落とし穴外伝:一人の楽しさ
一人の楽しさ
Side:ザーギス
カチコチ……。
集中が途切れたのかふと耳に飛び込んできた時計の音に顔を上げると。
「もう16時ですか」
ふと気がつけばもう夕方。
特に冬場は日が落ちるのが早い。
あと1時間もすれば完全に日が暮れてしまう。
「……チョット早いですが今日はこの辺にしときますか」
と呟きながら、パソコンで作成していたレポートデータをしっかり保存して電源を落とす。
今ではこれが当然になっていますが、やっぱりパソコンは素晴らしい。
昔みたいに山のように積んだ資料を一々片付けるとか、逆に探し出す手間が一切ないですからね。
まあ、本や書類として読みたいときもありますが、それでもこの嵩張らないというのは絶対的に便利ですね。
などと考えながら実験テーブルの片付けも済ませ、戸締りを確認して研究室をでます。
「普段なら、ほかの研究室も見回りに行くんですが。今日は必要ないですねぇ」
私はそう呟いて、ほかの馬鹿たちがいつもならいる研究室を見る。
今日だけはそれらの研究室は既に電気が落とされ人の気配を一切感じさせない。
普通は電気が消えることがない不夜城とまで言われている研究室なのに。
ちなみにその所有者はナールジアさん、コメット、エージル。
この3人はいずれも私が『管理』しておかないといけない、私以上のぶっ飛びの研究者。
ひとたび研究に没頭すれば倒れるまで休まない、食べない、寝ないという壊れっぷりだ。
しかし、先ほど言ったように今日に限っては静けさに包まれている。
そう、彼女たちはいないのだ。
なぜなら……。
「本日は12月25日。クリスマスか」
そう、本日はクリスマス。
年末も目の前に押し迫った中行われる特殊なイベント。
確か、ユキの話ではどなたかの生誕祭でしたか?
元々はそのようなモノを祝う日らしいのですが、ユキやタイキの話ではクリスマスは家族や友達で集まって祝うものなのだそうです。
ですがこのウィードでは単に家族や友人で飲んで騒いでの日として認識されています。
ということで忘年会も兼ねてというのもあるようで、この日に遅くまで仕事をしているのは、年末商戦を戦っている商業区の人たちぐらいでしょう。
「ま、私は一人なんですけどね」
そんなことをつぶやきつつ、研究室を離れていきます。
私はもとラスト王国で四天王を務めていました。
今でこそ魔族という種族は人々に受け入れられていますが、私がこのウィードに来ることになった当時は人類の敵という扱いでした。
そんな中、ユキは私の才能を見抜いてスカウトしてくれたのでその話に乗ったわけです。
魔王様の四天王という立場も居心地が悪くはありませんでしたが、とはいえ王の四肢を担う役職ですので研究一辺倒というわけにはいきませんでしたからね。
その点ウィードでの生活はまさに天国。
プラスして地球の知識を吸収し放題で、私は新しい舞台へと上がったとはっきりわかるほどです。
知識が確実に増えていくことを実感できるなど、いつ以来のことだったか。
さらには学びそして新しい理を発見する楽しさを、誰かと共有できるのも素晴らしかった。
「とはいえ、私は人付き合いが得意というわけでもないですが」
研究のため、知識を得るために議論を戦わせるのを除けばほどほどのおつきあいで話すのは好きですが、むしろこうして一人で色々考えている方が性にあうのも事実です。
結婚と言うモノも四天王時代に経験しましたが、あれは相手をいたわるのが大変でした。
確かに幸福なこともありはしたのですが、私にはどうも合わなかったのです。
なにしろ研究の方がよほど好きでしたからね。
ああ、これじゃ私もあの3人を馬鹿にできませんね。
なので、こうしてクリスマスを1人で過ごすことには特に抵抗もないのです。
恋人や家族が楽しそうに商業区を歩いているのを見かけてもほほえましくはありますが、妬みや嫉みといったものはありません。
嫉妬などしている人たちは、恐らくはその裏にお互いの歩み寄りがあってこそアレができているとわかっていないのです。
私からしてみれば、それを考えるとむしろ尊敬すら覚えます。
そんなことを考えているうちに、いつものバーにやってきます。
ここは商業地区にある知る人ぞ知る隠れ名店の一つ。
「いらっしゃい」
「はい。お邪魔しますよマスター」
私はマスターに挨拶をしつついつもの定位置に座ります。
「今日は人が少ないですね」
「まだ時間が早いのと、クリスマスですからね」
「ああ、なるほど」
たしかにクリスマスの日にこんな時間からこのバーに来る物好きは独り身の私ぐらいでしょう。
「とりあえず、何か食べる物いいですか? それと合うお酒を」
「はい。こう言ったら何ですが、ザーギスさんはここを食事処と勘違いしていませんかね?」
「いえいえ、バーだとチャンと認識していますよ。ただマスターの料理が美味しいからついついいろいろ食べてしまうんですよ」
「ああ、そういわれると下手なモノはお出し出来ませんね。少々お待ちください」
そんな応えを返したマスターはこちらに背を向けて調理を始める。
このバーはお酒だけじゃなくおつまみにもなる料理も用意してくれるので助かるんですよね。
こうして早く来てもやっているし、ご飯も出してくれます。
ありがたい限りです。
そんなことを考えながらなんとなく店内を見回していたらカウンターの端にかわいらしいクリスマスツリーがチョコンと飾ってあるのに気がつきました。
「マスターもクリスマスをやるんですね」
「そりゃ、今日は祝いの日だしね。今年頑張った自分や家族、仲間を褒めてあげる日だ。ってことでやらないわけにもいかないさ」
「そうですね。でも、すぐに年末、年越しですし休む間はなさそうですよ?」
「そりゃ稼ぎ時ってことですよ。こうして催しが多いとお客さんはお金をおとしますからねっと」
と言ったマスターは振り返って、出来上がった食事を出してくれる。
「今日はステーキですか。豪華ですね」
「今日はクリスマスですからね。そしてこちらも」
次に出てきたのはイチゴのショートケーキ。
「もし嫌いでしたら下げますが?」
「いえ、好きですよ。まあ、女性みたいに沢山は入りませんが」
「それは私もですよ。ではごゆっくり」
「はい。いただきます」
ここでのんびり静かに食事とお酒を楽しんだ後は、家でじっくり科学雑誌でも読みこみましょうか。
そんな平日のような予定を考えつつ、私はマスターの料理を楽しむのでした。
「メリークリスマス。一人も悪くない」
メリークリスマス。
一人は一人で楽しいことがある。
平日と変わらない毎日を送れるのもまた幸せ。




