落とし穴外伝:冬のお風呂はまた格別
冬のお風呂はまた格別
Side:ユキ
ヒュウゥゥゥ……。
と一陣の風が吹き抜け、せっかく温まっていた頬に冷たさが突き刺さる。
「おおっ。寒いな」
「そうじゃな。すっかり季節は冬というわけじゃな」
「はい。ダンジョンの中にあるウィードであっても周囲に合わせて四季があること自体は良いかと思いますが、この冬の寒さまでキッチリ再現するべきかは一考の余地があると思うのですが」
そう、俺はこの寒空の中ズラブル大帝国のユーピアとショーウと一緒にウィードの町中を歩いている。
別にこのメンバーだからと言って陰謀を企てていたとかではなく、単にスーパー銭湯から上がってきただけだ。
「しかし、ユキ殿。寒い時は風呂じゃな。入れば身も心もポカポカじゃ。いやー、しかしスーパー銭湯なるものはいいのぅ。各国の王から勧られ行ってみたがあれはよい。とても良い」
「はい。旅館の露天風呂やヒノキ風呂もいいですが、スーパー銭湯ではさらに岩盤浴やサウナなど、色々あって楽しいですね。何より中で食事もできるのがいいですし、休憩場所もあるのがいいです」
「まあ、そういう場所だしな」
そう、スーパー銭湯というのは、入浴、食事、休憩という3つを詰め合わせた公衆浴場の一つで、よく健康ランドともいわれている。
お風呂に入ると同時に、エステやマッサージなどそういう方面のサービスも多々ある。
ただ、よくあそこに入り浸っている各国の王からのお勧めというのが心配だ。
あそこでプチサミットをやられると店員から苦情や要望が来るんだよな。
護衛の兵士をよこしてくれとか、特別な場所をとか。
とはいえ、今の所大きな問題は起こしていないのでこちらとしては行くなとも言えないし、かといって王専用の施設を作るのもなぁ。
なにせスーパー銭湯をよく利用している一般客にも仲のいい人ができているようだし、権威をかさに威圧するようなバカもいないからだ。
ってことで、なんて面倒な……。
とも思ったが、まあ、俺たちだって入りに行くことがあるからあまり変わりないのか?
「とはいえ、ユーピア殿とお風呂に入るっていうのは無しだ」
「なぜじゃ?」
「これから家に帰るからな。スーパー銭湯に行ってたら帰りが遅くなりすぎる」
「ああ、確かに。ユキ殿であればご家族を放ってはおけないですね。でしたら、皆さんで来ればいいのでは?」
「うむ。妙案じゃショーウ。我が友アスリンたちに連絡しようぞ」
「いや、2人ともいまスーパー銭湯の帰りじゃないのか?」
「風呂は何度入ってもよい」
と、俺が止める間もなく、即座に連絡を取り始めてしまった。
しかもショーウまでユーピアに倣ってルルアに連絡を取っているようだ。
どうしようかと思っていると……。
「ユキさん。たまにはスーパー銭湯もいいんじゃないですか?」
「そうですね。私たちもたまには行きますし、今日は偶然『そういう日』ということにしても大丈夫かと」
「まあ、そうだな。今日は料理はしなくてもいい日にするか」
「「はい」」
ということで、俺たちはユーピアたちと一緒にスーパー銭湯を楽しむことになった。
とはいえ、俺は男。
このままスーパー銭湯行けば、俺は基本的に一人でのんびり入れるから嬉しい限りだ。
まあ、タイゾウさんとかタイキ君、ソウタさんを呼ぶっていうのもあるんだけど、今日は何となく一人で入りたい気分だからな。
流石にスーパー銭湯の中まで『護衛を連れていけ』とは言われない……と思ってたんだが。
「よう」
「おう、モーブたち。今日は突然悪いな」
「別に気にしてねえよ。というか、国のトップが独りでのんびり大衆浴場に来る方がおかしいだろう」
「それは分かるが、ここって結構国のトップがやって来るのは知っているだろう?」
「ああ、何とも頭の痛いことだな。ま、今日はお前の護衛だけで助かるよ」
「そうですね。ほかの国主相手だと気を使いますし」
ということで、ここでの俺の護衛は冒険者のモーブたちだ。
ま、最近こいつらがどう動いているかはあまり把握していなかったし、いいチャンスでもあるか。
ってことで俺は脱衣所で服を脱ぎながら軽く話を振ってみる。
「そういえば、モーブたちは最近なんの仕事やってるんだ?」
「んー? 俺たちは基本的にウィードの学校と冒険者ギルドで生徒と新人の指導と教育だな」
ああ、そういえばそれがモーブたちのメインの仕事だったよな。
「そっちに戻れてるのか。少しは落ち着いてきたってことか」
「いいや、実際はそれだけじゃないさ。ほら、ズラブル大帝国の冒険者ギルドの関連だな。あっちは東西で意味が違う。それに向こうの魔物の調査もしているところだ。で、ダンジョン関連の情報はコメット、ライエ、アーウィンなんかに協力してもらって調べている」
「そういやライエとアーウィンの報告は最近聞かないなー」
すげー懐かしい名前だ。
いや、実の所ウィードでは時々顔を会わせている。
何せライエはデリーユの弟だし、アーウィンはロガリ大陸で数々のダンジョンを持つマスターだ。
雑談的に何か問題がないかとかは聞いているし、食事もとることはあるが、真面目に仕事の話はそういえばしてなかったな。
「お前とは違うダンジョンを維持しているからな。ライエは基本的にダンジョン内部を処理を。アーウィンは多くのダンジョンの数値管理をってところで、人手欲しいって言っているぞ? 特にアーウィンは剣の修行ができないとか愚痴ってたぞ」
「ほっとけ。ってわけもいかないか。しかしこっちにそういう話が上がってこないのはなんでだろうな?」
今更ながら不思議だ。
と思っていると、カースが口を開く。
「今のユキは『外交』が仕事ですからね。そこら辺をおもんばかって、ダンジョンマスター内部で回しているようですよ。表向きダンジョンマスターってことなっているラビリスとですね。それで問題があればユキに回すと」
「そういうことか。まあ、何でもかんでもこっちに持って来られても困るしな。ちゃんと自分たちで色々回っているならいいことか」
なんて話をしながら服をロッカーに入れてカギをもって大浴場へと入る。
「おー、やっぱり広いな」
「ああ。っていうか、お前の所もあまり変わらないんじゃないか?」
「広さはな。だが、バリエーションは段違いだ」
「確かにな。サウナもあれば滝湯もあるし、露天風呂だけでなくバブルバスに薬湯、電気風呂その他色々。さすがにここまではないよな」
「ライヤの言う通り。自宅はあくまでシンプルに済ませているからな」
「さて、話はいいとして体を洗いますか」
カースに促されて俺たちは掛湯を浴びシャワー台の方に行って、ゴシゴシと体を洗い始める。
お湯の出しっぱなしを防ぐために一定時間ノブを下ろさないと止まる機構になっているので長く洗うタイプの俺はお湯が途切れないよう時折ノブを下ろすようにしている。
それって多少不便ではあるが、出しっぱなしなんかされたらお湯がもったいないのも事実だしな。
そんなことを考えている間に体は洗い終わったんだが、その時にはモーブたちも洗い終えてこっちを見ていた。
「終わったか?」
「待たせたか、悪い」
「気にすんな。ちょっとだけさ。さ、最初ぐらいは一緒にいくだろう?」
「おう」
と応え、まずはこの沢山あるお風呂の中から、大きいメインのヒノキ風呂へと入る。
露天風呂へはサウナの後というルールが俺にはある。
モーブたちも同じようだ。
足をお湯に入れるとちょっと熱めに感じるが、そのまま奥へ歩いて行って、縁にタオルを置いて深く座り込む。
「「「おおー」」」
温泉が体に染み渡る。
そして、両手でお湯を掬って、顔にかける。
その熱さが顔に広がり心地良い。
「あー、お風呂っていうのはやっぱり心の洗濯だよな」
「あー。昔はお前の言っていることが分からなかったけど、今ならわかるなー」
「ああ、体だけでなく、心もすっきりって感じだな」
「『身綺麗にすることは心も整える』という貴族の心構えはある意味ただしかったのでしょうねー」
なんて他愛もないことを言い終え、しばらく無言で風呂に浸かり続ける。
ああ、いい気持だ。
しかし、これだけで終わらせるのはスーパー銭湯に来た意味がない。
俺はおもむろに立ち上がって……。
「俺はサウナに行くけどどうする?」
「あー、俺はバブルの方に行くわ」
「じゃ、俺がユキに付き合おう。カースはどうする?」
「私は岩盤浴にしましょう」
ということで、各々分かれてのんびり楽しむ時間となる。
ライヤと共に暫しサウナで汗を流した後は、水風呂で体を冷やして、またヒノキ風呂に入って落ち着いてから、いよいよ露天風呂へと赴く。
ちなみに、このスーパー銭湯は露天風呂へ出るにはドアを二つ通らないといけないようになっている。
なにせ冬ともなると外の温度と落差が激しいからな。
そして十分にあったまってないとヒートショックの可能性があるのだ。
だが、こうして温まって冬の夜風に裸で当たるとこれはこれで気持ちいものだ。
「冬の風が心地いいって不思議だなー」
「だな。風呂があるから凍える心配もない。夜空は満天の星。気持ちがいいものさ」
「よし、入るか」
「ああ」
こうして俺はスーパー銭湯を十分満喫して、その前半戦を締めくくることになる。
なにせ、家族で来ているからには『約束の時間』というのがあるからな。
さすがに時間一杯までお風呂を楽しむ体力はないが、今しばらくは楽しむとしよう。
フワフワと立ち上る湯気を追って夜空を見ながら、特に深いことも考えずぼーっと気を抜くのであった。
冬は温泉が体にしみますよねー。
寒いからこそあったかい風呂がよい。
おじさんになったのかなー。




