第1245堀:様子はどうですか?
様子はどうですか?
Side:ユキ
無事に大陸間交流同盟での第一回留学生制度の話し合いが済んだのと、フィオラたちへの『俺のコト』の細かい説明も終わって一息つけるかと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
「ユキ様。ノリコからハヴィアの件はどうするんだと問い合わせが来ておりますが?」
「ハヴィア?」
一瞬それって誰のことか分からなかったが、すぐに思い出した。
「学府の幽霊ちゃんか」
そう、ランサー魔術学府をベースにいよいよ大森林の調査を始めようって時に、冗談交じりで学校の怪談……じゃない、学府の噂話を集めたら本物の幽霊が出てきたというわけのわからない話だった。
まあ、今では本人はいたって安定している上に前向きなので、幽霊というよりは向こうが透けて見える特殊な体質の人って感じだ。
「はい。その『学府の幽霊』です。お忙しいのはわかりますが、ウィードに連れて行く方法を考えるといっていたので、どうなっているのか知りたいそうです」
「なるほどな。そういえばタイゾウさんからもそんな話が来てたっけ?」
「はい。タイゾウ様からも学府での監視関連の資料が届いております。それについては、ですが……」
「ですが?」
「いえ、あの。それに関連してタイゾウ様はイフ大陸のヒフィー神聖国の宰相様でもあり、神聖女ヒフィー様の伴侶でもあるので、いい加減に返してほしいと」
「いや、別に俺が勾留しているわけじゃないからな。って言っても駄目か」
「はい。『ウィードの案件』でずっと学府にいるのですから傍から見れば拘束しているのと変わりがありません。まあ、ハヴィアの存在は放置しておけないというタイゾウさんの意見もわかりますが」
「わかった。タイゾウさんに話しておくよ」
「はい。お願いいたします。ソウタ様、エノル様も代わりにと言ってくださっていますので」
「というか、タイゾウさんにはその二人と交代でって言ってるんだけどなー」
やはり研究者というのはこういうモノらしい。
だけど、タイゾウさんにしては珍しいな。
研究馬鹿の一人とはいえ、他の連中と違って奥さんのことをないがしろにするような人じゃないんだけどな。
それとも何か俺が知らないトラブルでも起こっているのか?
「とりあえず、ノリコも今は向こうにいるんだよな?」
「はい。タイゾウ様やソウタ様、エノル様と共にハヴィアを見守っています。まあ、本人は『幽霊と友達』っていいネタじゃないと喜んでいましたが」
「本人が幽霊ってことを忘れているだろう。それ」
「いえ、『自分自身が幽霊だった』という漫画はすでに連載中ですね」
「おい、やってるのかよ」
「しかも最近の売り上げの中ではトップクラスだと」
「あいつ執筆しすぎて、もう一度死ぬとかないよな? しかし、連載幾つ持ってるんだよ」
「たしか、4本かと。月刊ではあるので何とか間に合っていると」
「しかし、それだとページ数少なそうだな」
「いえ、一本に付き20ページは書いていると」
「本当に死にそうだな」
トータルで月80ページ以上。どこの地獄だよ。
「本人としては、編集も自分で握っているし問題ないと」
「あー、そういうことか。ミコスは情報誌だけじゃなく漫画の方もトップをやっているけど、漫画の編集については知識があるわけでもないからな」
で、ノリコの奴が編集まで牛耳っているからボツでもなんでも自由にできるわけか。
とはいえ、独りよがりになりそうだけどまぁ、ウィードじゃまだ漫画という文化ができたばかりだしな。
今後淘汰、研鑽されてレベルが上がっていくんだろうな。
「と、そこはいいとして、ハヴィアの件だよな」
「はい。最初に申し上げたようにノリコからどうするのかと」
「とりあえず、タイゾウさんの件もあるから、話を聞きに行くか。ソウタさんにも聞けば移動方法が分かるかもしれないしな」
「よろしくお願いいたします。ではいつ向かいますか?」
「あーそうだな。ポープリたちも戻っているし、今から行くか」
「今からですか? ですがポープリ様たちにアポイントが取れていませんが?」
「そこは時間がなければそれでいい。あくまでハヴィアの様子を見てどうやってこちらに連れて来る方法を探すのが目的だからな」
「わかりました。では、準備を行いますので少々おまちください」
実際俺が必要とする道具は全部いつでもアイテムボックスの中にあるので準備もクソもないんだが、こういう時は周りの人に準備を任せるようにってセラリアに言われているんだよな。
まあ、これもフィオラやオレリアたちの成長につながることだってな。
とはいえ、俺の移動なんてしょっちゅうあるからもうすっかり慣れているようでパパッと準備をすませてくれたので、それから一時間とかかることなく俺たちはランサー魔術学府へと到着していた。
「じゃ、オレリア、この後ポープリに会えるか問い合わせてくれるか?」
「かしこまりました」
俺がそういうとオレリアは一人分かれて学長室へと向かう。
本来なら、ランサー魔術学府に来る前に問い合わせをしておくべきなんだが、まあ今更だからな。
それに今日は別にポープリがいなくても俺の仕事には関係ないので、こうしている。
「じゃ、研究室の方へ行くか」
「はい」
俺たちはまずタイゾウさんたちがいる研究室の方へと向かう。
教室の一つを譲り受けたもので、一時期はハヴィアの監視室でもあったんだよな。
いやー、ホント幽霊調査で本物を見つけるとかありえないよなーと当時のことを思い出しつつ研究室に着いてドアを開けたのだが、どうやら別段何も起こってないようで中ではこっちで調査の仕事をしているゴブリンたちは皆ダルそうな目をしている。
まあ、ただモニター見つめるだけの仕事って堪えるからなー。
と、そんなゆるい雰囲気の研究室内に入って行くと……。
「おや、ユキじゃないか」
「ん? ユキ?」
と声をかけて来るエージルにコメット。
2人とも大森林の調査をメインに最近動いているから、ここに勤めていることが多い。
「よう、エージル。コメット。調子はどうだ?」
「進捗状況はこれと言って。ま、特に進捗も遅れもなくって感じだね」
「ああ、結局外周走っただけじゃほとんど何にもわからないってのが答えには変わりないね」
大森林の方は相変わらずのようだ。
まあ今の段階で『大発見』なんかあっても困るけどな。
「それで、今更そんなことを聞くためにこっちに来たわけじゃないんだろう?」
「まあな。ノリコに頼まれてハヴィアの様子を伺いにきたんだが、どうだ2人とも?」
とりあえずハヴィアに直接会う前によく付き合いのある2人に話を聞いておくことにしたのだ。
まあ、何かあれば連絡が来るはずだし、何も来ていないということは……。
「特に問題も変わったこともないねー。むしろこっちとしては大森林の研究に対して意見をくれるから助かる限りだよ」
「だねー。幽霊だからここから離れない方がいいっていうことで外にも出られないのは可哀想だとは思うけどね」
「特に不満を訴えることはないのか?」
「いや、それどころか嬉々として地球の資料を片っ端から読み漁ってるね」
「もう、ナイルアやワズフィと同じように色々話してもいいと思うけどねー」
「それはさすがにきついだろう。そもそもハヴィアの存在がまだ確立できてないだろうし」
そう、この世界生まれの幽霊であるハヴィアはいつ何時いなくなるかわからない。
先ずはそこら辺を安定させないと迂闊なことはさせられないしできない。
下手すると何か頑張っただけで成仏するとかありそうだ。
幽霊って前向きになったとたんいきなりいなくなっているなんてこともあるしな。
「そこらへんはルナさんに相談した方がいいんじゃない?」
「ああ、そもそもハヴィアという幽霊の存在を完全に解き明かすのは不可能だしね。そこらへんはルナを頼ってもいいと思うけどね」
「言っていることはわかる。最悪それはありだが、その前に出来る限り調査をしておくのは必要だろう」
「まあ、それはわかるけどね。ハヴィアという幽霊の存在が解明されたなら他の幽霊と出会ったときも対応できるってものだし」
「でもさー。結局それってそもそもハヴィアの協力あってのことだろう? そのために無理を強いて不安定になってしまうのもねー」
「ああ。だからそこらへんはみんなから意見を聞いて考えようって感じだ。今日はノリコがどうするのかって言ってきたからな。何か思う所もあるのかなと」
「ノリコねー。一緒に漫画描いてるだけっていうと失礼だけど、それだけなんだよね」
「いや、漫画を描くって重労働だからねぇ。その際に本音でも見えたんじゃないかな」
「なるほどな。で、その前にタイゾウさんとソウタさんに会おうかと思っていたんだけど」
と俺は辺りを見回し2人の姿を探したが見つからない。
「どこに行っているかわかるか?」
「え? そういえば一服するっていってたっけ?」
「あー、言ってた言ってた。ここ禁煙だからねー」
「わかった喫煙所に行ってみる」
ということで、俺は喫煙所がある中庭へと向かった。
この世界にもタバコというモノは存在していて、学府にも元々喫煙所があった。
ということで、喫煙者であるタイゾウさんもソウタさんもわざわざその喫煙所に行って吸っているのだが、さすがに吸っているタバコは日本から仕入れたものがおおいらしい。
でもたまにこちらの世界の葉巻を仕入れて吸っている時もあるようだ。
ちなみに、タバコは肺ガンになる確率がーっていわれるが、そのガンの仕組みを理解したルルアやリリーシュ、ヒフィー、ハイレンの人体実験……もとい、治験で完全に治すことに成功しているのだ。
つまり、この世界でのガン治療は地球よりも上になっている。
ちなみに転移についても完全に抑えることができていて、問題になっているのは低下した肺機能の回復だ。
こればかりは本人たちが肺を鍛えるしかないようだ。
ガス交換能力の低下によるものなので、回復とはまた違ったものになるようだ。
ここも考える余地というか回復理論の先が見えた気がする。
つまりだ、鍛え上げた状態に回復することができれば、ほかの人にもというはなしになるわけだし、リハビリも必要なくなるわけだからな。
なんてことを考えているうちに喫煙所がある中庭に到着する。
そこには学生たちや先生たちもいてのんびりと息抜きをしているようだ。
さて、どこにいるのかなーとあたりを見回していたら。
「おーい。ユキ君」
「こちらですよー」
と声を掛けられた方を見ると、タイゾウさんとソウタさんがのんびりベンチに座って一服している。
「ども、探しましたよ」
「ん? 何か問題があったのかい?」
「緊急連絡は来ていないようですけどね?」
2人は俺の『探した』って言葉にわざわざコール画面を確認している。
いやぁ、生真面目な人たちだよな。
「いえ、急を要するようなことじゃありません。ハヴィアのことで」
「ああ、なるほど」
「彼女のことは急いでも仕方はないですからね」
「ええ。ですが、ノリコからいつまで放置しておくのかって連絡がきましてね」
「彼女からか」
「同類のお化けからそういう忠告がくるのは見過ごせないですね」
「はい。ということで、何をするにもまずは日頃ハヴィアの様子を観察している2人に意見をと思いまして」
「話はわかった。ここで話すことでもないし、休憩も終わろうとしていたところだ。ソウタさんもいいですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
そう言って2人はタバコを消してベンチから立ち上がる。
なんだろうな、女神たちよりもよっぽど頼りになるというこの信頼感は気のせいだろうか?




