたね。……この件が一番もめるかもしれませんが、我が地方の名前一つ決められないようではそもそもまとまっていないともとられかねませんね。……わかりました。その話も進めます」
とは答えたモノの姫様は深くため息をついている。
それだけこの地方の状況はよくないのだ。
なにしろあのアクエノキが引き起こしたトラブルによって、ハイデン王国はその力と威信を大きく下げた。
そのため各国が動き出すことにもなった。
フィンダール帝国、シーサイフォ王国しかり。
そんな状況下なのにハイデン主導でこの地方の名前を決めるというのは、下手をすると周りに喧嘩を売る行為になりかねない。
まあ、フィンダールもシーサイフォもウィードと友誼を結んでいるからそれも含めれば何とかなるとは思うけど……。
ここはユキが教えてくれたことを伝えるべきね。
「姫様。一時的ということで『仮の名前』を付けてもいいかもしれません」
「仮ですか?」
「はい。『イフ大陸』という名称ですが、元々はウィード内で呼称として新大陸とされていたのが私たちの大陸が見つかったことエクス王国ノーブル陛下たちの提案で仮称として使われるようになったモノだそうです。変更しようという話はあるようですが、わざわざトラブルを引き込むことになりますのでそのまま使っているという状況のようです」
「なるほど。ウィードが付けた名前であり、別の名前が決まれば変更が可能ということですか。便宜上呼び名がなければ困るのは私たちも同じですし……。よければユキ様に便宜上の呼び名を決めていただいてもいいでしょうか?」
「はぁ?」
あまりの突飛な要望に驚きの声を上げてしまう。
ハイデン地方の国々が自ら決めるならともかく、ウィードが勝手に決めてしまってはそれこそ不満が……。
「ロガリやイフと違い未参加の大国があるいま、私たちが便宜上決めても後で揉めるのは目に見えています。ですから、こちらにやってきたユキ様がこの地の名称を尋ねたものの無かったのでウィードとして識別のために勝手にそう呼んでいた。そこで暫定的な名称としてそのまま採用したと言えば文句も出ないでしょう」
「ああ、なるほど」
命名権をユキにゆだねるのではなく、ユキが勝手に呼んでいたということにするわけか。
それならハイデン地方内部に角は立たないけど……。
「確かにウィードが傲慢だといわれる可能性はございますが、そもそもこの地に呼び名がないのも事実ですし、イフ大陸という前例もあります。さっきいったように全大国が加盟していなかったのですぐに名前を決めてしまえと言われてもできなかった。ということでお願いできないか聞いてください」
「……わかりました」
確かにイフ大陸の前例もあるし、そもそも名前を決めていないこの地の側が悪いといわれればそれだけではある。
とはいえ、今から留学生制度を立ち上げなければいけないってときに周りの反感を買うかもしれないというのは……とにかくユキに聞いてみないとわからない。
「ほかに何かありますか?」
「そうですね……。今回の留学生に関して王族の留学は認められるのでしょうか?」
「王族ですか? 本来試験に通ればとは思いますが、さすがに王族となると立場の問題もありますし、一般生徒とはどうしても区別しなくてはいけないので、難しいのでは? もとより、それこそこの地方の国々はもちろん各大陸の国と話す必要があるのではないでしょうか?」
「……確かにそうですね。ですが、そもそもウィードに各国から人々が集まるということは、貴族、いえ王族としては国の未来に必要な社交場としてとらえます。その可能性を考慮していますかという質問でしたが、どうやら想定はしていないようですね」
「はい。王族が来るということを検討していませんでした。いえ、ユキにそのことについて直接確認したわけではないので、案外王族が来ようが同じ扱いにするというかもしれません」
「それは十分ありえますね。ユキ様にとって王族だろうが庶民であろうが『留学生』という括りにして、扱いに上下などしないというのはありえそうです。一応、ハイデン魔術学院でもそういう名目でしたし」
「とはいえ、どうしても地位による上下、派閥がありました」
それが現実。
いくら平等だといったところで、結局上下や勢力ができてしまう。
あのユキがその程度のこと分かってないとは思わないけど……。
「そうですね。まあ、こちらもユキ様にお伺いしてください。王族が留学可能なら各国とも必ず出してくるでしょう。今後の大陸間交流同盟の要として必要不可欠ですから」
「はい。わかりました」
確かに、今後大陸間交流同盟内での国々の交流は深まっていく。
しかも一代限りなんかではいけない。
次代に引き継いでいく必要がある。
その機会を提供する場所の一つとして留学生制度が利用されるということだ。
まあ、こういうことも狙ってはいるから、ユキは想定済みだとは思うけど、しょっぱなから王族っていうのはどう考えているんだろう?
姫様との話はそれで終わり、そんなことを考えながら話し合いの結果を報告しにウィードに戻ると、私と同じように祖国に報告に行っていたみんなが集まっていて……。
「カグラおかえり。そっちも王族の受け入れ問題か?」
「え? 『そっちも』って……みんなも?」
と思わず聞き返すと……。
「ええ。まあ、それだけとは言いませんが、一番は『王族は行けるのか』という話でしたね」
「ま、大陸間交流同盟なんだから王族に見識を広げてもらいたいっていうのは分かるしねー」
「はい。ブレード陛下も最初『俺が』とか言い出して止められて、『娘を』とおっしゃっておられました」
「……ん。私の所はイニス姉様が自分が留学するといっているけど……。ユキが年齢制限をちゃんと決めるべき」
なるほど、やっぱりというかほかの国でもそういうことを言われたわけか。
というかアグウストに至ってはイニス姫が自らね……。
私もウィードで何度か顔を合わせて話をしたことはあるけど、セラリアとかデリーユみたいな感じなのよね。
「で、ロガリの方は?」
とシェーラたちに確認すると……。
「あはは、お姉さまが来るとか言ってますね」
「リテアの方は、四大貴族か聖女候補からと」
「ルーメルとロシュールからは使者が来て公爵位はいいのかって尋ねてきている。あっちはどちらも直系の若い王族が少ないからな。というかロシュールについていえば既に3姉妹全員がウィードに関わっているしな」
ロガリ大陸の方も色々あるみたい。
ルーメルはともかくロシュールに関してはユキが言うようにそもそもセラリアはウィードの女王だし、アーリア様、エルジュはウィードに頻繁に出入りしているから、今更王族を留学って必要ないのよねー。
「とりあえず、セラリアたちも交えてどの程度の年齢とかを決めよう。それで決まれば各国に通達。それを遵守できるか無視するかはその国次第だな」
そうね。
さて、一体どれぐらいの年齢で落ち着くのかしら?
学生といえば若いと思いがちですが、意外と年齢を重ねた方も勉強をするのは珍しいことではありません。
悪いことではないですが、コミュニケーションの部分で問題が出てくるかもしれないので、年代はある程度の範囲に絞るべきでしょう。
いやー、難しいよね。
留学生ってまず第一にコミュニケーション能力が求められるし。




