第1249堀:切っ掛けの人たちは?
切っ掛けの人たちは?
Side:ユキ
「……ということで、皆さんが嵌る食べ過ぎはありましたが、それ以外特に問題は無いようですよ」
「そうか、ありがとう」
ルルアから受け取った健康診断の結果と共になされた昨日の話を聞いて苦笑いをする俺。
一緒に聞いていたフィオラたちは……。
「それってウィードに来たら必ず通る道ですね」
「はい。食い倒れはウィードの基本ですから」
「私たちのお小遣い程度の金額でもおなか一杯食べられますからね」
「そーよねー。あー、今度ケーキバイキングに行きたいわー」
う~ん、食い倒れはウィードの常識ですと言わんばかりに皆うなずいている。
でも、それってどうなんだろうか?
そのおかげでわざわざ商業地区へ病院を設置することへとつながったんだが……。
「……まあ、食い倒れ文化はいいとして、健康診断の結果としてはノリコと同じ死者。魔物には分類されないアンデッド扱いか」
健康診断結果にはハヴィアは間違いなく「死者」である旨が書かれている。
完全に心肺停止しており、医学的には死んでいる状態だ。
だが、魔物と定義されるのに必要な『魔石』が存在しておらず、その辺りはコメットや一般的な魔物アンデッドとは違う。
ってことで、やはり幽霊っていうのは魔物とは違う存在なのだろうな。
「現在、『幽霊』として定義出来ている中で診断しているのがノリコさんとハヴィアさんだけですからね。幽霊屋敷で働いている皆さんに頼んでみますか?」
「いや、あいつらはそもそも実体がないから検査のしようがないしな。それに厳密に言えば人体模型とかアレの方は幽霊とはまた別物だし」
「ですよね」
ルルアは苦笑いをする。
なにせ『幽霊』と呼んでる対象そのものがバラバラ過ぎてまともなデータ収集になっていない。
ついつい幽霊と呼んではいるが、ウィードで雇っている連中はいわゆる幽霊の他に妖怪や怪物などなど多種多様だ。
しかも、そもそも原産が地球の日本だから、ハヴィアと比較するのが間違いな様な気もする。
「ま、とにかくとりあえず、経過観察だな」
「はい、健康診断についてはそれしかないですね。ただ、無事にウィードに来られたことは本人にとっていいことでしょう。こちらなら存分にハヴィアさんのやりたいことができるかと」
「そりゃな。今日はザーギスの研究所にいってるからな、興奮大爆発だろうな」
「ん。研究者にとってあそこは天国」
クリーナは当然とばかりにうなずく。
「『研究』で思い出しましたが、ユキ様、そういえばゴブリン村の情報はどうなっていますか?」
サマンサのその問いに、全員の視線が俺に集まる。
「ゴブリン村の方は完全にザーギスに任せているが、今のところ特に報告はないな。まだ情報収集している最中なんだろう」
ゴブリン村には調査目的という名目で設置させてもらっているわざとらしい機器がある。
日本の百葉箱という気温や湿度などの気象情報を測る装置と同じようなもので、魔力などについても継続観測している。
まあ、ダンジョン化もしているので、そちらからも情報は得られるのだが、ハイレンの結界の中ということもあってダンジョン能力を使っての調査を阻害する可能性も考えて設置している。
そうやって情報を集めている最中だから、何も報告がないんだろう。
そもそも、どの情報が有益かさっぱりわからないからな。
「ん。つまりはゴブリン村は平穏そのものということ?」
「だな。何か大きな事故や事件があれば伝えるようにしてあるし、それも無いってことは平穏だってことだろう」
そう、ゴブリン村は下手に手を出して環境を変えてしまうのはよろしくないからな、コツコツと地道に調査していくしかないだろう。
あのゴブリンたちの村以外での『生態調査』といっては失礼かもしれないが、そういうのも今回の留学制度を使って調べてみる予定だ。
「そういえばユキ様。ヅフイア王国のアオク子爵様、フソラ様たちは問題ないのでしょうか?」
オレリアが急に思い出したというような感じで聞いてきた。
俺は一瞬何のことだろうと思ってしまったが、ゴブリン村絡みってことですぐに思い出した。
そもそも、今回の留学生制度を思いついたのはフソラちゃんのおかげでもある。
とはいえ、アオク子爵たちのことはここ数日ほったらかしだ。
まあ、ほったらかしといっても……。
「トーリ、リエル、カヤが相手をしているから特に問題ないと思うが、とりあえず連絡を取って見るか」
そう、アオク子爵ことキーナオさんとその娘のフソラちゃんはウィードに連れて行ってからはトーリたち警察メンバーに任せている。
なにせフソラちゃんの行動力であれよあれよという間にウィードに来ることが決まったヅフイア王国の要人だ。
いくら急遽決まったとはいえちゃんとした護衛もいるし、案内人も必要なので、嫁さんたちに任せたのだ。
ということで、トーリに連絡を取って見ると。
『はい。ユキさんどうしましたか?』
「ああ、キーナオ子爵とフソラさんの様子はどうだ? こっちはようやく少し落ち着いてな」
『よかったです。アオク子爵たちにはしっかりウィードを楽しんでもらってはいましたが、なかなかユキさんに会えないのでちょっと心配になっているようです』
「そりゃそうだよな」
俺がウィードに迎え入れておいて、ほとんど会っていない。
放置状態だ。
普通なら迎え入れた俺が案内するべきだったんだが、それを嫁さんとはいえトーリたちに丸投げだからちょっと失礼に当たるもんな。
「よし。午後に伺いたいってことで予定を聞いてもらえるか?」
『はい。わかりました。確認を取り次第連絡します』
トーリとの連絡が終わり、俺は次にカグラたちに連絡を取る。
『ユキ? どうしたの?』
「いま、トーリと連絡を取ったんだが、アオク子爵たちと午後に会おうと思っているんだが、そっちはどうする? ハイデン側としてやることはあるだろう?」
そう、カグラたちの故国ハイデンはアオク子爵たちとの橋渡しをしてくれたという立場だ。
なので時間が許す限りトーリたちと一緒にウィードの案内に付き添いをしてくれている。
とはいえ、今はウィードの中の案内なので主体はいろいろ顔の効くトーリたちになっているというわけだ。
『私は姫様への報告で付き合えないわ。ミコスがこっちにいるから……ミコス?』
『なにー、カグラ?』
『ユキがアオク子爵と午後会うって話だけど、付き合える?』
『問題ないよ。ユキ先生。私がいくよー』
「ああ、じゃあミコスたのむ。そういえばキャリー姫の報告で問題になったりとかは?」
『ゴブリン村やヅフイア王国の訪問関係では特にないわ。それより、ユキが始めた留学生制度のことで大忙しみたい』
「まあ、あっちも質問が多くて大変だったからな。じゃ、特にヅフイア王国関連で注文とか文句はないってことか」
『そうね。むしろ今回のことで留学生制度も動き始めてウィードのことを各国に知らせるいい機会だからって喜んでいたわ』
確かに、いまだに新大陸におけるハイデンの立場はあまりいいものではないからな。
俺たちウィードがキチンと認知され、その立場が確立されればハイデンにとってもいいことだ。
「じゃ、ミコスは子爵から連絡が入ったらこっちに来てくれるように言ってくれ」
『はーい。聞こえてますよー。連絡が来たらすぐに向かいますねー』
「頼む。カグラも忙しいかもしれないが、あまり根を詰めないようにな」
『わかってるわよ』
そう言ってカグラたちとの連絡が終わったと思うと、すぐにリエルから連絡が来る。
『ユキさーん。アオク子爵とフソラちゃんは午後会うのは大丈夫だって。場所はどうする?』
「そうか、お昼はもう食べているのか?」
『お昼はまだだね。よければ一緒にって言ってるけど、どうする?』
「そうだな。じっくり話も聞きたいし、ゆっくり食事しながらにするか。何が好みとかは聞いているか?」
『うーん。なんでも美味しそうに食べてたけど……、うーん、そうだねー、焼肉食べ放題の所がいいかなー? 個室で。それにお肉以外にも沢山あるでしょ?』
「そうだな。ある程度品質もあるし確かにオープンなバイキングよりいいか。じゃ、こっちで予約取っておくから、時間になったら連れてきてくれ。場所は分かるよな?」
『うん。わかるよ。じゃ、時間になったら行くね』
よし、リエルたちを通じてアオク子爵と話を聞く準備は整ったか。
「そういえば、フソラさんの相手はアスリンたちだったが、そのアスリンは今はハヴィアの方だよな?」
「そ、それでしたら確かにアスリンちゃんたちはハヴィアさんの相手ですけど、ドレッサ様たちがフソラさんのお相手をしています」
「なるほど。そっちは分かれたわけか」
別に全員でハヴィアに付き合う必要性はないもんな。
となると、ドレッサに連絡を取るか。
『なに?』
「今、時間あるか?」
『普通に仕事中だけど急ぎ?』
「この後、アオク子爵と食事になったんだが、フソラの様子を聞いておきたいと思ってな。というかドレッサは付きっ切りってわけじゃないのか」
『そりゃ、トーリやリエル、カヤも一緒だし、私は報告書とかまとめる方で、現場はヴィリアとヒイロに任せているわよ』
「確かにな。じゃ、フソラのことはヴィリアたちに聞いた方がいいか?」
『今付き添っているから、時間があるかしら?』
「あー、じゃあドレッサが知っている限りでいい。下手に今側にいる2人を呼び戻すと向こうも警戒するだろうしな」
あからさまに事前に報告を受けてましたなんてことで身構えられるのも困る。
こっちはこちらに来ていろいろ見知ってからの本心の話を聞いてみたいからな。
『別にこれといって特に良いも悪いも聞いてないわね。まあ、子供だからウィードの技術には子爵よりも早く馴染んでいるわ。躾けはちゃんとされていて問題は起こさないしそういった意味ではいい子でしょうね』
「なるほどな。学校の見学とかは?」
『しているけど、ウィードの学校は基本的に一般教育の方だし、魔術についてはなかったからきっとフソラ本人の希望とは違うわね。とはいえ、そのお試し入学自体はけっこう楽しんではいるみたいだけど』
「そこら辺を聞いてみるか」
『そうね。留学生制度を作る予定なんだからどの程度の知識が欲しいとか聞いておくべきね。ウィードにあるのは、学校での基礎レベルの魔術と、それ以外は殆ど研究室だもの』
「わかった。ありがとう」
『いいえ。じゃ、頑張ってね』
ドレッサとの会話が終わったところで今の話で疑問を持ったサマンサが聞いてきた。
「そういえば、ウィードには魔術学府の様な魔術を専門とする学び舎はありませんでしたわね。魔術の習得などはどこで行っているのでしょうか?」
「その辺は必修じゃないからな。一応冒険者向けにカースを中心とした冒険者魔術師が授業をしているぐらいだ。あとは冒険者ギルドでの練習場かな。まあ、本格的にってなると研究室に入る物好きはいるが、そもそもこっちで作ると、ロガリ大陸、イフ大陸、新大陸にある昔からの魔術の学び舎から学生を奪うことになりかねないからなー」
「あー、そうでしたわね」
「ん。ウィードが『魔術専門学校』を作れば確かにこっちに集中する。ポープリ学長がひっくり返りそう」
「だろ?」
元々、ウィードが魔術の専門学校を作らなかったのはそこらへんがあるからだ。
各大陸ごとに随一といわれる学び舎があるから、それと競合してしまうのだ。
それは避けないといけないからな。
「とはいえ、基礎とある程度の応用ぐらいまでは今後のことを考えて作ってもよいのでは?」
「まあなー。そこらへんも会議の時に言わないとなー。とりあえず、今はアオク子爵たちの様子を見に行くぞ。そろそろ時間だ」
「「「はい」」」
ということで、俺たちは待ち合わせの場所へと向かうのであった。
色々あって大変ですが、この留学生制度のきっかけはゴブリン村に行こうとしたところの、アオク子爵の娘フソラだっていうこと覚えていました?




