第1265堀:ためらいと決断
ためらいと決断
Side:ユキ
「ふぅ……」
敵対勢力対策会議を無事終えたことで一段落、思わずため息を吐いてから改めてここ執務室で考えをまとめる。
各大陸での魔力枯渇現象に関する調査は一時現状維持。
というか調査の拡大は実質的に不可能。
人員が足りないからだ。
とにかく暫くは今いる人員でポツポツとやるしかない。
ハイデン地方とズラブル地方の間に聳える大山脈に作った雪山の拠点も放置状態だしなー。
あ、そう言えばあそこの話を聞くの忘れてたわ。
とふと思い出し、昨日もらったデータを再確認してみると、ちゃんと大山脈のデータもあった。
だが、やっぱりこっちも値に変動は無し。
ハイレンの結界の状況も変わらずってことか……。
「ま、現状調査のための増員はできない。それは間違いない。というか、調査の範囲を広げるために留学生制度をやる」
そう、留学生制度は魔力枯渇現象をより広く国々に認識させ、各国自身に積極的に調査をしてもらうと共に、俺たちも気軽にその国へ向かえるようにということ。
これは余計な遠回りなどではなく近道だ。
だからこそ敵対勢力なんぞに足を引っ張られるわけにはいかない。
幸いなのは、この留学生制度そのものは各国に喜ばれている。
そして今日の会議で敵対勢力の暗躍のリスクに対しての話し合いを済ませた。
そして全ての国が賛成ということでまとまった。
なにせ、自国に潜む面倒ごとをこれで処理できる可能性があるからだ。
ま、普通なら自国内の犯罪組織すら対処できないというのは恥さらしになることだが、そこは関与してなければ責任には問わないということと、なにより敵組織の国際化を考えると安い物らしい。
まあ、中には裏で糸を引いてこちらやライバル国に損害を与えようなどと考える馬鹿も出てくるだろうが、俺の能力を知っている大国のメンバーはそういった連中を含めてやってくれと言っている。
つまり、大国としてもこれを利用して更なる地位の安泰を狙っているってわけだ。
とはいえ、国自身の内部での離反だった場合はちゃんと罰金とかそこら辺のペナルティーを課さないといけない。
そうでもしないと逆に国の面子が保てないからな。
詳しいルールについてはこれから検討していくが、それでも一歩進んだって所だな。
「あとは、留学生の数。これで規模を決める。そこは俺たちに一任するってことだが……。管理できる数がどれだけかってことだな」
ちなみに敵対勢力の対策に関しては、まず各国で情報収集をして後日会議にかけるとのこと。
つまりは、ある程度留学生制度が動き出さないと敵対勢力の対策も進まないということだ。
だから、人数を決めなければいけないんだが……。
今更だが、本当にこれでよかったのかと悩んでしまう。
嫁さんたち、子供たち、そしてウィードに住む人たちを危険にさらす行為。
しかもウィードではやらないとしたところで、ウィードが安全だとは限らない。
それは分かっているが、だからといって自ら率先して危険を引き入れるなんてことをするべきか。
そんなこと俺が決断していいものか、と。
「ユキ様、大丈夫ですか?」
「ん。ユキいつにもまして難しい顔をしている」
と心配そうに声をかけられ顔を上げると、サマンサとクリーナが近くに寄ってきて俺の顔を覗き込んでいた。
「そんなに難しそうだったか?」
「ええ。それはもう」
「ん。間違いなく」
2人がそう言いきる向こうではフィオラやオレリアたちもウンウンと頷いている。
「そうか。まあ、今回のことはウィード内部に持ち込むことになるからな。普通ならあえて自陣で危険なことなんかしないから、そこらへんがあるのかもな」
そう言いつつ俺は顔を揉む。
嫁さんたちや部下に心配されるような表情をしていては夫として上に立つモノとして、あまり好ましいことではない。
「そういうことですか。確かにかなり珍しいことですわね」
「ん。ユキにとってウィードは本拠地。そこに敵を引き込むのは確かに珍しい」
2人の言うように俺は基本的に安全は確保し、被害は最小限、戦果は最大。
これが当たり前だった。
というか、そもそも誰が好き好んで自宅に犯罪者を招くような真似をするのかというやつだな。
改めてそんなことを考えているとクリーナがさらに。
「だけど、前から他所から来る人はいつも沢山いるし、いろんな問題はあった。それだけ。ユキはそんなに難しく考えなくていい。みんなで頑張ればいい。これもいつものこと」
「クリーナさんの言う通りですわ。ユキ様はお優しいですから、誰かが悲しまないようにと最善を尽くします。ですが、ウィードだっていつまでもただただ守られてばかりではありません。ユキ様や私たちが自立できるようにと育てて来たのです。それを信じる時が来たのだと思っておりますわ。ねえ、オレリアたち?」
とサマンサがオレリアたちに問いかけると3人とも頷く。
「はい。確かに行うことは大きなことですが、ウィードがそれに負けるとは思いません」
「そ~ですよ~。ユキ様たちが、そして私たちが生きてきたウィードを自由にさせるわけありません~」
「は、はい! 2人のいうとおりでしゅ。私たちはユキ様のお手伝いをしましゅ!」
おー、なんというかちゃんと覚悟はあるって感じだ。
いや、俺の下に付くって決意を示してくれたあの時からわかっていたことだ。
それはウィードを選んで来てくれた人たちも同じか。
この地で生きていくと決めたんだから、それ相応のリスクは覚悟の上か。
「ん。それに私たち妻たちだってこの作戦を後押しした。だから、思い切りやるべき」
「ええ。バックアップはお任せくださいませ。そのために私たちがいるのですから」
そうだよな。
既に許可はもらった。
にもかかわらずウジウジと悩んで立ち止まるのは、嫁さんたちを信頼していないと同じ。
じゃあ、もうやるしかない。
そうだ、俺のホームを囮にするんだから、絶対に敵対組織は全て暴き出して潰す。
その覚悟でやる。
最初からそう言ってたじゃないか。
「よし。悩むのはやめだ。まずは仮の留学生数を決めれば、それに必要な人員数もわかってくるだろう。みんな意見をくれ」
「「「はい」」」
ということで、いよいよ留学生の受け入れ人数に関する議論を始めた。
とりあえず最初の暫定案はロガリ、イフ、新大陸、ズラブルの4つに分けて各100名。
で、正直に言うと各100名、つまり総数400名はまずありえないという見込みが得られた。
まあ、当然だな。
そもそもまともにノウハウがないのに、そんな大人数を受けれれば対処ができなくなること請け合いだ。
だから、やはり最初はなるべく少なく。
管理がしやすく、問題も把握できて解決しやすいように、最低数で行くべきだと。
「最低数ということであればロガリの大国が5つ。イフは6つ、ハイデン新大陸は大国で同盟参加は3つ。ズラブル新大陸は1つ。ですので、最大である6の倍数で受け入れた方がいいのですわ」
うん、サマンサの言う通りだな。
そうしないと留学生がいない大国が出るということになる。
それじゃなんのための留学生制度なんだということになってしまう。
「ん。サマンサの言う通りだけど、それで最小だと倍で12となるが、同一国からは2名だけしかない。それはどう?」
「確かに、クリーナの言うように少なく感じますね。これでは敵を引き込むというのは難しいのでは?」
「はい。フィオラ様のいうことは的を射ているかと思います」
「確かになぁ……」
フィオラの指摘はその通りとしか言いようがない。
安全面を考えるのであれば、最小数で行くべきだがこれではさすがに敵対勢力の入り込む余地がないだろう。
かといって下手に数を増やせば管理する許容値を越えかねないのだが……。
さて、この問題はどうしたものかと思っていると、ヤユイがおずおずと手を上げてくる。
「ん、何か意見があるか?」
「は、はい。何も、最初から沢山受け入れる必要は、な、ないのでは?」
「「「……」」」
その発言に時が止まったように部屋が静まりかえった。
「あ、あの、私何か変なこと言いましたか?」
その沈黙に提案してくれたヤユイは何かマズイことでも言ったかという感じでアワアワとなっているが……。
「「「それだ!」」」
「ひゃう!?」
その俺らの反応にヤユイはビックリして固まってしまったが、そんなのほっぱらかして話を進める。
「そうか、ヤユイの言う通り最初から多くの留学生を迎え入れる必要はない」
「当然の話ですわね。お試しをして徐々に。私たちもそれで時間も準備もできますわ」
「ん。それがいい。最初は各国3名から5名程度。つまり最大でも6×5で30名が各大陸の人数。これに4つの大陸分ということで120名。ん、妥当」
「いいですね。1クラス30名程度で、各大陸毎にクラスも分けられる。問題点の洗い出しも可能です。いや、最初から欲張りすぎていたということですね」
フィオラの言葉に全員頷く。
俺も知らずのうちに短期間に成果を得ることに執着していたようだ。
いきなり多くを受け入れるなんてそれこそ混乱の元だ。
だからゆっくり受け入れていけばいい。
「そうなるとクラス毎にそれぞれの大陸の担任、そしてウィードの担任。副担任はまた別に考えるとして、担任は各クラス2名でいいでしょう」
「いいとおもうわ~。あとは各授業の先生よね~。でもこれって何を教えるかで変わってくるわよね~」
「えっと、絶対覚えるべき教科は、い、入れるべきだと思います」
こんな感じで一気に話し合いは加速していくのであった。
いや、意外とあっさり数値は決まりそうだな。
明日には嫁さんたちに相談できそうだな。
やることの多さにためらってしまうことってあるよね?
でも、世の中目の前の仕事を片付けるしかないのさ。




