第1261堀:落ち着いて考えてみましょう
落ち着いて考えてみましょう
Side:ラッツ
本日はセラリアが『女王の命』としてお兄さんの妻である私たちだけを集めました。
それって近頃ではなかなか珍しいことでなんですよねー。
『女王の命』ということは基本的にウィードの運営に関わる公式な会議ということで、それって普通は各地区の代表たちが集まって話をまとめてセラリアに裁可を求めて終わりなので、既に代表の座を降りた私たちの出番はほとんどありません。
いやー、とはいえ副代表であるかわいいうさぎさんはうさぎさんで意外と忙しんですけどねー。
と、そこはいいとして女王としてのセラリアが私たちを集めた理由についてですが……。
「大陸間交流同盟に反対、あるいは敵対する勢力を引き込んで対処というか撃滅する作戦ですか……」
エリスは眉間に縦皺を刻みながらそう呟いて渡された資料とにらめっこしています。
きっとその作戦を行うにあたって必要なお金を頭の中で推計していることでしょう。
私だって、どんな物資を用意すればいいかなーって思っているぐらいですからねー。
というか、ほかのメンバーも同じように書類を見つめて考え込んでいますね。
だってこれってウィードを戦火に巻き込みかねない行為ですから。
いえ、火種をあえて抱え込むという方が分かりやすいでしょうか?
それはつまり、ウィードの住人はもちろん期待と希望をもってきている留学生たち、そして私たちの宝物である子供たちも危険にさらす行為でもあるのですよねー。
まあ、正直このウィードが誇る防衛網を乗り越えて実際に危害を加えられるとは思わないですが……。
「「「……」」」
全員が沈黙したままになっちゃいましたねー。
みんな即答できかねるというところでしょうかー。
お兄さんがよく言っていますが、こういう時に穴を見つけてそこを突くのがテロリストや犯罪者だと。
だから『完璧である』なんて思っていること自体が油断であると。
確かにホントに完璧であるなら、ウィードでは犯罪行為の一切が無くなるはずなのですが、残念ながらポツポツと万引きや喧嘩といった小規模な犯罪行為はあるしー。
あと、冒険者同士での殺人未遂。
それがゼロではないからこそ、何かを口にするのをためらってしまう。
さて、私もどうするのがいいかと悩んでいると……。
「みんなの不安はわかるわ。でもそれってチャンとメリットもあるからだってことを把握して頂戴。そして受け入れなかったデメリットも」
「えっ、受け入れなかったデメリットですか?」
リーアが不思議そうに首をかしげる。
この話はウィードに敵を引き込むことによって被るかもしれないデメリットの話をしていたのだから、受け入れなければそれがないということでメリットしかないと思いがちですが……。
「リーア。この話を受け入れない場合確かに『ウィードの危険度』は下がるでしょう。でも何も起こらなくなるわけじゃなくてウィードの外にそれが行って、結局私たちが調査に向かい対処しなければならなくなる可能性が高くなります」
「あ、そっか。ウィードで捕まえる予定の人たちを野放しにすることになるんだ」
「うーん、野放しというのとはちょっと違いますが、その場合は監視するのは敵対勢力が存在する国側になります。それがウィードの管理能力より上かといわれると……」
「ん。そんなのはありえない。つまり、ウィードで尻尾を掴まないと今後の展開が面倒になる。具体的に言うと神様絡みとか、魔力枯渇現象とか」
そうなんですよねー。
クリーナが言うように単によその国に対する敵対組織ってだけのことでしたら放っておいていいんですが、それに『お兄さんの本来の目的』が絡んでいた場合動くためにはその国との関係の調整とか逆にやたら面倒になってくるんですよねー。
しかもサマンサが言うようにどうしたって管理能力は劣るから、その時は狼煙が上がってから押っ取り刀で対処しなければならなくなるなんてなりかねないですしー。
「あー、そういうこともあるか。妾たちの国で起きた事件でもない限りそう易々と他国には介入できぬ。だが……」
「『ウィードで』捕まえた敵対組織であるなら、ウィードとしてその国への捜査協力をお願いできるわけですね」
「本来、自国の不穏分子の捜査に他国を介入させることなんてありえません。だからこそ、ウィードで一度情報を握ろうということですね」
「逆にこうでもしないと捜査協力はお願いできないでしょう。さらに、考えたくもありませんがその国が国ぐるみで何かやっているのなら、こうでもしなければ手出しができません」
デリーユ、ルルア、シェーラの王女様たちは他国への介入というモノの難しさを良く理解しているだけに、この手なら何とか介入ができると判断しているようですねー。
確かにウィードで起こった事件に、他国から調査隊が来て全権を譲るなんてのはありえません。
面目に関わりますからねー。
そして最後のフィオラの言葉。
確かに国ぐるみでウィードや大陸間交流同盟に何かを仕掛けてくる可能性もないわけじゃないですからねー。
その場合、国としては当然協力要請を蹴ってくるでしょうからその国に逃げられればそれで終わりになってしまいます。
そういうのを防ぐためにも必要というわけですねー。
「……あのぉ、セラリア様。ユキがこれを提案したってことはユキはこの作戦を実行したいってことですよね?」
「ええ。カグラの言う通り、ユキはなるべくやってみたいそうよ。とはいえ、私たちが嫌と言えばやらないとも言っていたわね」
「あー、ユキ先生らしいというかー……」
「ビシッと決めてほしいと思う反面、それこそがユキよね」
「ええ。ユキ様であるからこその判断でしょう。まあ、無理にいうことを聞かせても十全な作戦とはいきません。その場合無駄に犠牲が増えるだけということもあるでしょうが」
うーん、確かにその通りですねー。
お兄さんらしいと言えばそうですし、合理的と言えばその通りです。
とはいえ、裏には自分自身は苦労することになっても私たちを大事にするというお兄さんのラブがあるのは分かり切っています。
「みんな。メリットデメリットの確認をするのも大事だけど、併せて作戦の成功率や失敗率の話を聞かないとダメじゃないかしら? ねえエージル?」
「確かにそうだよね。ミリーの言う通りだ。どんなメリットがあったとしても、絶対にウィードの住人、そして子供たちに被害が及ぶってことなら僕もそんな作戦にはのらない。だよね、トーリ、リエル?」
「うん。そんなレベルの話なら私は乗らない」
「僕も絶対にしないね。でもさ、実際のところどれぐらいの確率なんだろう?」
確かにそこが大事ですねー。
そこら辺もチャンと聞かないと判断できないですねー。
と納得したところで、キルエとサーサリがお茶の用意を始めながら。
「皆様、ここは一度落ち着いてはいかがでしょうか」
「そうですよー」
「そうだよね。フィーリアちゃん、ラビリスちゃん、ヴィリアちゃん、ヒイロちゃん手伝おう」
「任せるのです」
「そうね。いい気分転換だわ」
「はい。やりましょう」
「がんばる」
「って、なんで私に声かけないのよ!?」
と名前を呼ばれなかったドレッサも一緒になってみんなにお茶を配り、ホットスコーンを食べて少しほっとしましたー。
そんなみんなの様子を確認したエージルが改めて口を開き。
「さて、作戦の成否の確率だが、それは当然準備次第というのが前提にあると思ってくれ。まず、ウィードで敵を捕捉監視だけというのなら100%行けるだろう。それだけダンジョンマスターの管理能力があるのはみんな知っているだろう?」
その見解には全員納得して頷く。
隠蔽などもあるけどそういうのはちゃんと見極めるように部下たちも訓練していますからねー。
「ついで、ウィードの住人及び観光客、そして子供たちの安全確保についてだけど、こちらも80%ぐらいは行けるだろう」
「中途半端な値の理由を聞いても?」
「残念ながら武器の所持は認めているからね。抜けないように使えないように処置はしてあるけど、そのまま振るえば鈍器になるし、日常生活で使うモノだって凶器になりうる。それどころか、拳を振るえばそれだけでこと足りるだろう?」
「確かにその通りじゃな。妾なら武器なんぞいらんからのう」
ですよねー。
デリーユなら拳で人ぐらい簡単にコロコロできるでしょう。
「とはいえ、そもそもそんなあからさまに暴力をふるうとも思えないからね。もちろん監視や巡回、護衛に力を入れるだろうし、そこら辺を鑑みて80%ぐらいって感じかな?」
「そういわれるとそうね」
確かにそのぐらいだとは思いますよー。
「つまり、エージル換算だとそのぐらいってことね」
「だねー。だけど、ユキのことだからさらに詰めるだろうから、もっと安全は保障されるんじゃないかな? どう考えたってこれより下がるとは思えないね」
「そうね。ユキさんが考えるんだし、さらに安全は上がるでしょうね」
エリスの言葉にみんなも納得します。
お兄さんが考えることって敵対者にとってはホントにすごくやりづらいものですからね―。
「じゃあ、とりあえず。前向きに検討って方向でまとめていいんじゃないかな。で、ユキの安全確保方法を確認してから、さらに検討ってことで。この場では反対も賛成もしづらいし」
エージルの言葉で今回の会議は終わりました。
セラリアからお兄さんにこの話をして、また改めて会議の席を設けるということで。
その帰り道……。
「いやぁ、びっくりというか、そこまでになってきたんですねー」
と私がふと呟くとエリスが頷きながら……。
「ええ。ちょっと前まで難民や奴隷だった人たちを受け入れる村を何とか運営して行かなくっちゃってことだったはずなのにね。それが今では海を越えてよその大陸を含めた各国の要人たちが集まり会議を行う場所になり、更には全世界から未来ある若者たちを集めて教育するというところまで来た。びっくりよ本当に」
「しかも、その留学生制度がよからぬ輩を呼び寄せるからその対策を考えなくちゃならなくなるなんて、ウィード作ったころの私に聞かせてみたいわー。どんな反応するのか。あの時はウィードの中のことだけでさえ書類仕事でひーひー言ってたのに」
私たちはなんとなく揃ってウィードの空を見上げます。
もう見慣れた偽物の夜空。
当時はこれだってものすごく驚きました。
地下にこんな風景が広がっているなんてと。
「私としては、お兄さんとの子供ができたっていうのが一番の変化でしょうかね?」
「そう? いえ、そうね。私もあの当時はこうなるとは思ってもみなかったわ」
「そうよねー、エリスったらユキさんのことスッゴク怖がってたもんねー」
「うるさいわよ」
「あはは。確かにそんなことありましたねー。でもミリーだって意外なことはあったんじゃないですか?」
「そりゃあるわよ。想像以上に美味しいお酒が山ほどあったとか、ユキさんの妾になって尽くすとは思ってたけどあくまで妾、ところが今じゃ普通にセラリアやルルアと同等の扱いよ? いやー、それに仕事がこれだけ増えるとは本当に思ってなかったわー。ルルアのあの『奴隷宣言』が羨ましいと思う時が来るなんてねー」
そうそう、ルルアが来た時みんなで敵愾心から女としての尊厳を傷つけるための馬鹿な提案をしてしましたが、今となってはタダひたすらユキさんのお相手だけが仕事とか、それってご褒美でしかないですよねー。
いやぁー、人生本当どうなるかわからないもんです。
「とりあえず、予算の方も検討ね。ラッツは物資の確保、そしてミリーは冒険者ギルドの協力要請をお願い」
「わかりました。こちらで色々見繕っておきますよ」
「こっちも了解。冒険者ギルドが大国相手に表だって貢献できるいいチャンスだしね」
さぁて、お兄さんのためそしてウィードのためにもこのかわいいうさぎさんたちは動きだすとしましょうか。
感情で話そうになる時は深呼吸するとか、一日開けるべきとかいうよね。
実際終わってからよくよく考えて、ああいえばよかったって思うことは多いから、その瞬間に考えを切り替えられる人ってすごいんだなーと思う。




